ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
5月9日(土) モノレール内
兄さんの料理の師匠こと、荒垣真次郎先輩と共に影時間の為に停車している列車の中を先頭車両に向かって歩く。荒垣先輩は武器を持ってきていないため、左手に召喚器しか持っていないが、私や兄さんとは別ベクトルでの戦い方を熟知しているようだ。
「おい、気ィつけろよ。くるぜ」
「っ!?シャドウ、何で!?」
私は武器を正眼に構える。
荒垣先輩はごきりと首を鳴らすと同時に、自分のこめかみに召喚器をつけた。そして、シャドウを睨みつけつつ、ペルソナを召喚する。
「来い、カストール!」
荒垣先輩が呼び出したペルソナ『カストール』は長髪で胸の所に折れた槍のようなものを突き刺したまま馬に跨る男ような姿をしていた。その姿から頼もしさと一緒に、なんだか別の負のイメージが頭をよぎる。が、
「デッドエンド!」
荒垣先輩が呼び出したカストールは強力な斬撃系のスキルを放ち、正面にいたシャドウを消滅させる。他にもいたシャドウもカストールの強さに怯えているようにも見える。
チャンスだと思い私も召喚器を使ってペルソナを呼び出す。
「行くよ、ウシワカマル!電光石火」
物理特化型である私のペルソナのウシワカマルが覚えた新しいスキルは全体攻撃技だった。ダメージは少ないけれど、先制で全体攻撃が出来るとその後の戦闘が楽になるって結城先輩も言っていた。それに荒垣先輩のカストールにシャドウたちが恐怖していたおかげで、ウシワカマルの攻撃を受けたシャドウは1体も残らず消滅した。
安堵のため息をついていると荒垣先輩から窘められた。
「勝ったからって浮かれんなよ、足すくわれるぞ。……って、なんだこれは」
私はショルダーバックから取り出した瓶を荒垣先輩に差し出す。
「荒垣先輩、さっきの体力消費系のスキルですよね。傷薬です、飲んでください」
「俺には必要ねぇ、カストールは治癒能力があるからな。それはテメェが飲め、鳴上妹」
ペルソナの可能性は無限大のようだ。結城先輩のように次々とペルソナを入れ替えたり、タルタロスで怪我をしたら軽ければ全快させる回復を使ったりする岳羽先輩。かと思えば治癒能力を持っているものもいるなんて。
私は荒垣先輩に差し出していた傷薬を自分で飲み干す。荒垣先輩も行った通り、私も少なからず体力を消費していたからだ。
「次、行くか」
「はい、準備は大丈夫です」
「……さっきから思っていたんだが、出てくるシャドウの弱点。分かるんだな」
「はい。暗記していますから」
「暗記だと?」
「赤と青の十字架っぽい奴と、囁くティアラの色違い版と、ニヤけたテーブルっぽいのは初見だったので道具で調べましたけれど、他は全部タルタロスの16Fまでに出てくる奴ばっかりだったので余裕でした」
兄さんが作成したタルタロス攻略本(仮)は現在とても役立っている。桐条先輩のサポートがない状態で人数的にもいつもの半分しかいないにも関わらず、戦っていられるのは単に荒垣先輩が思っていた以上に強いことと、兄さんの攻略本のおかげである。
「まあいい。背中は任せr」
『荒垣、鳴上、無事か!!』
「うわっ、桐条先輩!?」
荒垣先輩が先頭車両に行くためのドアに手を掛けた所で、桐条先輩の声が頭に響き渡った。荒垣先輩もまた聞こえているようで眉を顰めている。
「なんでテメェが出てくる」
『話は後だ!その列車内には大型シャドウと思われる反応がある。そいつと戦っていないのであれば、結城たちの到着を待て!』
桐条先輩の焦った声色にこれは本当のことなのだなぁと思っていたら、先導するように私の前を歩いていた荒垣先輩が足を止めていた。どうしたのだろうと彼を避けて、先頭車両を見ると……。
「桐条先輩、一足遅かったみたいです。今、私たちの前にその大型シャドウっぽいのがいます」
『くっ……。2分、持ちこたえろ。結城たちを急がせる』
「待って下さい、桐条先輩。初見のシャドウ3体の弱点を結城先輩たちに!」
『助かる、鳴上。荒垣、頼むぞ』
「ああ、任せろ。つか、デカけりゃいいってモンでもねえだろ」
荒垣先輩は大型シャドウを睨みつけながら告げ……んん?
彼の視線の先にあるのは……。
「荒垣先輩、……セクハラです」
「どこ見て言っていやがる!」
え、それを荒垣先輩が言いますか?
大型シャドウの胸をガン見していたじゃないですか。
■■■
モノレールの傍にたどり着いた私たちは桐条先輩に確認するが返事がない。通信の具合からして、別のだれかと通信しているようだ。
「繋がらない以上、私たちで判断するしかないね。優ちゃんと荒垣っていう人が先にいて戦っているらしいし、状況は刻一刻と変化している。2人とも油断しないで」
「うん、解った」
「へへっ、腕が鳴るぜっつーか、ペルソナが鳴るぜ!」
順平が嬉しそうに気合いを入れている。それが空回りしないように今は祈るしかない。
「じゃ、乗り込みますか!」
そう言って、一番前にいたゆかりがてすりに手を掛けようとしたので、待ったを掛ける。
「ゆかり、ちょっと待った」
「え、何なの、湊?」
「順平、先に行って、安全を確保してくれない」
私はそう順平に向き直って言いつつ、ゆかりに見えないようにスカートを指差す。順平は私の意図に気づき、ゆかりにキシドーブレードを預けた上で乗り込んだ。そして、ゆかりに手を差し出す。
「この車両にはシャドウはいねえようだぜ。拍子抜けしちまう」
「順平、桐条先輩が言っていたでしょ。優ちゃんと荒垣っていう人は戦闘しているって」
「そうだったな。わりぃ」
そう言って順平は車両内で武器を構え、いつでも戦闘できるようにしている。
「ゆかり、行こう」
私たちはモノレールの最後尾車両に乗り込んだ。
その直後だった。開いていたドアが全て閉まり、閉じ込められたのは。私たちは各々武器を構え背中合わせに立ち、どこからの襲撃にも耐えられるようにする。しかし、一向にシャドウは出現しない。
「なんだよ、結局でねぇのかよ」
順平が強がるような発言をして武器を取り下げた瞬間、頭の中に桐条先輩の声が響いた。
『鳴上と荒垣が大型シャドウに遭遇した。急ぎ、先頭車両に向かってくれ!出現するシャドウはタルタロスの16Fまでに出てくるものに加えて新顔が3体。詳しいことを説明している暇がないので、姿と弱点だけ伝える。十字架が雷と風、囁くティアラの色違いが氷と風、テーブルが炎だ。覚えたな』
総司くんの攻略本(仮)がいきなり役立ったー!?
ゴールデンウィークが終わってからタルタロスに行った時は検証作業をしてきたから、姿を確認した瞬間に弱点が解るし、弱点属性スキルを持っていないゆかりや順平も“道具”を使うことで効率的に戦えるようになっている。
「それじゃあ、急いで先頭車両にって、うわわわわ」
「何、なんなの!?」
「おわっ……、なんだよ。動かないんじゃなかったのかよ!?」
私は2人に行こうと声を掛けようとしたのだが、突如起きた衝撃で思わず尻もちをついてしまった。ゆかりや順平もたたら踏んで吊革に掴まったり、座席に倒れ込むようにして怪我はなさそうだが、それよりも厄介な状況が起こった。
モノレールが動き始めたのだ。
『どうやら、列車全体がシャドウに支配されているらしいな。それにその本体は現在、鳴上や荒垣と戦闘中で……鳴上!?おい、しっかりしろ!―――――』
桐条先輩の通信は途切れた。不安の一言を残して……。
「え、これってマジ?」
順平は狼狽するように隣にいるゆかりに声を掛ける。
「急ぐよ、順平、湊!こんなところでしゃべっている暇なんてない!」
「正面に立ちふさがるシャドウだけ倒して、他は全部無視する。先頭車両までノンストップで行くよ。順平、お願い!」
「任せろ!行くぜ、ヘルメス!」
私たちは全力で駆けだす。
順平が道を切り開き、ゆかりがその道を広げ時に回復も担当する。
私はそんな2人のフォローに回る。桐条先輩からもたらされた新顔のシャドウに対しても優位に戦いをすすめることが出来、私たちは2分もかからずに先頭車両に飛び込んだ。
「いた……!うっわ……すっげー事になってんな」
先頭車両で私たちを待ちうけていたのは、左右が白と黒で塗り分けられた上半身裸の巨大な女性の姿をしたシャドウだった。シャドウは官能的に身体をくねらせ、頭部から伸びた帯状の髪がモノレール内部とつながっていように見える。
「お前ら、こいつを頼む」
声がした方を見れば、頭から血を流しぐったりとした様子の優ちゃんといつかの病院であった少年がいた。
「っ!?優ちゃん!」
「ゆかり、回復をお願い。順平、“荒垣さん”と一緒に前に行って!私がサポートに回るから!」
「おうよ、任せとけ」
「遠慮はいらねぇ、どんどん指示しろ。……コイツは桐条と同じ属性スキルを使う。『ブフ』系統の全体攻撃だ。鳴上妹はコイツが呼び出したシャドウに背後から攻撃を受け、昏倒した」
荒垣さんが戦いを進める上で必要な情報を出してくれる。
私は回復に勤しんでいるゆかりに声を掛けようとしたけど、
「大丈夫だよ、聞いてた。優ちゃんの回復が済んだら、援護に回る。後ろは気にしないで」
「ありがとう。2人とも行こう!」
私は氷結属性に耐性のあるジャックフロストを降魔し、武器のなぎなたを構えて大型シャドウに斬りかかった。