ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。   作:甲斐太郎

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P3Pin女番長 プリーテス戦ー②

5月9日(土)

 

私は電灯の下で兄さんが持ってきた小さな折り畳み椅子に座り、兄さん一押しの小説のひとつである弱虫先生シリーズの前身である『弱虫大学生 最後の教育実習』を読んで時間を潰している。暇つぶしにと借りたものだったが、読んでいるとなんだか寛容さが上がった気がするのは何故だろうか。

 

携帯電話で時間を確認すると22時を過ぎ、辺りには冷たい風が吹き5月といえ肌寒くなっている。防寒を意識した服装をしてきたつもりだったが私は現在、兄さんから借りた“爆釣ベスト”を着ている。腕の可動域が広く動きやすくて保温性にも優れていて、釣りをする人に大人気なのがよく分かるような気がする。

 

肝心の兄さんは持参したクーラーボックスからはみ出るくらい大漁にメバルや黒鯛などを釣り上げていた。

 

海のヌシと呼ばれる巨大な白いシーラカンスみたいなものを釣り上げた時には周りの釣り人たちが一斉に押し寄せ、その場は一時お祭り状態となったのだが、周囲が色々と騒ぎ立てている横で兄さんは釣り上げた海のヌシを、

 

「今度は簡単に釣られるなよー」

 

と、何の躊躇いもなくリリースした。私たちの周囲に集まっていた釣り人たちの目が点になった。兄さんはそんな周囲の目を気にすることなく、釣りを再開。そして、この大漁である。

 

私も竿を借りてやってみたが兄さんのようにうまくいくはずもなく、現在は大人しく小説を読んで彼が釣りを止めるのを待っている状況だ。

 

そもそも私が兄さんの趣味のひとつである釣りに付き合って、真夜中の外港にいるのは単に放っておいたら影時間を外で過ごすことになる兄さんを心配してのことだ。父さんたちが予定通り家に帰っていたらこんなことにはならなかったはずなのに。

 

「まったく、父さんたちも飲みの誘いくらい断って、帰ってきてくれてもいいじゃない」

 

私は本を閉じて夜空に浮かぶ満月に向かって愚痴をこぼした。

 

 

 

 

長期出張で海外に出ていたらしい両親が帰ってくると兄さんから話しを聞き、桐条先輩に外泊届を出し家に向かったのは11時過ぎ。

 

家に帰り着いた私に兄さんは「汗を流してくるといいよ」と言って台所に向かった。

 

私はシャワーを浴びて汗を流した後、ラフな私服を着てリビングに行き兄さんが作った昼食をテレビで録画していた恋愛ドラマを見ながら食べる。食後のデザートもついて、気分はセレブそのもの。

 

私はそのままソファに座ってドラマの続きを見る。

 

兄さんは忙しく家の掃除をしたり、夕食の下ごしらえをしたりとせっせと動き回っている。前に手伝うといって兄さんの手伝いをしたことがあるのだが、いくら双子いえどもテレパシーとか使えるわけではないので、ただただ足を引っ張っただけという結果になってしまった。兄さんは気にしなくていいと言ってくれたが、私のなけなしのプライドはそこで一度バラバラに砕け散った。

 

今ではちゃんと掃除や料理を兄さんの邪魔にならない程度ですることができるようになったが、今日の兄さんのスピードはMAXモード。とてもついていけそうなレベルではない。私は大人しくソファの上で体育座りになり、録画していたアクション物の映画を再生した。

 

そして、日もだいぶ落ちて来たころ、兄さんの携帯が鳴った。

 

どうやら父さんからのようだ。最初は嬉しそうな表情だった兄さんが、微妙に目を泳がせた時点で私は諦めた。

 

どうやら本社に寄った際に上役の人たちに飲みに誘われたらしく、朝帰りになりそうだということらしい。そう申し訳なさそうに告げた兄さんに私は

 

「……そっか」

 

と素気なく答え、ソファに寝そべった。そして天井を仰ぎ見ながら

 

「仕事人間であるあの両親に何を期待しているんだろ……。私のバカ……」

 

呟いて、顔を隠すようにして私は両手で顔を覆った。

 

兄さんと夕食を食べた後、ぼーっとテレビを眺めていると兄さんがキッチンでクーラーボックスと釣り竿の準備をしているのが目に止まった。

 

時計を見れば20時30分を過ぎている。

 

「……何をしているの、兄さん?」

 

「んー。今日は外港の方でメバルがよく釣れるって釣り仲間のおじさんから連絡が来てたんだ。父さんたちが帰ってくるということで釣りに行くのは諦めていたんだけど、飲みで朝帰りでしょ?なら、ちょっと行って釣ってこようと思って」

 

ちょっとそこのコンビニに行ってくると言うような軽いノリで答える兄さん。

 

「え、今から?」

 

「うん、そうだよ。メバルの煮つけ、好きでしょ?」

 

うん、兄さんが作る料理は全部好きだよ。和食・洋食・中華、何でも。ではなくて、

 

「今から行くの?」

 

「父さんたち朝帰りでしょ。それまでに家へ帰りつけば問題ないしね。あ、でも優は危ないからお留守番お願い」

 

意気揚々と準備する兄さん。彼は夜通し魚を釣る気なのだろうか。

 

確かに明日は日曜日で休みだけれど、

 

父さんたちは朝帰りかもしれないけれど、

 

剣道以外で私が勝てる所のない兄さんだけれど……。

 

影時間の中において兄さんは一般人のソレと変わりない。無気力症と兄さんは何の関係もなさそうだけれど、双子の私に適正があるのだ。兄さんがいつ覚醒するかも分からない。それで兄さんがシャドウに襲われでもしたら、きっと鳴上家はすぐに崩壊してしまうだろう。兄さんという緩衝材がないと、私はあの両親とやっていける自信がないし。

 

「……私も行く!」

 

「え?どこに?」

 

きょとんとした表情を浮かべる兄さんに詰め寄る私。

 

「兄さんと一緒に釣りに行く!」

 

「前、誘った時は興味ないって言ってt……分かった、分かったからそんなに睨まないで」

 

兄さんは私についてくるなら、夜は寒くなるから厚手の衣服を着る様に指示してきた。

半袖でもいいくらいなのに何故と首を傾げたが、家から出て移動する中で兄さんの指示は的確だったことを思い知る。外港の堤防付近は海から吹きつける風で肌寒いというレベルではなかったのだ。

 

 

 

 

ビチビチとクーラーボックスの中で躍動する新鮮そのものの魚たち。ただ量が半端ない。

 

「これ全部持って帰るの?」

 

「うーん。やっぱり釣りすぎたかな。小さいのは逃がしたんだけれど、釣った魚を食べきれないから逃がすっていうのもなぁ」

 

「食べきれないから捨てちゃうのはもっと酷いと思うけど?」

 

「……師匠にお裾分けして、明日優が巌戸台分寮に戻るのについて行って、煮つけにしちゃうのがいいか。今日のお詫びにさ」

 

お詫びか。確かに今日は土曜日だ。

 

先週のゴールデンウィークからお預けになっている兄さんの料理、きっと結城先輩や岳羽先輩は楽しみにしていそうだったし、兄さんは釣りすぎた魚を無駄にすることなく消費できるしいいんじゃないのかな。

 

「……って、聞き捨てならない単語があったよ、兄さん?」

 

私が振り向くと兄さんは携帯で誰かと会話していた。なんだか兄さんが一方的に話を進めているように見えるけれど、電話相手はいったい誰なのだろうか。

 

「じゃあ、巌戸台駅のホームで待ち合わせるということで。えっとここからだと大体1時間くらいか……。では23時40分ごろにお願いします、師匠」

 

『おいこら、待』

 

兄さんは相手の返事も聞かずに通話を切り、流れるような手つきで携帯の電源を落とした。これで師匠と呼ばれた相手は兄さんにかけ直すことが出来ず、文句を言うには待ち合わせ場所に来るしかない。

 

「え、えげつない」

 

「大丈夫!師匠はなんだかんだ言って、後輩のお願いを“断らない漢(おとこ)”な先輩だから」

 

「魚をお裾分けする時点で予想付くけど、……何の師匠?」

 

「もちろん料理さ」

 

親指を立ててサムズアップする兄さん。

 

先日のゴールデンウィークにて巌戸台分寮にてその料理の腕を満遍なく振るった兄さんだったが、カレーライスにプロテインをぶっかけるという無礼を働いた真田先輩に、それとなく野菜を食べるように手回ししていた際に告げられた幼馴染の名前が気になったらしい。

 

で、学校が終わった後に聞き込みをして、真田先輩と同学年でシンジと呼ばれていた先輩が休学していることを調べ上げた兄さん。彼がよく出没するという店を張り込み、なんやかんやあって弟子入りしたとのこと。

 

兄さんが迷わず弟子入りするくらいの料理の腕を持つ男の先輩がいるとは世間は狭くて、その道の世界は広いなぁ。

 

嬉しそうにその師匠のことを語る兄さんが子供っぽくて、微笑ましいと思ったのは秘密だ。

 

他愛ない話をしながら私たちは最寄りの駅に向かって歩き、乗る予定であった電車を見送るという事態に陥ったのはもはやお約束であった。

 

 

 

 

兄さんの師匠と呼ばれる先輩と待ち合わせした巌戸台駅のホームについたのは23時50分を少し過ぎたころ。ドアが開くと同時にホームへ飛び出た兄さんはホームに人影がないことに焦って、乗ってきたのとは反対側の列車に飛び乗った。

 

後輩の頼みを断らない先輩ならホームにいると思うけど……とホームを捜すと長袖のいかついコートを着て黒いニット帽を被った背の高い男の人が柱に凭れかかるように立っていた。足元には律儀にクーラーボックスが置かれている。

 

「なるほど……。後輩の頼みを断らない男の先輩」

 

私はその男の人に近づき声を掛けた。

 

「こんばんは。兄さんの師匠さんですか?」

 

「ああ?」

 

頭ひとつ分くらい小さな私を見下ろす師匠さん。

 

「……そういや双子の妹がいるとか言っていたか。……ちっ、アイツは?」

 

「その電車の中です」

 

私が指差すと同時にホームに放送が流れる。

 

『間もなく1番ホームの列車が発車いたします。御乗りの方はお急ぎ下さい』

 

「「…………」」

 

『1番ホームの列車が発車いたします。ホームにいるお客様は白線の後ろまでお下がりください』

 

放送の後、閉まるドア。列車に飛び乗った私とクーラーボックスを持った師匠さん。

 

「あの馬鹿が。待ち合わせ場所を指定したのはテメェだろうが」

 

「……あの」

 

「ん、……何だ?」

 

「真田先輩のお知り合いってことは、あの時間のことはご存じなんですよね?」

 

「……知らないと言ったら?」

 

「あと5秒ですけど」

 

師匠さんはクーラーボックスを床に置き、コートのポケットから特別課外活動部の面々がそれぞれ持っている召喚器を取り出した。

 

「……ちぃ、油断すんなよ」

 

「はい、勿論です」

 

私は護身のためと兄さんに言って持ってきた竹刀袋を床に置き、その中から武器を取り出し、その時を待った。

 


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