ペルソナ!って言いたいけど、資質ゼロなんです。 作:甲斐太郎
自室にある二人掛けソファに寝転がりながら本を読んでいる最中、携帯のコール音が鳴り響いた。ズボンのポケットに入れていた携帯を開いてディスプレイを確認すると『鳴上 優(なるかみ ゆう)』という文字が浮かび上がっている。
時刻は23時を過ぎた辺りだ。健康に気を使う彼女にしては珍しいこともあるものだと思いながらも通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。するといつもとは打って変わっての遠慮がちな小さな声が聞こえてきた。
『こんな夜更けにごめんね、兄さん。でも今すぐにでも聞いてほしいことがあって』
「別に気にしていないよ、優。で、どうしたの?」
『うん、その……。もし1日が24時間じゃないって兄さんが聞いたらどう思う?』
僕は質問の内容云々よりも、その質問が彼女になされた事実を噛みしめつつ思ったことをゆっくりと告げていく。
「……ないとは断言できないよね。一般人には知覚できない狭間の時間があっても不思議じゃないしさ。最近、噂になっている無気力症とか、その狭間の時間に何かされてああなっているとも考えられるし」
『…………』
息遣いは聞こえるが、返事がない。変だったかな。そう思って妹の名前を口にする。
「優?」
『ありがと、兄さん。私、決めたから。じゃ、おやすみなさい』
「え、ちょっと待っ……切れた」
僕は通話時間と書かれているディスプレイが消えるまで眺め、その物言わなくなった携帯をベッドの上へ無造作に放り投げる。おもむろにソファへ寝転がった僕は、部屋の片隅へと視線を向ける。
そこに鎮座しているのは、クレーンゲームの景品として手に入れた『フロスト人形』と『ガネーシャ貯金箱』。
「やっぱり、ここはペルソナの世界か。……けど、僕ってペルソナ関連の知識はあっても“資質ゼロ”なんだよね」
僕は深くため息をつき、読んでいた本を顔の上に置き目を閉じた。
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4月23日(木)
ゲームの進行上では、男女どちらの主人公も『魔術師』コミュがスタートする日である。
この日を皮切りに男主人公は学園内のコミュを中心に、女主人公は仲間のコミュを中心に絆を育んでいくことになるのだけれど、早速綻び発生。
先日、というか昨日僕に電話して意思を固めた優が今まで過ごしてきた一般の学生寮から巌戸台分寮に引っ越しすることになり、それを“先輩方”が手伝ってくれるというのだ。
僕は出張で家を空けている両親に代わって、これから妹の優がお世話になる先輩方に挨拶をするために、そこそこの値段がした菓子折りを持って巌戸台分寮へやってきていた。
ゲームのファンの1人として現地に立てていることに感動していると背後から声を掛けられた。
「君、ここに何の用?」
振り向いた先にいたのは後日談編で叩かれまくったヒロイン(笑)、『恋愛』コミュの岳羽ゆかり先輩がいた。失礼にならないように一張羅で来たのが仇となったようで、明らかに不審人物を見るような目つきになっている。綺麗系の美少女に睨まれると肝が冷えます。美人枠は他がいるので。
「あの、ここに僕の妹。鳴上優が引っ越しすると聞いて挨拶に来たのですけれど、責任者の方に取り次いでいただけますか?」
「えっと、……ちょっと待っていて。確認してくるから」
僕が告げた言葉に視線を泳がせた岳羽先輩はそう言うと僕の横を通り過ぎ、扉を開け中へ入って行った。あの様子だとしばらく時間がかかると踏んで、僕は寮の真向かいのガードレールに腰かけ寮全体を見上げる。
『巌戸台分寮』
表向きは月光館学園が所有する、親元を離れて暮らす生徒のための学生寮のひとつだが、実際には特別課外活動部の拠点であり、ペルソナ使いの資質を持つ適応者のみが選別され、入寮を許可される。つまり、優はお眼鏡に適ったのだ。誰のとは言わないが。
「待たせてすまなかったな。責任者が不在なので、私が対応することになるが構わないだろうか」
「ええ、問題ありません。まさか妹の引っ越し先に高等科の生徒会長がいるとは思っていませんでしたけど、幾分か安心しました」
放課後とはいえ学園の理事長である幾月氏が学生寮に来ているとは最初から思っていなかったので、彼女が来ることは想定の範囲内。
『女帝』コミュの桐条美鶴先輩。個人的に好きなキャラクターであるのだが、後日談編にて主人公を過去の存在として扱うその姿に憤りを覚えた。
「そうか、君は私のことを知っているようだが、改めて自己紹介をしよう。月光館学園高等科3年、桐条美鶴だ」
「僕は月光館学園中等科3年、鳴上総司です。本日より妹がお世話になります」
その後、桐条先輩に寮内へ案内されラウンジにて、引っ越しの疲れからか幾分かくたびれていた優と幾分か話した後、僕は帰路についた。
ちなみに主人公は女性だった。名前は聞いていない。
4月25日(土)
今日は確か『法王』コミュの古本屋の老夫婦の店が開く日である。学園でもそんな話がちらほらと聞こえてきていたので、間違いなくあの主人公さんは行くだろう。
ちなみに僕は食材を持って巌戸台分寮の前に立っている。今日は制服姿なので、岳羽先輩から睨まれることはないはず。僕はズボンのポケットから携帯を取り出して優を呼び出した。
私服姿の優に案内されたキッチンは綺麗に掃除されているものの、使われた形跡がほぼなかった。冷蔵庫は調味料がいくつかとプロテインが鎮座しているだけで、食材が見当たらない。そもそもプロテインは冷蔵庫に入れる必要がない、出しておこうかと迷ったがタルンダ肉彦先輩に目をつけられたら(プロテイン的に)厄介なことになるのでそっとしておこう。
「引っ越しした一昨日と昨日はどうしたのさ」
買い出ししてきた食材を調理台に置いた僕は振り返って優に尋ねる。
肝心の優は僕の傍まで来ており、上目遣いに見つめながら告げてくる。
「外食で済ませた。けど、兄さんの料理がどうしても食べたくなったの」
「はぁ……。さすがに毎日は来れないからね。作るとしても土曜日の昼と夜だけだから」
「ありがとう。兄さん、愛してる」
「はいはい」
僕は適当にあしらった後、制服の上着を脱いで優に預け自前のエプロンを身につけ調理を開始した。
・うーん、何を作ろうか……
・買ってきた材料で作れそうなのは……
・『ミルフィーユとんかつ』が作れそうだ。
・計算されたような慣れた手つきで調理を進めていく。
・シソと梅肉を使ったものと、チーズをふんだんに使ったものの2種類を作ることにした。
・視線を背中に感じる。振り向くと妹の他に出来上がりを待つ人が増えている。
・買ってきた食材を全部使うことにした。
後日、妹から聞いた話なのだが。
僕が作った料理を食べた女主人公さんこと結城先輩と岳羽先輩と発起人の優の3人はその夜とても絶好調だったらしく、武器で戦えばどんな相手だろうとクリティカル。スキルを使えばダウン連発。テレッテ先輩が疲労でクタクタになっても3人はケロリとして探索を続けることができたとのこと。
意気揚々と話し終え、冷静になったところで僕が一般人であったことを思い出したらしい優はゲームの話だよと焦ったように説明してきた。僕はそれに相槌を打ち、規則正しい生活をしないと後々苦労するぞと脅すような話をして電話を切った。
勘違いものに発展できればいいな。
女主人公視点と妹の視点で。
たぶん彼の視点では書かない。