CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~ 作:あんだるしあ(活動終了)
ツバサは胸のどきどきを押さえながら、大きく深呼吸した。
「たかが人間の酒場に入るのにそんなに緊張するの?」
「はぅ」
横を漂うミュゼの指摘が痛い。
「だ、だって、未成年なのにバーに入るなんて……後でお父様に怒られるかも」
「依頼人はこの中で待ってるんでしょう? ほら、早く入っちゃいなさいよ」
「ひゃ! ミュ、ミュゼさん、押さないでっ」
ミュゼの背中を押す勢いに負け、ツバサはバー“プリボーイ”に足を踏み入れた。
いかにも場慣れしていない少女と、ゴージャスだが宙に浮いている女。
これで客に注目されないほうがおかしいというもので、入店直後からツバサ(とミュゼ)は視線の猛威に曝された。
こうなれば早く依頼人に依頼品を渡して酒場を出よう。
ツバサは目を皿にして依頼人を探した。
「あ、あの人だっ。すみませーん」
酒場の奥のカウンター席に座っていた、ワインレッドのスーツの男がふり返った。
「リドウさん?」
イラート海停の埠頭で一度会っただけだが、ツバサにとっては強い印象をもって記憶に刻まれた相手だった。
リドウ・ゼク・ルヴィエギート。分史対策室のトップで、自身も分史対策エージェントである上に、医師も兼務しているという、ツバサからすれば超人的に働いている人物だ。
「何でお前が“不思議なビード”を持ってくるんだ。しかも大精霊付きで」
「クラン社の依頼にありましたよ? どうぞ」
ツバサは依頼品を入れた袋を笑顔でリドウに差し出した。リドウは受け取った。
「ねえ、そんなキモイ物、何に使うの?」
「ミュゼさん、キモイはちょっと……」
「薬の材料にするのさ。医療用
「え!? で、でもでも! それくれたキタル族の人、魔物の安楽死に使う毒薬の材料って言ってましたよ!? 危なくないんですか!?」
「へえ。心配してくれるんだ。イイコちゃんじゃん」
リドウがくい、と指でツバサの顎を掴み、引っ張り寄せて目線を合わさせた。
至近距離にある黄鉛色の虹彩には、値踏みの色。
「君の報告は受けてるぜ。ツバサ・キノモト。行く先々で怪異に遭遇しては、
「わたしは何もしてません。ただジュード君とアルヴィンさんをお手伝いしただけです」
「優等生の答えだな。あんな連中と付き合ってるだけはある」
「はい! ジュード君もレイアちゃんもエリーゼちゃんも、アルヴィンさんもローエンさんも、みんなとっても素敵な人たちです。あ、もちろんミュゼさんも! 素敵な精霊さんですよ」
「あのね…… !」
リドウは突然ツバサを離し、背を向けて咳き込んだ。尋常な咳ではない、重篤者のそれだ。
ツバサは慌ててリドウの背中に手を当てて撫でようとした。だが、ツバサの手は当のリドウによって叩き返された。
もう一度、手を伸べてよいものか。
ツバサは悩み、結局、手を伸ばせずに終わった。
具合が心配だという以上に、彼には、ツバサなどが触れてはならないものがあると思ったのだ。
「あの、大丈夫……ですか?」
「……見ての通り。だから俺には“
つまりリドウは医療用
「さっきの話の続きだが。薬と毒は表裏一体。効果と害の境界を見極めるのが医者の腕ってもんだ」
「へー、すごい。リドウさんって優秀なお医者さんなんですね」
ツバサはなるべく明るい声で、明るい顔で答えた。
「……皮肉のつもりだったんだけど」
「だって、お薬を煎じる時に、わたしがお父様に習ったのと同じこと言ってます。そういう物に使う材料は、毒にも薬にもなりうる。大事なのはその匙加減を間違えないことだって。リドウさんは『間違えない人』なんですね」
「ですって」
ミュゼが後ろからツバサに抱きつき、顎をツバサのちょうどつむじに載せた。
「よかったわね。『間違えない人』さん」
「……ちっ。依頼品は受け取ったんだ。さっさと帰りな」
「あ、はいっ。長居して失礼しました」
ツバサは慌てて頭を下げて酒場を出た。
後ろでミュゼがリドウに対し、勝ち誇った顔をしていたことを知らず。
せっかく貴重なリドウ本人にまつわるサブクエなので、書いてみちゃいました。
これで例の会社脱出戦でツバサはリドウとより戦いにくくなるでしょう。
楔を打ち込まれたのは、ツバサのほうなのです。