CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~   作:あんだるしあ(活動終了)

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ヒト跨ぎの声

『魔法ができないから何だって言うのよ。あたしだって李家生まれだけど魔力なんかちっともなかったわよ』

 

 おれにも魔力があれば。

 そうやって泣いていた虎太郎に、その人は仁王立ちで言い放った。

 

『魔法だけが人生の全てじゃないのよ。今からメソメソしないの』

 

 その人は袖で、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの虎太郎の顔を噴いた。

 

『決めた。あんた、今日からあたしの弟子になんなさい』

『弟子?』

『中国拳法の弟子。あたし、これでも強いんだからね。クロウカードとやり合ったこともあるんだから。魔法じゃない強さ、あんたに教えてあげる』

 

 こうして拳法の師のスパルタ教育により、虎太郎は魔法の補助がなくとも凄まじいスペックを発揮できるようになった。

 

 あの女師匠(せんせい)との出会いは、今でも大事な大事な思い出。

 

 魔法使いでなくてもいい自分を許せる、ひとときの幸せの籠だった。

 

 …

 

 ……

 

 …………

 

 コタローは自身の跳躍力だけで屋敷の塀に飛び乗り、さらに木の枝へと移った。

 ここに潜んで彼女を呼ぶのが、すっかり通過儀礼になってしまった。

 

「アリー、ただいま。いる?」

「いるよ、コタロー。こっちだ」

 

 アリーシャはテラスから身を乗り出し、手を振っている。

 

 コタローは梢を鳴らして木を飛び降り、テラスへと歩いて行った。

 

「スレイはどんな反応だった?」

「んー。それなんだけど。ちょうど届けに行った時、外出してたみたいでさ。荷物は宿に預けといた。アリーからってしつこく伝えて」

 

 ――アリーシャはこの3日間で、コタロー懇意の服飾店に行き、スレイのための導師服を仕立てるよう依頼し、兵が取り上げたスレイの儀礼剣を取り戻すべく奔走した。

 

 これらもひとえにスレイのため。

 

 友達が奪られるようで胸は重かったが、アリーシャはスレイの話題となるとよく笑ってくれるから、諦めて協力することにした。

 

「アリーが手紙書いたんだから、きっと来てくれるよ、導師さんも」

「そうだといいんだが……」

 

 自信を持て、と励ますのは簡単だが、アリーシャにそれは酷だとコタローは知っているので黙った。

 

 コタローはテラスに上がって、アリーシャの正面の椅子に座った。アリーシャと正面から向き合えるここが、コタローの指定席だ。

 

「本当に色々すまない。本来なら、私のわがままなんだから、私一人で何もかもすべきなのに」

「困った時は助け合うのが友達でしょ。アリーはおれが困った時に助けてくれればいいんだ。それでチャラってことで」

「君は本当に気持ちのいい人間だな」

「根暗とか非コミュとかはよく言われたけど、褒められたのは初めてかも」

 

 それからコタローとアリーシャは何気ない話題に花を咲かせて、スレイを待った。

 その「何気ない話題」には、コタローがアリーシャと出会うきっかけとなった話も出て来た。

 

「急に木から人が降ってきたからびっくりした」

「あー。ちょーどこっちに来た時の落下地点があそこだったから。他のきょうだいならもっと上手く受身取れたんだろうけど。下手すると賊扱いだった。アリーが庇ってくれなきゃ、おれ、どうなってたか。カード集めところじゃなかったよ」

 

 アリーシャはくすくすと笑った。きっと木から落ちた間抜けなコタローの姿を思い出しているのだろう。間抜けで結構だ。アリーシャを笑顔にできるのなら。

 

「アリーシャ!!」

 

 庭から第三者の声が上がった。

 その声に、アリーシャは勢いよく立ち上がってテラスを駆け下りた。

 

「スレイ!! 来てくれたのか。導師の装束、よく似合っているな」

 

 すると間を置いて、スレイがあらぬ方向をふり返った。

 

「しつこいなあ、ミクリオ」

「……もしや、そこに天族の方がおられる?」

 

 さわ。さわ。そよ風がサイドに結んだアリーシャの麦穂色の髪を舞わせる。

 

「そうだって言っても、信じられる?」

 

 スレイがアリーシャに対して一歩踏み出した。

 

「正直、聖剣祭の出来事があるまでは、信じられなかっただろう。それに出会った当初は、その、少し変わった人だと認識していた」

 

 スレイは一度アリーシャから離れ、大きなジェスチャーで「ミクリオ」と「ライラ」がいるという場所を示した。

 

 アリーシャは俯いてスレイに背中を向けた。

 

「私は……我々はこれほど身近に天族の方々がいても、どうすることもできない」

 

 なかなか会話に入るタイミングを逃していたコタローだが、ようやく口を開けた。

 

「それが普通の人の普通の反応だよ。アリーが悪いわけじゃない。おれだってわからないよ」

「そういや君は?」

 

 スレイがコタローを向いて、きょとんと小首を傾げた。

 

「コタローです。アリーの友達です。ちゃんと挨拶するのは初めてですね。導師さん」

「コタローかあ。オレ、スレイ。で、こっちにいるのが」

「ミクリオさんとライラさん、でしょう? 聞いてましたよ」

 

 そこでスレイが何もない空間――否、天族がいるだろう空間をふり返った。

 

「わかった。――アリーシャ、コタロー。手出して」

 

 言われた通りにすると、スレイは両手で、アリーシャとコタローの手を握った。

 何も、起きない。

 

 すると今度、スレイは目を閉じた。

 何も、起きない。

 

 最後にスレイは目を閉じ、息を停めた。

 

「アリーシャさん、コタローさん。聴こえますか?」

「聴こえる! 女性の声が!」

「おれも聴こえた」

 

 若いようでいて落ち着きのある声が語り始めた。

 

「私たち天族は、あなたたちの心を見ています。万物への感謝の気持ちを忘れないでください。私たちは感謝には恩恵で応えます。けして天族を蔑ろにしないでください。その心が穢れを生み、災厄を生むのです」

「大丈夫さ。君の感謝はちゃんと届いて……」

 

 そこでついにスレイの息が切れた。アリーシャは両手でスレイの手を取って「もう一度!」とせがむが、さすがに無理だろうとコタローはあっさり見切りをつけた。

 

「どきどきする?」

「ああ!」

 

 頬を紅潮させ、少女のような顔をするアリーシャは、本当に童女のようだった。




 2/19 改題しました。

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