CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~ 作:あんだるしあ(活動終了)
ホーニャンは一人、艦の甲板の最突端に立っていた。ここは吹きつける風が一番強く、潮のにおいも濃い。
――ホーニャンの脱走騒動の最中に、アドリビトムは氷の精霊セルシウスの協力を取り付けることに成功していた。
そのセルシウスが語ったのだ。精霊さえ知らない創世の時。
ヴェラトローパの調査に行くため、リタとハロルドが力技に出た。次元振動数を変えて、非物質のヴェラトローパをこちら側の物質次元に引っ張り出すという荒技だ。……もっともこの試み、一回目では失敗して、カイル、リアラ、ジューダス、ロニという異世界の住人を無理やりルミナシアに呼び込んでしまったのだが。
『戸惑っているの? ディセンダー』
ふり返るとセルシウスがいた。
「その呼ばれ方、慣れたけど、まだ好きにはなれないな」
セルシウスは特に気を悪くしたふうもなく、優しく微笑んだ。
ホーニャンはその場に腰を下ろして片膝を抱えた。
「リオンさんに言われたことがあるの。『ディセンダーの存在でヒトの愚かしさを救えるのか?』って。言われてみればその通りだったって、
『ホーニャン。己が何者であろうと臆すことはないわ。あなたは、あなたであることに意味があるのだから』
「そうだといいな。――ありがとう、セルシウス」
そこで船内に通じる扉が内側から開けられた。デッキに出てきたのは、カノンノとケルベロスだ。
「ケロちゃん。カノ」
「ホーも一緒だったんだね」
カノンノはスケッチブックを開いた。
「セルシウスに、今まで描いた絵を見てもらいたくて。絵の中に精霊の世界とかあったりしないかなあって。ホーと一緒に行きたかったから、ちょうどよかった」
カノンノは絵を描き続けている。カノンノ・グラスバレーの心象にだけ存在する“世界”を何枚も、何枚も。そして、ギルドに新しいメンバーが加わるたびに、絵を見せて、こんな世界を知らないかと尋ね続けている。何度「知らない」と否定の言葉を受けても、カノンノは挫けない。
(むしろカノンノのがよっぽどディセンダーに向いてるのかも)
ホーニャンはカノンノの隣に並んで、そっとカノンノの手を握った。
「セルシウス。どう……かな?」
『いいえ。知らないわ。精霊はこの世界のことをヒトよりはわかるけれども。これは知らないものばかりね』
カノンノがホーニャンの手を弱い力で握り返した。
セルシウスがスケッチブックをカノンノに差し出した。カノンノがスケッチブックを受け取る時、一枚のページが滑って落ちた。
滑り落ちたページの絵を見たセルシウスが目の色を変えた。
『それ! その風景はヴェラトローパよ! ヒトの祖が地上に降りるまで過ごした…』
「本、当に?」
『ホーニャン。ケルベロス。カノンノを連れて研究室に行って、その絵をリタたちに見せなさい』
「と、とにかく行こうっ、カノ」
「う、うん」
ホーニャンはカノンノと手を繋いだままデッキから艦内へ駆け戻った。研究室へ急ぐさなか、ゼロスに「お熱いねえ」などと揶揄されたが、無視だ。
研究室にホーニャンとケルベロス、そしてカノンノが駆け込んだ時、室内はそれなりにひどい様相だった。
山と積まれたハードカバーの資料本(大量の付箋あり)。散らばる紙片には難しい式や文が殴り書き。極めつけは飲み干された栄養ドリンクの瓶で、ざっと見積もって30本は床に転がっている。
(でも。逆に言えばリタさんもウィルさんもハロルドさんもそれだけ一生懸命ってこと)
ホーニャンは意を決し一番に、魔窟と化した研究室に足を踏み入れた。
「失礼します!!」
ハロルドが一番にふり返った。
「おやま。どうしたの、二人と一匹お揃いで」
「実はさっき――」
ホーニャンは、集まった研究室のメンバーにカノンノの絵を見せて、この絵の風景こそがヴェラトローパだとセルシウスが言ったことを説明した。
するとリタが興奮気味に、カノンノにドクメントを見せてほしいと迫った。
全員がカノンノから距離を開けたところで、リタはカノンノにドクメントを可視化する術を施した。
目で視えるようになってホーニャンも気づいた。カノンノのドクメントは純白なのに、頭上にある一周だけが異なる色をしている。
「これが――もっと展開すれば、ヴェラトローパのドクメントが手に入る……でも、これ以上は体に負担が」
「ううん、続けて」
「カノ!?」
「ヴェラトローパを出現させるために必要なんでしょう?」
「だけど……っ」
ホーニャンはディセンダーだから、いい。何かしらの負担を強いられても、それも役割の内だ。いくらでも耐える。
だが、カノンノは何の宿命も負っていないただの女の子だというのに。
「――じゃあ、ちょっと我慢して。――、――、よっし! コピーできた!」
リタがドクメント可視化の術式を解除した直後、カノンノは床に膝を突いた。ホーニャンはすぐさまカノンノの両腕を掴んで肩に回し、カノンノを負ぶさって立ち上がった。
「あたしが医務室に連れてく」
「よーく休ませてあげて。あと、起きたらお礼、よーく伝えといて。あなたのおかげでヴェラトローパに行くことができるって」
「はいっ」
ホーニャンはカノンノを背負って研究室を出て、一直線に医務室に向かった。
医務室のアニーとナナリーに事を端的に説明してから、カノンノをベッドに降ろして寝かせた。
一見して風邪で寝込んでいる病人だが、風邪なら熱や諸症状が次第に治まっていくからまだいい。ドクメント展開による過負荷など前例がないから、アニーやナナリーにも快復の目途を立てられないという。
ホーニャンはカノンノの手を両手で取って握り締めた。
それだけなのに、カノンノはうっすら微笑んだ。
「ホー……行って。ヴェラトローパに」
「カノっ、でも、あたし」
「わたしなら、大丈夫……だから。ホーは行かなきゃ。ううん。行って、知ってほしいな。
ホーニャン・リーにとっての「世界」が地球であるように。
カノンノ・グラスバレーが「生きる」場所はこのルミナシアだ。
ディセンダーとして救うべき対象だからではない。カノンノはただ相互理解の一環としてルミナシアを知ってほしいと言っているのだ。
喩えばそれは、上京して初めて出来た友人に、故郷がどんな土地なのかを教えてあげるような、友愛の行為に近い。
「わかった。行ってくるね。カノは休んで、体調を良くすることだけ考えてていいから」
「わいも付いてくさかいな」
ホーニャンはカノンノの手を握っていた両手を離した。
この世界に来て一番に出来た友達の温度を忘れないよう、両手を握り拳にして――1、2、3。
「出発しよう」