CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~   作:あんだるしあ(活動終了)

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「小」さなことで悩まない!

 ホーニャンが()()()()()()()()()出たエントランスホールから、穏やかならない口論が聞こえた。

 

師匠(せんせい)! 何で俺が、こいつなんかと一緒に行かなくちゃなんねーんだ!」

「それはこっちの台詞だ」

 

 この声は赤毛の双子こと、ライマ国第一王子のルークと第二王子のアッシュのものだ。

 

 ホーニャンはついエントランスホールに上がって様子を窺った。

 双子を窘めているのはヴァンだ。

 ヴァンはルークとアッシュに、アブソール霊峰の頂上に二人で来るように言い渡し、一足先にバンエルティア号を降りた。

 

 ――ルークとアッシュの互いへの態度はかつてないほどに険悪だ。ホーニャンが首を突っ込んでいいことか普段なら悩むが、()()()()ホーニャンにそれはできない。

 

 ホーニャンは改めて医務室へ向かおうとした。

 

「あ! おい、ホーニャンじゃねえか。ちょうどいい。お前も付き合え」

「……ほえ?」

「今からヴァンの呼び出しでアブソール霊峰の頂上を目指す。手が空いているなら俺たちの援護に回れ」

 

 答えあぐねていたホーニャンの目が、ルークもアッシュも通り過ぎた後方で釘付けになった。

 蛍ほどの小さな粒がぴょんぴょこ飛び回っている。このままだと粒はルークとアッシュにぶつかる。

 

「二人とも、避けてッ!」

 

 しかしホーニャンの忠告は遅く、次の瞬間、ルークとアッシュの姿が視界から消えた。

 

「ルークさん、アッシュさん!? どこ!?」

「ここだよ、こ・こ!!」

 

 足下からルークの怒声がした。

 ホーニャンは床を見下ろして、人形玩具ほどのサイズに縮んだ赤毛の双子を発見した。

 

「どうなってるんだ、これは……」

 

 アッシュはまじまじと自身の体を見て、愕然としている。

 

 現時点で封印していないさくらカードで、このような変化を人にもたらすカードには一枚しか心当たりがない。『小』(リトル)。触れた相手を体積も魔力量も小型化してしまう悪戯っ子のさくらカードだ。

 

「……ご迷惑をおかけしてごめんなさい。すぐに『小』(リトル)のさくらカード、捕まえて封印しますから」

 

 ホーニャンは捜索に乗り出そうとした。自分の体調? さくらカード問題とあっては気にしてはいられない。

 

「探して封印までに、それにどれだけ時間がかかる?」

「……何とも。せめて今日中に捕まえられたらウルトララッキーって感じ」

「――そうか。ならばホーニャン。さくらカード捕獲の前に、俺たちをアブソール霊峰まで連れて行ってはくれないか」

 

 アッシュ曰く、ヴァンは今回の呼び出しで、ライマ国の王位継承権の何某かを語るつもりでいる。それを聞き届けずにはいられない。ルークも同じ気持ちだった。

 

(王位、か。そんなに大事なこと……だよね。二人とも王子様だもんね)

 

「わかった。連れてく。ちょっと準備してるから待ってて」

 

 ホーニャンは努めて寒気を無視し、自室に取って返した。

 

 

 

 

 

 ――アブソール霊峰。

 分厚いコートを着たホーニャンは、ぼやける意識を叱咤して雪道を登っていた。

 防寒対策としてロックスから借りた保温機能のある魔法瓶に、王子2名を招き入れた。

 

「寒いな……」

「お、おい。お前、顔色真っ青だぞ? 本当に大丈夫なのかよ。また無理してんじゃないだろうな?」

「えへへへ……ノーコメントで」

「頂上でヴァンに会えたら、お前は俺たちの身柄をヴァンに預けて、すぐバンエルティア号に直帰しろ。それから休め」

「……あは。二人とも優しい。さすが双子」

 

 双子、のフレーズに、ルークもアッシュも全く同じタイミングで互いから顔を背けた。そいうところが双子なのだが。

 

 そこでホーニャンは足を止めた。彼女たちの進行方向にアイスウルフの群れが立ちはだかっていた。

 小人ルークと小人アッシュは戦力として数えられない。

 よってホーニャンはルークとアッシュの入った魔法瓶を片手に持ったまま、火の魔法符を出した。

 

「火神招来!!」

 

 生じた炎でアイスウルフの包囲を崩し、ホーニャンは即座に戦線離脱しようとした。

 しかし、不運にもホーニャンが雪を踏みしだいて数歩、そこはクレバスになっていて、ホーニャンはそこから足を滑らせて真っ逆さまに転落した。

 

 …

 

 ……

 

 …………

 

 クレバスから落ちたホーニャンは、自分より先に魔法瓶の中のルークとアッシュの無事を確かめた。魔法瓶の中で二人して目を回しているが、命に関わる傷を負ったわけではなさそうだ。

 

 ルークとアッシュが魔法瓶の中から這い出した。

 

「崖から落ちたのか」

「くそっ。頂上でヴァン師匠(せんせい)が待ってるのに……!」

「ごめんなさいっ。すぐに上に登るルート探して――――あ」

 

 ホーニャンは立ち眩みを起こしてその場に膝から崩れ落ち、岩壁にもたれた。

 

「どうしたっ?」

「……えーと。実はあたし、朝から風邪っぽくて」

「なっ……何で先にそれ言わなかったんだ、お前!」

「だって、二人ともさくらカードのせいでこんな目に遭ったのに、あたしの体調が悪いからまた今度、って言うのは責任放棄かなって。だって、一国の王位継承権に関わる大事なお話だって言ってたし。さくらカードが迷惑かけたなら、4分の1はあたしの責任だし――」

 

 だからって、とさらに追及しようとしたらしい赤毛の双子。

 しかし彼らに先んじて、今度はアイスリザードとアイスバットがセットで現れ、彼らとホーニャンを包囲した。

 

(あたしがなんとかしないと。あたしはカードキャプターで、ディセンダーなんだから。でも、悪寒がして、気持ち悪くて……)

 

 

 

 

 

 ――この時が初めてかもしれない。ルークが、アッシュが、ホーニャンという一人の人間に対して全く同じことを想ったのは。

 

 立場も出自も関わらず、やると決めたことをやる。

 責任を取るために自己犠牲を厭わず、きっと自己犠牲なのだと無自覚なまま自身を酷使して、壊れる。

 

 ――そんな、ぞっとするような未来図が、二人の脳裏に浮かんだ。

 

 なぜこんな健気で素直な娘がディセンダーなのだろう?

 なぜこんな脆くて幼い少女がカードキャプターなのだろう?

 

 双子は、二色の不可視の鎖が、ホーニャンの体に巻き付いているような幻視さえした。

 

 同情か、憐れみか、苛立ちか。

 そういった感情に突き動かされて剣を抜いたのは、奇しくも全く同じタイミングだった。

 

 アイスリザードとアイスバットが彼ら二名とホーニャンに迫る。

 

「雑魚がこいつに近寄るんじゃねえ! 絞牙鳴衝斬!」

「他人を守るため――初めてだろうがやってやる! レディアント・ハウル!」

 

 赤毛の双子の秘奥義が、この瞬間、息を揃えて炸裂した。

 秘奥義発動の余波が晴れたそこには、彼らを取り囲んだ魔物が悉く屍を晒していた。ルーク&アッシュの完勝だ。サイズが小人だろうが自分の実力は決して低くはない、と双子がタイミングを合わせて喜びを顔に浮かべた時だった。

 

 とさっ、と。とても軽い転倒音が背後から聞こえた。

 ふり返れば、ホーニャンが地面に倒れ伏していた。

 

 

 

 

 

「「ホーニャン!?」」

「あ……ルークさん、アッシュさん……よかった、無事で」

「お前、どうしたんだよ!? さっきより具合悪そうだぞ!?」

「えーと、ちょっとだけ……『大』(ビッグ)のカード使って……二人の秘奥義の威力だけに範囲を絞って攻撃力を増幅・拡散させたから……」

 

 ルークとアッシュは驚いて顔を見合わせた。

 

「ルークさん。アッシュさん。あたしを守ってくれて、ありが、と。すぐ、崖から出られるように、する、から」

「けどお前! その体調じゃ……!」

「なんとかなるよ。絶対、大丈夫」

 

 ホーニャンは蒼白な顔色のまま岸壁に縋って立ち上がり、レッグホルダーから『創』(クリエイト)のさくらカードを取り出した。

 

「創造の本よ。これより我が紡ぐ言葉を文字として綴れ。『崖の岸壁から石が階段状に突き出し、上に至る階段を造り上げた』」

 

 すると軽い地鳴りがあり、岩壁から次々と段差の岩が盛り上がった。

 これを登れば雪道登山に復帰し、ルークとアッシュはヴァンに真相を聞きに行ける。だから彼らはその石段を登るべきなのに――動こうとしない。

 

「クレスに聞いたぞ。お前、自在に花が出せるカード、持ってるんだってな?」

『花』(フラワー)なら、確かに持ってる、けど」

「それ、狼煙みたいに上にぶわーっと飛ばせよ。師匠(せんせい)なら絶対、意味に気づいてくれる」

「は、はい」

 

 ホーニャンはルークに言われるがまま『花』(フラワー)のさくらカードを開放し、種類は関係なく今の魔力で出せるだけの花を大量に出して、風の魔法符で花を上空へと飛ばした。

 

「ホーニャン。お前はそのまま休息しろ。寝られるなら寝てもいい。体力を温存しておけ」

「……急に変な二人。でも……ありが、と、ね……」

 

 

 

 

 

 崖下での一幕を余さず見届けたヴァンは、満足げな笑みを刷いた。

 

(兄弟で協調とまでは行かなかったが、ルークにせよアッシュにせよ、いい方向への成長が期待できる)

 

 ヴァンは小鉢に納まる豆粒ほどの妖精に礼を言った。

 

「協力感謝する、『小』(リトル)。愛弟子たちの成長が促されたのはお前のおかげだ」

 

 ぷるぷる、と『小』(リトル)は頭を強く振り、小鉢から飛び降りると、ホーニャンが創った階段を跳ねて崖下に降りていった。


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