CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~ 作:あんだるしあ(活動終了)
「次! こっち焼き上がりまーす!」
「こちらも、もうお出しできます。ロックスさん。それが終わったら、そっちを見てもらえますか?」
「はい、すぐに! あ、リリス様! それはそっちじゃなくてあっちに。ああ、右のは調理台にそのままで」
「あの仕上げってどなたかもう……」
「私がやっておきました! あとは盛りつけで完成です!」
「あの、そっちのお鍋、それって――!」
ランチの時刻に合わせて来た時には、すでにキッチンはあの状態だった(いつもは混雑を避けて正午を1時間以上回ってから来るホーニャンとケルベロスである)。
「
「昼時前はいつもこんなものらしい」
隣のテーブルに、リッドと共に座っていたユージーンが教えてくれた。
「しかし、いつ見ても見事なものだ。意思疎通はもちろん、連携もよく取れている」
「“あれ”とか“それ”とかしか言ってないもんなあ。敵に回したら厄介そうだ」
「せやな。つまみ食いなんぞ以ての外! やで」
「実際してきた経験あるみたいな台詞だな」
「……ふっ」
ケルベロスは哀愁を漂わせて肩を落とした。背負ったどんより感が、重い。
(リッドさんの言う通り、実際に何回もやってるもんね。もう立派な常習犯だよ)
ケルベロスの小さな頭を撫でつつ、内心では呆れるホーニャンであった。
時刻が正午に近づくにつれ、徐々に食堂にも人が集まり始めた。
彼らは皆一様に、いつもはこの時刻にいないホーニャンの姿に驚き、感想を述べてからテーブルに着いた。
「あ、本当にホーだ! 今日は早いんだね。どうしたの?」
カノンノがごく自然にホーニャンの正面の席に座った。誰かからホーニャンが早く食堂に来たことを聞いたらしい。
「その……いつもカノに時間合わせてもらうのも、悪いかなって。今日からお昼に合わせて来ることにしたの」
「そんなの。気にしなくていいのに。でも嬉しいな。――今日のメニューは何かなあ」
頬杖を突いて足をぱたつかせるカノンノは、同じ女子であるホーニャンの目からしても、かわいい。友達の欲目を差し引いても、かわいい。
(あたしは、見た目はお母さんの若い頃そっくりでかわいいって伯母様方には言われるけど、中身は全然かわいくない。カノは見た目も中身もかわいい。……いいな)
「みなさーん! お昼できましたよー! 並んでくださーい!」
リリスの元気な声が食堂に響き渡った。
「今日はロールキャベツでーす! コロコロ野菜のスープとポテトサラダも付いてまーす!」
まずは若い男子組がすばやくカウンターへ走り、少しでもおかずの量の多いプレートを取っていく。
リリスたちも心得ているようで、男子の波が引く頃には、おかずの量が少なめのプレートを並べた。それを女性陣と年長の男性陣が取っていき、席に戻った。
ホーニャンは持ってきたプレートの上の料理を、実家から持ってきたケルベロス専用の食器に、自分のおかずをひょいひょいと移し、同じメニューをケルベロスの前に置いた。
「おおきに、ホーニャン。ほな、いただきます」
「「いただきます」」
皆が口におかずを入れた。おいしい! と、声が上がる――はずだった。
「甘っ! 何これ、めちゃくちゃ甘いよ!?」
「ポテトサラダはリンゴが入ってるからわかるとして、何でロールキャベツとスープまで、こんなに甘いのかしら」
カイウスとルビアが困ったようにキッチンを向いた。
それをきっかけに、食堂にいたほぼ全員の視線が、キッチンにいたクレアとリリスとロックスに向いた。
「僕たちは普段通りにやりましたよ!? 塩と砂糖と間違えるなんて凡ミスだってしてません」
カノンノが席を立ってロックスのもとへ行く。
「大丈夫。誰もロックスたちのせいだなんて思ってないから」
「お嬢様……」
「誰かがキッチンに忍び込んで砂糖を混入させた?」
「それこそ不可能だ。料理中のキッチンはロックス、クレア、リリスの戦場であり聖域。それを見つかりもせず料理全てに砂糖を混入するなど不可能だ」
例の「戦場」を見たあとでユージーンの言葉は重みが違う。
「じゃあ、3人の中の誰かが故意に……」
「バイバ! キール、それ以上言うと、メルディ本気で怒る!」
そこで次の反論をせずしょげかえる辺り、キールもかなりメルディに入れ込んでいる。
(甘い。甘さ。甘くする。甘くする。甘く、する)
「――ケロちゃん。さくらカードの中に、何でも甘いお菓子に変えちゃうカードがなかったっけ」
「おるで。
「キッチンの3人がミスしてなくて、あたしたちの誰もそんなことしてないんなら、さくらカードしかないよ」
ホーニャンは神経を研ぎ澄まし、意識を食堂全体に広げるようイメージした。
「ホー、わかるの?」
「……、……食堂の中にいるのは間違いない。けど、細かい位置までは掴めない」
「ロックス! 食堂のドアをロックして!」
「え? あ、はい、ただ今!」
ロックスが飛んで行って、食堂の自動ドアの電源を落とした。
「みんな聞いて! 今この食堂の中に、料理を甘くした犯人がいるの」
カノンノがホーニャンに視線を送ってきた。ホーニャンは肯き、立ち上がった。
「
リッドが、それは精霊みたいなものか、と質問してきたので、ホーニャンは頷いて答えた。
「見た目はちっちゃい妖精みたいなの。みんなにも探してほしいの。
料理の味が戻る、と聞いてヴェイグが真っ先に反応した。
(ああ、でも、驚くことでもないか。ヴェイグさん、クレアさん大好きだもんね。クレアさんの手料理に変なことされたら、そりゃあ怒るよね)
「でも、そんなものかけられて、スイートしょんぼりしないか?」
「う……そ、それは、しちゃうかも……」
「お塩ありったけ持ってきましたあ!」
「リリスさん、行動速ぁっ!」
メルディと哀愁に暮れる暇もなかった。カウンターの上に、どかどかどかっ、と積み上がった塩袋。
「よーし、やるぞ! 俺たちの昼飯のために!」
「おー!」
ロイドとシングがスクラムを組んだ。そういえば最近も、あの2人は洗濯中に落ちたルーティのシーツを取るために海に飛び込んだと、ルビアに聞いた。男子という生き物はなぜこういう時ほど全力を出すのだろう?
とにかく。いま食堂にいるメンバーで、それぞれの思惑や動機から
テーブルやイスの下。置物の裏。キッチンのオーブンや冷蔵庫の中。果ては換気ダクトの中やら皿の下まで、みんなして
「いたぞ!」
それは誰が叫んだ声だったか。
食器棚だ。ティンカーベルのように金粉を撒きながら、小さな妖精が食堂に飛び出した。
「食らえ! 散沙雨改め、塩沙雨!」
「ちょ、高いとこにいるのに塩なんか撒いたらっ」
キールの的確な制止も虚しく、
『…………』
そんなこちらの情けない様を見て、
むきーっ、とさらに塩をまき散らすロイドとシング。
ケルベロスがパタパタとロックスのほうへ飛んで行った。
「ロックス。何でもええから冷蔵庫に甘いもんあれへんか?」
「ティータイム用に用意したチョコケーキがありますが……」
「出したってえな。このままやと料理どころか、わいらまで頭から塩まみれにされるで」
ロックスは困ったように苦笑してから、冷蔵庫を開けてチョコケーキのワンホールを出してきた。
そこでホーニャンも理解が追いついた。
案の定、電灯の近くを漂っていた
「えいっ」
カノンノが両者の間に滑り込み、塩袋を開けた。
もろに塩にダイブした
「ホーニャン!」
「待ってましたぁ! ――
ホーニャンは髪留めからロッドへ姿を変えたそれを掴み、振り被った。
「汝のあるべき姿に戻れ! さくらカード!」
振り下ろした星のロッドの先端に、カードが形作られる。
桜色のカードがホーニャンの手に舞い降りた。
カノンノが席に戻ってスープをひと匙。
「甘くない! 元に戻ってる!」
わっ、と食堂に歓声が沸いた。これで平和なランチタイムが戻ってくる――はずだったが。
食事再開より先に、床に散らばった塩を掃き清めて。料理にも塩攻撃の余波はあったから、ロックスたちは味を整え直さねばならない。
空腹の労働は胃に沁みると、アドリビトムの少年少女たちは学習した。
現実はそう甘くない。
誤字修正。というかキャスト交替。
「カイルとリアラ」→「カイウスとルビア」
よく考えたらこの頃まだD2組はバンエルティア号にいなかった!!
大変すみませんでした!
2021.9.4 2話に分けていましたが結合しました。