CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~ 作:あんだるしあ(活動終了)
艦に帰り着いて、最初に驚きの声を上げたのはアンジュだった。
「何これ……泡だらけ!」
ホールの床一面が泡、泡、泡。シャボン玉が舞っては割れ、壁にも泡が付着した跡がある。
「掃除が面倒で洗剤を撒いた――というには泡立ち過ぎ、ですね。明らかな故意を感じます」
「あ! お嬢様、アンジュ様!」
「ロックス! 何があったの?」
「それが……僕にもよくわからないんです。気づいたら足下に泡が迫ってきていて。洗い物はしてませんでしたし、洗濯機が故障してないことも確認しました。一体どこから湧いて出たのか……」
船倉からホールに至る梯子をイリアが登ってきた。
「ロックス、だめだわ。下のほうも部屋全滅……ホーニャン!?」
イリアは、びくついたホーニャンの前まで来て、ホーニャンの両頬を摘まんで引っ張った。
「どこ行ってたのよアンタ! ルカもスパーダもみんなアンタ探しに行ったのよ!?」
「ほ、ほへんなはい」
「はいはい、イリア。そのくらいで。本人も反省してますから」
イリアは納得いかないようだったが、ホーニャンの頬から手を離した。頬を押さえる。痛かった。
「お説教はこの泡を片付けてからにしましょうね」
「わぁったわよ。それで? これ、何がどうしてこうなったわけ」
ホーニャンはしゃがみ、泡に触れた。とたんに脳が解を弾き出した。
「さくらカードの気配……」
「
ホーニャンは信じられない思いでケルベロスをふり返った。
「だから、あたしを迎えにきたの?」
純粋に心配したからではなく、さくらカードの封印はホーニャンにしかできないから。
「違うよ!」
「カノ?」
「こうなってもならなくなっても、わたし、絶対ホーを探しに行った。絶対、絶対だから!」
カノンノもしゃがみ、ホーニャンの手を両手で握った。泡で濡れてしまうのに。
「ケロちゃんも?」
「当たり前やんけ」
「お母さんの娘だから?」
「それもあるけんど、一番は、わい自身が心配やったんや。ホーニャンがつらないか、泣いてへんか。ただ会いたかったんやで、
涙腺が緩みそうになった。ぐっと堪えて、立ち上がった。
「ロックス。この艦の中の全部の部屋に繋がるとこってある? 通気口、水道、何でもいいから」
「空調用の吹き出し口でしたら。全室にありますから、艦内をカバーするように通っていると思いますが」
「じゃあそれの一番の源に連れてって」
「! かしこまりました。こちらです」
ロックスが船倉へ続く梯子に向かったので、ホーニャンも追いかけて、梯子に足をかけた。
「私たちはみんなにあなたが戻ったって報せるね。気をつけて」
「ありがとう。アンジュさん」
梯子を下りて、なじんだ船倉に足を着ける。船倉も床一面が泡だらけだったので、滑らないように気をつけた。
ロックスは船倉の床の一部から泡を払い、床板を持ち上げた。そこにも梯子が取り付けられていたので、足をかけて降りた。
暗い船底で夜目を凝らしてロックスのあとを付いて行く。
「見えてきました。あれが空調設、備……」
ロックスがポカンとした様子で立ち止まった。(「飛び」止まったと言うべきか?)
ぷくぷく、ぷくぷく。
物々しい稼働音の中にあって、愛らしいその音を発するのはあどけない面差しの人魚。
そこでホーニャンはロックスに下がっているよう頼み、人魚の前に自ら立った。
「あなたが
ホーニャンがバンエルティア号を飛び出す前には、艦内にさくらカードの気配はなかった。つまり
――この世に偶然はない。あるは必然だけ。
「戻って来いって言ってるの? あなたも、あたしに」
泡の人魚は微笑むばかりで答えることはない。
ホーニャンは髪留めを外した。
「星の力を秘めし羽よ。真の姿を我の前に示せ。契約の下、
展開した星のロッドをそのまま振り下ろした。
「汝のあるべき姿に戻れ! さくらカード!」
この際だから、残った泡を最大限活用してバンエルティア号の大掃除をしよう。
リーダーのアンジュの発案により、その日は急きょ、艦内の一斉清掃が行われる運びとなった。
普段の当番掃除といえば、ごみを拾って箒で掃き清める程度だが、今日はモップやブラシの争奪戦が起きた。さもなくば泡だらけの床に這いつくばって雑巾がけという強制一択だからだ。
特に奪い合いが激しかったのが赤毛の双子だった。熾烈だった。
ちなみに貴重なブラシでゴルフごっこをしていたロイドとシングは、リフィルに教科書で頭を叩かれていた。
ホーニャンは雑巾がけに立候補し、泡に濡れるのも構わず、率先して艦内の床や壁を一生懸命こすって拭いた。
高い所を拭こうとすると、コレットが羽根を出して飛んで代わりに拭いてくれたりもした。
――ドタバタしつつも、日が暮れる頃には、艦内はピカピカのキラキラになったのであった。
「皆さん、お疲れ様です。ユーリ様がチョコラータを作ってくれましたよ」
ロックスが尻尾近くの羽根をパタパタさせながら、小さな紙コップがいくつも載ったトレイを持ってきた。ユーリもまた同じく。
「全員分は材料足りなくて作れなかったから、早く来ねえとなくなっちまうぞ~」
労働の後は糖分が恋しい。だが、それを求める勢いたるや、女性のほうが強い。
どういうことかというと、ユーリの言葉を聞くなり、その場の女性陣がバーゲンセールもかくやという気迫でユーリとロックスに殺到したのだ。
「落ち着けって! 順番だ順番。あと、もう1回並んでもう1杯なんてみみっちい真似すんなよ」
――ある眉目秀麗な剣士がぎくりとしたのだが、それはホーニャンの与り知らぬ所であった。
ホーニャンも、回ってきたチョコラータを受け取り、口をつけた。チョコレートの濃厚な甘さが舌に広がり、飲み込めば胃が温まった。
「お疲れ様、ホー」
「カノ。貰わなくていいの?」
「もう全部飲んじゃった」
「……相変らずの早飯だね」
そう、相変わらず。カノンノのホーニャンに対する態度は変わらない。ホーニャンが魔法使いであっても――ディセンダーであっても。
「ケロちゃん、カノ」
ホーニャンは髪留めを外して握り締め、その握り拳を胸に当てた。
「あたし、一生懸命、ディセンダーやるよ。この艦のみんなが世界のためにがんばってる分だけ、あたしも、みんなのためにがんばる。絶対がんばる」
騒がしいホールでは小さすぎる、大きな宣誓を聞いていたのは、ケルベロスとカノンノだけ。
それで、よかった。
「ホーニャンやったら、大丈夫や」
「うん。わたしも――わたしたちも一緒だよ」