CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~   作:あんだるしあ(活動終了)

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“赤い煙” ②

 ホーニャンはカノンノとおしゃべりしながら遅めのランチを終え、なんとなく部屋には帰らず、カノンノと他愛ないおしゃべりをしていた。

 

「そういえばね、最近、名前を短く呼んだり、くっつけて何人も呼ぶのが流行りなんだって」

「へー」

 

 もう何杯目かわからない食後のお茶を飲みながら、発信源はユーリに違いないとホーニャンは予想した。エステルの本名を縮めたり、時にはリタとエステルを「リステル」とまとめ呼びしたりという前科があるゆえだ。

 

「あたしたちもやる?」

「やりたいやりたいっ。じゃあホーニャンは、んー、ホーでどうかな?」

「じゃあカノンノは、カノって呼んでいい?」

「それいい! 採用!」

 

 きゃいきゃいと盛り上がる少女たち。

 

「カ~ノっ」

「なあに? ホー」

 

 少しの間が空いた。その間、ホーニャンとカノンノは互いを見つめる目を逸らさなかった。

 やがて噴き出したのはどちらが早かったか。

 

「「あはははははは!」」

 

 どうしてかツボに嵌った。笑い声が止まらなかった。カノンノもだ。

 

「ああ、いたいた。ホーニャン、ちょっとお願いしたい仕事が……どうしたの?」

 

 食堂に入ってきたアンジュが首を傾げた。

 なんでもなぁい、と二人で声を揃えて答えるのが、秘密を共有した友達同士のようで、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 ホールに行ってアンジュから依頼内容を聞いた。今回の同行者のファラとマルタも呼ばれていた。

 

 依頼は、モラード村のジョアンという病身の男を、ブラウニー坑道の奥まで護衛することだという。

 あんな罠だらけで魔物だらけの場所に、依頼人は何を血迷って向かうのかとアンジュに質問すれば、

 

「うーん。本人の話だと“病気を治す存在”がそこにいるとか何とか」

 

 ぞわり。赤い煙についてキールとメルディから聞いた時と同じ悪寒が、ホーニャンの背中に走った。

 

 

 

 

 

 そして、護衛任務当日。

 指定されたポイントで合流したジョアンという男は、立っているのがやっとという状態だった。

 

「ジョアンさん、大丈夫ですか? 歩くのも辛そうなのに、そんな無理をしてまで行くなんて」

 

 ジョアンは苦しげな呼吸をくり返している。

 

「これが、私にとっての、最後のチャンスなんだ。……生き延びるための」

「生き延びるためのって」

「私はもう、長くないんだ。医者も、見放した病気、でね。だけど、この奥にいるという存在に会えれば……」

 

 死にたくない。生きたい。ヒトの、生き物全ての普遍的な祈りであり、欲。

 

「ケロちゃん。真の姿に戻ってくれる?」

「何や壮絶にヤな予感すんねんけど」

「……だめ?」

 

 困った時はうるうるした瞳で上目遣いに。母方の伯父が教えてくれた。

 

「はぁ~。わかったわかった」

 

 ケルベロスの羽根が巨大化し、ケルベロス自身を包んだ。羽根が開いて現れたのは、黄金の毛並みと瞳を持つ、さくらカードの守護獣。

 

「リッドから聞いてたけど、本当に変身するんだね。うん、ケルベロス、かっこいいよ!」

 

 ファラの言葉には裏がない。ケルベロスもわかっているのだろう、珍しく照れて、前足で器用に頭を掻いた。

 

「ジョアンさん、乗ってください。大丈夫。噛んだり襲ったりしませんから」

「は、はい……」

 

 ジョアンは恐る恐るといった感じで、どうにかケルベロスの上に跨った。

 

「ナイスアイデア! これならジョアンさんも疲れないし、何かあってもケルベロスがいるもんね。うん。イケるイケる」

『ホーニャンらやさくらやったらまだしも、会ったばっかのおっちゃん乗せるやなんて。ワイはタクシーちゃうぞ』

「ごめん、ケロちゃん。あたしたち、みんな女の子だから。もうしないから、今回だけガマンして?」

『む……まあ、二度とやらんちゅうんやったら。ホンマ今回こっきりやからな』

「ありがとね、ケロちゃん」

 

 ホーニャンはケルベロスの鼻面にキスをした。

 

 

 かくて女子3名と男1名、それに守護獣1体がブラウニー坑道を進み始めた。

 もちろんタダで進めるほどブラウニー坑道は易しい場所ではない。何度も行く手を魔物に阻まれた。

 

「雷帝招来、雷撃!」

 

 足の生えたカタツムリ魔物に、魔法符で電気を当てて痺れさせる。

 

「任せて! 飛燕連脚!」

 

 畳みかけるはファラの格闘技。ファラから連続でくり出された蹴りにより、カタツムリ魔物は殻を砕かれ、どう、と倒れた。

 

「ふう」

「ファラさんは格闘技で戦うんだね」

「うん。村にいた頃、道場に通ってたんだ」

「あたしも、ちょっとだけ心得あるの。都合のつく時で構いませんから、お勉強させてもらえませんか?」

「いいよ。そうだっ。コハクにもお願いしよう。コハクも格闘タイプだから、いい勉強になると思うよ」

「いいのかな……? じゃあ、帰ったら、お願いしてみます」

「ファラもホーニャンもすごいよねえ」

 

 そんな話をしていると、マルタがぽつりと言った。

 

「私だったら絶対『そんなの無理!』って思っちゃうんだよね。ヒーラーで攻撃技が少ないから、特に。いつもはエミルが前衛で守ってくれるんだけど。ファラもホーニャンも自分で鍛えて自分で立ち向かって。ほんとにすごいな」

「わたしは単に、最初からダメだなあって思ってると、できることもできなくなっちゃうかもしれないからって思うだけだよ。やってみたら意外にできちゃうかもしれないし。なんとかなるなる」

「イケるイケる! ってやつだね」

 

 盛り上がるファラとマルタとは違い、ホーニャンは別の考えに思いを致していた。

 

「――『なんとかなるよ。絶対、だいじょうぶだよ』」

「何それ?」

「お母さんの『無敵の呪文』。ファラさんの言葉と通じるとこがあるなあって。ファラさん、あたしのお母さんの若い頃にちょっと似てるのかも」

「ホーニャンのお母さんにかあ。えへへ、光栄だよ」

 

 母のすごさを認められたようでホーニャンも嬉しくなった。

 

 

 

 

 

 魔物を撃破し、時におしゃべりも交えつつ、彼女たちはついにブラウニー坑道の最奥ポイントに辿り着いた。

 

『着いたで、にーちゃん。よう頑張ったな』

「は、はい……」

 

 ジョアンがケルベロスから降りると言ったので、ファラとマルタが彼に左右から肩を貸してジョアンを下ろした。

 

「はぁ…はぁ…ありがとうございます……ゲホ! ゲホ!」

「でも、病気を治す存在なんて、どこにいるの?」

 

 ホーニャンも周りを見回したが、それらしき存在、あるいはその気配は感知できない。

 

 ジョアンはファラとマルタから離れ、自力で歩いて前に出た。

 

「ミゲルの病気を治してくれた方! どこにいるんですか! 私もお願いに参りました!」

 

 大声を出したせいか、ジョアンは大きく咳き込んだ。見ていて辛いが、目は逸らせない。

 

「どうか……私の病気も、治してください!!」

 

 ほとんど悲鳴になったジョアンの声に、応えるように、()()()は地面から滲み出た。

 

「オルタータ火山の時と同じ――」

『赤い煙やないけ!』

 

 赤い煙はジョアンの全身を包んだ。

 

 ホーニャンも、ファラもマルタも不安で見守っていると、赤い煙が地面へと吸い込まれるように消えた。

 

「息が、苦しくない? 咳も体の節々の痛みもない……治ったんだ! 奇跡だ…!」

 

 ジョアンは涙を隠さず万歳をして、全身で喜びを表した。

 

「あの、本当に大丈夫なんですか?」

「ああ。とても清々しい気分だ。健康とはこんなにも素晴らしいものだったのか。よおし。村に帰ってまたみんなのためにバリバリ働くぞ!」

 

 ジョアンが喜々とした歩調で元来た道を戻り始めた。

 

 護衛任務はジョアンが坑道を出るまで続いている。

 ホーニャンはケルベロスと、そしてファラとマルタと見交わした。全員の表情に「すっきりしない感」がありありと現れていた。

 

 

 

 

 

 ジョアンを村まで無事送り届けてから、ホーニャンたちは帰艦し、アンジュとウィルに今回の顛末を報告した。

 

 ウィルが難しい顔で腕組みをした。

 

「赤い煙……やはりただのガスなどの物質とは考えにくい。あれは超常的な何かかもしれない――」

「危険なのかどうかさえわからないし、もうこれに関する依頼は受けられないかな」

 

 アンジュはカウンターから、紐で綴じた依頼書の束を出した。パラパラ漫画が描けそうなぶ厚さだ。

 

「これ全部、護衛の依頼よ? 例の『病気を治す存在』のとこへ連れてけって。もう噂になってるみたい。仕事が増えるのは嬉しいけれど、あんな得体の知れないものに引き合わせて、依頼者とトラブルになったら大変でしょ」

 

 ファラが「うわー」、マルタが「ひえー」とそれぞれのリアクションで依頼書の束をざあっとめくっていく。

 

「むしろ今後は、接触させないように働きかけるべきだな」

「となると、ますます人手が欲しいわね。心当たりに手紙を出しておきましょうか。――とりあえず、ファラ、マルタ、ホーニャン、ケルベロス。今回はお疲れ様」


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