CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~ 作:あんだるしあ(活動終了)
アスベルとヒューバートは、母・ケリーが待つ部屋へ入った。
「二人とも、よく来てくれました。
「いいえ、母さん。俺たちはラントのためにできることをしたまでです」
ケリーはとても感慨深げな笑みを刷くと、アスベルたちに一冊の本を差し出した。
「これは?」
「お父様の日記です」
「親父の?」「父さんの?」
兄弟で意図せずして重なった声。ヒューバートがそっぽを向いてしまったので、日記帳はアスベルが受け取ってページをめくった。
そこには、亡き父・アストンの、息子である彼らへの伝えられなかった想いが綴られていた。
――ヒューバートをオズウェル家へ養子に出すに当たって、濃やかな配慮をくれぐれも頼んでいたこと。
――そもそもヒューバートを養子に出したことが、若い頃のアストンが実の兄と家督争いをした経験から、息子たちには二の舞を踏ませまいとしての、苦渋の決断だったこと。
――幼いアスベルがラントを出奔したことを受けて、自分が過去に縛られて息子たちの可能性を奪ったのだと、苦悩の日々を送ったこと。
――それでも、アスベルとヒューバートを信じよう、と。
愛する二人の息子たちならば、どのような困難に遭ったとしても。
希望をもたしてくれると信じている。
アストンの日記を最後のページまで読み終えて、先に感極まったのはヒューバートだった。
「こんなものを遺して死んで……もう、憎むことができないじゃないですか……いつだってそうだった。一番大事なことはちゃんと言ってくれなかった。死んでから分かったって、遅いのに……!」
アスベルは、日記をシワが寄るほど握り締めるヒューバートの手を、上から握った。
父・アストンが信じた通り、アスベルとヒューバートは多くの艱難辛苦を越えてまた手を取り合えた。父が信じた未来は、確かに実を結んだ。――日記の中の在りし日の父に、そう示したくて。
(親父。俺、馬鹿だから、また迷うことがあるかもしれない。だから、これからも見守っててくれ。そして、俺が迷った時は、叱って……)
じわ、と滲む視界。こみ上げるものを、我慢できなくて。
アスベルもヒューバートも、ただただ、泣いた。
休むソフィの、手を握ったままでいたシューイ。
付き添いは彼だけではない。シェリアもマリクもパスカルも、ソフィを案じて部屋に留まった。治療のすべを持たずとも、そばにいることだけはできると、皆が信じて。
部屋のドアを控えめにノックする音がした。
シューイはソフィの安眠が解けなかったことを確かめてから、どうぞ、とだけ答えた。
部屋に入ってきたのは、バリーであった。
「……お嬢さんの具合は、どうですか?」
これに対し、シェリアが首を横に振った。痛ましげな顔を取り繕うことさえなく。
「俺たちを守ろうとして、こんなことに……」
「いいえ、バリーさん。ソフィの具合が悪いのは前からのことで、バリーさんたちのせいじゃないのよ……」
シェリアが項垂れるのを見て、シューイは俯いて唇を噛んだ。
彼女にせよバリーにせよ、ソフィのことで自責に駆られる謂れはない。この中で最も責められるべき人間がいるとしたら、それはシューイだ。シューイはソフィがこうなると予期していながら、ソフィをラントに連れて戻ったのだから。
「ソフィならこの通りだ。それで。何か用事があったんじゃないのか?」
「その……アスベル様がこちらにいらっしゃるかと思って……」
「間が悪くてすまんが、今はアスベルもヒューバートもケリー夫人に会いに行ってる。伝言で済むならこちらで言付かる」
「いえ。直接会ってでないと意味がないですので」
「バリーさん。その、アスベルのことは、まだ……」
「シェリアさん。俺は長い間、アスベル様を誤解していたのかもしれません。あの方はいつだって、手の届く限り、いや、もしかしたら目に入る全てを守ろうとしていた。なのに俺は、ただ
「バリーさん――」
そこで、バン! とドアが再び外から開けられた。噂の当人のアスベルと、その弟のヒューバートが戻ってきたのだ。
「バリー! ちょうどよかった。聞きたいことがあるんだ!」
「うるさい、そして音がでかい。ソフィが起きるだろうが」
「す、すまない、シューイ。気が急いていた」
アスベルは今度、声のトーンを落としてバリーに尋ねた。
「バリー。親父が好きだった花が何か知らないか?」
「アストン様のお好きな花、ですか」
「よく考えてみたら、俺は親父の好きなものを何も知らない。俺たちだけじゃ、親父の墓前に手向ける花一つ、満足に選べない」
シューイは内心で驚いていた。アスベルにせよヒューバートにせよ、亡父に複雑な感情を抱いていたというのが今日までのシューイの印象だ。だが、この短時間にどんな心境の変化があったのか、今のラント兄弟はアストンへの弔いの気持ちに満ち満ちている。アスベルからすれば、それこそ、彼を邪険にしているバリーに臆面もなく頼るほどに。
アスベルに詰め寄られた当のバリーはというと、面食らっていたものの、結局は破顔一笑した。
「アスベル様。そういうものは、込めた気持ちが大切なのです。アスベル様とヒューバート様が心を込めて選んだ花であれば、アストン様は気に入ってくださると思います」
「そう、だろうか――?」
「はい」
「分かった。――ありがとう、バリー」
「いいえ。俺のほうこそ、宛てにして尋ねてくださって、ありがとうございます」
バリーは深く一礼してから、部屋を出て行った。
「急なお墓参りだね。何かあった?」
「ああ、まあ、あったというか、知ったというか」
「何を?」
「い、色々ですっ」
よくよく目を凝らして観察すれば、兄弟の目はうっすらと赤い。泣き腫らした跡だ。
とはいえ、結局は、アスベルたちは具体的にどんな花を供えるべきかを聞きそびれた形になるので。
「こういうのはどうだ? お前らの母さんの花壇から上等なのを、お前とヒューバートで見繕うんだ。愛する妻が丹精込めて育てた花を、愛する息子たちが自分を想いながら選んで、供える。おれが父親の立場なら、天国で号泣するだろうな」
「母さんの花壇?」
「この屋敷の花壇の手入れは、ケリー夫人がしてるんだろ?」
「そうなのか!?」「そうなんですか!?」
アスベルとヒューバートは同時にシェリアをふり向いた。
「え、ええ、そうよ。私もおじいちゃんから聞くまで知らなかったんだけど。何でも、庭の花壇のお世話は、もっぱらアストン様がなさってて、亡くなられてからはケリー様がずっと――」
「親父が!?」「父さんが!?」
「いちいちうるさい。出禁にするぞ?」
「ここ、俺の部屋なんだけど……いや、悪かった。謝るから
「詳しいことなら、おじいちゃんに聞いたほうがよく知ってると思うわ」
「んで。供花の件は?」
「ああ。アイデアをありがとう、シューイ。すぐにでも行ってみる」
「ソフィのために急がねばならないのは承知しています。ですが、本当に少しだけでいいので、僕らに猶予を下さい」
誰も反対などするはずがなかった。
アスベルとヒューバートが、そろりそろりと部屋を出て行った。
「私、シューイに話したかしら? お屋敷の花壇を誰が世話してるか」
「いいや。おれが勝手にそうなんだろうと思ってただけだ」
実は今回、屋敷の前庭を通った時に、アストンとケリーのなれそめを過去視してしまったとは言えないシューイであった。