CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~   作:あんだるしあ(活動終了)

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「火」よ、踊れ

 

 

 シューイは、ソフィ、シェリア、パスカルの女子組と共に装置へ向かい、フェンデル総統と技術者たちの前で足を止めた。

 

「ストーップ!! その実験、何が何でもやめてもらうんだから!」

「な、何だこいつらはっ。衛兵!」

 

 フェンデルの兵士がシューイらの前に立ちはだかった。

 

「どいてっ」

 

 ソフィが前に出て、得意の拳と蹴りであっさりと兵士を沈めた。

 

「話を聞いてください! わたしたちはあなた方を傷つけようとしてるんじゃありません。この実験は本当に危険なんです。このままじゃ大煇石(バルキネスクリアス)が暴走して、フェンデル全土を巻き込んで大きな災害になってしまうんです」

「戯言を――おい、出力を上げろ」

「はっ」

「だからそれが――!」

「無理だ、シェリア。話し合いが通じる頭がない相手だったみたいだ」

 

 技術者が装置のレバーを持ち上げた。

 レバーが上がれば上がるほど、大煇石(バルキネスクリアス)の赤い明滅の感覚が短くなり、赤光の光量は増すばかり。

 

「装置を止めろ! 急げ!」

 

 叫んだのは、マリクらに敗れたカーツだった。

 ――彼も知っていたのだ。この実験の孕む危険性を。

 知っていて、それでもこの選択しかできなかった。それほどにフェンデルという国はどん詰まりなのだ。

 

 技術者が装置を緊急停止させようとしているが、上手くいかないで右往左往。

 

「こうなったらイチかバチか――大煇石(バルキネスクリアス)と装置を結んでるパイプをどうにかする。こうなったのはあたしの責任だもの。何とかしないと!」

 

 前に出ようとしたパスカルを――シューイは突き飛ばし、ソフィとシェリアに受け止めさせた。

 

「シューイ、どうして……っ?」

「引っ込んでんのはあんただよ、パスカル。それとカーツさんも。二人とも動いてくれるなよ!」

 

 シューイは剣を召喚し、「(ファイアリー)」のカードに剣先を立てた。炎の原素(エレス)が強いこの場では、同じ火属性の「(ファイアリー)」が最適任だ。

 

「そのパイプを焼き尽くせ! 『(ファイアリー)』!!」

 

 シューイの命令を受けた「(ファイアリー)」は炎を走らせ、大煇石(バルキネスクリアス)と装置を繋ぐパイプに絡みつかせた。外からの灼熱で、パイプの金属部分もゴム部分も焼け落ちていく。

 

 その中から出てくるのは、装置が大煇石(バルキネスクリアス)に流す大量の電気。

 

「電気を外へ出すな! 『(シールド)』!」

 

 パイプが焼け落ちるのに合わせ、もう一枚のさくらカードを剣先で突いた。盾のシンボルマークが現れ、焼け落ちたパイプ部分をドーム状に閉じ込めた。

 

 2枚同時使役、しかも片方は四大元素のカード。負荷は大きい。

 だが、ラントで全てのさくらカードを開放した時に比べれば、これくらい。

 

 やがて「(シールド)」の中で帯電は治まっていった。

 

 

 

 

 

「……や、った?」

 

 シューイはその場に尻餅を突いた。疲れた。

 

 戻ってきた「(ファイアリー)」と「(シールド)」が心配げにシューイの周りを回った。

 

「心配してくれてるのか? おれは大丈夫だ。お前たち、よくやってくれた。こんなおれでも、誰かを助けられるんだな」

 

 すると、「(ファイアリー)」が踊るように上下し、大煇石(バルキネスクリアス)の前まで飛んで行った。

 

「お前も嬉しいか、『(ファイアリー)』。お前が見守った営みが壊れずにすんで。そうか、そうだよな」

 

 さくらカードは魔法具だが、同時に意思も心もある精霊に近い存在だ。「(ファイアリー)」はシューイが封印するまでずっとフェンデルにいた。フェンデルに愛着があっても自然なことだ。

 

「装置が停まった……あの煇術は、あの少年は、一体……」

「――誰でもないさ。オレたちの頼もしい仲間の一人だよ」

 

 ふと、座り込んでいたシューイの横に、ソフィがしゃがんだ。

 

「ありがとう」

「は?」

「シューイ、前に言ったこと、守ってくれた。『おれが死なせない』って。『おれが守ってやる』って。守って、くれたね。パスカルも、カーツさんも」

「ただ無我夢中でやっただけだ。上手く行かせる自信なんてこれっぽっちもなかった」

「でも、ありがとう」

「ソフィ……」

「ありがとう」

 

 全身が熱かった。火の大煇石(バルキネスクリアス)の近くにいるからという以上に、体の奥から熱が込み上げては治まらなかった。花めいたソフィの笑みから、シューイは顔を逸らした。

 

 ――だが、青年と少女の甘酸っぱいひとときを許すほど、状況は改善されていなかった。

 

 シューイは剣を手に立ち上がった。

 

 上空から禍々しい気配が降ってきた。この隠そうともしない瘴気に、シューイは一人しか心当たりがない。

 

「リチャード――!」

 

 ソフィも、アスベルたちも、上を仰いだ。

 

 鳥の魔物(モンスター)に乗ったリチャードが、装置に飛び下りてきて、赤い大煇石(バルキネスクリアス)に手をかざした。

 

 一番に動いたのはアスベル。

 アスベルは装置の凹凸を跳躍し、リチャードより一段低い場所に辿り着いた。

 

「リチャード、やめろ!」

「邪魔をするな!」

 

 リチャードが剣を抜いた。――あの魔弾がまた来る。

 

 シューイの予想通り、青い魔弾がアスベルを撃った。吹き飛ばされるアスベルを、

 

「風華、招来!」

 

 魔法符で風を起こしてエアクッションを生み出し、受け止めた。

 

 だがリチャードは無情にも2撃目を、地面に降りたばかりのアスベルに放った。

 

「『(シールド)』!!」

 

 魔弾はアスベルに当たる前に不可視の防壁に阻まれて四散した。

 

 

 シューイはアスベルに駆け寄った。皆がそうした。

 

「アスベル!」

「無事か?」

「ああ、すまなかった。リチャードは」

 

 ふり返れば、どんどんと輝きを失っていく大紅蓮石(フォルブランニル)と、瘴気に混じって赤い原素(エレス)を纏ったリチャードが。

 

 リチャードは凶悪な笑みを浮かべ、再び鳥の魔物(モンスター)に乗って流氷の空洞から飛び去った。

 

「リチャード? まさかウィンドルのリチャード王か? そんな人物がなぜあのような、いや、そもそもあんなことが人間にできることなのか?」

 

 マリクの肩を借りて立ち上がったカーツが、呆然と上を仰いだ。

 

「オレたちも信じたくはないが……これが現実だ」

 

 そこでフェンデル総統の周りにいた兵士がこちらを囲み、銃を向けた。総統は「侵略行為だ」「このままでは帰さん」など、目先のことに囚われた発言をくり返している。マリクがカーツに肩を貸しているにも関わらず、だ。

 

(『(イリュージョン)』で透明化して逃げるのが順当なとこか)

 

 シューイはロングコートのポケットに手を伸ばそうとした。

 

 

「お待ちを、オイゲン総統閣下」

 

 

 現れたのは、白からピンクへのグラデーションヘアが特徴的な、ソフィよりさらに幼い少女だった。

 

「ポアソン! あんたが何でここに」

「ばば様から長の代理に任じられ、やって来たんですよ」

「あなたが……長の代理?」

 

 総統が驚くのも無理なからぬことだ。シューイとて事前に知っていなければ似たり寄ったりの感想だったと断言できる。

 

「ばば様からの伝言です、総統閣下。どうか、この方たちの身柄をこちらに預からせていただけませんか? 此度の事態、長はアンマルチア族の総力を挙げ、真相を解明すると決定しました。そのためにはこの方たちの持つ情報がどうしても必要なのです。閣下のお答えによっては、現在、フェンデル政府に協力に出している技術者たちも引き上げざるをえない。我がアンマルチア族は、今後もフェンデル政府との良好な関係を望んでおります。――以上です」

「わ、わかりましたっ。この場は長老に預けます」

 

(うわー、えげつね。この世界、アンマルチア族がチートすぎだろ)

 

 総統は肩を怒らせ、兵士を引き連れて流氷の空洞を出て行った。

 

「これからどうすればいいの?」

 

 不安げに呟いたのはシェリアだ。

 

「リチャード陛下の次の目的地もわからなくなっちゃったし」

「その件で、ばば様からパスカル姉様に伝言があります。リチャード陛下は、次に星の核(ラスタリア)に向かうとのことです」

 

 世界の中心にある、全ての煇石(クリアス)の大元とも呼ばれている存在だと、ポアソンは説いた。次いで、パスカルに“英知の蔵”の鍵を渡した。世襲制の長しか入れない場所へ入ることを許可された、これは破格の待遇であり――それだけ事態が差し迫ったことを意味する。

 

「“英知の蔵”へ行こう、パスカル」

「ええ。今となっては、賭けられる可能性には何であれ賭けてみるべきです」

 

 珍しくラント兄弟の意見が一致した、と、感心するより早く。

 

 

「オレはここに残る」

 

 

 全員で一斉にマリクをふり返った。

 

「ここに残ってカーツと共に再び改革の運動を起こそうと思う。フェンデルの人間として、改革を成し遂げられなかった責任を負わなくては」

 

 だが、意外や意外、マリクの言葉に異を唱えたのは、肩から手をどけて自分の足で立ったカーツその人だった。

 

「マリク、行け」

「カーツ?」

「世界で大きな異変が起きていて、それをずっとお前たちが追って来たというなら、お前はそちらに行くべきだ。フェンデルは俺とフーリエ博士に任せて、行け、マリク。大煇石(バルキネスクリアス)を――フェンデルの未来を取り戻してくれ」

 

 カーツが手を差し出した。20年も前、共に国を変えようと志を語り合った彼らは、今のように手を相手に差し出したのだろう。

 

「――ああ。任せろ」

 

 マリクとカーツは硬く互いの手を握り合った。


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