CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~   作:あんだるしあ(活動終了)

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死ぬのが怖いなら

 ベラニックの宿で一泊してから出発した彼らは、フェンデル高原に通じる山岳トンネルの前まで辿り着いた。

 

「このトンネル、中に灯りはあるのか」

「うんにゃ」

 

 シューイは右手に剣を召喚し、「灯」(グロウ)のさくらカードを抜いて宙に投げ、剣先で突いた。

 

 光る小さな綿毛がトンネル内に満ち、蛍のようにあちこちを緩やかに舞う。

 

「本当に便利だな、さくらカードって」

「灯りがあれば、使わずにすんだんだが。足下、気をつけろよ。特に女子」

「はいはーい」

 

 元気に答えたパスカルが一番(別の意味でソフィより)心配になるシューイだった。

 

 「灯」(グロウ)の明るさを頼りにトンネルを進んでいると、ふいにヒューバートが口にした。

 

「このトンネルが完成してから、フェンデルは頻繁にウィンドルにちょっかいを出すようになりました」

 

 ストラタではなくラントを引き合いに出した辺り、ヒューバートもラントが心配でならないのだろう。

 

「これがなければ、親父も……」

「このままではフェンデルの思い通りになってしまう。ラントに平和と幸福は訪れません」

「平和と幸福か……ベラニックの人たちを見ていると、わからなくなったよ。俺たちが不幸なのか。彼らが不幸なのか」

「フェンデルが不幸だとしたら、兄さんに何かできるんですか」

「わからないよ。でも、その答えは、知っておかなきゃいけない気がするんだ」

「よけいな苦労しょい込んでぶっ倒れても知らないぞ」

「大丈夫。そうなったら、わたしがアスベルを支える」

「ソフィ……ありがとう。シューイも、気を遣ってくれて」

「別に」

 

 シューイ自身、不思議だった。恋敵なのに、アスベル・ラントという男は妙に助言を引っ張り出させる。

 

 トンネルを抜ける手前で、シューイは「灯」(グロウ)を解除し、剣を消した。

 

 月並みなフレーズだが――トンネルを出ると、そこは(また)雪国だった。

 

「高原……そうか。これでぼくたちは、高原の雪を見たことになるのですね」

「さっきから見てるじゃない」

「ストラタ軍の中で、この高原の雪を見た者はいません。何せ、フェンデル山岳のトンネルを越えて、帰って来た者は一人としていませんから」

「生きて帰れないほど帝都ザヴェートの軍部は厳しい場所って意味か」

「そういうことです。ライオットピークで落ち合えなかった密偵も、おそらくはもう……」

「私たちは……生きて帰れるわよね」

「帰してやるよ。どんなことをしてでも。全員な」

 

 

 

 

 

 シューイら一行は、港でヒューバートの疑念の発露によって一悶着あったものの、帝都ザヴェート行きの連絡船に乗ることができた。

 

 今までに乗った船はウィンドル・ストラタ間の便だけだったので、雪が降る海を滑る船に乗るというのは、シューイにとって初体験だった。

 もっとも景色を見ていられたのは短時間で、寒さに負けてすぐ船室に戻ったが。

 こういう時は、寒さに弱い香港人である父からの遺伝が少し恨めしい。

 

 占いをする気力も湧かず、何をするでもなく船室でぼんやりしていた。

 するとシェリアが声をかけてきた。

 

「あのね。ソフィが一人で甲板にいるんだけど」

 

 耳打ちされたので、もっとちゃんと聞き取るべく、シューイはシェリアに肩を寄せた。

 

「見に行ってあげてくれない? 寒くて風邪でもひいたら大変だから」

 

 気づいた。シェリアはシューイとソフィを二人きりにしようとしてくれている。

 そして、その気遣いはシューイには願ったり叶ったりだ。

 

 すぐさま立ち上がり、船室を出た。

 

 

 

 

 甲板に出ると、確かに船の穂先で一人、ソフィは立っていた。

 

 なんとなく、足音を殺して歩み寄り、深呼吸を一つしてからソフィを呼んだ。

 

「ソフィ」

「シューイ……」

「寒くないのか。外にいて。暖房はないが、まだ船室の中ほうがマシだぞ」

「考えてたの。――わたしには昔の記憶がない。覚えてるのは、子どもの頃のアスベルたちと過ごしてた時のこと。みんなは言う。わたしはみんなを守って死んでしまった、って。死んでしまうっていうのは、どういうことなんだろう」

 

 ひゅうおっ

 

 雪を含んだ潮風がソフィのツインテールを吹き上げた。

 

「このことを考えると、怖くて怖くてたまらなくなる。目の前が真っ黒になる。思い出したいような、思い出すのが怖いような、変な気持ち」

 

 ソフィはシューイを見上げた。

 

「いつかまた、死んでしまう時が来るのかな? そしたらまたこうやって、シューイたちに会えるのかな?」

「そんなこと、考えてたのか」

 

 シューイは悔いた。ソフィはこんなにも悩んでいたのに、それを自分は、二人きりになるチャンスだなどと喜んで。

 

(おれって本当に人の心がわからない奴だよな。今も。何を言えばソフィの救いになるのかちっともわからない)

 

 内省は後回しだ。今は何を言えばソフィが楽になれるのかが最大の問題だ。

 

 迷い悩んだ末、シューイは自身の体験談を語ることにした。

 

「おれには魔法の師匠がいてな。イギリスっていう国の人で、名前は柊沢エリオル。おれの日本名の『(シュー)(イチ)』は師から頂戴したんだと母上に聞いた。あの人に師事するためにイギリス留学できたのも、名前の縁があったからだ」

「シューイチ……シューイの本当の名前」

「ああ。その師に、留学中に尋ねてみたことがある。『死とはどういうものですか』ってな。思えば無神経な質問だったのに、エリオル師はていねいに答えてくれた」

「何て?」

「『好きな人と逢えなくなることですよ』……と」

 

 ソフィは目に見えて愕然とし、その場から走り出そうとした。

 シューイは慌ててソフィの手首を掴んで引き留めた。ソフィは腕を振ってシューイの手から逃れようとしている。

 

「いや。離して。シューイ、きらい。意地悪言うシューイ、いや」

「死ぬのが怖いなら守ってやるから!」

 

 ぴた。ソフィの動きが止まり、まじまじとシューイを見つめてきた。

 

 シューイはソフィの両肩を掴んだ。

 

「おれがお前を守るから。お前は死なない。おれが死なせない。だからずっとアスベルたちと一緒にいられる。逢えなくならない」

「守る……わたしを……本当に?」

「本当だ」

 

 するとソフィはシューイの胸に飛び込んだ。ちょうど鳩尾にソフィの頭が当たった。

 

(そんなに怖かったのか)

 

 シューイはソフィをなるべく優しく、ぎこちなく抱き留めた。

 

「大丈夫だ。絶対、大丈夫だ」

「うん、うん……っ」

 

 シューイは雪すさぶ船上で、ソフィが落ち着くまでずっと小さな体を抱き留めていた。




 前回長かったのに今回は短くてすみません。

 ソフィとシューイの仲が一気に縮まりました。
 無理だと分かっていても、口ではせめて救いになるようにと口にしたシューイ。
 完全にではありませんが、ソフィもこれで落ち着きを取り戻すでしょう。

 ついに息子までさくらの「絶対、大丈夫」を使いました。意図したわけでなく、するりと出てきたので、作者が一番驚きました。

 4/25 加筆しました。

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