CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~   作:あんだるしあ(活動終了)

125 / 180
ラントの危機 2

「一つだけある。正面から怪しまれずに入る方法」

 

 皆がシューイに注目したので、シューイは「(イリュージョン)」のカードを見せた。

 

「それ! 前にバロニアで兵士から逃げる時に使ったやつ!」

「これでシェリア以外の姿を視えなくすれば、正面から素通りできる」

「そんなことが可能なのか」

 

 疑わしさを隠さないマリクに対し、シューイは自信を持って肯いた。

 

「シューイならできるわ。ね」

「ああ。どうする? それとも他の方法を考えるか?」

 

 アスベルは首を横に振った。

 

「時間が惜しい。シューイの言うことが本当にできるなら、それが最短ルートだ。やろう」

 

 シューイは肯き、右手に剣を召喚した。

 

「木之本桜の創りしカードよ。我に力を貸せ。カードに宿りし魔力を剣に移し、我に力を。『(イリュージョン)』」

 

 カードを剣先で突いた。

 

 シェリアを除く全員の体が空気に滲むように透け始めた。見ているシェリアも、術をかけられたアスベルたちも驚いたようにそれぞれの体を見下ろしている。その姿もやがてシューイの視界から消えた。

 

「成功だ。音までは消せないからなるべく静かにな。パスカル」

「なーんであたし指名なのさ~」

「一番うるさそうだから。シェリア、後は頼んだ。普段通りにな」

「ええ」

 

 シェリアが門へ歩き出した。シューイはシェリアに付いて行った。おそらくアスベルたちもそうしているはずだ。

 

「すみません。シェリア・バーンズです。門を開けてください」

「シェリアさん。ウォーターブリッジに行ったのではなかったのですか」

「ヒューバートに急用が出来て、わたしだけ戻って来たんです。通してくれますか」

「少佐に? わかりました。お通りください」

 

 兵士が門の施錠を解いた。格子状の門が左右に開く。

 

 シェリアは門が開ききるまでその場を動かなかった。その隙を見てシューイは門を越えてラント領に踏み入った。

 門兵が訝るぎりぎり前までシェリアは粘り、ようやく門を越えた。

 

 

 シェリアが一軒の小ぢんまりした屋敷の玄関前に入って立ち止まった。

 シューイは「(イリュージョン)」の効果を切った。消えていた面々、ソフィ、アスベル、パスカル、マリクの姿が現れた。

 

「ここは?」

「私の実家よ。すぐヒューバートのところへ行ったほうがよかった?」

「全員がはぐれずに付いて来られたか確認したかったから、ちょうどよかったよ」

 

 するとソフィが庭先の花壇の前でしゃがみ込んだ。

 

「どうしたの?」

「ここもアスベルの家の花壇と同じ?」

「そうだなんだけど。ずっと使ってないから。よかったらあなたが使ってみる?」

「いいの?」

「構わないわよ。そうね、どうせなら世界中の花を植えてみたら? この辺りの花を咲かせるよりもずっと楽しいわ」

「種……」

 

 和んでいる場合ではないとわかっている。わかっていたが、シューイはズボンのポケットから「それ」を出してソフィに突き出した。

 

「種?」

「宿屋の依頼を受けた時に集めたのが余ったんだ」

 

 ソフィを直視できずに手だけを突き出す格好になった。顔が熱い。

 

「ありがとう。植えてみる」

 

 細い指先の感触を手の平に感じ、心臓が破裂するかと思った。

 

「アスベル。そろそろお前の弟の下へ行かないとまずいんじゃないか?」

 

 マリクが言った。ソフィが種を花壇に植え終わってからだった。律儀な男である。

 

「はい。一度きりのチャンスです。絶対に弟を説得してみせます」

 

 

 

 

 シューイらはアスベルを先頭に街へ出た。一直線に向かうは、件の弟がいるという領主邸である。

 

 アスベルは堂々と正門から入って花壇を抜け、堂々と玄関を開けて屋敷に入った。

 シューイもソフィらと共に付いて行った。止める者はいなかった。

 

 アスベルはノックもなしに執務室に入った。

 

 執務室の奥にある、部屋の主人のものであろう机と椅子には、まだ若い少年が座っていた。

 

(あいつの弟だっていうからもっと似たのを想像してたのに。目の色も髪の色もイメージも正反対だ)

 

「面会の約束をした覚えはありませんが」

「ヒューバート、話があって来た。無条件に勧告を受け入れろとは言わない。だがせめて交渉の席に着いてもらえないか」

「新国王陛下は、あなたを遣わせば、ぼくが撤退勧告に応じるとでも思ったのでしょうか」

「俺がここへ来たのは自分で志願したからだ」

「だとしたら、あなたの見通しは甘すぎますね」

 

 人の話に耳を貸す気がない相手は面倒だ。

 シューイが辟易したのと同時、外から争うような音が聞こえてきた。

 

 執務室のドアが乱暴に開けられる。ストラタの軍服を着た青年が入って来た。

 

「少佐! 緊急事態です! ウィンドル軍が突然攻めてきました!」

 

 す、とヒューバートの青眼が鋭利さを帯びた。

 

「――なるほど。そういうことでしたか。ぼくを説得するふりをして、軍勢を引き入れていたとはね。ここまで馬鹿にされるといっそ小気味いいくらいです」

 

 ヒューバートはアスベルの、シューイたちの横を抜けて執務室を出て行こうとする。

 

「信じてくれ! 俺は何も知らないんだ!」

 

 ヒューバートはドアノブに手をかけたまま、半分だけこちらをふり向いた。

 

「それが本当だとしたら、あなたはみじめな、使い捨ての駒に過ぎないということですよ」

 

 どこまでも冷たい一瞥を残し、ヒューバートはドアを閉じた。




 個人的に「俺は何も知らないんだ!」は「俺は悪くねえ!」に次ぐ迷台詞だと思うのですがいかがでしょう?
 何と言うか、アスベルの人の言葉を疑わない性格のマイナス面が凝縮されているなあと、昔思ったんです。

 ここでご注目いただきたいのが、「ウィンドル軍が攻めてきた」という台詞を半分カットしたことです。
 つまり拙作中では、ウィンドル軍はまだラント市街地には攻め入っていないのです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。