CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~   作:あんだるしあ(活動終了)

116 / 180
柊一/グレイセス編 【一時休載】
花の少女と魔術師


 本名と誕生日を知られることは、それなりの術者にとって弱点をさらけ出しているも同然だ。

 だから、彼はエフィネアに降り立って以来、人に名を尋ねられたらこう答えた。

 

 シューイ・リー。

 

 日本名の「(しゅう)(いち)」を縮め、姓は正確な発音をしない。

 身を守るために。降り立ったばかりのエフィネアでは、魔術に関する概念がどうなっているかわからなかったからそうした。だが、さくらカードを集めてエフィネア中を回る内に、まず魔術や魔法の概念がこの世界にないことがわかった。

 

 それでも彼は「シューイ」と名乗り続けた。

 さくらカードを全て封印すれば去る異次元。足跡を残す必要はないと考えていたからだ。

 

 それが、花の名を冠した少女との出会いによって変わることを、彼はまだ知らない。

 

 …

 

 ……

 

 …………

 

 雨が降って来た。

 

 シューイはラント領東の山中の街道を走り、雨宿りできる場所を探していた。

 

(『(ウォーティ)』に水の膜を張ってもらうこともできるが、これしきで母上のカードを使うのもな)

 

 ――「(ウォーティ)」だけではない。他の四大元素の「(ウィンディ)」、「(ファイアリー)」、「(アーシー)」はもちろん、「(サンダー)」、「(シャドウ)」、「(イリュージョン)」、「(メイズ)」、「(イレイズ)」、「(グロウ)」のさくらカードが、シューイの掌中にある。残りは3枚というところまで来ていた。

 

 山小屋が見えた。ちょうどいい。あそこで雨宿りしよう。シューイがそう思って坂を駆け下りていると、シューイより早く、仰々しい鎧を着た兵士が二人、山小屋に近づいていた。

 

「来ちゃだめ!」

 

 兵士を山小屋に入れまいとするのは、薄紫のツインテールの小さな少女。

 

「どけ、娘! 邪魔だてするとタダではすまさんぞ!」

 

 兵士の片方が少女を突き飛ばした。

 

 シューイは坂を駆け下りるスピードを上げ、泥を弾いて滑り込み、突き飛ばされた少女を片腕にキャッチした。

 

「何奴!?」

 

(さくらカードを使うのは、大抵がこんな時なんだよな。争い事にばかり使ったって知られたら、後から母上が怖そうだ)

 

 シューイは少女を片腕に抱え上げたまま、もう片方の手に集中した。

 現れる、短めの一振りの剣。

 さくらカード集めに出るに当たり、父から正式に継いだ、父自身が使っていた剣だ。

 

「影よ。かの者らを捕えよ。『(シャドウ)』」

 

 宙に投げたさくらカードを剣先で突いた。

 

 天候のせいで薄いが兵士らの後ろには影が出来ている。その影が、みょん、と伸び、兵士らを後ろから締め上げ、ノックダウンさせた。

 

 シューイは少女を下ろし、倒れた兵士を検める。

 

(こいつら、騎士か。確か三大国の一つ、ウィンドル王国の紋章だ。それが何でこんな辺境に……いや、おれが考えることじゃないか。たまたま行き会っただけのトラブル。もう行こう)

 

 シューイが立ち上がると同時、後ろの小屋が開いて人が出て来た。

 

「ソフィに手を出すな!」

 

 手を出そうとしたのはこいつらだ。そう言おうとしたシューイの前に、ソフィと呼ばれた少女が立ち、両手を広げた。

 

「やめて」

 

 ――どくん、と心臓が跳ねた。

 

(なん、だ、これ。顔が熱い。心臓の音がどんどん速くなる。さっきは目の前に集中してたけど、ちゃんと見ると、この子……目が勝手に惹かれる)

 

 シューイは大きく首を振った。こんな感情は今までに知らない。ひどいエラーだ。

 注意を逸らすためにも、小屋から出てきた青年のほうを向いた。

 

 

 

 

 アスベルはぐらぐらする頭で、ソフィを救ったらしい青年を見た。

 

 ウィンドルの王都では見たことのないデザインの服。肩近くに留め具がある上衣にズボン。着ているコートは藍色で、いくつもボタンとそれを止める紐が付いている。

 跳ねた栗毛に、鋭利な琥珀色の瞳。何となく、只者ではない、そう感じた。

 

「具合が悪いのか?」

「う……」

「待ってろ、今治す」

 

 青年はソフィの横を抜け、小屋の戸にもたれてどうにか立つアスベルの前へ来ると、アスベルの額に手を当てた。

 すると、抜ける力に具合の悪さが乗ったように、すーっと体が軽くなって行った。

 

「楽になった……ありがとう。助かった。ソフィのことも守ってくれたのか? 君は一体」

「名乗るほどの者じゃ……」

 

 するとソフィがとことこと来た。

 

「わたし、ソフィ。こっち、アスベル。シェリアが相手に名前を尋ねる時は自分から名乗りなさいって」

「……シューイ・リーだ」

「シューイ。ありがと」

 

 ソフィがシューイの手を取ると、彼は勢いよくソフィの手を振り解いた。

 今度はシューイが熱でもあるように顔全体が赤い。

 

「アスベル、大丈夫?」

「あ、ああ。しかし、ここにこれ以上留まるのは危ない。港へ行こう」

 

 歩き出し、坂を少し下りたアスベルとソフィに、

 

「待て!」

 

 背後から制止の声が追いかけてきた。

 

 アスベルもソフィもきょとんとシューイをふり返る。

 

「おれ、も、一緒に行って、いいか? その……小さい女の子を連れ歩くには、お前は危なっかしい。熱があるのに兵士の前に出るなんて自殺行為だぞ」

「えーと――」

 

 ソフィを見て、触れられてのリアクション。同行の申し出。これらが意味するところは。

 

(こいつ、もしかしてソフィに下心がある!?)

 

 回復した体ですばやくソフィを背中に庇うアスベル。

 アスベルはシューイを睨み据え、シューイは自分でも持て余すように目を泳がせている。

 

 くいくい。服が後ろから引かれた。

 

「ね、シューイも一緒に行こうよ」

「ソフィ?」

「シューイ、わたしを守った。アスベル助けてくれた。これからもきっとそうしてくれる」

 

 確かに。仮にシューイがソフィに想う所があったとして、ならば先ほどのようにソフィを守ろうとするだろう。同行者のアスベルの心証を悪くしないためにも、アスベルの力になろうとするだろう。

 

「ソフィはそれでいいんだな」

 

 こくん。

 

「わかった。――一緒に行こう」

 

 シューイは、あからさまにほっとした顔をして、坂を下りてアスベルらを追ってきた。




 エクシリア2編完結から数日と経たず性懲りもなくあんだるしあが帰って来ましたよ。
 前回はさくらをイメージしたヒロインにしたので、今回は小狼を全体的にイメージしたヒーローに挑戦したいと思っております。
 グレイセスfは昔、アスソフィ派だったのですんごく結末にがっかりしたのですが、今はこんなものを書いている辺り、自分は見境ないなあと思う今日この頃です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。