CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~   作:あんだるしあ(活動終了)

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「凍」える血潮が融けたなら

 クランスピア社のエントランスホールは瞬く間に氷が張り、ツバサたちは氷のドームに閉じ込められた。

 

 氷漬けになっていない者を確かめる。ルドガー。リドウ。分史対策エージェントの集団。それ以外はヴェルを初めとして全員が氷に閉じ込められていた。

 

(見極めようとしてる。わたしを。だからこのタイミングで、予兆の寒さを隠して、わたしと、骸殻を持つ人たちだけを閉じ込めたんだわ)

 

 ツバサはペンダントトップを外した。

 

「星の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の下、つばさが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

 星の長杖を手に取るなり、図ったように双銃を抜いたルドガーがツバサと背中を合わせた。

 

「どうすればいい?」

「『(フリーズ)』の本体は氷の中を泳ぐ巨大な魚です。その本体が氷から出て来なくちゃ、封印はできません」

「要はその魚とやらを引っ張り出せばいいんだな」

「手伝って、くれますか?」

「当たり前だろ」

「ありがとう」

「礼なんかいい。……! いた!」

 

 ツバサはルドガーが向くほうへ向き直った。確かに、いる。氷の中を泳ぐ巨大魚、「(フリーズ)」の本体。

 

 ツバサやルドガーが動く――前に、「(フリーズ)」を狙って数本のメスが氷面に放たれ、突き刺さった。

 もちろん氷に阻まれてメスが「(フリーズ)」に刺さることはなかったが。

 

「リドウさん!」

「勘違いするなよ。このまま閉じ込められて凍死なんて俺の人生設計には入ってないから。それだけ」

 

 リドウの行動に触発されてか、エージェントが次々に武器を構え始める。銃もあれば剣もあり、鎚もありナイフもあり、様々だ。

 

 鋭利な氷の波がこちらに向かってくる。

 エージェントが二人ほど前に出て、剣と鎚でそれぞれに砕き、斬って防いだ。

 それを皮切りに氷の攻勢が始まった。

 

 爆発するようにあちこちに氷の柱が立ち、エージェントはおのおのの武器や技で、時には骸殻で、氷の柱を避け、あるいは砕いた。

 

「『(ジャンプ)』!」

 

 星の長杖をさくらカードにかざせば、ツバサの踵に羽根が備わる。

 ツバサは壁の一面まで駆けて行き、床を蹴った。

 吹き抜けのエントランスホールを上へ上へと跳んでいく。推力が落ちれば壁を蹴り、ジグザグに跳んで「(フリーズ)」を追った。

 

(早く封印しないと。骸殻を使ってるエージェントさんたちの時歪の因子(タイムファクター)化が進んじゃう!)

 

 唐突に「(フリーズ)」が氷から出て来た。とっさのことで対応が間に合わない。

 「(フリーズ)」に空中で体当たりされ、さらに尾で叩かれ、ツバサは下の階へと落ちて行った。

 

(「(フライ)」を使わなきゃ)

 

 頭では思うのに。さくらカードをレッグホルダーから出すことはできるのに。発動までがどうしてもできない。

 思い出してしまうのだ。ツバサが初めてさくらカードを使った夜。ツバサを踏みつけた巨大な白鳥。

 

 思考がぐるぐる回る間にも床への激突は近づいていく。

 

 その時、下から爆発音がして、次いで、風がツバサを受け止めてゆっくりと床に下ろした。

 

『無事みたいだね』

 

 ツバサに浮かび寄ったのは、ジャケットとブーツ、ゴーグルをラフに着こなす中性的な緑の子。その子はツバサが何者かと尋ねる間も与えず、ツバサから離れた。その先には。

 

「ミラさん!」

 

 煙を上げる、地下専用のエレベーターから出て来たミラ=マクスウェルに、ユリウスに肩を貸したジュード。

 

「精霊とも異なる強い気配を感じて、イフリートに強行突破してもらったが、正解だったようだな。ジュード。これが『さくらカード』か」

「うん。僕も遭遇するのは2回目だけどね」

 

 礼を言う暇はなかった。氷のドームの頂点から「(フリーズ)」の本体が抜け出し、落ちるようにこちらへと向かってきたからだ。

 

 本体を現している今なら封印できる。

 

 ツバサは再び「跳《ジャンプ》」を使い、向かってくる「(フリーズ)」へと真正面から跳んだ。

 

「汝のあるべき姿に戻れ! さくらカード!」

 

 星の長杖をかざした。

 杖の星飾りの先端にカードの形が形成される。「(フリーズ)」はカードを前にし、砕け、微細な氷の粒を零しながら吸い込まれていく。

 やがてカードに、氷の魚の図柄が描かれた。

 

 ツバサは重力に身を任せて落下した。床が近づいたところで空中で一回転し、風華の符を使って落下速度を落とし、氷が融けたエントランスに着地した。

 

 一拍遅れて、「(フリーズ)」のさくらカードがツバサの手に舞い降りた。

 

(これで残るは、ルドガーさんに憑いてる『(ドリーム)』だけになった。『(ドリーム)』を封印したら、その時は)

 

 わっ。

 

 最初、ツバサはそれが何の音か分からなかった。

 「(フリーズ)」のカードから顔を上げて、ようやくエージェントたちが自分に向けて拍手しているのだと分かった。

 

「やったな、ツバサ。見ろよ」

 

 ルドガーに示された先で、氷が融け、元に戻って何事もなかったかのように動き出すヴェルや社員たち。彼女たちはエージェントの拍手喝采に首を傾げている。氷漬けになったことには自覚がないらしい様子だったので、ツバサは安心した。今日の出来事が人々に恐ろしい思い出として残らなくてよかった。

 

 ルドガーがリドウを含むエージェントたちに、拍手に負けないよう、一旦外に出るように叫んだ。それで拍手は治まっていき、分史対策エージェントは「すごかったね」「驚いたな」などと言い交わしながら玄関から外へ出て行った。

 

「骸殻や分史世界を知ってる分、不思議なことへの耐性もあるのかな」

「だと助かる。これからやることのためには。俺たちも外に出よう」

 

 

 

 

 

 ルドガーたちが外に出た時、玄関前広場にて分史対策エージェントが整列していた。ヴィクトルの分史世界に進入した日が思い出された。

 

「さっきは誰も恐れず、冷静に対処してくれてありがとう。おかげで大きな被害が出ることはなかった。俺は今から、ビズリー社長を追ってカナンの地へ発とうと思う。そのために今、この場でカナンの地に通じる魂の橋を架ける」

 

 分史対策エージェントが一斉にざわめいた。彼らは薄々とはいえ魂の橋の意味を知っている。それをこのように衆人環視の中で実行しようと言ったのだから、当然の反応だ。

 

「勘違いしないでほしい。誰か一人を生贄にしようなんて俺は考えてない」

 

 ルドガーはツバサをふり返った。

 アイコンタクトで伝わった。ツバサは星の長杖を、神官のように厳かに持ち、ルドガーに並んだ。

 

「彼女の技術で、この場にいる全員の魂を少しずつ『分割』して一人分の量だけにして、カナンの地に捧げる。彼女の『技術』は、さっき見てもらった通りだ。彼女は俺たちやリーゼ・マクシア人とは違った奇跡を起こせる。その力を借りて俺は、これ以上誰もクルスニクを犠牲にしないで、カナンの地へ至りたい」

 

 分史対策エージェントのざわめきが強くなる。

 

「だって、おかしいじゃないですか」

 

 ツバサは呟いただけだろうに、エージェントのほぼ大半がツバサに注目した。

 

「おかしいですよ。こんなことで人が死ななきゃいけないなんて。したいこともあって、好きな人だってきっといて、将来の夢だってある。そんな人たちが、どうして死ななきゃいけないんですか! わたしはそんなの許せません」

 

 ユリウスがジュードの肩を借りていた腕を解き、左腕を押さえながら前に出た。

 

「俺をまだ室長だった頃のように慕ってくれる者がいるなら、聞いてほしい。幸いにして、ここに30人近くの骸殻能力者がいる。一人あたりのリスクは約30分の1だ。30分の1だけでいい。彼女を信じてやってくれないか。頼む」

 

 ユリウスは頭を下げた。

 

「俺からも頼む――いや、お願いします! あなたたちの命をほんの少しだけ分けてください!」

 

 ルドガーもまた大きく頭を下げた。

 

 

 

 

 

 極彩色に輝く光球がカナンの地に飛んでいくのを、ミラは確かにその目で見た。

 

(賛同を得られたか。よかったな、ルドガー、ツバサ)

 

 ミラは一人、クランスピア社の屋上に立っていた。あのクルスニク一族ばかりの場に、原初の三霊に数えられる自分がいては反発が起きることを危惧して、一人こっそりここへ来た。

 

(見えているか。クロノス。オリジン。人は超えられない壁を超えるんだ。こうして、一人一人は小さくとも、その小さな祈りを縒り合せて、空に橋を架けることだってできるんだ)

 

 

「ミラ!」

 

 ふり返る。ジュードが喜色を隠せない様子でミラのほうへ駆け寄ってきた。

 

「首尾よく行ったようだな」

「ツバサのおかげでね」

「俺たちのおかげも忘れるなよ」

 

 ジュードに続いて出てきたのはルドガーとツバサだ。どちらもすっかり緊張が解けた様子で、笑い合っている。

 

(忘れるわけがない。君たちの祈りの光がカナンの地に届く様を、私はこの目で見届けたんだから)

 

「ユリウスや他のエージェントは?」

「ユリウスは」

 

 ルドガーはポケットから銀の懐中時計を取り出して見せた。

 

「これを貸してくれて、俺が帰るのを家で待ってるって言った。リドウはなあ、ちょっと目を離した隙にいなくなってて。他のエージェントは解散で自由行動って言っておいたよ。何人かはマクスバードで『審判』の行く末を見守りたいって志願してくれた」

「そうか。おそらく先の光による魂の橋も、カナンの地を召喚したマクスバードに続いているだろう」

「だったらみんなでマクスバード行き列車に乗るしかないな」

「ああ。ルドガーは魂を放出した直後で、ツバサは大魔法を使った直後。どちらもより楽な手段での移動が望ましい。ところで君たち、私自身も言って気づいたが、体調は大丈夫なのか?」

「別に? 普段と変わんないよ」

「わたしもです。今回のは特にブースターを使ってでしたから、いつもより楽でした」

 

 ツバサが星の長杖を封印解除(レリーズ)し、ミラに星飾りを見せた。杖の星の台座に嵌っていた赤い楕円の紅玉は、欠片も残っていなかった。

 

「いいんです。つばさ、後悔なんてしてません。どうしても帰りたくなったら、別のやり方を探します。今回そうしたみたいに。なんとかなります。絶対、だいじょうぶ」

「そん時は俺も手伝う……いや、絶対、元の次元に帰してやるからな」

「ありがとう、ルドガーさん」

 

 

 GHSが振動する音がした。音源はジュードの白衣のポケットだ。

 ジュードは慌てたようにGHSを出して電話に出た。

 

「もしもし、アルヴィン? どうかしたの」

『やられた……!』

「え? 何が」

『エルを、っ、エージェントに攫われた…!』




 今回は長くなりました。繋げたかったんです。エージェントがツバサを「すごい」と思っている内に「橋」代案を提案したくて。鉄は熱い内に打てというやつです。
 魂摘出と分割はヴィクトルにやった通りです。
 そしてこれだけでは終わりません。
 ここまでやったのに、「エルがビズリーに付く」という未来は変えられませんでした。

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