CCさくら×テイルズ ~カードを求めて異世界へ~   作:あんだるしあ(活動終了)

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生まれ変わる

 ――あなたの願いは、エルちゃんを殺す。

 

 

「パパが……エルを?」

 

 エルが父親に対して浮かべたのは、まぎれもない怯え。

 

「そんなのやだ……そんなのやだっ!!」

 

 最愛の娘に拒まれる。きっとヴィクトルの心を深く傷つけただろう。そうなって然るべき台詞を吐いたのはツバサ自身だと自覚していても、胸が痛かった。

 

(わたしや(ホー)(ニャン)がお父様にやったら、お父様、絶対傷つくもん。傷つけちゃうもん。分かっててやったわたしって、悪い子)

 

「……エルは」

 

 ヴィクトルが落ちていた双剣を拾った。

 

「私のものだっ!!」

 

 くり出される双剣からの斬撃。ルドガーが迎え撃とうと、落とした剣に手を伸ばす。だが、ツバサはそれより速く動いた。

 

 無抵抗で身を投げ出し、自らヴィクトルに斬られた。

 

 

 

 

 

「ツバサッ!!」

 

 少女を呼ぶ声が幾重にも聞こえた。

 

 ヴィクトルが袈裟切りにした部位から血が染み出て、少女のコスチュームの布地を赤く濡らす。

 

 斬られながらも、ツバサは倒れることなく踏ん張った。ふらつきながら前へ出て、そのままの勢いでふわりとヴィクトルに抱きついたのだ。

 

「いぢわる言ってごめんなさい。でも、生まれ変わったらもう、あのエルちゃんは生き返らないんだって、あなたが知ってるか確かめたかった。ねえ、()()()()()()、それでもまだ正史世界に生まれ変わりたいって思いますか?」

「パパ……」

 

 見つめるエルは悲しげなのに一歩もヴィクトルには寄って来ない。

 ヴィクトルがそうさせたのだ。お前は偽者だと、欲しいのはお前でない本物の「エル」なのだと。

 

「エルちゃんは『エルちゃん』一人であるように、エルちゃんにとってパパのヴィクトルさんも『ヴィクトルさん』一人です。どっちも生まれ変わって消えちゃうなんて、ダメですよ」

「――、理想論を語りたいならよそでやれ」

 

 誰がどんな綺麗事を吐いても、ヴィクトルがルドガーを殺さなければ正史世界に進入できないことも、正史世界でエルを生まれ変わらせればそれがもう「エル」でないことも、厳然たる事実で現実だ。

 それら全てを呑み込んでこの願いを叶えると、10年の間に心を固めたのだ。

 

「じゃあ、建設的な話、しましょう。ヴィクトルさんもエルちゃんみたいに、正史世界に連れて行っていいですか?」

 

 言われた自分だけではない。エルに、ルドガーに、ジュードにミラにローエンに、驚きが波及した。

 

「そうすればルドガーさんを狙わなくなるでしょう? エルちゃんもパパと一緒にいられて、一緒にカナンの地に行くって約束も守れます」

「けど! 行くったってどうやって。『(ロック)』はミラに使ったから、同じ手は使えないぞ」

 

 ルドガーのその台詞で、ヴィクトルは、分史世界のミラをツバサが何らかの手段でミラ=マクスウェルと同時に存在させていることを察した。

 

「要はヴィクトルさんが“最強の骸殻能力者”でなくなって、その上で、ルドガーさんとは同一存在じゃないんだって、正史(せかい)を騙せるだけのちょっとした仕掛けをすればいいんです。なんとかなります。絶対、だいじょうぶ」

「――そんなことが、できるのか」

 

 気づけば口を突いて出た。もうどんな希望も信じないと心を固めたはずの自分の口から、そんな台詞が零れ落ちたことに、ヴィクトル自身が驚いた。

 

「ヴィクトルさんが信じてくれたら、できるかもです。ううん、やります。カードキャプターの娘の名に懸けて」

 

 ツバサは青空のように清々しく笑った。

 

「さっき言いましたけど。わたし、知ってるんです。前世の記憶を持ったまま生まれ変わった人のこと。その人は、自分の魂と魔力を、魔力のほうはお母さんに手伝ってもらって、二人で半分こしました。わたしのおじいちゃんと、上の弟の師匠(せんせい)で。同じことをヴィクトルさんにします。魂と力を分けることで“最強の骸殻能力者”じゃなくして、分けた魂を別の(うつわ)に移すことで“ルドガーさん”じゃなくします」

 

 そこでツバサは苦く笑んだ。

 

「これもある意味『生まれ変わり』です。だから、実行したらヴィクトルさんは死ぬってことになります」

 

 ツバサはエルをふり返りながら、静かにヴィクトルから一歩引いた。

 

「エルちゃん。いい? パパがエルちゃんの知ってるパパとちょっと違うカタチになっても」

「パパ、死んじゃうの……?」

「うん。でも全部死んじゃわないようにする、っていうのかな。とにかく、消しちゃうわけじゃない。エルちゃんと離れ離れになんてさせない。エルちゃんは許してくれる?」

「そしたらパパといっしょにカナンの地に行ける?」

「もちろん。エルちゃんがそうしたいんなら」

「――――わかった。ツバサにお願いする」

「ありがとう。信じてくれて」

 

 ツバサはしゃがんで――ルルを指で招いた。ルルはすぐにやって来た。

 

「まさか、ルルに魂を移せと言うのか、君は」

「言います。このくらい(イレモノ)のカタチを変えないと世界は騙せません。――いいよね、ルル君」

「ナァ~♪」

 

 ルルは上機嫌な様子でヴィクトルに擦り寄った。

 

「あなたが望まないなら。いいです。遠慮なくわたしを斬り捨ててください」

 

 虚勢ではない。ツバサは本気で、ヴィクトルに再び斬られる覚悟でいる。花咲くような微笑みが逆にそれをこちらに思い知らせる。

 

 ヴィクトルは剣を振り被る。ツバサは微笑んだまま動かない。

 

 そのまま過ぎた時間は、わずかか、永くか。

 

 ヴィクトルは剣を下ろした――下ろさざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 ルドガーたちの中の誰もが張りつめた空気で見守る前で、ついにツバサが地面に寝かせていた星の長杖を取り上げ、立ち上がった。

 

「ヴィクトルさん。骸殻に変身してください。表面に力が出てるほうがやりやすいんです」

 

 ヴィクトルは無言で黄金の懐中時計を取り出し、かざした。

 ルドガーのものとは異なる、緋と黒の骸殻が彼を覆った。「夢」では「父と兄を殺して手に入れた力」だと言っていた。

 

(あれ? ちょっと待てよ。兄はユリウスで分かるとして、じゃあ父って、まさか)

 

「分かれた枝の先」

 

 ツバサの詠唱で、はたと意識が現実に帰った。

 

 ふう、と急に眠ったようにルルが目を閉じ、丸い体を弛緩させる。

 

 両者の体が地面から浮かび上がり、地面には大きな星をモチーフにした魔法陣が刻まれる。

 

「一人より生じた一人が宿せし、写し身の魂よ」

 

 ツバサが星の長杖から手を離し、両手を広げた。星の長杖は支え手もないのに屹立している。

 

 風が吹き始める。ミラが顕現した時に似ていて、その時にはなかった温度とやわらかさを持った風だ。

 

「かつてその運命を二つに別ったように、その魂も二つに別れ」

 

 ヴィクトルから滲み出すように光の球が頭上に現れた。

 

「それぞれの体に宿れ」

 

 光球は空中で二つの球体へと割れ、片方がヴィクトルに戻り、片方はルルに落ちて染み込んだ。

 

 風がやんでいく。

 

「これでヴィクトルさんは“最強の骸殻能力者”じゃなくなりました。別のモノが時歪の因子(タイムファクター)になります。そのお片付けは」

 

 ツバサの言葉に応えるように、むくり、と「それ」は起き上がった。

 

「!? ヴィクトルさん!? 何で。魂はルルに宿ったんじゃなかったの?」

「私はこちらだ」

「ルルからパパの声する!」

 

 エルが目を輝かせてルルを高く持ち上げた。

 ルルは慌てたようにエルの手から逃れようとしているが、暴れるに留まっている。いかんせん元人間。猫の体になって手足の使い勝手が分からないのだろう。

 

「ふむ。そういえば前にエリーゼさんとも行った分史世界で、マルシア首相がしゃべる猫を飼っていらっしゃいましたね。それと同じようなものでしょうか」

 

 ゆっくりと立ち上がった「それ」に対しては、ミラが一番に剣を構えた。

 

「では、あちらのヴィクトルは、残った魂の半分が骸殻を操っているのか」

「そういうことになります。ヴィクトルさんの意識や理性のほとんどはルル君のほうに移るように気をつけました。あっちのヴィクトルさんは、エルちゃんを奪われたくない、人生をやり直したいって情念がさっきよりずっとずっと強く出た、骸殻の力そのもの」

「つまりはあれが、新しい時歪の因子(タイムファクター)で」

「カナンの道標――!」

 

 ルドガーもまた骸殻を発動させ、槍を構えてその「骸殻」に相対した。

 

「壊すぞ! いいな!?」

 

 問いかける相手は、ルルに宿った未来の自分(ヴィクトル)

 

「構わん。――これも一つの『生まれ変わり』の代償なのだろう」

「パパ……」

「ツバサはエルたちを守っててくれ。――ジュード、ミラ、ローエン! 行くぞ!」




 原作CCさくらでさくらちゃんがエリオル君と藤隆お父さんにかけた魔法をオマージュしております。アニメオンリー派の方は、これを機会にぜひ原作版をお読みいただければ、一ファンとして喜ばしく思います。

 最初はツバサがルドガーと共にヴィクトルを刺す構想で進めていました。
 ですが、分史ミラは救ってヴィクトルは見捨てるのは、木之本つばさというキャラ的に何か違う気がしたんです。
 ……なんて、二次書きが偉そうに語ってもしょうがないですね。

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