スカイリム~廃人達の生き様~ 作:荒ぶるメタボ
山賊の手から斧が振り下ろされる。
まるでスローモーションになったような視界で、それを確認する。――否、実際にスローモーションになっているのだ。
「間に合いましたか……」
ブラー効果を残して消えていく光のエフェクトを眺めながら、殆ど止まっている山賊の手に狙いを定める。
少し体が重いが、動けないことはない。
狙いを済ました一撃で、斧を握る山賊の指を切り落とし、支えを失い宙に舞った斧を引っ張ってあらぬ方向に投げ捨てた。
途端、ブラー効果が消え、時が流れ出す。
「うっ!?うわぁぁぁあ!!!なんじゃこりゃ!!!」
一瞬の内に両手の指をなくし、得物を奪われた山賊が恐怖とも驚愕とも取れない悲鳴を上げる。
「グンナール!てめぇよくもやってくれたな!!死ねっ!!」
後方の山賊が矢を放った。十字に交差した矢じりは、鋼の矢か。
……先ほどと同様ブラーエフェクトを発して静止した時間の中、飛来した矢を掴んでそんな事を考える。
良かった、本当に良かった。
チートMODの上自作、他が反映されてもこれだけは無いだろうと思っていたのに、今確かにその効能を発揮している。
盾のPerk(アビリティ)、クイックリフレックスから「パワーアタック」と「防御中」の条件を取り除き、減速レベルを0.5から0.0025まで引き上げた魔改造Perkが、待ってましたとばかりに猛威を振るっていた。
このキャラが度し難い貧弱ステータスなのも、「真っ裸でミラークを殴り倒す」というロマンを至高の領域に高めるためだ。
時間が止まっていられるのは3秒、さらにそこから0.5秒のインターバルを挟む。
これはゲームの仕様上、連続で時間を止めると効果時間がどんどん上乗せして元に戻せなくなるのを防ぐため。
それでも十分、矢を掴まれ唖然とした山賊に向かって一直線に駆け出す。
住んでいる世界が違うというべきか、山賊は驚愕こそすれど攻撃の手を緩めない。
第二射が放たれ、俺の半径1メートルに入った途端時間が止まる。
外れたところでヴィジョンに刺さるわけでもない今回の一撃は躱し、接近戦に挑む。
またしても急に距離を詰めた俺に山賊は咄嗟に蹴りを入れた。
それは悪手。山賊の鞘からダガーを抜き出し湖の中に投げ捨て、勢いのまま片足立ちになったその足を払う。
そして弓の弦を刀で断ち、倒れる山賊の巻き添えを喰らう前に飛び退ったところで再び時が動きだした。
「……!!負けた!降参する!!」
恐ろしいものを見るような目で、尻餅を突きながら必死で後ずさる盗賊に背中を向けて、剣を納める。
……ゲームの癖がついつい出てしまった。
仕様通りなら、一頻り命乞いした敵は再び武器を取って襲ってくる。
そうならないよう「Mercy」という敵が本当に投降するMODを入れているが、果たして反映されているのか……
無言のままヴィジョンの元に向かう。
一歩、二歩……時間が止まった様子はない。
「大丈夫ですか?……クローズウォンド!」
クローズウォンド(回復魔法)で傷を癒しながら、問う。
スカイリムの魔法は装備みたいに手のひらにオーブを発して使うので、詠唱も何も必要ない。
集中して力を溜めるだけで済んだのは本当にありがたい。
「ああ、大丈夫だけど、お前今の……時間減速系のチートMODだろ?」
「そうですよ」
「うわぁ……」
驚きや恐怖からではない、心底ドン引きした顔でヴィジョンは首を振った。
後ろに居るはずの山賊を伺うと、手や足を庇いながら逃げ出していった。普通はそうするだろうし、とりあえず安心だ。
それよりヴィジョンの反応が気になる。
「何か問題でも?」
「いや、お前……MMOならともかく、ソロゲーでそんなチートして楽しいかよ」
「結構楽しいですよ?特に時間を止めて敵をアイススパイクで囲んだ時とか、テレキネシスで馬車を真上から落とした時とか」
「お前のタロットの暗示が「世界」だという事が良くわかった。……まさか額に肉芽を埋めたりしないよな?」
そんなMODあるわけないだろう。……いや、プレデターMODもあったし、その内出てくるかもしれないけど。
流石精鋭級の治癒魔法だけあって、ヴィジョンの傷はあっという間に塞がった。
しかし服に空いた穴までは直せず、ザックリ切り開かれた袖を彼女は何度も気にしていた。
「サンキュー、治癒魔法の呪文売ってる奴見つからなくて、最初の奴しか覚えてなかったわ。
つーかなんで破壊魔法15なのに治癒がそんなに高いんだよ、治癒師プレイ?」
「そうじゃなくて、Perkを取りたかったんですよ。
ほら、俺吸血鬼じゃないですか。聖職者取ると全面強化できるんですよ」
それと達人レベルの消費半減もMODで追加した魔法に必要不可欠だし。
吸血鬼と聞いてヴィジョンは露骨に驚いたが、普通の人が抱く恐怖の意味ではなく、どうして頬が痩けないかについてだった。
曰く彼女も吸血鬼プレイに興味あったが、頬が痩けるので渋々諦めていたらしい。
じゃあ今成ってみるか、と冗談交じりに提案した俺を一蹴。
MODが使えると分かって幾分気が軽くなった俺はヴィジョンとしばらく軽口を叩きあってから、気を取り直して山賊が逃げた方向に目を向けた。
「というかなんでこんなところに山賊が?地下水道とはいえ街中ですよね?」
「たまたま迷い込んだって訳じゃないよな……ご丁寧にテントまで張ってやがるし。お、なんかメモが残ってるぞ?」
ヴィジョンが見つけたメモに目を通す。
『ここからまっすぐ掘ればドラゴンズリーチの地下に出る。中に入ったら他のものは放ってバカグルーフの子供だけを攫え、お前らが両手で抱えられる全ての金貨よりも価値がある。あのダークエルフの糞ビッチに気をつけろ、必要とあらば殺っちまえ。追伸:この手紙を読んだらすぐ燃やせ』
「なんか燃やせって書かれた手紙に限って残ってるんですよね」
「突っ込むのそこ!?
つーか、やべーぞこれ、こんなメモ残して見張りが二人だけってことは大方作戦決行中だぜ」
「ドラゴンズリーチに殴り込みってことですか?
……大丈夫でしょ、衛兵や人の形をした兵器なフロンガルさんもいますし。相手はただの山賊ですよね?」
「そうも言ってられねぇぞ、こっちの山賊はかなり手ごわい。爆薬や火攻めを平然と使ってくる……ゲームと違ってな」
言って、ダガーの鞘で樽を叩くヴィジョン。中から石油独特の匂いが漂う。
でもさすがに、身代金をせびるような奴らがホワイトランを爆砕したりしないだろう……
楽観的な思考に逃げる俺を、ヴィジョンは現実に呼び戻した。
「俺は首長を助けに行くぜ……この世界に来て右も左も分からない時宿に融通してくれたんだ」
「俺も行きますよ、牢獄から出して貰ったお礼もありますし」
「さっきまでなら殴ってても止めてたんだがな……マジで、頼むわ」
「言われなくても」
暗視を発動して、ヴィジョンに松明を消させる。
ここから先は隠密行動だ、さっきの二人が逃げ込んだ事で山賊たちもこちらを警戒しているはず。
無駄に存在をアピールして警戒を緩める必要はない……いつ来るかも分からない恐怖で神経をすり減らさせ、足を引っ張る。
洞窟はドラゴンズリーチ地下の使われていない区画を通って、厨房したの個室に繋がっていた。
先ほどの山賊達とは道中二人ぐらい遭遇したが、音もなく忍び寄ったヴィジョンに喉をかき切られて絶命した。
おかしい、数が少なすぎる。途中で道を間違えたか?
……そう考えた矢先、謁見の間から剣戟の音が響いた。
「イリレス!」
「おっとそれ以上動くなよバカグルーフ!……お子さんの頭がコロッと落ちるぜ?」
二階のバルコニーで、山賊達とバルグリーフが対峙していた。
山賊の一人が捉えた少年の首筋に剣を宛てて威嚇する。その隣で倒れたダークエルフの女性を、もうひとりの山賊が蹴り飛ばしていた。
一階にはホワイトラン衛兵が集まっており、それぞれ弓を構えているが、矢は支えていない。子供を人質に取られ、手が出せないのだ。
「まずは全力で見逃してもらおう。餓鬼の開放はそれからだ……たんまりとゴールドを用意して待ってることだ」
「……ホワイトラン衛兵から逃げ切れるとでも思ってるのか?」
「思ってるとも。東に行けばイーストマーチ、北に行けばペール地方。内戦のお陰でご自慢の衛兵もおいそれと手は出せねぇ。
まったくいい時代になったもんだぜ!」
冷静を装うバルグリーフの頬を一筋の汗が流れる。
この時バルグリーフは考えていた。どうしたらこの場面を収束できるのか。それには、イリレスと人質にされたネルキルを解放するしかない。
逆に言えば二人を人質に取られた今、如何な武力を持っていようと、目の前の山賊を止めることはできないのだと。
ファレンガーはどうしてる?こういう状況を打破するための宮廷魔術師だというのに、あのドラゴンフェチは何をしている?
否、彼のせいにはすまい。息子と親友を守れないのは単に己の力不足だ。
大戦を戦い抜き、ホワイトランを守り続けてきた自分の力に奢ったが故の不覚ッ……!
「……皆、武器を収めろ」
「しゅ、首長!?」
「収めろ……!首長の、命令だ……!」
首長の命令に衛兵たちは渋々武器を納める。それを見て、山賊達の顔が緩む。
これならいける。あとは適当な場所に金貨を運ばせ、護衛ごと餓鬼を殺してウィンドヘルムに高飛びすれば、敵対中のホワイトランでは手も足も出ない、と。
その一瞬の油断が、致命傷だった。
「スパイダーウェブ!」「吸血鬼の手!」
とこからともなく飛来した蜘蛛の糸がネルキルを捉え、倒れ伏したイレリスは赤い光に包まれて、反応を超える速さで飛び去った。
その場にいる全員が、二人の異変に釘付けとなって、弾かれるように厨房に振り向く。
「っと、大丈夫かい、アーカーシャ?」
「痛たたた……大丈ばないです……」
「だから言ったろ、大人しく餓鬼の方にしろって」
そこには、掌から蜘蛛の糸を垂らしながらネルキルを抱える長身の美女と、イレリスに押しつぶされた幼女の姿が。
特に後者は意識のない大人の女性が幼女の上にのし掛かるという、なんとも間抜けな絵面で、思わず武器を取り落とした衛兵が数人いたが、すぐに拾いなおす。
このチャンスを逃さないために。
「「「スタァァァァップ!!!貴様らは首長とその家族に罪を犯した!釈明の余地もない!武器を捨てて地に這いつくばり許しを乞え!!」」」
恐ろしいほど揃った怒声を上げ、二階のベランダになだれ込む衛兵隊。
気圧されて飛び降りた山賊は、足を挫いて衛兵に囲まれる。残った山賊はバルグリーフに一矢報いようと剣を振り上げた瞬間に矢の的となった。
……一瞬にして宮廷を騒がした山賊襲来事件は、一瞬にしてその幕を下ろしたのだった。
「ありがとう、ヴィジョン。今回は君のお陰で助かった……そして君もだ、彼女の友人だそうだな?」
「え、え、あ、はい!ヴィジョンの友人をやってます、あ、アーカーシャです!」
顔の細かな表情といい、現実とは比べ物にならないぐらいリアルなバルグリーフが纏う威圧感に押され、上がり気味に答える。
まずい、これじゃただの不審者だ。
ヴィジョンにフォローを求めるが、バルグリーフを直視したままこっちに気づかない。
「おいおい、そんなに改まるな。俺はただの首長だぞ?
君が昨日街で起こした問題については聞き及んでいるが、その事で咎める気はない。
何より君はイレリスの命の恩人だ、首長としてでなく、個人として礼を言う」
「は、ぁ……どういたしまして」
「首長よ、この者は私と同様、シロディールからスカイリムに来たばかり。
未だ身を落ち着かせる場所も持ち合わせていません。出来ることなら……」
ヴィジョンの口添えに、バルグリーフの隣で控えていたハゲ……プロベンタスが声を荒らげた。
「なりませんぞ、首長!これ以上外の者を気安く招き入れては!なにより今は戦時中です、いつどこに敵のスパイが紛れているか……」
「またその事か、プレベンタス!彼女達は俺の家族と友人を助けた、それを忘れるな。
……アーカーシャ、首長の権限により君にホワイトランを自由に出入りする権利を与える」
自由に出入りする権利?家を買う権利じゃなくて?
隣でヴィジョンが強く頷いてくる。ここは応じとけ、と言ってるようだ。
「それと個人的な贈り物だ、きっと君に似合うだろう」
バルグリーフに言われて、衛兵の一人が奥の部屋から銅色の丸いシャベルのような物を持ってきた。ゲームじゃ見ない、細身のデザイン。
前々作、モロウィンドで登場したドワーフの大斧だ。
これが似合うって狙って言ってるのか?身の丈よりも高く、ずっしり重い鈍器を受け取りながら、同じような剣を受け取ったヴィジョンを見やる。
静かに首を振られた。何時ものことらしい。
その後ドラゴンズリーチの宮殿で一緒に夕食を取ることになった俺達。
誰かが入れたMODの影響か、ゲーム内だと同じような顔の子供達が個性豊かになり、奇形なダークエルフのイレリスさんがヴィジョンと同じような人間ベースのとんがり耳チャンネーになっていた。
「この戦争には出来るだけ長引いて欲しいな!そうすれば俺だって参戦できる。戦いと名誉だ!え?人が沢山死ぬ?大丈夫だよ!ソブンガルデに行けるのは真のノルドだけだから」
「見ろよ、あの豚男。山賊に武器を突き付けられただけでビービー怯えちゃって、情けないの。これなら僕が手を出さずともその内勝手に自殺するね」
「え?厨房の下にスキーヴァーの巣穴が?やったぁ、これで毎日スィートロールが食べられるんだね!あなた新しい給仕でしょ?取ってきなさいよ、今すぐ」
同年代で威張れそうな俺にここぞとばかりにバルグリーフ三駄子の自慢トークが炸裂する。
……相変わらず嫌な子供達だなぁ……
とりあえず厨房からスィートロールを拝借してダグニーに上げました。体は違えと俺は紳士なのだ。
時間静止こそスカイリムの醍醐味だと自分は思います。
モロやオブリは勿論、他のゲームでも類を見ないすんばらしい機能です。
作中に出てきたオート時間静止MODは割と簡単に作れます。
みなさんも是非お試しあれ!