立派な魔法使い 偉大な悪魔   作:ALkakou

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Prologue B

 この街にはマフィアからチンピラ、すねに傷を持っている者が集まっている。そのため抗争、暴力は日常茶飯事だ。まさしく掃きだめと呼ぶに相応しい。

 その埃っぽくて薄汚い街の中に“Devil May Cry”と、赤くネオンサインが点滅している店がある。凄腕の便利屋の事務所らしい。

 その事務所内にはドラムセットやビリヤード台があり、隅にはハードロック をガンガンと響かせている年代物のジュークボックスがあった。壁には、何の獣のものか分からない頭蓋骨が剣に串刺しにされている。それも一つではなく、いくつも だ。大抵の来客者は悪趣味だと思うだろう。

 また、いたるところにデリバリーピザの箱が散乱している。お世辞にも掃除が行き届いているとは言えない、と言うよりも汚いと言った方が正しい。

 そして随分と前にローンを完済した黒檀の机に足を投げ出している男がいた。彼がこの便利屋の主人であるダンテだ。彼は真っ赤なコートに黒いレザーパンツという派手な恰好をしている。

 仰向けの顔には雑誌が乗せられていて、雑誌の端からはみ出した銀色の髪が見える。どうやら寝ているようだ。

 足を乗せている机には、スライドに『BY 45 ART WARKS』『FOR TONY REDGRAVE』と彫られた二丁の大きな拳銃が並べて置かれている。これはかつて『四十五口径の芸術家』とまで呼ばれ、その名を馳せた名工の遺作であり、ダンテのために手がけた双子の拳銃である。

 またダンテが座っている椅子の傍らには、口を開いた髑髏が柄に装飾されている剣が立て掛けられていた。身の丈もありそうな剣の刀身は照明を鈍く反射している。

 しばらくすると、机にあるレトロな黒電話が事務所にやかましい音を鳴り響かせた。ダンテは軽く舌打ちをして鹿皮のブーツを履いた足を持ち上げると、机に踵落としをする。その衝撃で受話器がふわりと弧を描いて、綺麗に彼の右手へと納まった。

 

「あいにくだが今日は休みだ」

 

 顔に雑誌を乗せたままそう言うと、受話器を台に向けて投げた。

 ダンテは気が乗らない時は仕事はしない上に、週休六日制を掲げている。そして今日の彼には、仕事をする気はなかった。

 

「さてもう一眠りとするか」

 

 ダンテは再び眠りに入ろうとした。しかし今度は、車の止まる音が聞こえてきた。そして扉から小肥りした小男が事務所へ入ってくる。彼はエンツォ・フェリーニョという情報屋で、ダンテとはそれなりに長い付き合いである。

 

「相変わらず汚ねぇ事務所だな、ダンテ」

 

 エンツォの飄々とした声を聞いたダンテは、顔の上の雑誌をずらして怠惰の色が見える目でその男を見た。そして軽くため息をつく。

 

「エンツォか……悪いが今日はもう閉店だ。帰ってくれ」

 

 それだけ言うとダンテはまた雑誌を元の位置に戻した。エンツォはそれを見て呆れた声を出す。

 

「いくらなんでも昼の1時に閉店は早すぎるだろ。せっかくお前さんに仕事持ってきてやったのによぉ、つれねぇな」

「今日は気が乗らないんだよ。それに俺がハッピーになる仕事を最後に寄越したのはいつだ? 最近はつまんねぇ仕事ばっかりだ。確か前はバイク修理だったな。で、今度は子猫でも探すのか? 俺はごめんだね。つまり他をあたれってこった」

 

 ダンテが言ったように、エンツォが仕事の話を持ってきたと思っても、ここ最近は悪魔が絡まない合言葉なしの“つまらない仕事”が殆どだ――もっとも、ダンテの基準でつまらないだけで、そこいらの便利屋ではとても手に負えないものが多いが。

 ダンテも、一応エンツォの顔を立てるために何度も嫌々かつ渋々ながら引き受けていたが、もう引き受けるつもりはないようだ。

 しかしエンツォは、ダンテが必ず仕事を受けるとわかっていた。なぜなら今回はいつもとは違うからだ。

 

「確かにいつもはお前さんからしたらつまんねぇかもしれないが、今回は大物で――」

 

 エンツォは勿体ぶるように言葉を切った。そして口角を上げて続ける。

 

「――合言葉付きだぜ?」

 

 それを聞いたダンテの雰囲気が一変した。顔に乗せた雑誌を机へ放り、投げ出していた足を降ろす。そしてエンツォを見た。先程までの怠惰な目ではなく、まさしく狩人の目で。

 

「おいおい、そいつを先に言えよ! 合言葉ありならいつでも大歓迎だ」

 

 ヤバイ仕事ならダンテはモチベーションが上がる。さらに合言葉付きとなれば余計にだ。

 

「へへっそうこなくっちゃあな。よしっ、こいつがターゲットだ」

 

 エンツォは一枚の写真をカバンから出してダンテの前に放る。

 ダンテがつまみ上げて見たその写真には、10歳くらいに見える金髪の女の子が紅茶をすすっている姿があった。これを見てダンテは苦い顔を浮かべる。

 

「……エンツォ。おまえこういう“子猫ちゃん”と遊ぶ趣味があったのか? まぁ趣味ならなにも言わないが……」

「何勘違いしてんだ! そんな趣味はねぇよ。俺には妻も娘もいるんだぞ」

「間違えて自分のコレクションだしちまったんだろ? 気に病むなよ、黙っておくさ。で、本当の写真は?」

 

 からかいながらダンテは写真をエンツォへ投げて返した。だがエンツォは返された写真を指で軽く叩きながらため息混じりに口を開いた。

 

「正真正銘こいつが今回のターゲットだ。確かにこんななりだが、かなりの大物らしい。下手な大悪魔なんざ一蹴するほどのな」

 そう言うとまたエンツォは指で写真をスライドさせて、ダンテの前まで写真を持って行った。ダンテは写真を再び手にとる。先程と違ってふざけた様子もなく、じっと写真を見つめていた。

 

「わかったよ。それでこの“子猫ちゃん”とはどこに行けば遊べるんだ?」

 

 手にある写真をヒラヒラと振ってダンテが尋ねる。エンツォはカバンから一枚の書類を取り出してダンテの前に置いた。そして懐から葉巻も取り出した。

 

「日本の麻帆良学園ってとこだな。詳しい場所はいつもどおりそれ見てくれ。報酬は――」

「報酬はいくらでも良い。言い値でもな」

 

 言葉を遮ったダンテは手にしていた写真と書類をコートにしまい、立ち上がった。

 そして傍らにあった長剣――リベリオンを担ぎ、後ろにあるギターケースに入れる。さらに机に置かれていた二丁拳銃――エボニーとアイボリーを手に取る。軽く銃を手で回してから腰のホルスターに仕舞い、そしてエンツォの方へ近づいていく。

 エンツォは葉巻をくわえて火をつけようとしていた。

 

「俺の近くは禁煙席だ」

 

 ダンテは葉巻をつまみ上げてエンツォの喫煙を止めた。ダンテは煙草や葉巻が嫌いだった。彼曰く、自分で自分の肺をヤニ漬けにするのが楽しいか? ということらしい。つまみ上げた葉巻をエンツォへ投げ返した。

 

「ああすまねぇ、そういや嫌いだったな」

 

 そう言うと受け取った葉巻を元に戻す。

 

「ところでこないだ金貸してたよな? そろそろ返し――」

 

 エンツォは借金の催促をしようと顔を上げる。しかしそこには片手を振り「アディオス」という挨拶と共に事務所から出て行くダンテの背中が見えるだけだった。


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