在賀織絵の存在証明   作:四季式

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第4話 幸い中の災い。(後)

 時間は飛んで一ヶ月後。

 水倉破記が提示した、織絵が『魔法』を習得し、なおかつ現在のりすかよりも使えるようになる期限だ。

 

「では織絵ちゃん。キズタカ君に君の魔法を見せてあげなよ」

 

「はい、破記先生」

 

 そう言うと、織絵はポケットから紙の束を取り出した。

 

「普通の人間が『魔法』を使おうとするには、魔法式と長い詠唱が必要だ。だが、そんな悠長なことをしていては君の欲するような戦力にはならない。だから、俺が教えたのは魔法式ではなく魔法陣だ」

 

 織絵は紙の束から一枚を千切ると、それを右手で握りしめた。

 

「君とりすかが倒した影谷蛇之が使っていた、魔法陣をダーツに仕込むという方法を参考にしたのさ。これと同様の方法で──媒体は紙だが──作った魔法陣、この国にある『お(ふだ)』に近い形態のものになった」

 

 水倉破記は言う。

 

「さて、問題は織絵ちゃんの魔法が具体的にどんなものかだが、これがなかなかレアでね。属性(パターン)は『架空』、種類(カテゴリ)は『操作』──そして顕現(モーメント)は『数値』。運命干渉系に属するその特性は、『確定している数値を変動させる』ことだ」

 

 織絵が紙を握りしめた右手を開くと、そこには刃物のように伸びた爪があった。

 

「今はまだ『倍加』しかできないが、これからの成長によっては様々なことができるようになるだろう」

 

 ……なるほどね。

 これは確かに魅力的な魔法だ。

 応用力が半端ではない。

 今発動したのは、おそらく『爪の長さ』を対象にしたものだろう。

 いや、長さだけでなく『硬度』も倍加しているかもしれない。

 

「一枚の魔法陣で同時に倍加できるものは、五つだ。今は『爪の長さ』と『爪の硬度』の二つだがね。幾つか制限があるが、重複しての使用も可能だ。──どうだいキズタカ君。これ程の魔法であれば、君の欲する戦力に足りうると思うのだが」

 

「……ああ、そうだな。確かに発動までのタイムラグは小さく、効果は汎用性に富んでいる。状況によっては、十歳のりすかが手も足も出せずに敗北するかもしれない」

 

 が、

 

「だがしかし、それでもりすかにあって、織絵にないものがある。──経験だ」

 

 そう。いくら能力的に拮抗していても、それを活かす『経験』がなければ宝の持ち腐れだ。

 りすかはここ一年で、かなりの経験を積ませている。

 さらに、不完全ではあるが『過去』への『跳躍』に成功し、突発的な戦闘には使えないが、戦略的には大きく幅が広がった。

 そんなりすかを手放してまで欲しい魔法かと言われれば、首を傾げざるを得ない。

 

「つまり、あれか? 交渉は決裂ということかな?」

 

「ああ、そうなる。残念だったな」

 

 僕は軽い風に言った。

 

「……あーあ、折角育てたのにな。本当に残念で残念でならないよ。

 

 

 

 

 

 

織絵ちゃん、その爪を自分の首を切るんだ」

 

 

 

 

 

 

「はい、破記先生」

 

 ザクッ、と織絵は自身の尖り硬化した爪で頸動脈を切り裂いた。

 どく、どく、と脈動に合わせて大量の血が織絵の首から噴き出す。

 

「どうしてこんな理不尽な命令を彼女が聞いたのか、気にならないかい? それはね、『刷り込み』さ。鳥は最初に見た動くものを親だと認識するだろう? 織絵ちゃんは魔法に関しては、言わば生まれたばかりの小鳥のようなものさ。そしてこの一ヶ月、この子は俺の言うことに従うよう『調教』した」

 

 どく、どく、と血が、織絵の血液が流れ落ち、血溜まりを作る。

 

「だから、本来タブーとされる自ら命を断つような命令も、魔法が関連すれば簡単に聞いてくれる。りすかの説得は難しいが、君のせいで織絵ちゃんが死んだとなれば無理なことでもない。あの子は君と同じくらい織絵ちゃんに依存していたからね」

 

どく、どく、と血が、血が血が血が血が血が血が血が、流れ落ち、溜まる。

 

「おい、何か言ったらどうなんだ? キズタカ君。大事な大事な君の駒が一つ壊れちゃったんだぞ? さっきからだんまりだけれども、もしかしてショックで何も考えられなくなったのかい?」

 

 どく、どく、と血が、『織絵の血』が流れ落ち、溜まる。

 

「……なら、一つ言わせてもらうぞ、水倉破記。お前はこの一ヶ月、昼も夜もなく織絵に『魔法』を教えていたが──その間、ぼくが何もしなかったと思っているのか?」

 

「は? 何を言ってるんだい? 織絵ちゃんは家と学校にいる間以外は俺とずっと一緒だった。君が干渉する時間の余裕があると、は──」

 

 水倉破記は目を見開く。

 

「そう、ぼくの駒は織絵だけではない。りすか。りすかがいる。『時間』を操るりすかがな」

 

「し、しかし、だからと言って何ができると言うんだ! 『過去』への跳躍ができても、その時間でやれることなど高が知れている!」

 

「そうだな、できることなど高が知れている。それより、まだ気づかないのか?」

 

「な、何のことだ? おかしなことなど何も──」

 

 織絵の血は、止まることなく、どく、どく、と流れ落ち続ける。際限なく。

 そう、明らかに織絵の体内にある量以上の血が。

 

「ま、まさか。いや、あり得ない、そんなことをして俺に気づかれないようにするなんて、人間じゃない!」

 

「そう、言わば狂気の沙汰だ。『織絵の血液をりすかの血液にすり替える』なんてな」

 

 どこからともなく──強いて言えば織絵の血溜まりから──声が聞こえてきた。

 

『のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず まるさこる・まるさこり・かいぎりな る・りおち・りおち・りそな・ろいと・ろいと・まいと・かなぐいる かがかき・きかがか にゃもま・にゃもなぎ どいかいく・どいかいく・まいるず・まいるす にゃもむ・にゃもめ にゃるら!』

 

 ずぷり、と血溜まりの中から腕が出てきた。

 その腕を中心に、血溜まりが人型を形成していく。

 

 

 

 

 

「さあ、ショータイムだ、『織絵』」

 

 

 

 

 

 

 

  ★   ★

 

 

 

 

 

 

 このことを進言してきたのは、織絵本人だった。

 

「りすかちゃんの従兄妹のお兄ちゃん──破記先生は、魔法の先生としては優秀だけど、どうも私を支配下に置きたがっているみたい」

 

 織絵は言う。

 

「マインドコントロール、って言えばいいのかな? とにかく条件反射の域まで自分の命令を聞かせられるようにしてるの。これって約束にはないことだよね? それに創貴さんに向けていたあのねちっこい視線から敵意があるのが丸分かりだったから、今の内に先手を打っておきたいの」

 

「先手って、なにが先手なの?」

 

 りすかが首を傾げる。

 

「破記先生の裏をかくというか、想定外の切り札が欲しいな。例えば二十七歳のりすかちゃんみたいな」

 

 ああそうだ、と織絵は何でもないように、

 

「私の血をりすかちゃんの血にすり替える、なんてどうかな?」

 

 と言い放った。

 

 

 

 

 

 

 結果。

 そう、結果だけ見れば、その案は成功した。

 この試みをするにあたって、ぼくらは二十七歳のりすかを頼ることにした。

 彼女の話では、多大な苦痛を伴うが、可能といえば可能らしい。

 

 

 

 六十パーセント。

 

 

 

 この、全身の血液を──より正確に言えば全身の『パーツ』を──入れ替える試みの成功確率だ。

 先日の一件で、織絵もぼくと同様にりすかの『血』との親和性が高いことが分かったが、それでもこの数値なのだ。

 

 キズタカのように部分部分を何百回にも分けて入れ替えるならほぼ百パーセントの成功率なんだけどな、というのが大人りすかの言である。

 

「けど、私たちには一ヶ月しか時間がないじゃない? しかも学校以外の時間をほとんど破記先生にもっていかれちゃうし。いくらりすかちゃんの『過去』への跳躍があっても時間は限られている。だったら、このくらいの賭け、してもいいんじゃないかな?」

 

 織絵は言う。

 

「それとも創貴さんは私が、創貴さんの駒であるこの私が、こんなところで死ぬような女だと思っているの?」

 

「いいや」

 

 ぼくは即答する。

 

「こんな中途半端な舞台で退場するような、そんな駒はぼくの駒にはいない。それに言っただろう」

 

「え?」

 

 

 

 

 

「お前はぼくの手で最高の女にしてやるって」

 

 

 

 

 

 

 

  ★   ★

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも織絵は、ぼくにとっても水倉破記にとっても、かなりイレギュラーな存在だ。

 本来なら織絵は、影谷蛇之に捕縛されているところをぼくに殺されていたはずだった。そしてそれ故に、在賀織絵と水倉破記は会うことが、交わることがないはずだった。

 

 しかし、実際はどうだろう。

 織絵はぼくの魔の手から逃れ、生存している。

 そして織絵は破記に師事し、破記は織絵に『魔法』を教えた。

 

 織絵と『魔法』

 

 邂逅するはずがなかったふたつ。

 それらが交差したとき、どんな反応になるのかは、このぼくですら想像しきれなかった。

 

 

 

 

 

 

 まさか『りすかの血液の中の魔法を掌握する』など、誰か想像できようか。

 

 

 

 

 

 

 

 掌握した『魔法』はふたつ。

 ひとつは、りすかと同じく二十七歳へと『成長』する『魔法』。

 

 そしてもうひとつは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どんなのが、もうひとつなの?」

 

 いつものようにチェンバリンが淹れてくれた珈琲に砂糖を入れるぼくに、りすかは尋ねた。

 

「それを説明するには、まず織絵の『万能適性』のデメリットを理解しないといけない」

 

「え? 在賀さんの才能のデメリット? そんなのあるの?」

 

 首を傾げるりすか。

 

「ぼくも最初は分からなかったが、一緒に行動するようになってから『それ』は分かってきた。確かに織絵の『万能適性』は全ての物事の才能を秘めている。だが、その素質は全てがプラスではない。マイナス面が存在するんだ。普段はマイナスをプラスで打ち消しているから、ほとんどの人は気づかない」

 

「? それは、意味がないんじゃないの? 打ち消しているなら、表面に出てこないのがそれじゃない?」

 

「ああ。だが、意図的にプラスを消してしまえば、残るのはマイナスだ。簡単に言うと、やる気がなければ最底辺までその能力は落ちる、ということだ」

 

 基本的に何事にもやる気を見せるので、織絵自身も気づくことはなかったことだが。

 

「で、それと在賀さんが掌握したっていう魔法とどう繋がるの?」

 

「簡単なことだ。織絵は魔法を『選り好み』したんだ」

 

 選り好み、ということは、取捨選択をしたということだ。

 そう、りすかの血液内の数多の魔法のほとんどを、織絵は切り捨てたのだ。

 そして切り捨てた分、マイナス補正した分──選んだモノは飛び抜けてプラス補正された。

 

「し、信じられないの。私のお父さん、『水倉神檎』が組み上げた私の中の『魔法式』を自分のモノにするなんて。しかも『魔法』を知ってから一ヶ月も経たない、素人同然のはずなのに」

 

「織絵の『万能適性』は、その適性値を切り捨てれば切り捨てるほど、他の適性値にプラス補正をかけられるようだ。もちろん限界はあるし、まったく関係ないモノはその恩恵を受けられないだろう。しかし、それを加味しても破格のスキルだ」

 

 言わばRPGのステ振りのようなものだ。しかも自在にコントロールできるチート付きの。

 

「それで、結局在賀さんの選んだ私の『魔法』ってなんなの? もったいぶらないで教えてよ」

 

 ああ、それは──

 

「『時間の具象化』だよ」

 

「あ、在賀さん!」

 

「こんにちは、りすかちゃん。ごめんね遅くなって」

 

「ううん、大丈夫だよ! それで『時間の具象化』って、どういう意味なの?」

 

「うーんと、簡単に言うと『あらゆるモノの時間を数値化できる』ってことかな? 合ってる? 創貴さん」

 

「まあ、簡略化すればそんな感じだな」

 

 さっきのステ振りの例えではないが、全ての物事、森羅万象に『時間』のステータスを付与することができる『魔法』と言ったところか。

 

「それって──」

 

「そう。私の魔法と相性抜群なの。本来、私の『魔法』は『確定している数値』しか変動させられない。だけど、りすかちゃんと同じで二十七歳になった『私』なら『時間』に限定してあらゆるモノをイジれるってこと」

 

「す、凄いの! 何が凄いのかイマイチわからないのが私だけど、とにかく凄いの!」

 

「り、りすかちゃん、落ち着いて」

 

 興奮するりすかと宥める織絵。

 

 そんな様子を、しかしぼくは穏やかな気持ちで眺めていることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 りすかを連れ戻すのを諦めた水倉破記は、最後に『ある情報』を置いていった。

 それは、とある六人の魔法使いが城門を越えてきたというものだ。

 

 一人『眼球(がんきゅう)倶楽部(くらぶ)人飼(ひとかい)無縁(むえん)

 

 二人『回転(かいてん)木馬(もくば)地球木(ちきゅうぎ)(みぞれ)

 

 三人『(どろ)(そこ)蠅村(はえむら)召香(しょうか)

 

 四人『(しろ)暗黒(あんこく)埋没(まいぼつ)(とう)キリヤ。

 

 五人『偶数(ぐうすう)屋敷(やしき)結島(ゆいしま)愛媛(えひめ)

 

 そして、現時点では称号を保有していないが、水倉(みずくら)(かぎ)で、六人の魔法使い。

 

 その六人が、ほぼ時を同じくして城門を越えてきた。

 それは、水倉神檎、及び水倉りすかにとって全く無関係だと悠長に構えている暇はないということだ。

 特に六人目、『水倉』鍵。

 まさかもう一人のいとこがいた、なんてことはないだろう。

 これ以上の情報は、水倉破記は持っていないようだった。ここから先は独自に調査しなければならない。

 

「りすかちゃん。そろそろ私のこと、名前で呼んでくれてもいいんじゃないかな? 創貴さんは『キズタカ』なのに、私だけ『在賀さん』ってのは他人行儀すぎないかな?」

 

「う、うん、分かった。お、織絵、ちゃん?」

 

「うん、りすかちゃん」

 

「織絵ちゃん!」

 

 しかしまあ、深刻に考えてばかりでは人間ダメになる。

 今こうしていることも、きっと必要なことなのだろう。

 すっかりぬるくなったコーヒーを胃に流し込み、ぼくはじゃれあう二人の小さな魔女たちを、今度は何の不安もなく見つめることができた。

 

 

 

 

 

 

《Magical friends》is Q.E.D.


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