在賀織絵の存在証明   作:四季式

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第3話 幸い中の災い。(中)

 水倉破記。

 

 『迫害にして博愛の悪魔』の称号をもつ、長崎県森屋敷市出身の魔法使い。

 特徴的な学生服を身に纏い、両の手首にぐるぐるに包帯を巻いた、赤髪の男。

 りすかの従兄妹。

 曰く、『お兄ちゃん』

 こいつが現れたのは、影谷蛇之の誘拐事件から約一週間たった頃だった。

 

 

 

 

 

 ★   ★

 

 

 

 

 

 その日もその日で、ぼく・りすか・織絵の三人はりすかの家であるコーヒーショップに集まっていた。

 集まったのはいいが、その頃には織絵もこの集会の意味を理解したのか、無理に何かを話したりするというより自然体で接するようにしている。

 この集会はある意味儀式のようなもので、互いに気を許しやすくすることに主眼を置いている。そのため、率先して会話をする必要はなく、むしろ何も話さずに側にいることが自然にできるようになることが肝要だ。

 つまり、集まったはいいが、ぼくらはそれぞれ別のことをしている。

 ぼくは、りすかの魔法の応用についての脳内シミュレーション。

 りすかは、いつものように魔道書の模写。

 そして織絵は、りすかが今まで模写した魔道書の写本を読んでいる。

 

 織絵は、魔法を教わることができないと分かるやいなや、魔法関係の書物を読み漁った。

 りすかの部屋の本棚の、右から左へ、上から下へ、節操なく余すことなく、次から次へととっかえひっかえ、あらゆる魔道書を読んだ。

 そこに書いてある内容から我流で魔法を覚える──などということはなく、いつか誰かから魔法を教わるときのとっかかりになれば、とのことらしい。

 そして、その知識はすぐに役立つことになる。

 

 

 

 

 

 コーヒーショップの自動ドアが開いた。

 そこから、一人の青年が店内に入ってくる。

 見たところ高校生くらいの風貌で、ぼくら程ではないが、厳かな雰囲気の漂うこの場所には不釣り合いな感じだ。

 

「いらっしゃいなの」

 

 模写に夢中のりすかだが、そこはコーヒーショップの娘。自動ドアの開閉音に反応し、そっけないながら歓迎の言葉を発した。

 

 

 

 

 

「いやいや、さすがにそこまでそっけないと、お兄ちゃんとしてはちょっと傷つくなぁ」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 その声と言葉に、りすかは反射的に突っ伏していた顔を上げる。

 そして、相手の姿を確かめると、

 

「お兄ちゃんっ!!」

 

 その青年の元へ一直線に駆けて行った。

 

「やあ、りすか。久しぶりだね。元気だったかい?」

 

 そんな、りすかへの優しげな言葉とは相反するように、その青年は冷徹な視線をぼくに向けていた。まるで恋敵を睨みつけるかのように──じっくりと、ねっとりと。

 しかしそんな視線もほんの数秒のことで、すぐにりすかへと優しげな笑みを浮かべる。

 

「そこの二人はりすかの友達かい? 良ければ紹介してくれないかな」

 

「うん! こっちが同じクラスの在賀織絵さん。委員長さんなの」

 

 そう言ってりすかは、織絵を青年の前まで連れて行く。

 

「在賀織絵です。よろしくお願いします、りすかちゃんのお兄さん」

 

「こちらこそよろしく織絵ちゃん。俺は水倉破記。ああ、姓はりすかと同じでも俺は実の兄じゃなくて従兄妹なんでね、そこんとこよろしく」

 

 水倉破記。

 その名前だけはりすかから一度聞いたことがあった。

 その時はそんな人がいるのか程度の認識でいたが、もう少し掘り下げて聞いておくべきだったな。

 

「で、こっちの男の子は誰だい?」

 

「キズタカなの! 私の最初のお友達!」

 

 友達ではなく駒と持ち主の関係なのだが、まあいい。

 

「供犠創貴だ」

 

 年上相手だが、ここは敬語を使わず強気でいくことにする。

 

「そうかい、よろしくね」

 

 しかし水倉破記は僕の態度を気にすることなく、にこやかに握手を求めてきた。

 どういう心算なのかは分からないが、とりあえず友好的にしておいてもいいだろう。

 こちらこそ、と握手をした。

 

「さて、挨拶はこれくらいにして本題に入ろうか」

 

「本題って、なにが本題なの?」

 

 りすかが首をかしげる。

 

 わざわざ城門を越えて来て、その用事がただ従兄妹の顔を見に来ただけなわけがない。恐らくは……

 

「りすか、そろそろ長崎へ帰らないか?」

 

 ……りすかを連れ戻すのが目的だろう。

 

 

 

 

 

 

 ★   ★

 

 

 

 

 

 

 結局。

 結局りすかはその申し出を拒否した。

 本人曰く「だって、わたしが必要なのがキズタカだもん」だそうだ。

 

 

「でもそれは正確ではない。君が求めているのはあくまでりすかの能力だ。そうだろう、キズタカ君。君は自分の手駒に『魔法使い』が欲しいのだろう。りすかという名の人格ではなく、りすかの中の魔法が目的なのだろう。ならば交換条件を提示しようじゃないか。君のもう一人の手駒に魔法を教えよう。幸い素質はあるようだし、そうだね、一ヶ月だ。その間に俺が彼女を鍛えよう。少なくとも今の、十歳のりすかよりも使える駒に育てておこう。それならば君も納得してくれるんじゃないかな」

 

 水倉破記は言う。

 

「その代わり、君にはりすかの説得をしてくれないか。あれは中々に頑固な子でね、でも君の言うことなら少しは聞くだろう? なんたって君はりすかのご主人様だからね。りすかも素直に従うことはなくとも、渋々ながらには言うことを聞くだろう」

 

「……とりあえず、織絵を『魔法』使いにしてくれるのはこちらとしても願ってもないことだが、あんたにそれが出来るという確証はない。水倉破記、この交渉は対等なものではないぞ。そちらはこっちの戦力を根こそぎ持っていこうとしてるんだ。ならば先にそれと対等なものを用意するのが筋というものだろう」

 

「……分かったよ。確かにこの交渉で君は俺より上のステージにいる。ならば君の条件に従おう。一ヶ月で君が満足する戦力に育て上げようじゃないか」

 

 

 

 

 

 こうして、織絵が『魔法』使いになるための修行が始まった。

 


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