在賀織絵の存在証明   作:四季式

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第1話 影あるところに友情あれ。

「悪いね、在賀さん──ぼくはきみを本当に助けたかったんだけど……でも、あまりにも未熟で未完成なきみにはまだ、魔法についての云々や、ぼくの野心を知ってもらっちゃ困るんだ」

 

 喉に『矢』が深々と刺さっている在賀織絵は、そんなぼくの呟きに答えることはなく──答えることなどできるはずもなく、ただ床に倒れていた。

 

 もう永遠に起き上がることのないだろう彼女の身体を、ぼくはひどく冷めた目で見下ろす。

 

 ……しかし、非常に残念だ。

 

 今回の作戦は、失敗以外の何ものでもない。

 

 救出対象の在賀織絵が、もう少し優秀であったなら、もしくは影谷蛇之が人質の扱いをもっとよく考えていたのなら、結果は変わっていたかもしれない。

 

 いや、他人に責任を押しつけるのはよくない。

 

 彼女の死の責任は、彼女自身でもあの下種でも、ましてやりすかのものでもない。ぼくのものだ。誰にも譲る気はない。

 

 どんな結果でも、そうなってしまってはしょうがない──取り返しは、つかない。まあ精々、次回以降の参考として有効に利用させてもらうとしよう。

 

 喜んでいいぞ在賀織絵、きみはぼくという、バベルの塔のごとく巨大な建造物を建てるための大事な礎の一部になる。

 

「……キズタカっ! 在賀さんはっ!?」

 

 そうしていると、後ろから閉めておいた扉が開いて、元の姿に戻ったりすかがやってきた。

 

「あ、在賀さんは無事だった!?」

 

 今までにない剣幕で、りすかはぼくに詰め寄ってきた。

 

「……見ての通りだよ。遅きに失した」

 

 ぼくは横にどいて、りすかに道を作ってやった。

 

「既に、影谷によって殺されていた。ついさっきらしい」

 

「………え」

 

 りすかはぼくの言葉を信じられないように、倒れている在賀織絵の身体に崩れ落ちるように近寄って──その生死を己の目で確認する。

 

「──そ、そんな……だって、影谷蛇之が、少女を、女の子を、傷つけるはずが──」

 

 呆然自失、とまではいかないが、焦点の合わない目で彼女の肢体を──死体を見つめ続ける。

 

「……残念だけど、事実だ。さっき確認した、彼女はもう死んでいる。あの下種野郎が。信じられない。吐き気がするぜ」

 

「……う、うううううう──」

 

 すると、りすかは──水倉りすかは、

 

 

 

「──う、んく」

 

 

 

 在賀織絵にしがみついて号泣するかと思いきや、鳴き声を飲み込んで──しかし、ぼくは初めて見る、赤い、赤い涙を大粒で流しながらこちらを振り向いた。

 

「ぐすっ……さっきこう言ったのが、キズタカなの」

 

「え?」

 

 りすかは涙声になりながらも、しっかりした声で言った。

 

 

 

 

 

「ついさっき殺されたと言ったのが、キズタカなの」

 

 

 

 

 

「あ、ああ」

 

 ぼくはりすかが何を言いたいのかいまいちよく分からず、生返事しかできない。

 

「えっと、りすか。つまり何が言いたいんだ?」

 

 するとりすかは、まったくもって予想外のことを言った。

 

 

 

「わたし、在賀さんを生き返らせてみる」

 

 

 

 

 

 

  ★   ★

 

 

 

 

 

 

「しかし、りすか。人を生き返らせるのは、確か甦生と蘇生の魔法じゃなかったか。親父さんが使えるっていう」

 

 在賀織絵の死体を気にしながら、そのすぐ横に自分の血で魔法式を書いているりすかに、ぼくは尋ねる。

 

「どんな状態からでも生き返ることを最終目的に置いた魔法は、確かにそれなの。たとえ万の肉塊、億の肉片になったとしても、それが自分でも他人でも一切合切、何事もなかったように回帰する、運命干渉系の中でもかなり上位の魔法。──でも、そこまでの、ハイエンドクラスのレベルでなければ、ただ生き返るだけなら、他の魔法でも応用次第でどうにかできるものもあるの。──たとえば『時間』とか」

 

「でも、りすかは……」

 

 りすかは、この十歳のりすかでは『省略』──『未来』への『跳躍』しかできない。

 

 十七年後の、二十七歳の姿ならば造作もないのだが、今のりすかでは『過去』に跳ぶことなんてできないはずだ。

 

「そう。『省略』しかできない、『過去』へ跳ぶための『操作』なんてできないのが、今のわたしなの。

 

 

 

──でも、それがどうしたの。

 

 

 

そんなことは関係ない。十七年後だろうが今だろうが、二十七歳だろうが十歳だろうが、そんなことは全然まったく関係がないの」

 

 りすかは言う。

 

 

 

 

 

「時間なんて概念が酷く些細な問題なのが──このわたしなの」

 

 

 

 

 

 最後の仕上げとばかりに、自分の血で赤く染まった指を高々と掲げるりすか。

 

 

 

 『過去』へ『跳躍』するための魔法式が完成した。

 

 

 

 

 

 

  ★   ★

 

 

 

 

 

 

 とはいっても、ぼくは実際にはほとんどその魔法式を見ていない。

 

 りすか曰く、魔法式や魔法陣は、魔法に耐性のない人間が見ると発狂してしまうことがあるらしい。

 

一瞬二瞬見るくらいなら大丈夫だと言われたのでちらっと見たが、なるほど、いつかの地下鉄でも『魔法』使いが書いたものを見たことがあるが、あんなのとは比較にならないくらい強烈な気持ち悪さを感じた。

 

 その魔法式を、なるべく見ないように目を逸らしながら、ぼくは在賀織絵の両足を脇に抱えた。上半身の方は、りすかが彼女の両脇から腕を通して持ち上げている。

 

 その位置から首に刺さっている『矢』が見えるのか、りすかは苦しそうな顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。

 

 ふたり掛かりでも、やはり筋肉が弛緩した人間の身体はずしりと重く感じた。

 彼女を魔法式の上に乗せ、ぼくはそこから何歩か後退した。

 

 ぼくが十分離れたことを確認すると、りすかは腰のホルスターからカッターナイフを取り出し、自分の右手首を切った。

 

 どくっ、どくっと思いのほか大量に流れ出る血には目もくれず、今度は在賀織絵の左手首にカッターナイフの刃を突き立てた。

 

 いくら死体とはいえ、死後一時間も経っていない。傷口からは、じわっと血が滲み出てきた。

 

 りすかは、血が流れ続ける自分の手首を彼女の手首に持っていき、右手首にシルバーアクセサリのように着けている手錠の片方をかしゃん、と彼女の手首に嵌めた。

 

 傷どうしを接着──『同着』することで、りすかは自分の内側にしかベクトルを向けられない己が魔法を、他者にも使用することができる。

 

 しかし『同着』できるのは、ぼくのように体質的にりすかと相性のいい人間、『なじむ』相手に限られる。

 

 もしもふたりの相性が悪ければ、おそらく在賀織絵が生き返ることはない。

 

 りすかは、手錠で繋がった彼女の手を、指を絡めるように、きゅっと握った。

 

「在賀さん。わたしが絶対、生き返らせてあげるの」

 

 そう意気込むと、りすかは呪文の詠唱を、始めた。

 

「えぐなむ・えぐなむ・かーとるく ら・まぎなむ・らい・まぎなる えぐなむ・えぐなむ・かーとるく ら・まぎなむ・らい・まぎなる えぐなむ・えぐなむ・かーとるく ら・まぎなむ・らい・まぎなる──」

 

 本来、あらゆる魔法式が詰め込んであるりすかの血液を使えば、魔法式を書くことも呪文の詠唱も必要ないのだが、まだ自分の魔法をほとんど使いこなせていないりすかは、今のところ『省略』以外では、このように補助がなくては発動すらしない。

 

「えぐなむ・えぐなむ・かーとるく ら・まぎなむ・らい・まぎなる えぐなむ・えぐなむ・かーとるく ら・まぎなむ・らい・まぎなる えぐなむ・えぐなむ・かーとるく ら・まぎなむ・らい・まぎなる──」

 

 繰り返し、繰り返し、その効果が生じるまで──跳ぶべき過去を、在賀織絵が生きていた『過去』をイメージして、呪文を繰り返す。

 

 ……魔法式と呪文を使ってこれでは、たとえ成功しても戦闘に使用できるようになるのは大分、先になりそうだ。

 

 しかし、この突発的の出来事は別段悪いことではない。

 

 成功すれば、りすかは新しく『過去』へ『跳躍』する魔法を手に入れることができる。

 

 もし失敗──というか、魔法が発動しなければ、在賀織絵の死によって再び間違いを犯すことを恐れ、ぼくの指示にきちんと従う忠実な手駒へと近づく。

 

 まあ、『過去』への『跳躍』が不完全な発動のしかたをして時空の狭間で永遠に迷子になるという、本当の意味での『失敗』をしてしまう可能性も大いにあるが、そんなリスクも考えた上で、様々な覚悟の上で、りすかは『過去』へ跳ぶことを自ら提案したのだろう。

 

 それに、ぼくもそろそろだろう、と思っていた。

 

 この一年、りすかにはそれだけの経験値を積ませてきたつもりだ。

 

だからこそ、りすかの今回の『わがまま』も許容してやった。

 

「えぐなむ・えぐなむ・かーとるく ら・まぎなむ・らい・まぎなる えぐなむ・えぐなむ・かーとるく ら・まぎなむ・らい・まぎなる えぐなむ・えぐなむ・かーとるく ら・まぎなむ・らい・まぎなる──」

 

 

 

「────っ!」

 

 

 

 繰り返し繰り返し、思いを込めて、りすかは繰り返し、呪文を詠唱して──そして大きく叫び、カッターナイフで印を切ったかと思うと、展開された魔法式の上から──その赤い姿が、一瞬ぶれてから、在賀織絵とともに消失した。

 

 

 

 と、次の瞬間、消えたのと同じ座標に、ふたりが出現した。

 

 

 

「……ふう」

 

 りすかは、気の抜けた溜め息をひとつつくと、その場にぱたりと倒れた。

 

 

 

「──おわっと」

 

 

 

 りすかが倒れたことで、手錠が繋がった左手が引っ張られ、バランスを崩しそうになった『彼女』だが、なんとか持ちこたえたようだ。

 

「あ、あれ? み、水倉さん?」

 

 クラスメイトの登校拒否児が、手錠で自分と繋がっていることを不思議に思ってか(そりゃ思うだろう)、首を傾げながら『彼女』はりすかを見下ろしている。

 

「って、あ」

 

 そこまできて、ようやくぼくの存在に気がついたようで、こちらを向いて目を丸くした。

 

「く、供犠くん?」

 

「ああ、こんにちは在賀さん。久しぶりだね」

 

 ぼくの目の前に立っているのは、首にも左手首にも傷ひとつない、ただ監禁されて、ただ衰弱しているだけの──在賀織絵だった。

 

 

 

 

 

 

  ★   ★

 

 

 

 

 

 

 在賀織絵を生き返らせる──というと、少し事実から外れた意味になってしまうのだが──にあたって、りすかは、ただ『過去』に跳ぶだけでは目的を達成できないと思った。

 

 確かに、影谷(実際はぼく)が彼女を殺す直前に跳んでも、もしくはそれ以前に跳んでも、りすかひとりでは返り討ちにあうことが目に見えている。

 

 影谷が彼女のそばから離れているときを狙えればいいのだが、その正確な時間が分からなければ狙いようがないし、そんなピンポイントでの『跳躍』は、『過去』が初挑戦のりすかには無理な話だ。

 

 それに、りすかが言うには『あの悪趣味で少女趣味の変態が、わたしが到着するまで在賀さんのそばを離れるとは、到底考えられないの』ということも理由のひとつらしい。

 

 さらに、在賀織絵があの部屋に『固定』されているときに、そこにりすかがいたという『過去』がなければ、『同着』した彼女と一緒に跳ぶことはできない。

 

 よくよく考えてみれば欠陥だらけの、この思いつきの作戦を成功させるために、りすかはまず、ひとりで過去に──そのときのぼくらがまだコーヒーショップに居たくらいの『過去』に跳んだ。

 

 そこから既に行ったことのある影谷の家の、在賀織絵が監禁されている部屋まで『省略』し、その一刹那後再び『省略』して、初めに『過去』へ跳んだ時間に戻ってくる、という作業をした。

 

 それによって、彼女がまだ生きてあの部屋にいるときに、りすかがそこにいたという『過去』ができたため、ふたり同時に『過去』へ『跳躍』することが可能になった。

 

 そして、あらためて『過去』へ跳んだりすかは、そのまますぐに『省略』し、ぼくが残されたあの部屋に、生きたままの在賀織絵を連れてくることに成功した。

 

「というのが、りすかが思いついた『作戦』だ。ここまでは理解したかい?」

 

 ぼくは、テーブルを挟んで向かい側のソファーに並んで座っているふたりの少女──水倉りすかと在賀織絵に、そう問いかけた。

 

「んー、なんとか解ったけど」

 

「そこまで難しく考えなかったのが、わたしなの」

 

 一応は理解しているようだが、どちらも眉間にしわが寄っている。

 

 やれやれ、魔法の心得がない在賀さんならともかく、自分の魔法として『時間』を扱うりすかが、この程度のことが解らなくてどうするのだ。

 

「まあ、解らないなら解らないでいいよ。ぼくさえ解っていれば、どうにでもできることだ」

 

 そこでいったん会話を切り、ぼくはチェンバリンが淹れてくれたコーヒーに口をつける。無論、ブラックではなく砂糖入りだ。

 

「でも、ほんとに魔法ってあるのね。びっくり」

 

 半分おどけてそう言った在賀さんに、りすかはおっかなびっくりに問いかけた。

 

「魔法使いのこと、気持ち悪く思っちゃった?」

 

「ううん、そんなことないよ! 確かにあの影谷って人みたいに悪い魔法使いもいるみたいだけど、水倉さんみたいに可愛くて良い魔法使いもいるんでしょ?」

 

 りすかは『可愛い』と言われたせいか、顔を真っ赤にしながらもこくこくと頷いた。

 

「──さて、ここまで説明したのは、今回の騒動に巻き込まれたきみに対しての最低限のフォローだ」

 

 情報を与えなさすぎるとかえって危険だと判断したぼくは、今後彼女が魔法との遭遇を予防、とまでいかなくても、せめて警戒できる程度の知識を与えることにした。

 

「だけれど、在賀さん。在賀織絵さん。ここから先は、相応の覚悟が必要だ。今なら魔法に縁のないそこそこ安全な人生のルートに戻ることができる。だが、もし一歩でもこちら側に進み出したら、とびっきりの危険を承知で一生魔法に関わり続けなくてはならない。ぼくは、どちらにするかは強制しない。だから、覚悟と責任をもって、自分で決めてくれ」

 

 この言葉に、在賀さんではなく、りすかが反応する。

 

「き、キズタカっ! 在賀さんは普通の人なの! これ以上巻き込んだら、今度こそ取り返しのつかないことになるの! だから──」

 

「りすか」

 

 ぼくは、意識して厳しい口調で言う。

 

「これはお前が口出しするものではない。在賀さんの人生で──在賀さんの選択肢だ」

 

 りすかは、ぐっと声を詰まらせ、それ以上は何も言わなかった。

 

「さあ、どうする?」

 

「…………」

 

 在賀さんは、目を瞑り、たっぷり十秒考え、こう言った。

 

 

 

 

 

「供犠くん。わたしは、使える人間?」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 一秒の間も空けずに、ぼくは答えた。

 

 今回のことで確信した。

 

 在賀織絵。

 

 お前はぼくの手駒に相応しい人間だ。

 

 ぼく自身が手を下したにもかかわらず、ここにこうして生きている。その事実は、ぼくの手駒となるには十分な理由だ。

 

 諸手を挙げて歓ぼう、両手を広げて迎えよう。

 

 これからの『時間』の中で、ぼくがお前を最高の女にしてやる。

 

「じゃ、これからよろしくね、『創貴さん』」

 

「ああ、こちらこそ、『織絵』」

 

 織絵はにっこりとほほ笑み、ぼくは笑わなかった。

 

「……むう、なんだかよくわからないけどムカつくの」

 

 

 

 そんなこんなで、ぼくは新たに将来有望な手駒を、りすかは『過去』へ『跳躍』する魔法を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

  ★   ★

 

 

 

 

 

 

 ちなみに。

 

 話がややこしくなるからふたりには言わなかったことがある。

 

 それは、りすかが『過去』の織絵を連れてきたせいで、その時点からいくつかの平行世界──パラレルワールドが発生してしまった、ということだ。

 

 このことで分岐したルートは、おそらく三つ。

 

 今いるこの世界。

 

 織絵が消失した世界。

 

 そして──

 

 

 

 

 

 ぼくが織絵を殺したままの世界。

 

 まあ、どの世界にもぼくが存在するんだから、どのルートを通っても、最終的にはすべての人間が幸せになる未来が待っているのだから、大した違いはない。

 

 ただ、りすかと織絵が確かな友だちになった世界は、おそらくここだけだろう。

 

 

 

《Paradox friends》is Q.E.D.

 


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