雨が染み込み変色したコンクリ群。
所々剥げた道路の塗装。
むき出しになった鉄骨。
世紀末のような光景なのに、空はどうしてか、不思議なほどに綺麗に澄み渡った青であった。
青空を、幾つもの光線が交錯する。
激突、魔力が弾き合う甲高い音が幾重にも重なり響いた。
魔力煙が所々にできており、爆音達の死骸のように漂っている。
戦場であった。
スカリエッティ謹製の戦闘機人と機動六課の魔導師たちとの戦いである。
ナンバーズは1,4,6,7,9,10,11の7人。
うち1番ウーノは最後期の首アタッチメント搭載型であり、最もスペックが高い。
後方支援に徹している4番クアットロは、唯一の首アタッチメント非採用型だが、その役割故に差ほど大きな影響は無いと言える。
ゼストとアギトは地上本部へと襲撃に行っており、六課はTの対処の為にそれを見過ごした形となっていた。
機動六課は、フォワード陣にギンガ・ナカジマ、隊長陣にチンクで、ユニゾンしているリィンフォースを抜いて10名となる。
数で勝るも、隊長陣とチンクでようやく改造ナンバーズと互角程度。
フォワード陣にギンガの5名でどうにか改造ナンバーズ1体とクアットロを相手にしているが、劣勢には違いない。
それをどうにか危うい均衡で成り立たせているのは、トーレの存在であった。
恐らくTに"強い"という指向性のある役割を後付けでもされたのだろう、青紫の薄いオーラを纏った彼女は、圧倒的な強さである。
本気となった彼女は今度こそ六課も積極的に狙っており、スカリエッティの目で見るに、その戦闘能力は魔導師換算でSS+と言った所か。
彼女の存在でかき乱された戦場が、辛うじて六課を劣勢から遠ざけているのが現状である。
とはいえナンバーズも開発が途中からの方向転換があったので、経験値が足りていない、六課の逆転の目はまだまだあるか。
最も、それも今すぐとはゆくまい。
そう判断し、スカリエッティは視線を下ろし、目の前に経つ青年に視線をやった。
「…………?」
首をかしげる青年。
T。
この世の希望と絶望の全ての源。
スカリエッティは、少しだけTの顔を見た後、頭の中がねじ曲げられそうな悪寒を感じた。
すぐに視界に入れながらも視線も意識も集中させない、という状況にシフトし、どうにか脳髄に這いずり上がってくる狂気をたたき落とす。
スカリエッティは意識して顔を強く歪ませ、演出的に言った。
「さて、承知しているだろうが、まずは私の話を聞いていただきたい」
「はぁ、いいですよ」
背筋を多脚生物が音を立て歩いているような、奇妙な感覚。
生理的嫌悪感に近いそれをかみ殺し、スカリエッティはともすれば弱気にさえなりそうな自分をたたき落とし、言う。
「面白い人生とは、それほど言えないかもしれないがね……」
苦笑交じりに、スカリエッティは回想に意識を沈ませてゆく。
Tの正体に関連する事は曖昧に崩し、スカリエッティはゆっくりと話し始めた。
ジェイル・スカリエッティは培養槽の中で生まれた。
生まれた瞬間から彼は完成された知性を持っており、生まれた瞬間から彼は夢を持っていた。
生命操作技術の完成、という夢をだ。
彼の優れた知性は、それが最高評議会によって与えられた物であろう事を知覚していた。
加えて同じような知性ベースのアルハザードの遺児——アンリミテッド・デザイア——が他にも存在し、彼らには他の名前と夢が与えられ、それぞれの研究を行っている事さえも知覚していたのだ。
そして失敗し肉体的衰えが来た個体は、殺処分され、同じ名前と夢を持った新たな個体が製造される。
ジェイル・スカリエッティは、生まれた時から代替の利く存在であった。
そしてそれを知覚し、理解してしまう知性の持ち主であった。
故にだろうか、それとも他になにか理由があったのか。
スカリエッティは、アンリミテッド・デザイアの中でも特に自己顕示欲を強く持つよう成長してきた。
強い欲望は強い力を示す。
故にだろうか、スカリエッティはアンリミテッド・デザイアの中で最も優秀な研究成果を上げていった。
研究以外にも興味を示す個体は珍しかったらしく、最高評議会でもどう扱うべきか悩んだそうだが、その成果に人格問題を黙認する程だったと言う。
スカリエッティは、自己顕示欲こそ己の真理だと考えるようになった。
同じ知性を持つ存在の中で、唯一自分だけが強い自己顕示欲を持つ。
それはスカリエッティにとって救いであり、存在理由でさえあった。
よってスカリエッティは、最高評議会の指示通りの研究を続けつつも、密かに彼らに反逆する計画を立て始める。
全てから自由になり、世界に自分の技術とそれによる兵器・戦果を知らしめる。
それが彼の目標であり、人生の意味であった。
彼はそれを、「不遇な技術者達の恨みの一撃」と幾度か称した。
そこには僅かながら、同族達への同情なのか共感なのかよく分からない感情も混じっていたのかもしれない。
そんな彼の研究に転機が訪れたのは、10年前の事である。
次元世界に、Tが広く名を知らしめた年であった。
彼の存在を知るに、スカリエッティはすぐさま彼について細かく調べ、彼の正体に気づいた。
彼はこの夢幻世界の神にして魔王にして唯一の人間。
この世界は彼の見る夢に過ぎないという、真実に。
流石のスカリエッティも、動揺を隠せない事実であった。
何せスカリエッティは当然のごとくTより年上である、それまでの己はただのTの妄想設定という事になる。
何がスカリエッティにその事実を乗り越えさせたのかは分からない。
幼少期から自己の唯一性の揺らぎに直面していた為なのかもしれないが、何にせよスカリエッティはその事実に立ち向かい始めた。
そして得た答えは、Tに直接伝える事はないものの、言わずもがなである。
現実世界に唯一繋がる人間、Tの記憶に残る事。
スカリエッティは折れた心をつなぎ合わせ、方向転換を始めた。
スカリエッティは、死に物狂いでTの情報を集めた。
なのはとフェイト、はやてを特別扱いしている事に気づいた後、彼女たちの敵となりピンチを演出する事でTをおびき寄せようと考える事になる。
最高評議会と利害が一致された計画は実施され、途中で最高評議会議員が死ぬというハプニングがあったものの、その分計画が盛大になっただけ。
そしてスカリエッティは、断腸の思いで愛娘達を改造する事を決めた。
そも、スカリエッティの夢は生命操作技術の完成である。
兵器として有用であるのはその不随物に過ぎず、故に現在のような生命としての完全性が薄まっているナンバーズなど、無粋の一言だ。
だが、夢も何も、全てはTに覚えて貰わねば泡沫となって消えてしまう儚き物に過ぎない。
故にスカリエッティは、娘達に感じていた自分なりの愛情も捨て去り、私欲の権化となって娘達を改造した。
結果、旧型のトーレの離脱というハプニングはあったが、計画は順調に進んできた。
聖王ヴィヴィオを連れ去るのは失敗し、ゆりかごは無用の長物と化したが、代わりに目的のTがおびき出されてきた。
改造ナンバーズは発狂死してしまったものの、嬉しい事にトーレがTを連れ出してくれたため、こうやって待ちわびた機会はやってきたのである。
自らの事を語り聞かせる、この機会が。
「あぁ、私はこの瞬間を心待ちにしていたよ。くくく、経験が無いので分からないが、恋愛感情にも似た感情だろうかね。告白の時を待ちわびていたのに、その瞬間がいざ来ると、怖くなってくる」
「はぁ……?」
スカリエッティの意図を掴みかねているのだろう、首をかしげるT。
それを尻目に、スカリエッティは空に視線を。
改造ナンバーズらしき人外の影は残り4つ、クアットロは姿が見えないので不明。
トーレらしき青紫のオーラは健在だ。
対し機動六課はフォワード陣が既に墜ちており、チンクも姿が見えないが、隊長陣はまだ欠けていない模様である。
そろそろ、制限時間か。
これでナンバーズが勝利すればいいのだが、いわばTという神に見守られているなのは・フェイト・はやての3人が負けるとはとうてい思えない。
とはいえ、スカリエッティの欲望は、最悪の敵としてTの記憶に残る事。
それには勝利は必要条件では無いのだ。
「くっくっく……、私はこの瞬間の為に、全てを賭してきたよ。材料どもを切り刻み、生きたまま次々に臓腑をホルマリン漬けにしていった事があった。生首だけで生かした後に自分の体が切り刻まれていくのを見せて、反応を観察した事もあったよ。あぁ、楽しかった。楽しかったとも。あの知的好奇心が満足してゆく感覚は、素晴らしかった」
全て事実である。
とはいえ、別にスカリエッティはその程度の事で邪悪を語れるとは思っていない。
恐らく社会通念に照らし合わせてみれば邪悪なのだろう、と判断し、Tにスカリエッティという巨悪を演出する為に話しているだけだ。
「あぁ、けれど私は、その結晶である愛娘達をも改造した。脳をいじり、記憶転写技術の応用で人格を限定的ながら改変し、首から上だけで生命活動を行えるよう調整をし。私の誇りだった生命技術の結晶を台無しにしてまで、私は強い機人に拘った。機動六課を効率的に制する為に。T、君をおびき寄せる為に!」
叫びつつ、スカリエッティはその場で白衣を翻す。
風を孕み浮く白衣が降りるよりも早く、顔を歪ませ、歓喜に満ちた笑みと共に叫んだ。
「さぁ、T、私を記憶に刻みつけるがいい!」
Tは首をかしげ、言った。
「その前にそもそも、貴方のお名前は何と言うのでしょうか」
ピタリと。
スカリエッティは凍り付いたかのように動きを止め、鈍い動きで喝采していた両手を下げる。
信じられない台詞に思考すらも冷凍され、その冷気にでも触れたかのように、体が震え始めた。
「……待て。いや、私は、ジェイル・スカリエッティだ」
「はぁ。ジェイル・スカリエッティさん。初めまして」
ぺこりと頭を下げるTに、スカリエッティは思わず自身を抱きしめた。
折れそうになる膝をどうにか立たせながら、震え声で続ける。
「馬鹿な、六課に居ながらにして、私の事を知らなかったのか? まさかそんなはずは……。いや、それでも、私は君の幼なじみ達の敵だぞ!」
「ふーん、そうなんですか」
「生命と社会の天敵、そして知識を追い求める為に悪魔に魂を売った科学者だっ!」
「はぁ、そうなんですか」
気のない返事。
死を超える極限の恐怖に、スカリエッティはついに膝をつき、開いた両手を縋り付くかのように伸ばした。
目から熱い物がこぼれ落ち、がくがくと震える口でどうにか言葉を紡ぐ。
「私を……、私を記憶したまえ!」
「すいません、貴方にはあまり興味が無いので……」
スカリエッティは、目を見開いた。
腰が落ち、脱力して両手が地面にぶら下がる。
俯く様は、頭蓋がまるで今にも落ちそうな程。
髪の毛でTの視線を遮るような形になったまま、スカリエッティは呟いた。
「はは……、終わり……なのか? いや……」
一つだけ、スカリエッティの頭の中にTの中に印象に残る可能性があった。
その可能性は低い上に危険性も高いが、今のまま、ただの名前の知らない犯罪者として捕まるぐらいならば。
歯を折れんばかりに噛みしめ、スカリエッティは必死の形相でTを仰ぎ見た。
涙をこぼしながら顔に万力を込め、叫ぶ。
「君の、いや、この世界の正体はっ!」
Tの顔に僅かな興味。
夢の中で今お前が見ているのが夢だと告げる相手は、さぞかし印象に残ると信じて。
スカリエッティは、叫んだ。
「この世界は……T、君の見ている夢だっ!」
咆哮。
Tの色が、ゆっくりと理解の色に染まってゆく。
*
その瞬間、はやてはちょうどTを殺せる位置に居た。
殺せるタイミングに居た。
座標指定変更だけすればTを含めて空間ごと大規模魔法で殺傷できるし、恐らくタイミング的にも間に合う位置。
加えてリィンフォースは現在ヴィータとユニゾンしており、彼女の戸惑いが魔法を遅らせる可能性も無い。
フェイトがそれに気づき止めようとしているし、一瞬で攻撃を切り替えた彼女のバルディッシュがはやてに向かっているが、恐らくはやてが魔法を放つ方が先。
殺傷設定の切っ先ははやての首をたやすく切断するだろうが、脳が機能をなくす前に魔法がTに命中する可能性は十分にある。
だからはやては、杖をTに向けようとして。
しかし、咄嗟にそれができなかった。
「……え?」
圧縮された時間の中、はやては刹那そう呟いた。
信じられなかった。
あれほど憎くて仕方が無い相手なのに、いざTを殺せる段になると、はやてはTを殺す事ができなかったのである。
その事実に、はやての目から涙が一滴、こぼれ落ちる、その瞬間。
桃色の光がTに突き刺さると同時、Tが口を開き、呟いて——。
*
その瞬間、フェイトははやてを殺傷し魔法を阻止できる位置に居た。
Tを救える位置に居た。
はやての魔法は完成寸前だった上、大規模な空間爆撃である、Tを防御で救うのは不可能。
ならば魔法が発動してからTが死ぬまでにはやてを殺し、魔法がTを殺傷する前に、魔法が使い手の死で威力を失うのを期待するしかない。
そして魔法が発動後にその構成を失うには、術者の気絶ではなく死が必要である。
雷速の判断でフェイトは発動寸前だった高速移動魔法の移動先をはやての目前に変更し、殺傷設定に切り替わったバルディッシュの刃と共に空中を駆け抜ける。
そしてフェイトははやてを殺そうとして。
しかしはやては、Tを殺そうとしなかった。
「……あ」
圧縮された時間の中、フェイトは刹那そう呟いた。
咄嗟に魔法を全て中止、慣性ではやてに突っ込んではしまうだろうが、即座に攻撃を止める事に成功。
風圧が肌を押す感覚と共に、フェイトは目の横に水滴の感触を感じ取った。
フェイトは、泣いているのだ。
あれほどTの為なら誰でも殺せると、そう信じていた筈なのに、いざ親友を殺さずに済んだら、フェイトは泣いていたのである。
これでははやてが本当にTを殺そうとしていた時、果たしてフェイトは最後まで殺傷設定を維持できたかどうか。
フェイトの目尻から涙が一滴、横に飛び出し背後の中空へと消えようとした、その瞬間。
桃色の光がTに突き刺さると同時、Tが口を開き、呟いて——。
*
その瞬間、なのははTを砲撃できる位置に居た。
Tを撃てる位置に居た。
スカリエッティが口走っている流れから、Tへ真実が口にされる展開である事は分かる。
しかし、それはどうしようもなく遅かった。
改造ナンバーズとの熾烈な戦いは、なのはがスカリエッティに向けられる注意力を限界まで下げておりいたのだ。
故に今からなのはが叫んだとしても、スカリエッティの言葉がTに届き、Tが夢を自覚する方が先だ。
なのはが己の事を覚えておいて欲しいと、自分の気持ち全てをぶつけるには、言葉では間に合わない。
その瞬間、なのはは反射的にディバインバスターをTに向けて非殺傷設定で撃っていた。
なのはにとって、魔法は誰かと心を通わせる為の物であった。
かつてフェイトと心通わせる時に、そうであったように。
教導において、生徒達に百の言葉より一の魔法の方が多くの気持ちを伝えられる、と信じていた時があったように。
なのはの体には、魔法でぶつかりあう事は気持ちでわかり合う事に繋がる、と刻まれていたのだ。
故に、言葉が届かない一瞬にTに語りかける術は一つしか無く。
故に桃色の光線は、Tへと伸びてゆく。
ディバインバスターがTに命中すると同時に、Tが呟く声が、なのはの耳朶にうっすらと届いた。
「そうか……」
いつもと違い、揺らぎ無く、何処までも固いまま届きそうなぐらいにしっかりとした声。
続けて、T。
「……君たちは、そういう解釈だったのか」
次の瞬間、世界は漆黒に包まれた。
やっとクライマックスです。
分量はそうでもないのですが、時間的にここまで長かったです……。