夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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その45:不屈

 

 

 

「なのはママ〜、美味しいね〜!」

「うん、美味しいでしょ〜?」

 

 笑顔でヴィヴィオが告げるのに、なのはもまた笑顔になって答えた。

金髪オッドアイの少女は、なのはに切り分けてもらったハンバーグをフォークで差し、掲げている。

口元にはデミグラスソースがついており、苦笑しながらなのはは目を細めた。

ヴィヴィオは、先日の戦闘機人事件で見つかった人造魔導師と思わしき少女である。

聖王教会傘下の病院で保護されており、その様子を見に行ったなのはに懐き、母と呼ぶようになった。

現在は機動六課での保護対象となっており、特になのはとフェイトによく懐いている。

一度はフェイトの事も母と呼んだ事があったが、なのはとフェイトの間に流れるTに関する微妙な軋轢に気づいたのか、すぐにそれは止め、なのはのみを母と呼ぶようになった。

 

 なのはは、ヴィヴィオの口元をナプキンで拭いてやる。

するとヴィヴィオは目を細めながらくすぐったそうに身体を震わせ、それからなのはの方を向いてにこりと微笑んだ。

暖かい笑みだった。

なのはの胸の奥にかがり火のように小さな、それでも内側から身体を照らし出すのには十分な光が生まれる。

じんわりと体中を熱量が巡ってゆき、なのはは口元が溶け出すように緩むのを感じた。

ヴィヴィオはそれに安心したようで、すぐに食事に戻る。

 

 思えば、こんなに自然に笑えたのは何時ぶりだろう、となのはは思った。

高町なのはには、安息の地は無かった。

実家は父と母、兄と姉のペアに疎外感を感じ、どうしても姿を消したTの事を思い出してしまう。

それでなくとも、海鳴では何処を見てもアリサとすずかの事が思い出されてしまい、なのはの心に安息は無かった。

かといって、ミッドでは生まれ育った環境の違いか、心許せる友はできなかった。

フェイトとはやてとヴォルケンリッターにアースラクルー、彼ら彼女らにはなのはも開襟できる部分もあったが、同時に彼ら彼女らとはTに関する意見が違いすぎる。

全員が全員、Tが人間の範疇に収まる存在だとは思っていないのだ。

なのはにとってTは人生の支柱の一つであり、彼が人間であるという事実がなのはの支えだ。

それを揺るがす相手に心を開ききる事を、なのははどうしてもできていなかった。

 

「ねぇ、なのはママ」

「……なーに、ヴィヴィオ」

 

 心の中を過ぎる寂寥感を捨て置き、笑顔でなのは。

ヴィヴィオは一旦食器を置き、じっとなのはの目を見つめてくる。

子供特有の純真な瞳は愛おしい物だが、時々なのはの胸を抉るような輝きを持つ事があった。

今が、まさにそんな時だ。

乱れる心を押し込め、なのはは表情筋を固めながらヴィヴィオの言葉を待つ。

 

「お友達って、どうやって作ればいいのかな」

「え……」

 

 どきり、となのはの心臓が跳ねた。

何故その質問が、と混乱するも、すぐに答えらしきものは思い浮かぶ。

日中ヴィヴィオの面倒は、仕事のあるなのはに代わって寮母のアイナが見ている事が多い。

確かアイナによると、ヴィヴィオは子供向けのアニメをよく見ていると聞く。

当然友情を描いた作品もあり、そこから友達という言葉を導き出したのではあるまいか。

よもや同世代の友達を作れない環境にあるヴィヴィオに、それを自覚させるような真似をアイナがするはずもないのだし。

 

 小さく頭を振り、なのはは脳裏にこびり付いた思考を振り払う。

今重要なのは、縋るような目つきのヴィヴィオにどう答えるかだ。

 

「そうだね……」

 

 視線を宙に。

現在のなのはの友達と言えば、フェイトにはやて、ヴォルケンリッターにユーノ辺りだろうか。

と言っても、皆が皆Tに対する意見を違えており、それが皆との関係を微妙にしている。

フェイトとはやては言うまでもなく、ヴォルケンリッターもTに対し忌避感を持っているようであった。

ユーノに至ってはTの再誕がトラウマになっているらしく、Tを匂わすなのはの事を避けている節すらある。

他にもクロノやエイミィなど、知り合いは多く居るのだが、友達と言うよりは人生の先達という方が近いだろうか。

となると。

 

「……あれ?」

 

 もしや自分には、胸を張って友達と言える相手が一人も居ないのではあるまいか。

直視しがたい事実に、なのはは思わず口元をひくつかせた。

ならばと、過去に確実に友達だった相手として思い浮かぶのは、アリサとすずか。

すずかは既に亡くなっており、アリサはすずかの死以降一言も話していない。

ヴィヴィオに例として話すには、ためらいのある事柄である。

更に過去へと潜ると、初めての友達であるTに行き着く。

ここ10年会話した事すら無いのに、何故か胸の中に何時も新鮮にあり続ける友達。

T。

 

「私はどうやって作ったんだっけなぁ……」

 

 遠い目をし、なのははTとの出会いに思いをはせる。

なのはが幼い頃、なのはの父士郎は命の危機がある程の大けがを負った。

その煽りを受けて高町家からなのはに構う余裕が無くなり、なのははTと出会ったのである。

 

「出会いは、自分からって感じじゃあなくて、成り行きからだったなぁ」

 

 そしてなのはは、Tの家に預けられたのだ。

と思うと同時、なのはは思わず目を見開く。

 

「って、あれ? 私、たっちゃんの家に預けられた事が、ある?」

 

 誰も到達できなかった筈の、存在すらあやふやなTの家に?

恐るべき事実になのはは硬直するも、すぐに訝しげなヴィヴィオの目に自分を取り戻した。

事実を忘れないようレイジングハートにメモをさせ、すぐにTとの記憶に心の照準を合わせる。

 

「えーと、私の初めての友達なんだけど、彼はとっても気まぐれでね。その頃構ってもらいたがりだった私に、構ったり放ったり、色んな態度を取っていたんだ」

「え〜、それ酷いんじゃない?」

「酷いよねぇ」

 

 思わず苦笑。

当時必死で良い子になろうとしていたなのはは、構ってくれるTに依存し必死でTの後を追いかけていた。

だのにTと言えば気まぐれで、なのはは振り回されてばかり。

T風に言えば、Tは台風のような子供だったのだろう。

台風の目となるT自身は何でも無いけれど、周りの人は台風に巻き上げられ、何が何だか分からなくなってしまうのだ。

その上10年も行方をくらましてしまうし、これはもう、出会ったら拳骨の一発ぐらいはやってやらねば腹の虫が治まらないのである。

憤懣やるかたないなのはに、何故か不思議そうなヴィヴィオ。

 

「でも、なのはママとっても嬉しそう」

「そう……かな?」

 

 言われてなのはは、両手で顔の形を確認する。

どうやら眉は下がり、口は両端が引き上げられていた。

知らぬうちに、自分は笑顔になっていたらしい。

気恥ずかしいような、嬉しいような、何とも言えない気持ちになり、なのはは誤魔化すように薄く微笑んだ。

 

「こほん。それは兎も角、そんな人だったけれど、一緒に居るうちに仲良くなっていって……。この日から友達だって言う、はっきりした基準があった訳じゃあないけれど」

 

 思い出す。

気づけば半身のような相手だったTは、居るのが当たり前で、無くなるなんて想像もした事が無い相手だった。

10年前のあの日まで、Tの居ない日常なんて考えたことすら無かったのである。

郷愁の思いが胸の中に蘇るが、ヴィヴィオの欲する答えはこれではあるまい。

すぐに心を切り替え、微笑むなのは。

 

「だから、友達の作り方っていうのは、自然にできているものだ、としか言いようが無いかな」

「そうなんだ……」

「でもね」

 

 気落ちしたように言うヴィヴィオに、なのはは告げる。

ヴィヴィオは俯きかけた顔を上げ、なのはを見た。

視線が合う。

吸い込まれそうな目に、それでも負けずになのはは言った。

 

「その友達が言っていた、友達同士でやるおまじないは教えてあげられるよ」

 

 言って、なのはは手を差し出す。

正確にはフェイトを通してTが言っていたと聞いた、おまじないを伝える為に。

不思議そうに首をかしげてから、ヴィヴィオもまた手を差し出し、なのはの手を握った。

暖かな体温が交換され、なのはとヴィヴィオは握手をした。

 

「友達同士は、いつでもこうやって握手ができる。けれど、遠くに居る時はそうはいかないから……」

 

 言ってなのはは手を離し、胸に当てる。

真似するヴィヴィオを最後に、なのはは目を閉じ言った。

 

「心の中で、友達の名前を呼ぼう。そうすれば、心の中に握手が浮かぶ筈だよ」

「なのは、ママ」

 

 声を聞き届けてから、なのはが目を開くと、隣に座るヴィヴィオはみるみるうちに口元を緩ませてゆく。

思わずつられて頬が緩むなのはを尻目に、ヴィヴィオは目を開くと、満面の笑みで言った。

 

「凄い! 本当に握手が心の中に浮かんできた!」

「でしょ? 友達が出来たら、使ってみようね」

「うん! じゃあ、早くご飯食べて、お友達見つけに行こうっと!」

 

 言って食事を再開するヴィヴィオに、なのははまぶしい物を感じる。

ヴィヴィオは、まだ友達を手に入れていない。

しかしそれは同時に、まだ友達を失っていない事を意味するのだ。

友達を失い傷ついた自分に比べ、まだ何の傷もついていない少女がまぶしく、なのははまるで自分が汚れてしまったかのように思えてくる。

ネガティブになっているな、と思うも、咄嗟に自分を奮い立たせる方法は見つからない。

そういえば、となのはは今し方伝えた名前と握手のおまじないに思い当たる。

 

(たっちゃん……)

 

 なのはは、胸の上に手をやり、目を閉じ内心でTの名前を呟いた。

胸の内で、暫しTの名前は空虚に響く。

何の意味も無かったかと諦めがなのはを支配する寸前、山彦のように遅れて、なのはは胸の奥が暖まるのを感じた。

何時かの風景が、なのはの胸の中に蘇る。

なのはとフェイト、Tの3人で抱き合った、海鳴でのあの短いお別れの前の抱擁。

すとん、と胸に落ちるようにして、なのははある確信を抱いた。

 

 ——たっちゃんは友達だ。

 

 例え神だろうが魔王だろうが人間だろうが、関係なくTはなのはの友達なのだ。

今までどうしても心の底から思えなかったそれは、どうしてだろうか、ヴィヴィオに心を解きほぐされた今、すんなりと受け入れられた。

爆発的な炎が、なのはの胸の内からわき上がってくる。

全身が沸騰しそうなぐらい熱く、今すぐ身体を動かさなければ身体が燃えて灰になってしまうぐらい。

冷たい鉄の塊となっていた心の底に潜む何かは、気づけば溶け出し、鋼の意思を形作ろうとしていた。

 

 また、Tと共に生きたい。

灼熱の意思が、なのはの胸の奥で生まれつつあった。

幾多の人間を発狂させてきたTの正体は、おぞましい物であるに違いない。

けれどなのはは誓った。

なのはは、Tを助ける。

歩幅を合わせ、一緒に人生を歩む仲間としてみせる。

何からどうすればどうなるのかも分からず、暗闇の中を一歩一歩踏みしめながら歩く事しかできないけれど。

けれど心だけは折れないと、なのはは誓ったのである。

 

「なのは、ママ?」

「なーに? ヴィヴィオ」

 

 言って、なのはは食事を終えたヴィヴィオに口を拭ってやる。

くすぐったそうにしていたヴィヴィオは、口を拭われ終えると、訝しげに言った。

 

「何か、元気になってない?」

「そうかな?」

「うん、絶対そう!」

 

 自分のことのように嬉しそうに笑みを作るヴィヴィオに、なのはは目を細める。

ヴィヴィオの鋭さには内心舌を巻くが、同時、自分の決意が目に見えるほどに強烈である事に、誇りを抱いたのだ。

Tという精神の支柱を無くした10年前のなのはは、心の柱を細くしたままであった。

何時折れるか知れぬ心で、必死になって重い荷物を支えていかねばならなかったのだ。

そしてそれは、今でも変わらない。

心に不屈を誓っても、荷物の重さは変わらないのだ、辛い事に変わりは無い。

けれど、それでも前に進む事を認めてもらえるのならば。

これ以上に嬉しい事など、無いではないか。

 

 だからなのはは、口元を思いっきり緩めて。

満面の笑みを作った。

 

 

 

 *

 

 

 

 今此処に、不屈の心は成った。

生きる勇者の如き心は、正道の物語の主人公となりうる物である。

人の心を希望で染め、感動を作り出す存在である。

しかしこの物語は、正道の物語では無い。

邪道でも曲がり道でも、裏道でも横道でもありはしない。

何故ならこの物語は、ただただ狂気の物語であるが故に。

それ故に、なのはは、フェイトは、はやては、知る事となる。

この世界に隠された、狂気の法則を。

プレシアとアリサが見抜き、グレアムとすずかが知り、そして4人ともが狂気に陥った法則を。

 

 Tの、正体を。

 

 

 

 

 


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