月村さんは本が好きで、これまた頭の良い子供だった。
学校に何時も本を持ってきていて、その本は児童文学ではなく普通の一般娯楽小説であり、勿論ルビなんて難しい漢字ぐらいにしか振っていない。
何度も言うが、月村さんは小学1年生である。
もしかして前世のぼくって結構頭が良い気がしていたけれど、本当は頭が悪かったんじゃあないかと思うぐらいに皆頭が良いので困ってしまう。
テストは100点とは限らないけれど大体90点以上とっていて、これまたぼくがそのうち追いぬかれてしまうんじゃあないかと思ってしまうような感じだった。
彼女と2人きりで話す機会ができたのは、偶々ぼくが図書館に用事があった時である。
ぼくは輪廻転生関係の本を探して読んでいた。
なんでかっていうと当たり前の事なんだけれど、ぼくのこの身に襲いかかってきた事柄がどう考えても輪廻転生だからである。
ぼくとしては鳥になって空を飛んでみたり、もぐらになって地面を掘り進んでみたりしたかったのだけれど、なんでかぼくは人間に輪廻転生し、日本人から日本人に生まれ変わった。
しかもこの世界はぼくの生まれた世界とは微妙に違うパラレルな日本で、前世でやった記憶のある単色版画ぐらいの精度で似通っているようで、つまりはあんまり似ていない部分もある。
例えば日本であるこの国には、忍者という国家資格があったり、許可を得れば真剣を持ちだしたりとかできるらしい。
隣の家に証拠の人間が息をしたり食事をしたりしているので、多分間違っていないだろうし、図書館で調べた限りでもそうだった。
なのでその謎を解き明かそうと、同じような経験をした人が居たら会ってみたいなぁと思いながらぼくは輪廻転生の事を調べていたのだった。
「あれ、たっちゃん?」
「あれ、月村さん?」
と、そこで月村さんと遭遇し、ぼくらはそんな感じに声を掛けあって出会った。
月村さんは黒を基調とした可愛らしい服をしていたので、ぼくは開口一番に彼女の服を褒め、彼女はにっこりと笑いながら空いている席に案内してくれて、ぼくらは机に隣り合って座った。
ぼくは折角なので机を尻に敷いて椅子に足裏を乗っけたかったのだけれど、月村さんの強い目つきに負けて、ぼくは大人しく椅子に座ったのであった。
机がぼくを載せられなくて哀しそうな顔をしているような気がしたけれど、ぼくは代わりに分厚い本を載せてやる事しかできなかった。
「どんな本読んでるの?」
と月村さんが聞いてくるので、ぼくは背表紙を見せながら彼女に本の題名を朗読すると、彼女は困った顔をして固まってしまった。
こんなにがっちりと固まってしまった所を見ると、心臓はどうなのだろうと抜き出して止まっていないかどうか調べてみたいのだけれど、それをやると彼女の可愛い服が血で汚れそうなのでぼくはやめる事にする。
心臓近くの動脈血は眩いばかりの赤で、きっといくら黒い服でも真っ赤に染まってしまうに違いない。
そんな訳でぼくは月村さんの読んでいる本の題名を自力で確認し、彼女が有名な児童文学を読んでいるのだと知るときょとんとしてしまった。
「あれ、月村さんってこういう本も読むんだ。てっきり、もっと大人な本ばっかり読んでいるのかと思っていたよ」
「え、あ、うん。私児童文学とか童話とかも好きだから」
「夢があっていいよね。あいつはガムみたいに噛み切れないけど、甘いもの」
「は、はぁ……」
前世で一度夢を食べようとした事があったけれど、ぼくの顎の力が弱いのか、噛み切る事ができなかったのだ。
なら飲み込めばいいじゃないかと言う話になるのだが、その夢は結構大きくて、餅を食べて喉を詰まらせるみたいにして死んでしまいそうだったので止めたのであった。
死ぬのは怖くないが、もうちょっとなさけある死に方が良かったのである。
「その本、シリーズの3冊目だっけ? ぼくは4冊目まで読んだ事があるけれど」
「え? たっちゃんはこの本読んだ事あるんだ」
「うん、主人公が太い枯れ木みたいな性格をしていて面白かったなぁ」
「たっちゃんは相変わらず独特だねぇ……」
月村さんは苦笑したけれど、なんだかどきどきわくわくした目をしていた。
その目はなんだかあの夜にぽっかりと浮かんだ満月のような目で、太陽がそうするように鏡を使って光を当ててやれば、いくらでも輝けるような目に見えた。
けれどその目はまだクレーターができていなくて、ぼくは今指でちょちょいと突いてやってクレーターを作り、完璧な目にしてみようかな、とも思う。
けれど今は本を読みたい気分だったので、まだいいやと思いながらぼくも笑顔を作った。
そしたら月村さんは次々とそのシリーズについての話をし、語りに語りはじめるのだ。
図書館の中と言う事で声は抑えていたけれど、彼女は留まることなくペラペラと話し続ける。
「この本の主人公は好きな所もあるけれど、プライドが高い所が良くも悪くもあるよね」
とか。
「この本の登場人物に病気で人から虐げられている人がいるけれど、本当に可哀想で切なくなってくるんだ」
とか。
「この本の悪役は本当に酷いんだけど、でも同情できちゃう私って悪い子なのかな」
とか話しているうちに司書さんが額に井桁を作ってこちらに歩いてきて、僕はあの井桁にカッターナイフで切れ目をいれたら綺麗な赤い血が飛び出るのかなぁ、と思っていると、月村さんは僕の視線で司書さんに気づき、静かにお口にチャックをするのだった。
そんな訳でぼくらは図書館を出てぼくらは別れる事になるのだけれど、月村さんはなんだか顔を僅かに赤らめながら僕の方を見たり自分のつま先を見たりと視線を行ったり来たりさせる。
そうなると視線が行ったり来たりしなくちゃいけなくて、視点さんが走るのが大変そうだなぁ、と思って僕は月村さんに近づいて腰をおろし、彼女を見上げた。
そうすると彼女はビックリして、恥ずかしそうに顔を真っ赤にするのだけれど、そのうちに吹っ切った顔になり僕に言う。
「あの、たっちゃん、このあと良ければ私の家に来ない? もっと本についてお話したいんだ」
「ん? あぁ、なのちゃんもアリサちゃんも小説は読まないもんね」
しかしアリサちゃんはビジネス書は読むというスーパー小学生だった。
あの娘の頭はどうなっているんだろうな、きっと脳味噌はたっぷり身が詰まっていて、スプーンで掬うとプリンみたいにぷるぷると取れるんだろうな、とぼくは思う。
けれどそれはそれとして、僕は月村さんに向かって笑みを向けた。
「分かった、お邪魔させてもらうよ。元々夕方までは図書館に居るつもりだったから、両親には連絡だけすれば許してもらえると思う」
「や、やったぁっ!」
と言って月村さんは喜びのあまりジャンプする。
これがサイヤ人だったらとっても高くまで飛び上がって、彼女を見続ける僕は首を傾けるのが大変で倒れてしまっていたかもなぁ、と思いつつ、僕は微笑ましげに月村さんを見ていると、彼女はすぐに恥ずかしそうになり、再び真っ赤になってうつむいてしまうのだった。
そのあと月村さんは、なんと携帯電話を鞄から取り出す。
凄いなぁ、携帯電話、僕が前世で初めて携帯を持ったのは大学生になってからだよ、と思いつつ彼女を見ていると、彼女は家に連絡しているようで、口の動きでお姉ちゃんが居るのが分かったりしつつ、ぼくはぼんやりと図書館を見つめる。
なんだか近代的な図書館はやたらお金のかかった建築で、ガラス張りの建物だった。
まるで宝石が中に人を閉じ込めてみるみたいで、中に居る動いている人達はそこから永遠に出られない事を知らないのかもしれない。
本と言う誘蛾灯に誘われて人が集まっていくその様は、まるでぬらりひょんが妖怪を集める様に似ていた。
ぼくは今世どころか前世を含めても妖怪と両手の指で数えられる程しか会ったことがなく、ぬらりひょんと出会った事なんて無いので、想像なのだけれども。
とまぁ、そんな風にしつつ月村さんが電話を終え、そのあと少し会話していると、小さく低い音と共に黒塗りの車が現れる。
ぼくは高級車に乗るのは今世では初めてなので、おっかなびっくりしながらメイドさんの運転する車に乗り、月村さんと一緒にペラペラ話しながら月村さんの家に向かった。
月村さんの家は、とても大きかった。
それを見てぼくがおぉ、と歓声を上げると、月村さんはなんだか不安そうになる。
「大きい家だなぁ」
「……その、たっちゃん、引いちゃった、かな?」
「いや、お菓子の家だったら食べきれなさそうだなぁ、って」
月村さんは車内で器用にずっこけた。
おでこを座席にぶつけて、とても痛そうだった。
なので痛いの痛いの飛んでけ~、をやっていると、涙目だった月村さんはなんだか笑顔になり、なんだかぼくも幸せな気分になるのであった。
月村さんの家は、姉妹とメイド姉妹の4人住まいだった。
女の子ばっかりだなぁ、と思いつつ通された応接間でぼくは紅茶を飲みながら猫と戯れていた。
猫はみんな可愛い子ばかりで、この猫で三味線を作ったら良い三味線が作れそうだなぁ、と思って、ぼくは猫の腹をなでながら待っていると、この屋敷の中の全員が応接間に集合する。
ぼくは前世パワーで適度に礼を失する事ない態度で月村さんのお姉さんに挨拶すると、彼女は悪戯な目でぼくを見ながら言った。
「月村さんのお姉さんじゃあ言い難いでしょ、忍でいいわよ」
「はぁ。じゃあ忍さんと」
と言うと、なんだかビクッと月村さんが跳ね上がって、もしかして月村さんがノミになってしまったんじゃあないかと思ってぼくはビックリした。
人間大のノミには一度しか会った事が無いけど、あれは相当グロテスクだったので、げんなりしつつぼくは疑問詞を吐き出す。
「どうしたの、月村さん」
「うぅ……」
「何か気になる事でもあったの、月村さん」
「ふぁ、うう……」
「言ってくれればなんでもやるよ、月村さん」
「すずか……」
「え? 何だい? 月村さん」
「すずかって呼んで!」
叫ぶ月村さんに、ぼくはなんで彼女はこんなに必死なんだろうと首を傾げながら、頷いた。
「分かったよ、月村さん」
「――~~っ!」
「冗談だよすずかちゃん」
と言うと、彼女はまるで力を使い果たしたみたいに安心して、深く溜息をつきながら椅子にだらんと腰掛けるのであった。
翌日、ぼくはなのちゃんとアリサちゃんにすごい目で見られた。
なぜかは未だによく分からない。