Zestiria×Wizard 〜瞳にうつる希望〜   作:フジ

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よっ!(エボルト並感)

二万字近く書いたのに話が進まない……
今回はギャグと恋愛要素多めの回となります
テンポは大義(ギャグと恋愛要素)の為の犠牲になりました

では最新話をどうぞ


36話 おひめさま味の道 後篇

「はい! そんな訳で始まりました!カンタンお料理クッキング! 美女商人ロゼとお料理初心者プリンセス!アリーシャ・ディフダでお送りします!」

 

「ロゼ……誰に話しかけているんだ? あと、お料理とクッキングは意味が被ってる気が……」

 

「ノリが悪いなぁアリーシャは……こういうのはテンション上げて行かないと!」

 

「そ、そういうものなのか?」

 

「そういうものなの。女子力を高める基本だってば」

 

「な、成る程……女子力にはそういうものが必要なのか」

 

場所はアリーシャの屋敷の厨房。

 

髪の色と同じ鮮やかな赤色のエプロンと三角巾をつけたロゼと同じく薄ピンクのエプロンをつけ、いつもと違い髪を後ろで束ね、ポニーテールにして同色の三角巾をつけたアリーシャの二人がそこにいた。

 

テンション高くまくし立てるロゼ。かなりの謎の理屈なのだがアリーシャは大真面目にメモを取っていた。

 

基本的に常識的な彼女だが今回は自分の知識の及ばない領域の為に完全にその真面目さがダメな方向に向かっている。

 

「さて、じゃあさっさと始めちゃおっか。勝手に厨房使ってるのバレると怒られちゃうんでしょ?」

 

「う……多分……アリシアは厨房の使用に関しては例え私にも譲らないと思う。アリシアは今は夕食の買い出しに出かけているし、会談がうまくいったお祝いにと、かなり気合いを入れた料理を作ろうとしていたから買い物にも時間が掛かりそうだし大丈夫……の筈」

 

ロゼの言葉に親との約束を破った子供の様な表情をするアリーシャ。

 

「メイド相手に怯え過ぎじゃない? 屋敷の主なのに」

 

「アリシアは昔からこの屋敷で働いているんだ。私も子供の頃から世話になっていてなんと言うか……頭が上がらないところがあるというか……」

 

「世話になってるお姉さん的な?」

 

「両親が亡くなってから色々あって使用人達も減ってしまったが、それでもずっと私に仕えてくれている者の一人だ。ロゼが言う様な面も確かにあると思う」

 

「そういうの、あたしもわからなくもないかな。セキレイの羽のみんなもあたしにはそんな感じだし……けどもうちょいリーダーのあたしを立てて欲しくもあるけど」

 

「ふふっ……たが、そっちの方が私はロゼらしいと思うな」

 

「あ! なにさなにさ!あたしがリーダーらしく無いって事!?」

 

アリーシャの言葉に頬を膨らませてむくれるロゼ。それを見てアリーシャは慌てて両手を振りながら否定する。

 

「いや! そうではなくて、ロゼには上下関係よりそういう風に親しみやすく接してる方が似合ってるなって意味であって!」

 

「むぅ、まぁそういう事にしておく。そんじゃまあ始めちゃいますかね」

 

厨房のテーブルの上には既に必要なものは揃っている。アリーシャも始めての料理に気合を入れて臨むべく気を引き締めるが……

 

 

 

 

 

 

 

「……ロゼ? 手に持っているソレは一体……」

 

「ん? やだなぁアリーシャ。見ればわかるじゃん。ナイフと算盤だよ」

 

直後、ロゼの持つ明らかに料理と関係の無い代物を視界に収めたアリーシャは困惑しながらロゼに問いかけた。だが当の本人は慌てる事なく当然の様に返答する。

 

そのあまりの自信満々な態度にアリーシャは自分が何か間違っているのかと動揺しながらも再度問いかける。

 

「い、いや……君の持っているものがナイフと算盤なのはわかる! わかるから混乱しているんだ!」

 

当たり前である。

 

ナイフはまだわかる。ドーナッツ作りに必要になるのかはアリーシャにはよくわからないが料理に刃物なら使う事もあるだろう。

だが算盤は絶対に違う。主に商人達が手早く計算をするのに用いる代物だ。間違ってもドーナッツ作りに現れる様な代物では無いことは流石にアリーシャにもわかる。

 

「……ロゼ、君は本当に料理ができるのか?」

 

早くも怪しくなってきた雲行きにアリーシャはロゼに疑いの目を向ける。

 

「な、なにさ!その疑いの眼差しは! できるってば! これでもセキレイの羽のみんなにはあたしの料理は大好評なんだから!」

 

「……ということは君は料理をよく作るのか?」

 

「いやあんまり」

 

「……えぇ」

 

「あぁ!? 疑ってる! 疑惑の眼差しが強まってる!?」

 

「いや、だって……」

 

「決めつけはよくないぞ! 確かに料理はあんまり作らないけど、作った時は大絶賛なんだから!」

 

「そ、そうか……疑ってすまない」

 

両手を握りしめて力説するロゼ。流石の剣幕にアリーシャも失礼たったかと謝罪する。

 

「もう……こうなったら尚の事アリーシャにあたしの女子力を見せてやるんだから」

 

「いや、だが結局のところ算盤は何に使うんだ……?」

 

「ん? もしかして汚いとか思ってる? 大丈夫だよちゃんと料理用の清潔な算盤だから」

 

「料理用!? 算盤に料理用!?」

 

「結構便利なんだよねぇ、捏ねたり千切ったり使えて」

 

「(本当に大丈夫なのだろうか……いやだがロゼのあの目……一切迷いの無い自信に満ち溢れている……私が無知なだけで本当はこれが当たり前なのか……?)」

 

段々と「もしかして私がおかしいのか?」という気持ちが芽生え始めるアリーシャ。

 

「うぅん……だがやはり算盤を使うのはおかしいのでは……」

 

「もう頭硬いなぁ……じゃあ聞くけどさ。アリーシャはどんな武術習ってる?」

 

「え? それが料理となんの関係が?」

 

「いいから答える」

 

唐突な質問の内容の意図が分からず首を傾げるアリーシャだが回答を急かすロゼにアリーシャは取り敢えず答え始める。

 

「一通りは心得はある。武器を持たない状態での護身術、緊急時用の短剣、一般的な長剣、弓も習った」

 

「そんじゃ、ここ一番の戦いには何で挑む?」

 

「それはやはり槍だろう。一番身に馴染んでいるし、一番自信がある武器を使って挑むべきだ」

 

「そう!つまりあたしの算盤もそれと同じ!大切な戦いには一番信用のある使い慣れた道具で挑むわけ!」

 

その言葉でアリーシャに衝撃が奔る。

 

「な、成る程……料理も一つの戦場……己の全霊を持って挑むべきだということか……すまないロゼ、私は料理というものを甘く見ていたようだ」

 

ツッコミ所満載だったにも関わらずお姫様は何を思ったか持ち前の真面目さを発動させロゼの意見に感銘を受けてしまう。

 

「いいんだよアリーシャ。これも女子力を得るための第一歩だから」

 

「あぁ!そうとわかれば!私も全身全霊で!」

 

アリーシャは魔力を発動させ愛用の槍を取り出す。

 

違うそうじゃない。

 

完全に魔力の無駄遣いなのだがツッコミ不在の現状では彼女を止める人間はいない。

 

「お、アリーシャもノってきたねぇ! よっしゃ! いっちょやったりますか!」

 

「あぁ! アリーシャ・ディフダ!いざ参る!」

 

 

かくしてアンコントロールスイッチの入った二人によるヤベーイ調理が幕をあげた。

 

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数時間後

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「…………………ごめんなさい」

 

「…………………いや、正直私も人にとやかく言う出来では無かったから……」

 

先程全員が集まっていた部屋。そこでテーブルに座った二人は椅子に座り死んだ目で項垂れている。

 

そんな二人の視線の先、そこにはお菓子用に使用される意匠を施された高級そうな白い皿と、その皿に不釣り合いな皿の上に鎮座した黒い謎の物体があった。

 

焦がしたなどというような生ぬるい表現を通り越して液体と個体が混じり合った真っ黒な物体は明らかにドーナツと呼べる代物ではなく、最早、暗黒物質一歩手前の『でろでろなもの』としか形容する事が出来ない。『豚のエサァァァァ!』も真っ青な出来栄えである。

 

流石にこの結果には2人も試食するまでも無く自分達が失敗した事を悟った。ましてやプレゼントと称してコレを他人に食わせようなどとは口が裂けても言えない。

 

だがそれはそれとしてやはり2人も女の子。別に家事万能な家庭的な女子を目指しているつもりも無いが流石にこの出来は無いだろうと2人揃って自己嫌悪に陥っていた。

 

「なんだろうね……この気持ち……」

 

「あぁ……武術の稽古で負けた時を遥かに凌駕する敗北感だ……私はもしかしたらもっと女子力なるものを鍛えねばならないのでは……」

 

「同感……でもおかしいなぁ……確かに今まで失敗した事とか無かったんだけど……ホントごめんデカイ口叩いたのに……」

 

「いや、いいんだ。そもそもロゼが相談に乗ってくれたからこそ何をすればいいのか定まったんだ。後の事は結局は私自身の失態だ」

 

申し訳なさそうに謝るロゼだがアリーシャは首を横に振り小さく笑みを浮かべてその言葉を否定する。

 

「いや、だけど結局プレゼントは作れなかったしさ……」

 

既にタイムリミットは過ぎている。もう少しすればアリシアも帰ってくるだろう。となれば今回の手作りドーナッツの件は保留になるだろう。

 

今後の事を考えれば今回の様な時間も余り取れないであろうし、次のチャンスがいつになるかもわからない。

 

「確かにそれは残念だが……」

 

そう言い淀むアリーシャだがその時部屋の扉が開かれた。

 

「いやぁ、楽しかったぁ!」

 

「大満足だな導師殿。まぁ確かにアレで風を切って走るのも悪くねぇ」

 

「バイクか……確かに悪くは無かった」

 

「ミク坊は事故りかけたけどな。やっぱ身長の問題かね」

 

「身長には何も問題なかっただろ!ただ少し慣れなくて驚いただけだ!」

 

「ま、楽しんでもらえたなら良かったさ」

 

ワイワイガヤガヤとバイク体験を終えた男性陣が賑やかな様子で屋敷へと帰ってきた。

一同、反応は上々であり晴人の愛車のウケは悪くなかったらしい。特にスレイは満面の笑みを浮かべている。

 

「ただいま帰りましたわ」

 

「まったく……喧しいわよアンタら。ゆっくり休めやしない」

 

更にそこへ教会から戻ったライラと先ほどまで眠っていたのか男性陣の声に目を覚まされ不機嫌そうなエドナも部屋へとやってくる。

 

「あ、戻ってきたんだ。どうだった?ハルトのバイクは?」

 

「そりゃもう最っ高!」

 

「ライラ様はどうでしたか? ブルーノ司祭と話されたのですよね?」

 

「最初は驚かれて少し戸惑っていましたが、私自身の口から協力してくれた事への感謝も伝え、今後の事に関しても話し合えました。とても有意義な時間でしたわ」

 

「そうですか。それはなによりです」

 

それぞれ満足気な2人にアリーシャは釣られて笑みを浮かべるが……

 

「そういやおふたりさんは何をしてたんだい? 珍しい組み合わせだけどよ」

 

そんなザビーダの言葉にアリーシャの笑顔が引き攣る。

 

「というか……さっきから気になってるんだけど……何よソレ」

 

続くエドナは気がついていたのかテーブルの上に置かれた例の物体へ視線を向ける。それに釣られて一同も例の物体の存在に気がつくが……

 

『…………』

 

誰一人言葉を発しない静寂。

 

いや発さなくてもアリーシャにはわかる。「(え、ナニコレ?)」と全員の気持ちがひとつになっている事に。

 

これがもし焦げたドーナツ程度なら「料理失敗したの? 」から話を切り出しフォローするなり茶化すなりできるだろう。

 

だがテーブルの上にある物体はそんな生易しいものではない『でろでろなもの』である。もはや失敗した料理という認識が初見の人間にできるだろうか。

 

いやできない。

アリーシャには断言できる。何故ならもし自分が何も知らずにコレを見たら料理と認識できないだろうから。

 

「あの……アリーシャ?」

 

「ど、どうかしただろうかスレイ?」

 

そんな彼女にスレイからおずおずと声がかかる。どうしたのかと動揺を隠しながらもアリーシャは返答するが……

 

「あのアリーシャ……もし嫌な事があったのなら遠慮なく頼ってよ。オレたち仲間なんだから」

 

「…………はい?」

 

真面目な顔でそう告げたスレイに対してアリーシャは目が点になり間の抜けた声をこぼす。

 

「そうですわ、確かに和平に向けた話し合い自体はひと段落しましたがアリーシャさんに掛かる重責はこれからも変わりません。ストレスを溜め込むのは良くありませんわ」

 

「え、いやあの……」

 

「アリーシャは責任感が強いがあまり溜め込み過ぎるのは良くないと僕も思う」

 

「え? ……え?」

 

スレイ、ライラ、ミクリオの3人から割と本気で優しい心配の言葉をかけられアリーシャは困惑する。

 

「あの……急にどうしたのでしょうか?」

 

素直に疑問を口にするアリーシャだが……

 

「え、だって……」

 

「アレを見たら……なぁ?」

 

「ですわよねぇ?」

 

そう言って3人はテーブルの上の『でろでろなもの』へ視線を向け……

 

『ストレス発散に怪しい儀式に手を出したのかと……』

 

3人が口を揃えて飛び出した言葉にアリーシャの顔が羞恥で赤く染まった。

 

「う……うぅぅぅ……」

 

「あぁ!?アリーシャ!?」

 

「アリーシャさん!? やはりストレスが!?」

 

「くそ!もっと早く気づいてあげていれば!」

 

失敗料理を怪しい儀式と思われた羞恥に頭を抱えうずくまるアリーシャ。

 

そんな彼女を心配し声をかける3人だがその真面目な優しさがさらに追い討ちとなり彼女の心へとグサグサと突き刺さっていたりするのである。

 

そんな勘違いコントをして盛り上がっている四人組を傍目に晴人やザビーダは少し離れた場所へとジリジリと距離をとっていたロゼへと話しかける。

 

「で? 実際のところどうしたんだアレは?」

 

「流石に怪しい儀式の線は無いと思うがアレだけじゃよくわかんねぇのも確かだぜ」

 

「え……いやぁその……あはははは……」

 

二人の問いかけに乾いた笑いで誤魔化すロゼ。

 

「というかお前、まさかとは思うが何か余計な真似をしたんじゃ……」

 

「う……」

 

デゼルの問いかけにビクリと反応を見せるロゼ。そして観念したように彼女は口を開く。

 

「はいそうですぅ!全てあたしのせいですぅ! あたしの仕業ですぅ!」

 

ヤケクソ気味に答えるロゼ。そんな彼女に晴人は落ち着いたまま問いかける。

 

「いや別に責めやしないけどさ。というか本当に何があったんだ?」

 

「うぅん……そんな大層な話でも無いんだけど言い辛いというか、あたしの口から勝手に言っていいのかなぁというか……」

 

歯切れの悪いロゼの言葉に晴人は首を傾げる。

 

「よくわからないんだけど……?」

 

「えぇっとその……実はね?」

 

アリーシャには悪いと思いながらもあらぬ誤解を生まぬ様にロゼは心の中で謝罪しつつ今回の真相を晴人とザビーダに説明する。

 

「プレゼントって……俺に?」

 

そんなロゼの説明を聞いた晴人は全く予想していなかったというように驚いた表情を浮かべた。

 

「別に驚く事じゃないでしょ。今回の件が上手くいったのはハルトの協力によるところだって大きいんだし」

 

「といってもな、別に俺一人で何とかした訳でも無いし」

 

「ハルトの場合、他の大陸から迷い込んだのにそのまま協力して貰ってる訳でしょ? アリーシャもその事に対して色々思う所があったんだよ」

 

「いや、だからそれは俺が……」

 

「ハルトにはハルトの魔法使いとしての信念があるのはわかってるよ? でもだからってアリーシャは、はいそうですかって済ませられる様な性格してないのだってわかるでしょ? 」

 

「それは……まぁ」

 

「だからアリーシャはせめてアリーシャ個人としてハルトに一度しっかりお礼をしたかったんだよ。結果に関してはまぁ……ごめんなさい……」

 

そう行ってがっくり項垂れるロゼ。

 

「そっか……アリーシャが」

 

だが晴人は表情を緩め小さく笑みを浮かべ何かを噛みしめるかの様にそう小さく零すと踵を返してテーブルの方へと足を運ぶ。

 

「ハルト……?」

 

その行動に気がついたアリーシャが反応するが晴人はテーブルの前で止まるとその上にある『でろでろなもの』へと視線を向ける。

 

「あ……その……それは……」

 

失敗したという自覚はあるが流石にプレゼントする予定だった本人にそれをまじまじと見られるのはアリーシャとて恥ずかしい。

しかしなんと声をかけるべきか躊躇い言葉がうまく出てこずにしどろもどろとなる彼女だがその反応は次の晴人の行動ですぐに塗り潰された。

 

「は、ハルト!? 何を!?」

 

なんと晴人は目の前の皿にのせられた『でろでろなもの』を手に取るとヒョイと軽い調子で口に運びパクリと食べてしまったのだ。

 

ガリ、グチャ、ガリと柔らかいのやら硬いのやらわからない音が彼の口から零れるがアリーシャはその行動に驚き固まってしまう。

 

そんな彼女の反応に構わず晴人は勢いよく『でろでろなもの』を食べ切りゴクリと飲み込んでしまった。

 

そして……

 

 

「あー……まぁ確かにお世辞にも美味しいとは言えないなこりゃ」

 

その口でハッキリと食べた感想を述べた。

 

「あ……その……済まない……」

 

その言葉にアリーシャは自身の未熟を痛感して落ち込んだ様子を見せる。

感謝を伝えるどころか気を遣わせてしまった。きっと迷惑だっただろうと。

 

だが……

 

 

 

「だからさ、次は頼むぜ?」

 

「え?」

 

その言葉にアリーシャは意表を突かれたのかポカンとした表情を浮かべる。

 

「今回は確かに失敗だったけど今度はとびっきり美味しいのを期待してるって事さ」

 

「いや……だがこんな私の手作りなんて君に迷惑じゃ……」

 

そう恐る恐る問うアリーシャに晴人は軽い調子で返答する。

 

「そんなわけ無いさ。寧ろ俄然やる気が出てきたよ。美味しいプレーンシュガーのために戦争もヘルダルフの件もとっととフィナーレにしてみせるさ。だから楽しみにしてもいいか? 全部ケリをつけたら絶品のプレーンシュガーをさ」

 

そう言って微笑む晴人。

 

「わかった……頑張るよ。だから、楽しみにしていてほしい」

 

それを見たアリーシャもつられる様に微笑みを浮かべ暖かい雰囲気がその場に流れるが……

 

 

『な、なんじゃこりゃああああああああ!?』

 

突如部屋の外から大音量の女性の声が女性が出してはならない様な台詞で飛び込んできた。

 

 

 

「な、なんだ!?」

 

驚いたのかビクリと肩を震わせるスレイ。

 

「今の声……確かメイドのアリシアちゃんじゃねぇの?」

 

「どうやら厨房の方でなにかあったようだが?」

 

 

「「……あ」」

 

女性の声に鋭いザビーダと何故か声の発生場所を察しているデゼルの言葉にアリーシャとロゼの口から同時に声が漏れる。

 

「お二人とも何か心当たりでも?」

 

その反応に首を傾げるライラだが2人は無言のまま表情を引攣らせる。

 

「ま、まずい……厨房……まだ片付けていない……」

 

その言葉に一同も表情が引き攣る。何せ作られたドーナツが『でろでろなもの』として出来上がった調理だ。厨房が無事なはずが無い。

 

「そ、その……取り敢えず謝ってきた方が良いと思うよ?」

 

「同感だ。それも今すぐに」

 

苦笑いでそう告げるスレイとミクリオにアリーシャは素早く反応する。

 

「わ、悪いがそうさせてもらう!」

 

そう言ってアリーシャはすぐさま部屋から駆け出していく。

 

「あ、あたしも……!」

 

それに続く様にロゼも駆け出そうとするが……

 

「まぁ待て」

 

「ぐぇ!? ちょっ!? フードから手を離してくんない!?」

 

駆け出そうとした直後デゼルにより上着のフード部分を掴まれおもいっきり首が閉まり潰された様な声を出したロゼはその元凶であるデゼルに涙目になりながら文句を言おうとするが……

 

「当然謝りには行かせるがお前は先にこっちで説教だ」

 

「へぇあ!? な、なんで!?」

 

「元はと言えばお前の適当な行動が原因だ。キッチリと反省させる」

 

「だから! 今回はほんとうに調子悪かっただけなんだって! 今まで本当にミスった事とか無いんだってばぁ!」

 

「やかましい! いいから来い!」

 

「ちょ!? 手を離して!? 首絞まってる!締まってるからぁぁぁぁぁ!」

 

フードを引っ張り引き摺られながら部屋から退場していくデゼルとロゼ。

ドタバタした一連の流れを残ったメンバーは苦笑いしながら見送った。

 

「ふぃー……」

 

「おつかれさん。もう我慢しなくていいんじゃね?」

 

そう言ったザビーダの言葉と共に晴人はふらり倒れるように体勢が崩れる。それを隣に立つザビーダが支える。

 

「おっと! いやぁ、アレを食ってみせるとはナイス根性だなハルト?」

 

「ちょっ!? ハルト!大丈夫!?」

 

「まぁ、たしかにアレを食べてただで済むとは思っていなかったが痩せ我慢だったのか……」

 

やはりと言うべきか、実は晴人、でろでろなものを食べた事によりキッチリダメージを受けていた。アリーシャの前では痩せ我慢していたのだがザビーダは察していたらしい。

 

スレイとミクリオは心配しつつも椅子を差し出し晴人を座らせて休ませる。

 

「はぁ……何をやってるんだか」

 

呆れた様にため息を吐くエドナ。だがザビーダは肩をすくめる。

 

「わかってないなぁエドナちゃん。男ってのは例え死ぬとわかっていてもやらなきゃならない時ってのがあるんだよ。特に女の涙と食い物絡みはな」

 

「……オイ、勝手に殺すな」

 

軽口を叩くザビーダに弱りながらもツッコミを入れると晴人だがエドナは変わらずに言葉を続ける。

 

「お世辞も結構だけど自分の首を絞めるわよ? 適当なことを言って今回で終わりにしておけばよかったでじゃない。それをなんでわざわざまた食べる約束までするわけ?」

 

呆れた調子のままそう言うエドナだが……

 

「別にお世辞で言った訳じゃ無いさ。本当の気持ちだよ。プレゼントをしようとしてくれたアリーシャの『心』が嬉しかったし頑張ろうって思えた」

 

その言葉にエドナ少し驚いたのか意外そうな表情を浮かべる。

 

「それと、楽しみなのも嘘じゃ無い。アリーシャはちゃんと自分の未熟さと向き合う事のできる娘だからな」

 

そう言って微笑む晴人だが……

 

「あ……でも今回はやっぱ想像よりダメージが……」

 

そう言ってふらりと晴人は倒れてしまう。

 

「ちょ!?ハルト!?」

 

「まずい!? やはりダメージが深刻だ!?」

 

「は、ハルトさん!? す、すぐに回復術をかけますわ!?」

 

「……お前の生き様確かに見せてもらったぜハルト」

 

「……だから……勝手に殺すな」

 

倒れた晴人とワイワイと騒ぎ始めた一同、それを見てエドナはもう一度小さくため息をつく。

 

 

「はぁ……男ってホントバカ……」

 

 

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一方その頃厨房では。

 

 

「アリシア……その……すまなかった」

 

「別に怒ってなどいませんよ? えぇ、この屋敷の主はアリーシャ様ですから? 例え厨房が爆発事故の様な惨状となっていたとしても? メイドである私がアリーシャ様に怒るなど……そんな事があるわけがありません。えぇそうですとも」

 

「嘘だ絶対怒ってる」無表情の平坦な声で厨房を片付けるメイドに対して内心でそう思いつつも今回は完全に自分に非があるためアリーシャは黙って片付けを手伝う。

 

「アリーシャ様? 片付けでしたら私が」

 

「いや、大した事はできないが手伝わせてくれ。今回は完全に私に非がある」

 

そう言ったアリーシャに続きアリシアに声がかけられる。

 

「ゴメンねメイドさん。今回はあたしの監督不足であたしの責任だからアリーシャは悪くないから」

 

そう言った人物。ロゼもまたアリーシャとともに片付けの手伝いをしていた。

 

「……まぁ、貴方方はアリーシャ様の客人であり恩人ですから責めるつもりもありませんが……できるのであればこの様な事は今回限りにしていただきたいです」

 

「はい……誠に申し訳ありません」

 

「私からも……すまなかった」

 

そう言って頭を下げる二人にアリシアは小さく笑うと先程までとは打って変わった明るい声で話し始める。

 

「はい、謝罪は確かに受け取りましたのでこの話はここまでとさせていただきます。では、手早く片付けてしまいましょう。今日はアリーシャ様の仕事もひと段落したお祝いに豪華にしたいですし。導師殿やあの伝承に伝わるライラ様達もいらっしゃいますから」

 

その言葉にロゼは目を輝かせる。

 

「ホント! いやぁ、それは楽しみですなぁ!」

 

そう言って喜ぶロゼだが、片付けを続けてしばらくすると今度はアリシアから二人へと声がかけられる。

 

「それにしてもお二人は何故、厨房を使おうと? アリーシャ様は正直、今までそういった事に興味は持っていなかった印象だったのですが」

 

長年この屋敷で働いているアリシアからすると今回のアリーシャの行動はかなり意外だったのかその理由を二人に問いかけてくる。

 

「ん? それ聞いちゃいます? 実はアリーシャは人生初の手作りお菓子ってやつに挑戦してみようとしてたんだよね」

 

「手作りお菓子? それが何故これほどの惨状に……? ロゼ様、お言葉ですが本当に料理ができるのですか?」

 

「あれぇ!? 藪蛇!? デゼルからもあの後メッチャ怒られたしあたしの料理への信用低すぎない!?」

 

「この結果を見ればいたし方無いかと」

 

「クール! クールに一刀両断だよ!容赦無しだよこの人! だからホントなんだって! 今まで失敗とかした事無いし味も好評だったんだってば!」

 

「ロゼ様、できないことをできないと言えるのは恥ではありませんよ」

 

「あるぇ!? あたしもしかして優しく諭されてる!? ホントなんだってば! もう集中し過ぎてて料理を始めたと思ったらいつのまにか料理が完成してるくらいなんだから!」

 

「……お祓いをしてもらった方がよろしいのでは?」

 

「まさかの料理人の悪霊憑依説!?」

 

漫才じみたやり取りを始めた2人。それを見てアリーシャも苦笑する。

 

「は、ははは……まぁ人によって色々あるのだろうし……多分……おそらく」

 

「あぁ!? アリーシャも半信半疑に!? デゼルのやつもやれ素人が余計な事をするなとか怪我したらどうするとか説教してくるしなんなのさ!」

 

「ま、まぁデゼル様はロゼを心配して言っているのだろうし」

 

「過保護過ぎだっつーの! アイツはあたしのお母さんか! 全く……『あたしが仲間入りする前もあんな調子じゃみんなも大変だったんじゃないの?』」

 

 

 

「……え?」

 

その言葉に苦笑していたアリーシャの表情が固まる。

 

「ん? どうかしたの?」

 

その反応に、キョトンとした表情を浮かべるロゼ。

 

「いや、ロゼはその……デゼル様と長い付き合いなのではないのか? なにかと心配されているし仲も良くみえたから私はてっきり……」

 

「え? いやいや、だって私が天族が見えるようになったのはヴァーグラン森林でスレイ達と出会って憑魔の事件に巻き込まれた時だよ? というか天族が見えるようになった時には既にデゼルのやつはスレイ達と一緒にいたし」

 

その言葉にアリーシャは内心で戸惑いを露わにした。

 

「(どういう事だ? スレイ達がロゼに出会ったのはヘルダルフとの戦いの後に戦場からヴァーグラン森林に退避した時の筈だ。少なくとも戦場にいた時はデゼル様はいなかった筈……)」

 

アリーシャはその親しさからてっきりデゼルはロゼの関係者かと思っていた。だが当の本人はスレイの仲間が出会ってからなぜかやけに世話を焼いてくると認識している。

 

「(そういえばデゼル様に関しては私は何も知らないのか)」

 

旅に同行する理由を話そうとしないエドナですらその理由の断片はこれまでのやり取りの中で垣間見えた。だがデゼルに関してはアリーシャは何故この旅に同行しているの全く知らない。

 

「(そう言えばこれまでにも気がかりになる事はいくつかあった……)」

 

ロゼに対してデゼルが他の者より感情を見せやすいのはこれまでも見てきただがもう一つアリーシャには引っかかっていた事があったのだ。

 

「(ロゼがデゼル様の風の神衣を纏った時に溢れる力。他の神衣の時よりも明らかに大きく感じた)」

 

ロゼは霊応力に関しては間違いなく高い資質を持っている。何せ従士でありながら神衣を使えるのだ。その才能が非凡なのは明らかである。

 

だがそれでも、やはり導師であるスレイと比較すれば神衣を纏った際に感じる力はスレイには一歩及ばない様にアリーシャは感じていた。

 

だが風の神衣に関しては話が違う。風の神衣を纏った際にアリーシャがロゼから感じた力はスレイと同等、或いは僅かだが勝る程のものだった。

 

「(体質的な問題なのだろうか……それともデゼル様には何かロゼとの間に何か……)」

 

疑問が疑問を呼びアリーシャの意識は思考の海に沈んでいきそうになるが……

 

「話が脱線してしまいましたね……それで、結局アリーシャ様は何故お菓子作りを?」

 

「あ、そうそうその話だった。実はね、アリーシャがハルトにプレゼントをしたいって言うから……」

 

話の脱線を修正したアリシアにノリノリで乗っかったロゼ。しかしその言葉を聞いた途端アリシアの表情を固まった。

 

「め、メイドさん? どったの?」

 

その反応にロゼも戸惑いを見せるが……

 

「あ、あのウネウネ男ッ!? 私の目の届かない場所でそれほどまでにアリーシャ様の好感度を上げていやがったのですか!?」

 

「う、ウネウネ男……?」

 

「ハルトの事らしい。詳しくはわからないが」

 

急に謎のスイッチが入ったメイドの反応に若干引き気味のロゼと頭を抱えるアリーシャ。だがスイッチの入ったメイドさんは止まらない。

 

「アリーシャ様! 早まってはなりません! アリーシャ様はこれまで政治と騎士道で頭がいっぱいだったから男性慣れしていないだけなんです!」

 

「何の話をしているんだ!?」

 

「だって自称魔法使いの定職を持っているのか怪しいチャラ男ですよ!? 世の中狙うならもっと良い殿方がいますって!」

 

「ッ〜〜!?!?」

 

その言葉の意味を理解してアリーシャの顔が真っ赤に染まった。

 

「ち、違っ!? これはそういうのじゃなくて純粋に恩人であるハルトに感謝の気持ちを伝えたくて」

 

「……まぁ正直ホントにそれだけ?とはあたしも思ってた」

 

「ロゼ!?」

 

まさかのロゼの裏切りにアリーシャは驚きながら更に顔を赤くする。

 

「アリーシャ様はディフダ家の跡取りなんですよ! あまり貴族としての立場に執着が無いのは存じておりますがそう言った事はもう少し慎重になるべきです! 一歩間違ったらヒモを養う都合の良い女という肩書きを背負う羽目になるんですよ!」

 

本人の預かり知らぬ場所でボロクソに言われる晴人。世の為人の為に命を懸けて怪人と戦っているとは言えテレビシリーズ全編通して勤労描写の全くない男に世間の目は厳しいのである。

 

「ひ、ヒモってそんな大袈裟な……」

 

「いいえわかっていません! アリーシャ様もこれを読めばヒモを養う事の過酷さを理解できるはずです!」

 

「いや、だからそもそもハルトは別にヒモじゃ……というかその本は……?」

 

どこからともなく取り出された本にアリーシャは困惑しながらもその表紙に書かれた字を読む。

 

「『尼損済(あまぞんず) 第2章やがて星がふる』……? 何だこれは……」

 

「あ、それ知ってる。今、巷で女性を中心にバカ売れしてる小説でしょ」

 

「その通り! エリート職に就いていながらもその仕事を辞めてヒモになった男を支える女性の奮闘を描いた作品です! 第2章では主人公の女性の妊娠から更なる波乱の展開が……!」

 

「……いや、流石に創作物のしかもそんな極端な例を出されても困るのだが」

 

「というか、じゃあメイドさん的にオッケーな条件ってどんなのさ」

 

ロゼのその言葉にアリシアは目を輝かせる。

 

「そうですね……まずやはり社会的な地位は大切ですので商会を取り仕切る会長くらいの立場は欲しいです。性格も教養があり思慮深く紳士的で自分の地位をひけらかさない様な優しい人が良いですね。加えて年上でダンディな声で背も高くて身体も鍛え上げられていて腕っ節にも自信があってそれでいて料理等の趣味を持つ意外な一面も……」

 

「やけに具体的だな。というかそれはアリシアの趣味なのでは?」

 

「つーか、いないよそんな理想の塊みたいな人」

 

メッチャ早口でまくしたてるメイドさんに2人の反応は意外にも冷ややかだった。

 

「失礼な! きっといますよ! 世の中は広いんですから!」

 

「いやいやいないって、設定積み込み過ぎだってば。というかメイドさんも偉そうな事言ってるけど実は恋愛経験無いでしょ」

 

「確かに私もアリシアにそんな相手がいるとは聞いたことが無いな」

 

「グハァ!?」

 

割と容赦の無い2人の言葉にメイドさんは大ダメージを受けた。

 

だがそれによりスイッチが入ったのかメイドさんの勢いは更に増し結果として片付けは難航し夕食の時間は遅れるのである。

 

女性が集まれば姦しいのはどこの世界も変わらないのだ。

 

 

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「ここは……また夢の中なのか?」

 

厨房での片付けを終えその後、無事仲間たちとの夕食を楽しみ、久しぶりに早い時間帯での就寝を迎えた筈のアリーシャは気づけばまた知らない場所で目を覚ました。

 

アリーシャも慣れてきたのかそれがこれまでにも何度かあったハルトの記憶の世界である事を察する。

 

ここはどこだろうと辺りを見回すとどうやら公園の様で様々な人々が行き来している。

 

そんな時、アリーシャの耳に聞き覚えのある声が届いた。

 

『お父さん、お母さん! あそこでドーナツが売ってるよ!』

 

声の方向へと視線を向けると、そこには以前の記憶で見た子供の頃の晴人の姿があり、その後ろには同じく以前見た彼の両親の姿があった。

 

「ハルトの子供の頃……いや、以前見た記憶より少しだけ幼く見えると言うことは更に昔の記憶か」

 

以前見た晴人の子供の頃の記憶。おそらく彼の両親はあの時に亡くなったのだろうということはアリーシャも察してはいた。

 

と、すれば彼の両親が存命のこの記憶はあの時に見たものより前のものだと推測できる。

 

子供の晴人は公園の一角でドーナツの露店営業があるのを見つけて嬉しそうに駆け出し、それを見た彼の両親は顔を見合わせ苦笑すると早足で彼を追うように歩き出す。

 

『晴人、そんなに走ると転んじゃうわよ』

 

『大丈夫だって! 母さんは心配性だなぁ!』

 

母親の言葉に笑顔で返す少年の晴人はドーナツが売られている店へとたどり着いた。

 

『お、いらっしゃい! 坊や、ドーナツを買いにきたのかい?、ウチの店は色々揃ってるよ! 特にオススメなのはこのクリーム入りでチョコにコーティングされた……』

 

『プレーンシュガーください!』

 

店員のセールストークを遮り少年の晴人はプレーンシュガーを注文する。

 

『おっと、これだけ品揃えがある中であえてプレーンシュガーとは珍しい子だねぇ』

 

『ふふ、ウチの子はプレーンシュガーが大好物なんですよ。初めて買ってあげた時から気に入っちゃってプレーンシュガー一筋でねぇ』

 

意外そうな表情を浮かべる店員に追いついた晴人の父親は楽しそうに笑いながら答えながら料金を支払う。

 

『まいどあり!』

 

「ハルトはこの頃からプレーンシュガーがすきだったのか」

 

そんな微笑ましい光景をアリーシャは柔らかな表情を浮かべながら見つめる。

 

そしてドーナツを購入した晴人は近くにあるベンチに座ると購入したばかりのドーナツにその小さい口で噛り付いた。

 

『晴人は本当にドーナツが好きねえ』

 

母親はそう言いながら優しく晴人を見つめる。

 

『うまいか?』

 

父親はそう言いながら満足げに笑う。

 

そんな両親に心からの満面の笑みを浮かべて喜ぶ晴人。それを見てアリーシャはある事に気がつく。

 

満面の笑みを浮かべドーナツを食べる少年の晴人の視線はドーナツではなく自分へ微笑む両親に向けられている事に。

 

「もしかしてハルトは……」

 

最初は大好きなドーナツを食べれて喜んでいるのかと思った。だけど彼の視線と笑顔が向けられた先にあるのは両親の優しい笑顔で……

 

「あぁ、そうか……」

 

ドーナツは美味しいのだろう、プレーンシュガーが大好物なのも本当なのだろう、だけどきっと少年の晴人が心の底から幸せそうに微笑む理由は他にある。それはきっと……

 

『すっごい美味しいよ! ありがとう! お父さん! お母さん!』

 

『そうか!美味しいか!』

 

『ふふふ、本当に晴人は幸せそうに食べるわね』

 

ドーナツを美味しそうに食べる自分を優しく見つめる両親の笑顔が彼にとって何よりも嬉しかったから……

 

「私もそうだったな……」

 

その気持ちをアリーシャはなんとなく理解できた。

 

彼女もまた晴人同様に両親を早くに亡くし生きてきた。

 

そして教育係を担当する事になったマルトランに憧れて彼女と同じ騎士の道を志し槍術の師事を受ける事となる。

 

マルトランの指導は厳しく涙を流した事は一度や二度では無い。それでも根を上げずに必死に食らいつき少しずつ腕をあげた彼女はある日初めてマルトランとの模擬戦で一本取ったのだ。

 

勿論マルトランは本気ではなく手加減はしていただろう。だが、だからと言ってご機嫌とりの為にわざと負ける様な人物では無い事はアリーシャは知っている。

 

初めて一本取ったアリーシャにマルトランは初めて柔らかく優しい笑顔を向けてこう言った。

 

『よくやったなアリーシャ。流石は私の弟子だ』

 

腕を上げた実感は嬉しかった。初めて一本取れた事実も嬉しかった。だけどその時アリーシャにとって一番嬉しかったのは自分の成長を喜んでくれた師の笑顔で……

 

それから彼女は更に努力を重ねる様になった

 

 

きっと同じなのだ。晴人にとってのプレーンシュガーは心の底に刻まれた大切な思い出の味であり、自身を支えるものの象徴の一つなのだろう。

 

 

「次にちゃんとしたものが渡せる様に頑張らないとな……」

 

今見た記憶の中の晴人と同じくらい彼が喜んでくれる様なドーナツをプレゼントできるように頑張ろう。

 

彼女がそう決意を新たにした瞬間、辺りの景色が切り替わった。

 

 

「今度は……海辺……?」

 

その場所には見覚えがあった。以前晴人の記憶でコヨミと呼ばれる少女に指輪を渡していた場所だ。

 

「今度はいった……い」

 

戸惑いながらも振り向いた視線の先、そこにある光景にアリーシャは思わず固まった。

 

何故ならその視線の先には……

 

 

 

 

 

「は、ハルト……?」

 

 

コヨミと呼ばれていた少女を後ろから力強く抱きしめている晴人の姿があって……

 

 

 

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「!!?(0w0)!?!(0M0)!?!(^U^)!!?」

 

ガバァ!と勢いよく声にならない声を上げながらベッドの上で少女が跳ね起きる。

 

「な、な、な………」

 

時間はまだ日の登っていない早朝なのかカーテンの締められた窓には日は差し込んでおらず部屋の中は暗く静けさに満たされているのだが、残念ながら今飛び起きた少女はそれどころでは無い。

 

「(な、なんなんだ今の記憶は!?)」

 

そりゃそうである。心温まる家族との記憶から一変して女性を力強く抱きしめる気まずいシーンを見せつけられたのだ。そういった経験の無い彼女が混乱しない筈もない

 

「(あの光景……どう見てもあれは……)」

 

側から見ればどうみてもただならない関係にしか見えない記憶。その光景を思い出して何故かアリーシャは胸に痛みが奔った様な感覚に捉われる。

 

「いや、当然だろう……晴人にだってそういう相手が居たって何もおかしくない……私がとやかく言う事など何も無い」

 

自分に言い聞かせる様にしてもう一度アリーシャは眠りに就こうとするが……

 

 

「……眠れない」

 

いつまで経っても動揺が治らない。

目を瞑ると先ほどの光景が浮かび眠る所ではなくなる。

 

「ッ〜〜!? 何を動揺しているんだ私は……!? 最近事が上手く運び過ぎていて気持ちが弛んでいるじゃないのか……!?」

 

動揺が治らない原因が理解できずに落ち着かないアリーシャは眠る事を諦める。

 

「鍛錬をしよう……そうすればきっと気持ちも引き締まる筈だ」

 

そう思い立ちアリーシャはワンピースタイプの白いネグリジェからいつもの騎士団服の下に着ている黒いシャツとホットパンツに着替えていく。

 

流石にだらしない格好で外に出るわけにはいかないと最低限の身嗜みは整え最後に窓際に置いてあった髪留めを取ろうと窓際に歩み寄ったその時……

 

「ハルト……?」

 

窓の外。まだ日が昇り切らず薄暗い貴族街の通りを歩いていく青年の姿がアリーシャの目に映った。

 

派手な赤いズボンに黒い上着を着たその後ろ姿は間違いなく彼女の知る操真晴人のものだ。

 

「どうしたのだろう? こんな時間に?」

 

別に晴人の行動自体にはなんの問題も無い。これまでと違い評議会からも立場と行動を認めてもらえた今なら一人で街の中を散策するくらい問題ないだろう。

 

だけれども……

 

「ッ!」

 

何かに突き動かされる様に彼女自身よくわからないまま晴人を追いかける為にアリーシャは部屋を飛び出した。

 

 

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「は、ハルト!」

 

「……アリーシャ?」

 

貴族街を抜け中央区に差し掛かった晴人は突如聞き覚えのある声に後ろへと振り返る。

そこには予想通りこの世界で初めて出会った少女がいた。

 

走ってきたのだろうか。軽く息を切らせ、いつも着ている白とピンクの騎士団服は着ておらず長袖のシャツとホットパンツという少しばかり肌寒い印象を受ける服装をしており、トレードマークとも言えるサイドテールも今は完全におろした状態だ。

 

「どうかしたのか? そんなに慌てて?」

 

「いや……目が覚めて少し鍛錬をしようかと思ったら窓から君が歩いていくのが見えて……」

 

「ん? あぁ、俺も少しばかり早く目が覚めちゃってさ。眠気も無かったから少し散歩してみようかなって思ったんだけど……何か用か?」

 

「え、あ、……その……」

 

そう問われてアリーシャは思わず口を噤んでしまう。

 

当然だろう。彼女自身何故自分が彼を追いかけようとしたのかよくわからないのだから。

 

そんな彼女の反応に晴人は首を傾げる。

 

「あーもしかしてアレか? この歳になって迷子になるとか心配されちゃったのか俺? 傷つくなー」

 

「えっ!? いや、そんなつもりは!?」

 

「フッ……冗談だよ冗談」

 

軽口に真面目に焦り始めたアリーシャに小さく笑う晴人。それを見てアリーシャは少しムスッとした表情を見せる。

 

「やっぱりハルトは時々意地悪だな……」

 

「ごめんごめん、ほらアリーシャって反応良いからさ」

 

「むぅ……それで? 散歩と言っていたがどこか行きたい場所はあるのか?」

 

アリーシャはむくれつつも気持ちを切り替えたのかいつもの調子で問いかける。

 

「いや、そういう訳じゃ無いんだけど、俺ってこの街をまともに見て回った事無かったからさ。少しゆっくり見てみようかなって」

 

その言葉にアリーシャはこれまでの事を思い返す。

確かに晴人はこの大陸に跳ばされてからすぐに捕まりこの街へ運ばれ、すぐに逃げて戦場に向かい、その後も基本的には目立たない様に屋敷に篭ってばかりでまともに出歩ける様になったのは昨日からだ。

よくよく考えれば街をゆっくりと見て回る余裕はこれまで無かった。

 

「それなら私が案内するよ。君に不自由させたのは私にも原因があるしね」

 

そういって真面目に答える彼女に晴人は楽しそうに笑みを浮かべる。

 

「お姫様に案内してもらえるなんて恐悦至極」

 

「……怒るぞハルト?」

 

芝居掛かった晴人セリフに対してジト目で見つめてくるアリーシャに晴人は苦笑いを浮かべた。

 

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「これで一通りになるかな」

 

その後教会や中央区を一通り見て回り最後に二人は外縁水道区へと足を運んだ。湖上の街であるレディレイクの中で周囲を囲む巨大な湖が一望できる場所であり湖上に流れる爽やかな風が二人の間を吹き抜けていく。

 

「サンキューな。やっぱり案内してくれる方がわかりやすいな」

 

「まぁ故郷だからこれくらいはね? しかしどうして街を見ておこうと思ったんだ?」

 

「ん? まぁ、土地勘無いから道を覚えておきたいのもあったけど……」

 

「……けど?」

 

晴人の言葉につられる様に反芻しながらアリーシャは国を傾げる。

 

「アリーシャの護りたい故郷。ちゃんと自分の目で見ておこうと思ってさ。何せここからが本番だろ? だからアリーシャの希望が込められてるこの街を護れる様に俺も気を引き締めようと思ってさ」

 

そう言って微笑んだ彼にアリーシャは思わず目を見開く。その時……

 

「お、日が昇ってきたな」

 

立ち並ぶ山脈から太陽が昇り始めその光がレディレイクの街を照らす。太陽の光と湖面に反射された光が合わさりその景色はとても幻想的で美しかった。

 

「あの時もこんな感じだったな」

 

「あの時?」

 

「ほら、戦場目指して城から逃げ出した時」

 

その言葉にアリーシャは初めて晴人のバイクに二人乗りした時の事を思い出す。

そういえばあの時も丁度日が昇る時間帯だった。

 

「ふふ、あの時の私は君に驚かされてばかりだったな」

 

「驚いてもらえたなら魔法使い名利に尽きるってもんだな」

 

「ふふふ、なんだそれは」

 

晴人の軽口に小さく笑いながらもアリーシャはこれまでの事を思い返す。

 

数ヶ月程度しか経っていない筈なのに思い返すととても昔の様に思える。それほど彼と出会ってからの日々は濃密だったとも言えるのだろう。彼に何度も救われ、そして道を切り開いて来ることができた。

 

それでもまだ決着はついていない。やるべき事はまだまだ山積している。

 

「ハルト……」

 

「ん?」

 

「ありがとう。 最後まで宜しく頼む」

 

「あぁ、任せとけ」

 

「巻き込んで済まない」とはもう言わなかった。彼や仲間と共に最後まで戦い抜く。そんな想いを込めて彼女はそう告げる。

 

その言葉を受けて晴人もまた微笑みながら短い言葉でその気持ちを受け止めた。

 

 

 

「あ、ついでにプレーンシュガーの件、ホント今度は頑張ってくれよ? 強がってみたけど実は思ったよりもダメージがデカかったから」

 

「ふぇ!? わ、わかっている! もう二度とあのような醜態は晒さない! 私は今回の件で女子力も鍛えようと固く誓ったんだ!」

 

「へー、女子力を」

 

「な、なんだその適当な反応は! だいたい君はそうやって私を揶揄っ……くしゅん!」

 

「アリーシャ? 大丈夫か?」

 

揶揄う様な晴人の言葉に少しムキになって言い返そうとしたアリーシャだがその言葉は可愛らしいくしゃみで遮られてしまう。

 

「そういや少し肌寒いかもな」

 

男性の晴人はあまり気にしなかったが女性であるアリーシャには早朝の湖は肌寒かったかもしれない。ましてやいつもの騎士団服を着ていない薄着の状態なら尚更だ。

 

「待ってろ今適当に上着でも出すから」

 

そう言って晴人は指輪を取り出しドレスアップの魔法を使おうとするが……

 

「いや、この程度のことで魔法を使うなんて大袈裟だ。大丈夫だよ」

 

「いや、でも」

 

「大丈夫だ」

 

「だけど」

 

「大丈夫だ」

 

「いや、だって」

 

「だから大丈……くしゅん!」

 

「ほら、やっぱり」

 

「…………」

 

くしゃみをして羞恥からか頰を赤く染めながらも晴人に背中を向けたアリーシャは無言で抵抗を示す。

 

「(ホント、真面目というか頑固というか……)」

 

そんな彼女に内心で苦笑しながらも晴人は小さくため息を吐き降参とでも言うように両手をあげる。

 

「わかったよ。魔法は使わない……だから」

 

次の瞬間バサリと何かがはためいた音と共にアリーシャの肩に何かがかけられる。

 

「え?」

 

「これなら問題ないだろ?」

 

驚いて振り返ったアリーシャの視線の先にはそう言ってしてやったりイタズラが成功した子供の様な笑みを浮かべる晴人の姿があった。

 

彼が何をしたのかわかりやすく言ってしまえば、いつも来ている革製の黒い上着を脱いでアリーシャに羽織らせたのである。

 

「え、いやこれだとハルトが寒いんじゃ……」

 

上が半袖のシャツだけになった晴人を心配するアリーシャだが晴人はあいも変わらず軽口を叩く。

 

「これくらいヘーキヘーキ。むしろこれでアリーシャが風邪をひいたりしたら俺が色んな人から怒られちゃうって」

 

飄々とした態度で笑う晴人。それを見てアリーシャはおもわず苦笑する。

 

「まったく君は……」

 

そう言おうとした時アリーシャはある事に気がついた。

 

「(あれ……?)」

 

目覚めた時に感じていた胸の中のモヤモヤした気持ちがいつの間にか無くなっている事に。

 

そしてそれと入れ替わるように不思議と今の自分の心が暖かく穏やかな気持ちに包まれている事に。

 

「(何故だろう? ハルトと話していたらいつのまにか……)」

 

胸の鼓動が少し早まる。

 

だがそれは今朝目覚めた時に感じたそれとは違う心地のいいものだ。

 

「(ハルトと話したから……? でも、何故それだけで私の気持ちはこんなにも落ち着いたんだ……? )」

 

自身の中から湧き出てくる感情に戸惑いながらもアリーシャはその気持ちの源に向き合おうとする。

 

「(私にとってハルトは……)」

 

その答えを導き出そうとした次の瞬間……

 

 

 

「ほぉ、久方ぶりだがどうやら元気そうではないか」

 

突如二人に声がかけられる。

 

振り向いた二人の視線の先には……

 

「また会ったな。姫、そして魔法使いよ」

 

以前ペンドラゴで出会った天族の少女。

サイモンの姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがき

晴人のプレーンシュガーしか食べない理由は小説版より抜粋。個人的に本編で見たかったくらいには好きな設定だったりします

気付けばビルドも最終回目前。時の流れは早いもんです
げんとくん生き返れ生き返れ……生き返って世界で一番の首相になれ(ビルドではローグが一番好き)

来月からはジオウが始まりますね。それにしても PVに一人だけライドウォッチが映ってない事で逆に想像を掻き立てさせるとは……おのれディケイドぉぉぉぉ!
晴人さんは映画でジオウに轢かれてお疲れ様です
それにしてもディケイドが10年前とかウッソだろお前www(白目)

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