銀の福音暴走事件は太郎の活躍で無事に解決した。しかし、事件への対応などで臨海学校は当初の予定の6割程度しか消化率出来なかった。実際に出撃した太郎達以外の生徒は消化不良気味で、学園へ帰るバスに乗り込んでも微妙な空気であった。
実戦を経験した太郎、一夏、箒の3人はそんな微妙な空気に気付かずバスの座席に座り、それぞれ物思いにふけっていた。
太郎は銀の福音を仕留めた時の感覚を思い出し悦に入っている。一夏は自身の唇に触れながら何処か上の空な様子である。
そして、箒はそんな太郎と一夏を交互に見ながら何か話しかけたそうにしていた。太郎には姉との関係を聞きたく、一夏には銀の福音との戦闘時に自分を
箒が意を決して先ずは一夏へ話しかけようとした時、バスの中にざわめきが起こった。何事かと箒が様子を窺うと、バスの搭乗口に見知らぬ金髪の女性が立っていた。他の生徒達も見覚えの無い相手なのか、誰も話しかけようとはしていない。
金髪の女性は誰かを探しているようで、その視線を巡らしている。そして、ある一点で視線が止まる。そこにいたのは太郎であった。
女性は自分が注目を集めているのに気付いているだろう。しかし、それを気にもせず太郎の元へ進む。
女性が目前へ迫ったところで、太郎も誰かが近付いてきた事に気付いた。太郎が顔を女性の方へ向けると女性は軽く手を挙げた。
「Hi~、私はナターシャ。貴方が山田太郎ね?」
「はい、そうです……あー、話は外でしましょう」
太郎はナターシャの質問に答え、周囲の視線が集まっているのに配慮して外へ出ようと提案した。太郎は既にナターシャが銀の福音の操縦者だと分かっていた。銀の福音をヴェスパの制御下に置いた時、機体のスペックや操縦者の情報は全て抜いておいたからだ。
ナターシャが自分へ会いに来たという事は、間違いなく先日の銀の福音暴走事件に関する話だろうと太郎は当たりを付けた。そして、極秘扱いの事件について、こんな所では話せないので外へ出ようと提案したのだ。
太郎の予測が当たったのかは分からないが、ナターシャは提案に頷き、太郎と共にバスから降りた。
(美星さん、周囲に人はいますか?)
『いいえ、このまま警戒を続けます』
太郎はバスから少し離れた所に移動すると念の為に周囲を確認し、問題が無いと分かるとナターシャへと向き直る。
「それでナターシャさん、体の方は大丈夫ですか? 極力怪我をさせないように取り押さえましたが問題ありませか?」
「っ! 私が銀の福音に乗っていたのを知っていたの!」
「ええ。私のISは優秀なので中に人がいるかどうか位、すぐに分かります」
太郎の単なる自慢の様な言葉にもナターシャは反論しなかった。何故なら目前の男とそのISは、実際に最新式の軍用ISを無傷で捕獲しているのだ。
操縦者であるナターシャの贔屓目を差し引いても、銀の福音は現存する最高水準のISである。それを撃墜するよりも難易度が高い、【無傷で捕獲】という戦果をあげた山田太郎という男。その戦果が説得力を生んでいる。
「……そう知っていたのね。貴方のおかげで私とあの子は無事よ」
「それは良かった」
「ありがとう、あの子を止めてくれて。これだけはちゃんと貴方へ直接言いたかったの」
「いえいえ、手強い相手でしたが何とかなって良かったです。それにしてもあの機体はデザイン、性能共に素晴らしかったです。あの時は敵でしたが、空を翔る姿につい見惚れてしまいましたよ」
にこやかに話す太郎と違い、ナターシャの表情が曇る。
「ありがとう。そう言ってもらえたら、あの子も喜ぶわ。でも折角貴方が無傷で止めてくれても、あの子はもう空を飛べないわ。あの子はあんなに空を飛ぶ事が好きだったのに」
いくら無傷とはいえ、一度暴走した軍用ISをそのまま運用したりは出来ない。運用計画の凍結、かなりの高確率で機体は解体され、コアも初期化されるだろう。銀の福音を我が子の様に思っていたナターシャにとっては、耐え難い事である。
「もう銀の福音の運用計画は全て凍結よ」
まだ決定ではないが、まず間違いないだろうとナターシャは思っている。
「安心して下さい。銀の福音はこれまで通り、もしくはこれまで以上の扱いになると思いますよ」
「何を根拠にそんな事が言えるのっ!?」
「ISに関して絶対的な発言力を持つ人間、ISを開発したあの人が何とかしてくれますから」
「まさかっ!? 篠ノ之博士が……?」
信じられないといったナターシャへ太郎は頷く。
ナターシャは混乱の極みであった。実は今回の事件の黒幕最有力候補が束だと考えていたからだ。ISはそもそも単体でも強固なセキュリティーを誇っている。それを暴走させるなど身内の犯行か、さもなければ束位にしか実行できない。ナターシャは銀の福音の開発チームに絶対の信頼を持っている。その為、必然的に一番疑わしいのは束となるのだ。
その一番疑わしい束が何とかしてくれる、それを頭から信じられる程ナターシャも能天気ではない。
「信じられないかもしれませんが、そういう約束なので安心して良いですよ」
「約束?」
「銀の福音を茶番へ利用する彼女のやり方が気に食わないのでね。ある事を条件に銀の福音が事件後、酷い扱いを受けないよう便宜を図ってもらう取引をしたんです」
太郎は事も無げに言うが、その内容はとんでもないものだった。今回の事件の黒幕が束であると明言しているのだ。ナターシャも犯人が束だと考えていたが物的証拠も無い。そのうえ束はIS業界のみならず世界的にアンタッチャブルな存在である。
太郎の過激な発言に慌てたナターシャは周囲を見回す。誰かに聞かれていたら大変である。幸い周囲には誰もいない。そんな事は最初から太郎の方で確認済みなのだが。
「た、確かな話なの?」
「ええ、銀の福音に関しては安心して良いですよ」
「そうじゃなくて篠ノ之博士が……その…犯人で…貴方が取引をして便宜を図って貰うというのは」
「信じろと言っても、なかなか信じられないでしょうが事実です。まあ、結果を見て判断してください」
太郎の言う通り結果を見ないと判断のしようがないとナターシャも考えた。しかし、太郎の話が真実であった場合、自分はどうすれば良いのだろうかとナターシャは自問する。
銀の福音を暴走させた事は許せない。しかし、銀の福音は無傷である。そして扱いも酷くならないと聞くと強く恨む気持ちも萎んでいく。その自覚がナターシャ自身にあった。
そうこうしているうちに、バスの出発時刻が迫る。太郎は自分の連絡先を書いたメモをナターシャへ渡すと自分の乗っていたバスへと歩き出す。
「何か問題があればそこへ連絡してください。それでは、また何処かで会いましょう」
どう気持ちの整理をすれば良いのか、戸惑うナターシャを残し、太郎はバスへと戻ってしまった。
美星「マスターに優秀と言われてしまいました。それ程でも……ありますけどね。ふふ」
紅椿「くっ、私だって全力を出せば……」
福音「頭を弄られてさえいなければ……」
読んでいただきありがとうございます。
次の投稿は「ISー(変態)紳士が逝く R-18エンディング集」になります。お間違えなきよう。
投稿予定日は来週金曜日を予定しています。今回間隔が空くのは字数がいつもの2倍以上になる予定だからです。お楽しみに。