「織斑機っ、撃墜されました!!!」
「「はあ!?」」
真耶からの報告に作戦司令室には一瞬、状況が把握出来ない者達の唖然とする声が満ちた。しかし、千冬はいち早く我に返り、一夏と共にいた箒へとプライベート・チャネルを繋げた。箒はかなり動揺していた。
「落ち着け、篠ノ之っ! 一夏は付近に待機している救難隊が助ける。お前は時間を稼げっ!」
箒へと指示を出した千冬は、次に交戦エリア付近で待機している救難隊へ一夏の救助を依頼した。念の為に用意していたとはいえ、まさか本当に救難隊の出番があるとは作戦司令部のほとんどの者が想定していなかった。そのせいでなかなか動揺が抜けない者が多かった。一部の例外を除いて。
「山田っ、お前も直ぐに出げ……」
「タロちゃんなら、もう行ったよー」
千冬が太郎に指示を出そうと振り返ると、そこには束しかいなかった。太郎は一夏撃墜の報を聞いてすぐに部屋を飛び出していた。元々、一夏達が失敗した場合は自分が行く事になっていたので迷いなど無かった。それに予定が変更されるにしても、移動しながら連絡は受ける事が出来る。
一分一秒を争う今、取り敢えず動く。それが太郎の選択であった。そして、千冬も今回は太郎の行動を責めたりしなかった。すぐにプライベート・チャネルを太郎へ繋ぐ。
「山田、銀の福音は篠ノ之が抑えている。到着までどの位でかかるんだ?」
『5分も掛かりませんよ。少し本気を出します』
質問に対する太郎の答えは、自信に満ち溢れている。そう千冬には感じられた。
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太郎はヴェスパを駆る。
ヴェスパは毒針以外の兵装を基本、1つしか装備出来ない。そして、今ヴェスパに装備された換装装備は高速移動用パッケージである。それはマッハ10を超える速度を叩き出す。銀の福音の最高速度が約マッハ2程度だと考えれば、異常とも思える性能である。しかし、その異常な速度の理由は常軌を逸したものだった。
空を飛ぶヴェスパの背に付けられた高速移動用兵装、それは2基のロケットエンジンであった。つまり、高速移動用パッケージなどと言っているが、そんな大層なものではない。衛星打ち上げ用ロケットの開発初期段階で作られた、本来の物を設計はそのままに、サイズだけを小さくした雛形を載せているだけなのである。
この装備自身には、ただ推力しかない。方向の修正、制御などは全てIS本体が行う。付けられた名は【流星】、だが口の悪い者はこれを指して【ロケット花火】と呼んだ。
表向き、ただMSK重工が最高速度の記録を叩き出す為だけに開発された事になっているが、本来は別の意図を持って開発された兵装である。しかし、それはまた別の話。
太郎は超高速移動の中、束へと通信を入れる。
「今、聞かれてはマズイ話をしても大丈夫ですか?」
『ちょっと待ってね。……大丈夫だよー』
束は作戦司令室から出て、人のいない場所へと移動した。
「今回の事件はヤラセでしょう。それなのに何故一夏が撃墜されているんですか。何か手違いでもありましたか?」
『手違いっていうか。最初から銀の福音には、この辺りへ来て白式や紅椿と闘う様に細工しただけだからね。わざと負けたり、能力を制限したりなんかしてないんだよ。だってー、スペック的にも操縦者の才能的にも問題無いと思ったからさー』
太郎は束から告げられた杜撰な作戦内容に、溜息を吐くだけだった。それに気付いた束が言い訳を続ける。
『私の妹と、ちーちゃんの弟が揃っているんだから、余裕だと思うでしょ』
紅椿と白式へ乗っていたのが、束と千冬なら確かに余裕だっただろう。しかし、才能はあったとしても箒と一夏は、未だ成長途上である。束達と同様に考えるのには無理があるだろうと、特殊な姉を持つ箒達へと太郎は同情した。
『それで、君の方は大丈夫なのかな?』
「さあ? 実物を見てみないと分かりませんね」
『自信があるように見えるけど?』
「ヤる事は決まっているんですから、迷ったり怖がっても仕方がないでしょう」
そして、太郎もまた特殊な人間であった。もう間もなく闘う事になるのに太郎からは緊張などは感じられなかった。
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箒が銀の福音を牽制し、太郎が現場へと急いで向かっている最中、救難隊は一夏の回収に成功していた。しかし────────
「要救助者確保。意識、呼吸ともに無しっ!」
隊員の1人がそう報告すると、隊長がすぐに甲板へ寝かされた一夏に駆け寄り気道を確保する。そして、心肺蘇生法を試みる。熱い口付け、もとい人工呼吸。それと丸太のような両腕で何度も胸をマッサージ、ではなく心臓マッサージが施される。巧みな心肺蘇生法により程なくして一夏は自発呼吸を再開させ、意識を取り戻した。
ぼやけた景色の中、
「要救助者の意識が戻ったっ!」
「よっしゃあああ!!!」
「流石は男や。丈夫に出来とる」
「貴重な男のIS操縦者が無事で良かった!」
「おう、坊主。お前は男の希望だからな。無茶すんなよ」
救助隊の男達は口々に一夏へと暖かい言葉を掛けた。一夏はだんだんと状況を把握しだした。自分は撃墜され、この人達に助けられたのだと。銀の福音がまだ近くにいるかどうかは分からない。しかし、危険であろう場所に自分を助けに来てくれた人たちが、自分の無事を喜んでくれている。一夏は胸がいっぱいになる思いだった。
読んでいただきありがとうございます。
今月は急遽忙しくなった為、次回の更新は来週となります。
一夏君が幸せそうで何より(にっこり)