ISー(変態)紳士が逝く   作:丸城成年

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第133話

 コテージの一室、太郎用と決まった部屋に太郎と束はいた。千冬に敗北した二人は今後の方針について話し合っていた。二人は海で遊んだうえ、千冬にぶっ飛ばれて砂まみれにもなっていたのでシャワーを浴びてからここに集まっていた。

 シャワーを浴び終えたばかりで、どこか瑞々しさが増した肌。肩にかけたタオルからチラリと見える鎖骨。存在感を示す胸部。色素の沈殿など無縁の乳首。バックり割れた腹筋。股間にそびえる黒鉄の塔。太郎は全裸状態で両腕を組んで、厳しい表情を浮かべる。

 

「まさか千冬さんにまだ強くなる余地があるとは思いませんでした」

「まあ~ねえ。人間の上限に達している感があったんだけど、まだ上があるなんてねえ」

 

 ネガティブな言葉と裏腹に、束の顔はニマニマと緩む。束は太郎と違い、いつも通りのメルヘンチックな服を着ていた。暑苦しそうに見えるが、束驚異の科学力によって作られた服は暑さをものともしない。

 

「圧倒的な強さを見せつけられた割には嬉しそうですね」

「ふっふっふ、タロちゃん分かってないねえ。獲物が想定より大物だって分かってガッカリする人間なんていないよ」

「まあ山は高ければ高いほど登りがいがありますからね」

「それに手が無い訳じゃあないんだよ」

 

 自信をにじませる束に太郎は「ほう」と相槌を打ち続きを促した。

 

「先人に倣えば良いんだよ。古今東西の英雄達は普通にやっても勝てない相手を工夫によって下しているんだからさあ」

「確かに……日本武尊は熊襲(くまそ)討伐の際に女装して酒宴に紛れ込んだらしいですね」

「うんうん、つまり酒で」

「私が女装して油断を誘えと?」

 

 太郎は難しい顔でアゴを撫でながら難色を示す。最初から無理だと決めつけず真剣に検討するが、いくら考えても無理筋である。太郎は体格一つとっても女装には向かない。いや、しかし天災篠ノ之束なら、彼女ならばなんとか出来るかもしれない。

 

「私は女装に向いていないと思いますが、束さんならなんとか出来ますか?」

「ヴォエッ」

 

 束は太郎を何とかする光景を思い浮かべて激しい吐き気を感じた。日本の成人男性の平均を上回る体格、実戦で鍛え抜かれた筋肉、それらを包み込む豪華なドレス。それは心理的暴力と言って間違いない汚物だった。誰得である。

 

「違うッ、女装なんていらないよッ! 酒だよ酒ッ!!!」

「そこだけ聞くとアル中ですね」

「あああッもおー、君に女装なんて頼むわけないだろッ!」

「諦めたらそこで試合終了ですよ」

「なんで前向きなんだよコイツ……」

 

 ジトっとした目つきで束は太郎を見た。

 

「人の気持ちになって考えなさいと言われた事がありませんか?」

「それが何の関係があるんだよ」

「時には女性の気持ちになって考える事で、女性相手のコミュニケーション能力が高まるんじゃないかと思いましてね」

「変質者の言葉とは思えないね」

 

 呆れたように束は溜息を吐く。相手の気持ちになって考えるというなら、下着泥棒や露出を相手がどう感じるのか考えたらどうだろうか。少しくらい罪悪感を持ってはどうか。

 

「もしかしたら、万が一、まあ無いとは思いますが、私の紳士的行為で不快な思いをする人もいるかもしれませんが、仮にそうだとしても譲れないものが私にもあるので仕方が無いです」

「いや、むしろ不快にならない女の方が少ないと思うけど」

 

 束は頭を振って深く考えるだけ無駄と諦めた。

 

「とにかく酒なら、ちーちゃん好きだからガンガン飲ませるのも簡単だから」

「そう言えば千冬さんの部屋にはビールの空き缶がたくさんありましたね」

「その話詳しく、なんでタロちゃんがちーちゃんの部屋に入ってるのッ! ズルイッ!!」

「千冬さんの部屋の片付けを手伝いましてね。見た事の無いキノコが生えてましたよ」

 

 ハハっと遠い目をして笑う太郎に流石の束も「やっぱりあんまり羨ましくないや」と考えを変えた。束もかなりズボラな性格だが、お得意の技術力で自分が細かい事をしなくても最低限度の環境を維持出来るようなシステムを作っているので、少なくとも部屋にキノコが生えた事は無い。

 世界最強の女は太郎や束の様な社会のゴミの片付けは軽々と行うが、自分の部屋のゴミの片付けは苦手なのである。空き缶一つまともに分別出来ない女なのだ。

 缶ビールを飲む。飲み切って空き缶となった缶を机に置く。後で片付ければ良いかと思う。その【後で】は一生来ないという一連の流れが、千冬の部屋がゴミ屋敷へと変わっていくシステムである。

 

「まあ、それは置いておいて。ビールが好きなら良い物があるよ」

 

 束が手を宙にかざすとパソコン画面のような映像が空中に現れた。そこには無数のビール瓶が映し出されていた。

 

「ビールにもアルコール度数が高い物があるんだよ」

 

 ゲスい顔で束が笑う。

 日本のビールはアルコール度数が数パーセントの物が主流であるが世界は広い。探せば高い物で50パーセントを超える物もある。そんな物を普通のビールのように飲めば前後不覚に陥るのは自明の理。

 良い笑顔を浮かべる束に太郎も笑顔で応える。

 

「ではビールは私が買って来ましょう。なに、本島の方は観光地ですから酒の類は揃っているでしょう」

 

 このコテージにもビールの備蓄はあるが、件のビールまでは無い。ここの本島はそこそこの観光地で、普段から様々な国の観光客が訪れている。それらに対応して飲食物も地元の物だけでなく様々な国の多種多様な物が揃っている。

 太郎としては管理人の男に連絡して届けてもらっても良いが、折角なので観光地もついでに見て来ようかと軽い気持ちの提案だった。常に下半身で物を考えている太郎にもそのくらいの一般的な好奇心はある。




千冬、太郎&束をボコーッ

千冬「なんで殴られたか明日までに考えといてください」
千冬「ほな、いただきます」ビール一気
束 (計画通り)ニヤッ
太郎(今日の勝負はまだ終わってませんよ)


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