太郎「ほう、彼女があれほどの実力を秘めていたとは驚きです」
美星「いかがなさいましょう?」
太郎「彼女を呼び出します。今夜はパーリィですよ」
IS学園寮の消灯時間が間近に迫る頃、学園敷地内にあるIS訓練用のアリーナにセシリアはいた。本来であればこの時間だとアリーナは閉められ、中には入れない。しかしIS学園の警備担当者達と親交のある太郎が手回しし、セシリアが今日この時間に入れるようにしていた。
そしてセシリアは太郎に呼び出されてのこのこやってきた。
「二人っきり会いたいだなんて太郎さんはもしかしてセッ……いえ流石にそれは。では告白とか!?」
夜のアリーナで会いたいと言われれば、乙女が甘い妄想をするのは仕方の無いこと。とはいえセシリアの脳みそはピンク色に染まり過ぎていた。
ブブゥゥゥゥゥンンンン!!!
オオスズメバチの羽音を大きくしたような音がアリーナに響く。自身の専用機ヴェスパを装着した太郎が現れた。
太郎はセシリアの頭上を羽音を鳴らしながら旋回し続ける。この羽音はISスラスターの音ではなく、言葉通り羽が空気を震わせている音である。飛翔中の急激な方向転換や細やかな機動を可能にする為に付けられた羽だ。それが己の存在を誇示するかのように唸りを上げている。
セシリアはどうも告白などの嬉し恥かしイベントが始まる雰囲気ではないと気付く。そこに上空から太郎が声を掛ける。
「いつまでボケっと立っているんですか?」
「えっ、あのわたくし、どうすれば」
戸惑うセシリアに太郎は肩をすくめて言う。
「IS用のアリーナで、やる事は一つでしょう。ISを早く出してください」
セシリアはここで太郎の呼び出しが告白などの甘い用件ではないと知り、密かに溜息を吐いた。色々変わった所の多い太郎だが、ISに並々ならぬ情熱を持っているのはセシリアも知っている。その為、太郎の唐突な言葉にも違和感は覚えなかった。ただ内心ピンクなイベントではなかったことを残念に思いつつ、二人っきりの夜の訓練というのも悪くないと気を取り直した。
セシリアはブルー・ティアーズを展開して身に纏う。準備が整ったと見た太郎は、早速勝負を仕掛けた。
「では、行きますよ」
「ちょっ、まっ」
心の準備までは出来ていなかったセシリア。彼女は上空から急降下しながらの飛び蹴りを仕掛けて来た太郎を何とか回避した。
「まっ、待ってくださいっ!」
「待てと言われた待ってくれる敵などいませんよ」
再び距離を詰めて接近戦に持ち込もうとする太郎に、セシリアは愛機ブルー・ティアーズの名の由来である兵装、レーザー攻撃が可能なビットによって牽制攻撃を放つ。しかしそれはお世辞にも狙いすましたとは言えない、手数だけの攻撃だった。
「甘いですよっ」
多少の被弾を前提として太郎は一気にセシリアへ迫り、拳の連撃を叩き込む。
「ゲボッグギャッゲエ」
淑女にあるまじき声を上げてセシリアが吹っ飛ぶ。バリアーを破るほどではなかったが、衝撃までは消せなかったのだ。
地面に転がる無様を晒すセシリアの上空を太郎が旋回する。
「どうしたんですか。貴方の実力はそんなものではないはずでしょう?」
責めるような太郎の口調に、セシリアは自分を奮い立たせ態勢を整える。それでも太郎の猛攻に抗う事は出来なかった。しかも猛攻と言っても太郎は未だ一切兵装を使っていない。にもかかわらずセシリアは太郎の近接戦闘に為す術が無い。
セシリアが弱いわけではない。ブルー・ティアーズというISは実験機であり、新機軸の兵器のデータ集めを目的とした機体である。その為、スペックは高いが実戦向きではないのだ。さらに今回は最初から太郎との距離があまり離れていない。射撃特化のブルー・ティアーズにとっては厳しい条件であった。
「きゃああ」
セシリアは再び太郎に叩きのめされ、地に這いつくばる事になった。それでも太郎が戦闘態勢を解かない様子を見て、セシリアは一つの懸念を覚えた。まさか先日の襲撃犯が自分だとバレたのではと。太郎が厳しく接するのは、そのせいではないのか。そんな不安をセシリアは抱いた。
セシリアの危惧を証明するかのように、太郎が再びセシリアへ襲い掛かる。
「チェエエエエエエエィィィィィッッッ!!!」
太郎が雄叫びを上げながらセシリアに向けて上空から急降下し加速する。そのエネルギーをそのままキックに利用する。
強烈な太郎の蹴りをセシリアは躱すことも防御することも出来なかった。もちろんビットによるレーザー攻撃で迎え撃つ余裕など微塵も無い。
「カハァッ!!」
「……おかしいですね。貴方はもっと強いはずでしょう。少なくともあの夜の貴方は、ビットを操作しながら激しい動きもこなせていたじゃないですか」
太郎の言葉にセシリアはビクリと反応した。やはり太郎の部屋に忍び込み、あまつさえ逃げる際に追いかけて来た太郎へ攻撃してしまったことはバレていた。それならば太郎が厳しい態度を見せるのも分かる。
セシリアの心中は絶望に染まりつつあった。これは太郎さんに百%嫌われた。もうダメ、もう終わりですわ、とセシリアは首を横に振る。
「申し訳、申し訳ありません。わたくし、太郎さんを襲うつもりは」
「そんな些末な事はこの際どうでも良いんですよ。何故全力を出さないのですか?」
「えっ?」
「ですから、何故全力を出さないのかと聞いているんです。あの日の貴方は強かった。ISのビットを部分展開し、それを足場に生身で空へと駆け上がるという離れ業をやってのけた貴方と……戦ってみたいんですよ。どうしても」
まるで恋焦がれるかのように熱く語る太郎。いや、太郎はまさに恋する乙女のごとく求めている。あの日の超絶技巧を為した強者との戦いを。
セシリアにとってはある意味朗報だった。襲撃したことによって嫌われたわけでは無かったのだ。しかし代わりにとんでもないものを要求されている。
「早くあの時のような強さを見せてください」
「くぅっ!!!」
太郎はセシリアを急かすように攻撃を続ける。その攻撃は兵装を使用しない格闘一辺倒だが、セシリアの受ける圧は生半可なものではない。格上の相手に攻められ続けることは、セシリアの精神を大いに追い詰めた。
「さあ、さあ、さあ、早くしないとシールドエネルギーが無くなってしまいますよ」
太郎はヒットアンドアウェイを繰り返してセシリアを煽る。
セシリアもビットからレーザーを何度も放って反撃を試みているが、追い詰められているせいか、命中率はどんどん落ちている。
「きゃあっ!」
また一撃、太郎の蹴りがセシリアを襲った。シールドで阻まれていても衝撃と音がセシリアにプレッシャーとなって圧し掛かる。
(あの時のように戦うなど無理ですわ)
そう、今のセシリアにはあの時の再現は出来ない。あの離れ業はある種の奇跡だった。正気を失ったセシリアにのみ可能な常軌を逸した絶技なのだ。だがそんな事は太郎に分かるはずもなく、ただただ太郎は求め続ける。
「焦らしてくれますね」
舌なめずりをする太郎を見て、セシリアは恐ろしい想像をしてしまう。
もし自分がこのまま太郎の求める実力を発揮出来ず、無様に負けてしまったらどうなるのか。太郎は失望するのではないか。太郎に価値の無い女だと思われるのか。ただ太郎を襲った事実だけが残るのか。
「そ、それはみ、認められ、きゃっ!!!」
今日一番のクリーンヒットがセシリアに当たり、強烈な衝撃で彼女の意識は一瞬曖昧になる。
その時セシリアの脳裏に太郎が自分を見限って他の誰かを求める幻がよぎる。
(駄目、駄目ですわ、だめだwじょれえどぇすわ)
ブルー・ティアーズのレーザービットが激しく、そして無茶苦茶な動きを見せる。四方八方にレーザーを放つ。ビットが狂ったように数秒暴れた後、突然その動きが止まる。
セシリアの体が小刻みに痙攣し始め、口元からはヨダレが垂れる。そして、カッと目を見開きこの世の物とは思えない叫びを上げた。
「メエエメメメメメメメメエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!」
セシリアの叫びは大気を震わせた。
太郎はセシリアから狂気じみたプレッシャーをビリビリと感じ、喜びに打ち震えた。
読んでいただきありがとうございます。
今月は色々あって投稿が少なくなりました。8月は多分問題ないと思います。
次の話はR18に近い内容になる予定ですが、まあ何とかこちらで大丈夫なように編集します。