セシリアが太郎の布団を盗んでから一夜明けて朝となり、彼女は目を覚ます。
昨夜はお楽しみだったので睡眠時間がかなり少なかったはずなのだが、セシリアに寝不足特有の気だるさなどは微塵もない。むしろ近年類を見ないほどの爽やかな目覚めだった。
「うーん、何だか今日は良い日になりそうですわ」
セシリアはベッドから起き上がり体を伸ばす。立ち込めた濃霧が全て吹き飛ばされ、澄み切った青空が広がったかのような清々しさである。昨日欲求を満たせたおかげでセシリアは正気を取り戻していた。もちろん昨日の出来事も覚えている。しかし、それがなんだというのか。貴族たる者、終わった〇ナニーは振り返らない。と、そこでルームメイトのベッドが空になっていることに気付く。
「あら彼女はこんなに早起きだったかしら?」
首を傾げながら、そう言えばそもそもルームメイトのことをあまり知らないと思い出す。これはいけない。貴族と言う者はただの制度によって存在しているのではない。その行動、在り様で貴き者であると示さなければならない。だから生活を共にする者について今まで無関心であった自分をセシリアは恥じる。これからはルームメイトともっとちゃんと向き合おう、そう心に誓う。
しかし、当のルームメイトであるアリシアはイカれた〇ナ●ー狂いのセシリアから一分一秒でも早く離れたくて部屋を出たのだが、それをセシリアが知る事はない。哀れセシリア、(正気に)目覚めるのが遅すぎたのだ。
そんな事とは露知らず、セシリアは身だしなみを整えて学食に向かった。
◇◇◇
セシリアが学食に到着すると、いつも騒がしいそこがいつも以上にざわついていた。
女三人寄れば
セシリアは不思議に思いつつも淑女然とした落ち着きを見せて、騒ぎを気にせず食券を買い料理と飲み物を受け取って空いている席に着いた。
飲み物はもちろん紅茶だ。学食には自分が愛飲している銘柄と同じ物が無いので、普段は私物を持ち込んでいるのだが、今日は気分が良いので物は試しと学食の物を頼んだ。カップが安物なのはこの際気にしない。
セシリアはカップを口へ運ぶ。匂いは及第点、口に含み飲む。少し苦みが強いが後味はスッキリしており悪くない。
セシリアが紅茶を楽しんでいると鈴がセシリアのもとに駆け寄って来た。
「あっセシリア。おはよっ、ねえねえ」
「おはようございます。もう少し落ち着いて下さい。貴方もわたくしと同じ専用機持ちでしょう」
落ち着きの無い鈴にセシリアは他の生徒の見本として振る舞うように、などと説教を始めようとした。しかし、鈴は取り合わずセシリアに新聞を突き出す。
「はいはい、そんなのは良いから。これ見てよ」
「はあ……新聞がなんだというんです?」
その新聞は大手新聞社の物ではなかった。それどころか一般に流通している物でもなかった。鈴がセシリアに見せた新聞は、IS学園の新聞部が発行してい学校新聞、もとい学園新聞であった。しかし、学園新聞と侮るなかれ、パッと見ではコンビニで見かけるスポーツ新聞と区別が付かない出来である。
セシリアは紅茶を飲みながら鈴から学園新聞を受け取り一面に目を通す。ひと際大きく書かれたトップ記事の見出しは────────────
【一年一組クラス代表、男狂いのアマゾネスに襲われる!?】
「ブホォッ、ゲホッゲホッ」
「ちょっ、セシリアっ!? なにやってのよ」
セシリアは口に含んでいた紅茶を吹き出してせき込む。鈴の抗議の声に構っている余裕などセシリアには無い。記事の内容を読み進めていく。誇りある英国貴族として、男狂いのアマゾネス扱いは受け入れがたい。
【☆日午前一時十五分頃、IS学園学生寮にて一年一組クラス代表山田太郎さんが襲撃された。部屋に忍び込んだ犯人に気づいた山田さんが取り押さえようとしたが、犯人は激しく抵抗。山田さんに怪我を負わせて逃走した。山田さんは股間付近に軽傷を負ったものの、幸い男性機能に問題はないとのこと】
緊張しながら記事を読んでいたセシリアは、記事の内容が思ったより普通だったのと、太郎の怪我が軽傷だったことを知って一安心した。
昨日、というか日付的には今日の出来事だが、あの時の事は覚えている。ただの足止めだったとはいえ、太郎を攻撃してしまったのは事実だ。太郎なら大丈夫だろうという信頼感から気にしていなかったが、正気に戻って改めて考えれば、とんでもない事である。
少し落ち着きを取り戻したセシリアは、優雅に紅茶を飲みながら記事の続きを読む。
【犯人は布団を頭から被っており、顔や体格などの特徴は不明。しかし、襲われたのが男性である山田さんであり、あえて股間に攻撃を加えたことからも、犯人は性的な目的だったと思われる。ここからは一年生の寮長を務める織斑教員へのインタビュー】
【男が入学してからの騒ぎを見ていて、いつかこういう馬鹿が現れるかもしれんと思っていたが、本当に出るとはな。寮長としても教師としても頭が痛い。犯人にもこの痛みを分けてやらねばな。物理的に】
【織斑教員は指の関節を鳴らしながら、威厳に満ちた低い声で記者に語った。】
セシリアの持っているティーカップがカタカタと音を立てる。記事を読むだけで静かに怒る千冬の姿が容易に想像出来、ただそれだけで体が勝手に震え出す。
そんなセシリアの耳に近くの席で談笑する生徒の声が入って来る。それは当然のごとく、今回の事件についての話だった。
「聞いたー? 男、あっ、山田さんの方ね。襲われたらしいよ」
「知ってる知ってる。ヤバいよね。どんだけ男に飢えてんだって」
「飢えてても襲う? 普通ちょっと激しめにアピるくらいでしょ」
「ホントないわー、ないない。頭おかしいよね」
「堕とす自信ないんじゃない」
「それあるかも~。に、しても襲ってどうすんの」
「既成事実狙い?」
「いやいや頭おかしい奴だから、単にしたかっただけなんじゃない?」
「えぇ~したかったってぇ?」
「純粋ぶってんなよ。入れて欲しかったんだろう」
「口でチューチューかもよ」
「ちょっ、朝から止めてよ、もう」
「学園記事に書いてたけど、男狂いのアマゾネスだから吸い尽くすんじゃない?」
「こええ、アマゾネスこええ」
「引くわー」
「同じ女としてこの学園から消えて欲しい」
「むしろこの国から消えて欲しい」
「もうこの世から消えて欲ちぃ」
もうボロクソ。人呼んでチン●狂いのアマゾネス、セシリアは頭を抱えたい気分だった。常軌を逸した状態のセシリアなら気にもしなかっただろう。しかし、今のセシリアは正気である。正気だからこそ聞こえてくる声の内容にダメージを受ける。セシリア自身、もし自分が第三者でこの事件を知れば、彼女達と同じような感想を持っていただろう。
セシリアは現実に打ちのめされそうになっていたが、ある一点でなんとか踏み止まっていた。それはまだ自分が犯人だとバレていないという点だ。
(バレないファールはファールではありませんわ)
フットボールでも審判に笛を吹かれなければ問題ではない、とセシリアは自分を勇気づけた。
「セシリア大丈夫? 顔色がすっごく悪いわよ」
「え、ええ。問題ありませんわ。それにしても酷い人間がいたものですね」
鈴が様子のおかしいセシリアを気遣うが、セシリアは心中冷や汗をかきながら誤魔化そうと必死だった。
鈴は何も気づかずセシリアに同意する。
「ホント、とんでもない奴ね。でも、あの太郎さんから逃げ切るなんてかなりヤるわよ」
「フ、フフ、フ、そ、そうですね」
セシリアは声まで震え出す始末だが、幸い鈴に気にした様子は無い。そんなこんなで、とりあえずセシリアはその場を乗り切った。
読んでいただきありがとうございます。
セシリアの攻撃が股間付近に当たったのは、たまたまです。股間付近なだけに。
千冬にアイアンクローされると、頭がい骨の形が歪みそう。