ゆーちゃんとろーちゃんのギャップが可愛すぎて書きました。某番組風なタイトルで書き始めて、某サイトに行ったらほぼ同じタグがついてておったまげました。真似じゃないんです、それっぽく書いてたんです!!!

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ゆーは何しに日本へ?

 

 テトラポッドに打ちつける波の音が耳の奥にある鼓膜を優しく叩く。鼻孔の奥とツンと突く潮の香りは、故郷のそれと似てはいるがやはり違う。すんすんと吸いこみ、ああやっぱりここは故郷じゃないと堤防から足を出す形で座っている艦娘、U-511。通称「ゆー」は溜め息を吐いた。

 

 生まれはドイツの工廠。長い事思考が繰り返され、ついに建造されたUボートの彼女はテストの後、最も重要とされる日本の南部某所鎮守府の潜水艦隊へと派遣が決定。迎えに来たのは派遣先に所属する先輩艦娘である伊8。そんな彼女と共にこの地にやって来てそろそろ一カ月が経過しようとして居た。

 

 郷に入っては郷に従え。そんな気持ちでやって来たはいいが、何と言うか色々と自分の故郷とは勝手が違って戸惑うことが多かった。特に不満は無い。みんな自分の事をよくしてくれている。しかし、それでも体がなかなか馴染んでくれず、U-511はどうも疲れる毎日を送っていた。表情があまり表に出ない事もあってか、度々他の艦娘には気を悪くしたと思われてしまっているらしい。決してそんなことは無いのだが、そう言う面も相まって彼女は自分の気持ちが日に日に沈んでいく気がした。

 

「……潜水艦だけに、気持ちも沈む……なんちゃって」

 

 と、日本で言う「ダジャレ」と言う物を言ってみた。はて、これは「ダジャレ」になるのだろうか。そう言えば独り言も多くなった気がするとたったいま思いついた。

 

 そんな日々を送って行くうちに、鎮守府の外れにある桟橋に来るのが日課になってしまっていた。何も無い時はこうしてひたすら呆けて、海の向こうの大陸のそのまた向こうにあるであるドイツを思い出す。日本はご飯もおいしい。畳はいい香りがする。娯楽だって多い。でも、体に染みついた故郷への想いを超える物が無かった。ずっとここに居たい、そう思える物が無かった。

 

「……ゆーは、ここでやっていけるのでしょうか」

「そう思っている内は、いつまでも前に進めないよ」

「ひゃっ……!?」

 

 と、突然後ろから声がしてゆーは跳ね上がるように立ち上がりながら後ろを振り返る。目の前には、ピンク色のショートカット。その生え際から伸びるアホ毛はくるりと輪の様な形を作り、さながら天使の輪を思い浮かべる。桜の髪留めがきらりと光り、彼女の美しい髪の毛を際立たせた。

 ここまで見れば素晴らしい美少女である。が、問題はその服。上半身はセーラー服を着ていて、まだここまでなら分かる。しかし下半身はスカートを履くことは無く、代わりに中に着こんでいる旧型のスクール水着から伸びる太ももが露わになっている。一般人が見ればみっともないと言うだろうが、彼女は基本的に鎮守府内でも任務中でもこの格好で行動し、そして何よりこれが自分の身を守る艤装なのだからとやかく言われる筋合いはない。加えて提督はこの格好がドストライクなので、誰も咎めることはしなかった。

 

 彼女は巡潜乙型改二3番艦、伊58。通称ゴーヤである。

 

「伊……58、さん」

「ゴーヤって呼んでいいのに。もー、また一人でこんな所に居る。ゆーはいつもここに居るでちね。みんなと一緒に居た方が楽しいのに」

「そう……思う……でも、ゆーには何か……苦しい」

「ふーん。隣、いい?」

「え……っと」

 

 少し戸惑うゆーではあったが、ゴーヤは有無を言わさず彼女の隣に座り、同じように水平線の向こうを見つめる。どうしようかと戸惑うが、ゴーヤが振り向いて無言で「座りなよ」と言っているのを察しておどおどしながらも、人一人分の感覚を開けて座った。

 

「ゆーは日本に来てよかったって思ったことは無い?」

「え……」

「何かないでち?」

「えっと……ご飯が、美味しい。お米、すっごく美味しい」

「それはよかったでち。ここだとご飯は大鯨が作ってくれるんだよ」

「あ……潜水艦母艦の……」

 

 と、ゆーは厨房に立っている鯨のアップリケが縫い付けられたエプロンを着ている彼女を思い出す。美人で料理が出来てなおかつスタイル抜群。ジャパニーズ艦娘はすごい発育だと思った。尚自分は絶壁である。どこがとは言わないが。

 ちらり、とゴーヤの胸元を見て見る。そこそこに膨らんでいるその胸元は、自分よりも間違いなく山と谷の区別がついていた。自分はほぼ関東平野だ。

 

「今日のおかずはゴーヤチャンプルーだよ。ビールに合うからゆーが喜ぶかもって言ってたでち」

「ご、……ごーや……? あなた、食べられちゃうの?」

 

 え? と、ゴーヤは疑問に思いながらU-511の方を見ると、白い肌が文字通り真っ青になり、ガタガタと震えていた。自分は何かそんなに恐ろしい発言をしたのだろうかと思いかえすが、そう言えばゆーはゴーヤ(食品)の方を知らないのではないだろうかと思いつき、修正を加える。

 

「あ、ゴーヤって言っても私じゃないよ。食べ物にゴーヤって言うのがあって、その炒め物」

「そ、そうなの……」

「てーとくにはいつも『おかず』って言われるんだ~。だからいつも言いかえすの、おかずじゃないって」

 

 ふらふらと足を動かし、ゴーヤはごろんとその場に寝そべった。ゆーはそれをやや怪訝そうな顔で見つめる。

 

「お行儀……悪いよ?」

「そんなこと気にしたって仕方が無いよ。ほら、海じゃなくてたまには空を見るのもいいよ?」

 

 と言われて、U-511は一瞬どうしようかと目を泳がせるが。日差しを浴びて心地よさそうにして居るゴーヤを見て、恐る恐る転がってみる。太陽がやや眩しく、目を開くのに少し時間が掛ったが、ゆっくりと鳴らしていけば、その先にはこれでもかと真っ青な空が広がっていた。自分の頭上は雲ひとつない晴天だったとたった今気がつき、何か心にたまったガスが抜ける感じがした。

 

「綺麗……」

「でしょ? 海も大好きだけど、私は海にずっと潜って浮上する時に見る空も大好きなの。海の中は暗くて深くて、でもたくさんの生き物たちがそこで生きようとして居て、ここは色々な命がある。私もその一部だって思うと、とても嬉しい気がする。でもね、そんな海の中から離れて海の上に上がると、空が待ってるんだ。その時、『ただいま』って言ってくれる気がしてそれが好きなんでち。ゆーは海好き?」

「私……?」

 

 と聞かれて、U-511はどうだろうかと問いかけて見る。そう言えばそう言うのを意識したことは無かった。ただ任務で潜って、浮上して、帰還する。そんなのばかりだから彼女は海が好きかどうかわからなかった。

 

「……嫌いじゃ、ない。でも好きかどうかわからない」

「ならそれで十分でち!」

 

 と、ゴーヤは足を振り上げ、地面に下ろした勢いで立ち上がると大きく伸びをする。そんなゴーヤを、U-511は不思議そうに見つめる。自分の視線に気づき、オリョールの女神と呼ばれた伊58号潜水艦は笑みを向けた。

 

「おいで! 一緒に潜ろうよ!」

「えっ……でも……」

「つべこべ言わない、ほら早く早く!」

「あっ……」

 

 と、ゴーヤはU-511を無理矢理起こすと、手を引っ張って防波堤の端まで連れていく。ゆーはただされるがままに連れて行かれ、本当に潜るのだろうかとやや不安になるが、そんな彼女の気持ちを察したのか、ゴーヤは「大丈夫だよ!」と言った。なぜかは知らない。ただ、その一言で心が軽くなった気がした。

 

「せっかくだから思い切りダイブするでち」

「え、ここから……?」

 

 うん! そう言うゴーヤではあるが、堤防の高さは軽く二、三メートルほどありそうで、飛びこむにはやや勇気のいる高さだった。だが、ゴーヤは全くそんな事を気にせずに数歩後ろに下がると、声を上げた。

 

「ゴーヤ、潜りまーす!」

 

 スタートダッシュ。徐々に加速して次の瞬間堤防からジャンプ。ゴーヤの体が数十センチほど上昇し、しかし一秒も掛らないうちに降下を開始し、U-511の視界から消える。思わず身を乗り出して追いかけると、次の瞬間には派手な水しぶきが上がってゆーの顔に降り注いだ。

 

 しばしの間、海面には波紋が広がり、しかし堤防に打ちつける波がそれをあっという間にかき消す。その頃になってゴーヤが浮上してU-511に向かって手を振った。

 

「ほらー! ゆーも入っちゃいなよー!」

「で、でも……ちょっと、恐い……」

「ここはそんなに浅くないからぶつからないし、私もいるから大丈夫だよ!」

「うぅ……」

 

 そう言うゴーヤであったが、U-511にはなかなかハードルが高いものだった。ごくりと息を呑み、取りあえず立ち上がって海を覗きこむ。ここまで来たからには、やるしかないだろうか。郷に入っては郷に従え。その意気込みで来たのだ。ゆーはついに決意した。

 

「じゃ、じゃあ……行きます……けどちょっと怖いから、ここからで……」

「大丈夫だよ! 深呼吸して、一気に飛び込むでち!」

「うん……」

 

 言われた通り深呼吸。一応軽く屈伸と腕のストレッチをして、もう一度下を見る。ゴーヤがじっと見つめてる。その顔は笑顔。大丈夫だ、恐くない。

 

 空を見上げ、水平線を見上げ、風を全身に受ける。色素の薄い彼女の髪の毛を、潮風が撫でた。

 

「ゆー、行きます……フォイヤッ!」

 

 足を曲げ、筋肉を収縮。そして力を込めた足をばねのように伸ばし、精一杯体を前へ押しだす。潜るまで目を閉じて用と思っていたが、無意識のうちに目を開き、まず最初に空が目に入った。一瞬のはずなのに、やたらと鮮明に、スローモーションのように世界が動く。

 

(あれ……空がさっきより……広い?)

 

 何でだろう、もっと見ないと分からない。そう思うが、体が重力にひっぱられて続いて水平線が目に入る。そこでもやっぱり世界の動きはゆっくりで、不意にあの向こうに故郷があると察した。水平線の手前には小島が見えて、あそこには誰か……いや、どんな生き物がいるのだろうと考えた直後、海面が目に入り、はっとして再び目を閉じた。

 

 ざぶん! 耳を包む水の感触。ゴボゴボと自分を巻き込んで海面に飛び込んだ酸素が泡となって海面へと舞い戻る。ゆーは恐る恐る目を開く。武装は無いが艤装は付けているため、海中でも目を開ける事が出来る。目に入ったのはうっすらと見える海底。そしてのんびりと泳ぐ魚。体を回して海面に向けると、潜って追いかけて来たゴーヤがピースサインを作っていた。

 

「やればできるでちね!」

「う、うん……ちょっとだけ、こわかった。けど……」

 

 恐かったが、嫌ではない。何か、こう……その恐さを求めてもう一度やりたいような、そんな感じである。ああそうか。これがスリルを求めていると言う事なのだろう。ゆーは、無意識に笑みを浮かべていた。

 

「やっと笑ったでち」

「え?」

「ゆーの笑ってる所、見なかったからさ。ゴーヤはそれが見れて安心したでち」

「そう、かな……ゆーが笑うと、嬉しいの?」

「当たり前でち。潜水艦隊旗艦、伊58は旗艦である以上、仲間の事もしっかり見るのが仕事でち。ゆーがドイツだのオランダから来たかはどうでもいいの。大事な仲間なんだからこれくらいは当たり前なの」

 

 つん、とゴーヤはゆーの額を突くと、悪戯っぽい笑みを浮かべて付いてくるように促す。

 

「おいで! お気に入りの場所、連れて行ってあげる!」

 

 言われるがまま、ゆーはゴーヤについていく。しばらく潜航を続け、やがて推進十メートルほどの海底に到着すると平らな砂地が現れる。その上をエビや貝が行き渡り、時折り巣穴を作ってる魚も見つけた。

 

 少しの間だけ泳ぎ続け、そして突然黒い影がゆーの目の前を横切り、小さく悲鳴を上げる。

 

「今の、なに……!?」

「大丈夫、私たちのお友達だよ」

「おとも……でち?」

「お友達! でちじゃないの! ほら、おいで!」

 

 ゴーヤが海中の奥深くに呼び掛けると、二つほどの影が近付いてきた。ゆーは目を凝らしてその正体を探るが、その正体は目視するでもなく理解することが出来た。耳を通り抜ける、特徴的な音波。これは恐らく超音波だろう。と言うことはさっき自分の目の前を横切り、こっちに向かってくる陰の正体は自ずと分かってくる。

 

「イルカ……さん?」

「そう! ゴーヤ達のお友達!」

 

 近付いてきたイルカは二人の真上を優雅に泳ぐと、くるりと捻ってゆっくりとゴーヤに近付く。人懐っこく顔を差し出すと、ゴーヤはそっとその頭を撫でてやる。もう一匹が興味津々にゆーの顔を覗きこむ。

 

「この子たちは私たちが任務から帰った時に、海に打ち上げられて傷ついていたんだよ。たぶん深海棲艦に攻撃されて、どうにか逃げ込んだんでちね。それで私やイムヤ、イクにはっちゃん達みんなで怪我を治してあげたんだ。そしたらこの辺りにすっかり住みついちゃった。だからこうして時々遊びに来るの」

 

 ゴーヤの言葉を理解しているかのように、撫でられていた一匹が二人の周りをくるりと一回転し、ゆーを覗きこんでいた一匹がこつんと撫でて欲しそうに嘴をぶつける。どうしたらいいのか目でゴーヤに助けを求めるが、彼女は何も言わずに撫でるようジェスチャーを送り、そうするしかないのかと恐る恐る頭に触れてみた。

 

「やわらかい……」

 

 おっかなびっくりな手の動きだったが、何かつぼにはまったのか次第に嘴、頭の後ろ、ヒレと色々触ってみる。イルカも何ら嫌がることなくされるがままになり、最終的にはお腹を向けてリラックスしていた。それを見てもう一匹もゆーに近づいておねだりをする。

 

「ふふ、二匹ともゆーの事が気に入ったみたいでち。よかったね」

「……うん。二匹とも、可愛い」

 

 すっかり骨抜きにされてリラックスしていた二匹は、体を捻って元の体制に戻ると、海面に向けて泳ぎだす。帰っちゃうの? そう思うゆーだったが、ゴーヤが手を引いて引っ張り上げる。帰る訳ではなさそうだ。そのまま二人一緒に急速浮上。海面に顔を出すと、空が出迎えてくれた。

 

(あ……空……)

 

 そう思った直後、ゆーの真上をさっきのいる形が見事なジャンプを披露し、空を舞った。その姿にゆーの心が大きく揺れ動く。ああ、そうだ。これはとても美しい物なんだ。綺麗な弧を描きながらイルカたちは着水し、再び二人の前に寄って来て撫でてやる。

 

「この二匹の歓迎のあいさつだよ。ようこそ、よろしくねって」

 

 ちらり、とゴーヤの横顔を見つめる。愛おしそうにイルカを撫でるその彼女の横顔は、確かに女神の様だとゆーは素直に思った。

 

「……その、えっと……伊58さん」

「ゴーヤでいいのに。なーに?」

 

 顔を覗きこむゴーヤ。少し恥ずかしく思い、ゆーは消え入りそうな声で言った。

 

「……Danke.」

「……ふふふ、どういたしまして」

 

 

 

 

 その日を境に、U-511は少しだけ鎮守府に溶け込むことが出来た。まだ人当たりについては改善の余地ありだったが、ゴーヤをはじめとする他の潜水艦娘と話すようになり、笑みも増えて来た。それを見て提督も一安心し、ゴーヤの頭を盛大に撫でてやった。が、本人いわくくしゃくしゃにされて不満だったらしい。そんな風にぶーぶー言うゴーヤを、ゆーはクスクスと笑って見ていた。

 

 そんな日本に馴染み始めてまた一月が経過しようとした時だった。いつものようにゆーの訓練を兼ねた鎮守府哨戒任務に出た時である。編成も変わらずゴーヤが旗艦。伊号メンバーにとってはもはや日常で、ゆーでさえもこれが日常になろうとして居た。

 

「毎日同じコースだと、退屈なのねー」

 

 と、ゴーヤの後ろを航行していた伊19ことイクがぼやいた。普通は哨戒任務と言っても、いつも同じ場所を通る訳ではない。複数個所のルートが選定され、日替わりで他の部隊と交代で警戒に当たる。しかし、最近地域住人の目撃情報から、今伊58たちが航行している哨戒ルート近辺に深海棲艦の影を見た、と言う報告が上がったのだ。そのため、隠密性に長けた潜水艦隊をこの海域に派遣し、あわよくば敵の艦隊を捕捉、潜航して追跡し、動きを探りたいと言うのが提督の意思だった。

 

「そんなこと言わないの。立派な任務だからちゃんと敵探してよね」

「ぶー。イムヤは堅物なのね」

 

 とは言いつつも、イクは潜望鏡を覗きこんで周囲をしっかりと確認する。ゴーヤも前方に目を凝らし、敵潜水艦が居ないかどうかを探る。続く四名も、各々の方向を見回して警戒を続けた。

 

 ゆーはふと、自分のいる位置を確認する。ここから真っ直ぐ鎮守府の方へと向かうと、ちょうどゴーヤが案内してくれたイルカたちと遊んだ場所へと続く。あの後も時々遊んだが、最近こんな風に警戒が続いているからたっぷり遊べてない。寂しがっていないだろうかと頭の片隅で思う。

 

 と、その時だった。潜望鏡を覗いていたイクの目つきが変わり、そして緊迫した声が響いた。

 

「敵艦発見! 駆逐艦イ級二隻、軽巡ホ級が二隻、雷純チ級が一隻なのね!」

「これは……偵察部隊ですね。私たちの鎮守府を探りに来たのかしら」

「こちら伊58。全艦隊に告ぐでち」

 

 ビリリと、空気が張り詰める感覚。ゆーはこの瞬間を目の当たりにするといつも驚かされる。いつもはかなり自由なメンバーなのだが、旗艦であるゴーヤのこの声で全員の空気、そして目つきが変わる。その目はまさにスナイパーであった。そして、その眼光に似合う申し分のない正確な雷撃。駆逐軽巡の爆雷を回避し、確実に魚雷を直撃させて轟沈させる彼女たちは、間違いなくこの鎮守府切っての最強隠密部隊だと言えた。

 

「敵艦発見の際は、敵艦隊を追尾。上手いこと誤魔化して敵本体を探しあてられたらご褒美がもらえるでち。全艦追跡……」

「待って!」

 

 と、ゴーヤの言葉をイムヤが遮った。一体何事だと全員が彼女を見るが、潜望鏡を覗いてるイムヤは続けざまに緊迫した声を張り上げた。

 

「敵艦からの発砲を確認! 何かを攻撃しているわ!」

「こっちでも確認したのね。でもこんな所で何を?」

「ゆー、鎮守府に打電でち。近くを航行している船舶、艦娘が居ないかモールスで飛ばして」

「は、はい……!」

 

 ゆーはすぐさまモールス信号を送信。「我、敵艦ヲ確認ス。様子ヲ伺イ、必要ナラバ迎撃ス」。

 

「打電……しました!」

「おっけー。イク、イムヤ。敵は何を攻撃してるか分かる?」

「待つのね……うーんと、何か素早く動くものを撃ってるみたいなの。でもこの近くに一般船舶や艦娘が居るなんて情報は無いのね」

「うーん、確かに。なんか海中に向けて撃ってるようにも見えるわね」

 

 イムヤはズームして敵艦隊が攻撃する正体を探る。倍率を最大にしてずれたピントを微調整する。と、終点が定まった所で敵艦隊の向こうを、何かが時折りジャンプしているのが見えた。あれは、まさか?

 

「あれって……私たちと遊んでるイルカさんじゃないの!」

「こっちでも確認したの! あいつらイルカさんに向けて撃ってるのね!」

「そんな……なんでわざわざイルカを……?」

「たぶん……ゴーヤ達のためでち」

 

 伊8の疑問に、ゴーヤが答える。恐らく、目の届かぬうちに近付いてきた深海棲艦を察知したイルカたちは、自分たちに危害を加えた存在が再び近づいて来ていると察し、そしてゴーヤ達が危ないと感じてわざと注意をひきつれているのだと推測行った。海中を高速で泳ぎ、時折り高いジャンプも披露して再び潜るイルカを砲撃で撃ち抜くには難しい事この上ないだろう。だが、放っておく事なんて出来る訳が無い。その感情は、ゆーが勝手に隊列から離れて最大戦速で敵艦隊へ向かい魚雷発射管を構えるくらいに激しかった。

 

「ま、待ちなさいゆー! 一人じゃ無謀よ!」

 

 イムヤの声は届かない。ゆーはあの時一緒に遊んでくれたイルカたちがこんな危険な目に遭っているのが許せなかった。全力で海中を進む自分の体が自分の物じゃないような気がする。言葉で見れば不安を感じるだろう。しかし、逆に今の彼女はこの方がいつもよりも軽い気がしていた。

 

 魚雷発射艦注水開始。目標、雷巡チ級。恐らく奴が旗艦と踏んだ。注水完了。敵進路予測完了。全門発射。

 

「フォイヤッ!!」

 

 腰サイドに装着された本家U-511の艦首を模した艤装から六発の魚雷が敵艦隊に向けて発射される。帯状に広がったそれは見事敵進路上に突っ込み、雷巡チ級、駆逐イ級の目の前で爆発した。

 

(潜望鏡、展開。敵は……)

 

 敵の損耗具合を確認する。目標雷巡チ級は轟沈とまではいかなかったが、主砲が半壊しているのを確認した。恐らく、中破レベル。行ける!

 

 敵艦隊がこちらに気づく。ぎらり、と深海棲艦が持つ光る眼がこちらを睨む。完全に目視された訳ではないが、それでもゆーは今自分が敵と対峙していると強く実感する。敵は対潜水艦戦闘に長けている駆逐と軽巡。集中砲火を受けたらただでは済まない。が、

 

(そんなの……関係ない!)

 

 急速浮上。U-511は海面から飛びあがり、一時的に空中を浮遊すると着水して海上航行へと移行する。潜水艦にあるまじき行為。しかし、今の目的は敵の目をこちらに向ける事である。

 

「U-511……行きます!」

 

 海面滑走。敵が完全を完全に目視し、砲撃を開始する。派手な水しぶきがU-511の体を濡らす。それを紙一重で回避し、ゆーの頬を冷や汗が伝う。体が強張っている。だが今こんなとこで止まる訳にはいかない。

 

 精一杯酸素を取り込み、再び潜航。砲弾が頭上を通過する。あと一瞬潜航が遅れたら直撃したに違いない。体が完全に海中へと沈み機関停止、並びに逆回転。急減速して進路を変え、動きを読ませないようにする。魚雷再装填、注水開始。二射目の体制を整える。

 

―ポーン……ポーン……―

 

(ソナー音……!)

 

 しかも、音波を反響させてより正確に自分を見つけ出すアクティブソナーだ。息を潜めても、見つかってしまう。ゆーは可能な限り体を固め、探知されないように備える。だが、ゆーは致命的なミスを犯した。

 

 海中に何かが投下される音。ゆーははっとして上を見上げる。間違いない。あれは、爆雷だ。

 

(どうして!?)

 

 ゆーは気付いていなかったが、彼女は開始した魚雷の注水を止めていなかったのだ。その注水音がアクティブと共に発せられたパッシブソナーに引っ掛かり、探知されたのだ。

 

 回避しようと体を捻る。だが、敵艦隊六隻全てがU-511の居る場所めがけてありったけの爆雷を一斉投射したのだ。それは完全にU-511の退避するための道を潰した。

 

(避けられない!!)

 

 背中が冷たくなる。とっさに艦首艤装を盾にして体を守った直後、信管が作動して一発目が起爆する。それに誘爆されて二発目、三発目と次々に誘爆し、U-511の体を爆風で包み込んだ。

 

「きゃあぁ!!」

 

 一発目、二発目はどうにか凌いだ。だが、三発目と五発目が運悪く至近距離で起爆し、艤装の装甲を引きちぎる。海中を金属がこすれ合う嫌な音と、蓄えていた酸素が海上に逃げていく音が響く。その音を聞いた瞬間、ゆーの体を轟沈の恐怖が舐めまわした。

 

(沈んじゃう……浸水がっ……浮上、しなきゃ!)

 

 海水が入り込んで使い物にならなくなった左艤装をパージ。損傷はしたがまだ機能している右艤装の排水開始、緊急浮上。攻撃は止んでいて、もしかしたら轟沈したと誤魔化せたかもしれない。ゆーは海上に浮上し、盛大に酸素を取り込んだ。

 

「っ!!」

 

 そして、その目の前にホ級の主砲が寸分の狂いもなくU-511を捉えていた。先ほどの損傷で漏れた酸素が海面に浮上する地点に照準を合わせて待ちかまえていたのだ。

 

 砲身が太陽の反射で光る。ゆーは今度こそ体が固まって動かなくなった。彼女の脳裏に、今まで自分が過ごしてきた短い人生がリピートされる。ああ、これと言って思い出が無い。惜しむような思い出がこれと言って見当たらない。思えば自分が生まれたのは深海棲艦に攻撃され、辛くも母が乗り込むことが出来た救命ボートの上だった。その母も、自分を生かす為に着る物全てを自分に着せて寒さで力尽きた。父は軍艦乗りで、深海棲艦討伐の艦隊に乗り込んで消息不明。その後は父の知り合いだと言う人の世話で生きて来た。

 身寄りのない自分は、誰かの温かさと言う物が良く分からなかった。関わってくる人たちは、自分のためにいい事をしているのだとは理解できた。だが、それが自分にとって温かいものかどうかは分からない。そうやって表情が上手く出せなくなっていた。このせいで損したこともいっぱいあるし、友達と言える友達もいない。本当に、惜しむことが無い気がして来た。

 

だが次の瞬間だった。日本に来た思い出に刺しかかった所で、U-511ははっとした。あるじゃないか。惜しむことが。まだ、自分には残っている物がある。ゆーの固まっていたからだが、思い出したかのように制御を取り戻した。その時。

 

「全速後退、早く!」

 

 誰かが後ろから叫んだ。ゆーは主機のタービンを全力回転させて後退する。直後、真上の太陽の中から六機の機影が現れる。敵? いや、違う。あのシルエットは、日本の水上爆撃機だ。

 

 真上から六機の瑞雲が急降下で敵艦隊に突っ込み、懸架された爆弾を切り離すと急上昇。投下された爆弾が艦隊に襲いかかり、大きな水柱を上げる。命中確認、駆逐イ級が炎上し、刹那に爆発。大きく艦体を傾けて沈んでいく。補完爆弾も至近距離で爆発し、その他艦にも損傷を与える。対空砲火がやや遅れて巻き上がる。だがもう遅い。瑞雲の編隊は一旦離脱し、U-511の真上をフライパスする。

 

「日本の……水上爆撃機……」

「ゆー!」

 

 声のした方に顔を向ける。浮上したゴーヤが曳航用のロープを抱えて、そして恐ろしい形相で近付いて来ていた。いつも太陽の様な笑顔を見せる彼女が、こんなにも恐ろしい表情を作れるなんて全く思っていなかった。ゆーは恐らく、人生で数える程度にしか感じたことのない恐怖を存分に味わった。

 

「このバカ! 一人で敵水雷戦隊に突っ込んで浮上する潜水艦なんて聞いたことないでち!」

「ご……ごめんなさい……」

「たまたま今日は私たちが瑞雲を乗せてたからよかったものの、無かったら間に合わなかったんだよ! あーもう、艤装もボロボロ……大丈夫? 缶はまだ動く?」

「は、はい……航行は、可能です……」

「ざっと中破ってとこでちね。航行が出来るならゴーヤについて来て。いいね?」

「はい……」

 

 と、二人の周りで水柱が上がり、敵が体制を立て直して砲撃を再開している事に気がつく。狙いは無茶苦茶だが、次第に制度が上がってくる。

 

「に、逃げなきゃ……早く!」

 

 ゆーは早く逃げようと促し、ゴーヤの顔を見る。だが、彼女の表情はいたって冷静そのもので、むしろ余裕すら感じる。敵の本団がゴーヤの真後ろに着弾した次の瞬間、ゴーヤはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「残念でした」

「えっ……?」

 

 直後、砲身を構えた生き残った駆逐イ級の下の海面が、まるで火山が噴火したかのように盛り上がり、今までにない巨大な水柱を上げる。それに混じり、イ級の破片が散らばる。

 

「な、なに……?」

「成功でち」

 

 してやったりな表情を作るゴーヤ。そしてゆーは他の仲間たちがどこに行ったのかようやく疑問に思う事が出来た。それによりゴーヤのこの余裕にも、ようやく納得がいく。

 

「イムヤ、ナイスでち」

「密かに近付いて、確実に仕留めるのが私よ。これくらい当然だわ」

「じゃあ、次はイクの番なの~!」

 

 と、一体どこから攻撃が来たか分からず、混乱している残りの敵艦が慌てて離脱行動に入ろうとする。だが、海底近くで配置につき、息を潜めていた伊19はその動きを待っていた。

 

「ふふふ、どこに行くの? そっちに行くのは、狙ってくれって言ってるよう様なものなの!」

 

 離脱雷巡チ級は、自分の真下に何か小さな影が通り過ぎるのを見た。それで自分の動きが完全にミスだったと察したが、もう遅い。

 

 着弾。間欠泉の様な水柱が上がり、チ級の武装がほぼ完全に死ぬ。それでもまだ浮いていられるのが奇跡なくらいだった。だが、二発目がその後ろに居たホ級のどて腹に風穴を開け、粉々に吹き飛ばす。ついに最後のホ級が慌てたように隊列から離れ、一人離脱していく。ゆーはこのまま逃がすのだろうかとゴーヤをちらりと見るが、彼女にそんな気は毛頭なかったとすぐに知ることになる。

 

 ホ級が旋回した瑞雲の機銃掃射を受けて動きが鈍る。その瞬間、海面から一冊の本が飛び出す。なぜここに本が? いや、あの本は見たことがある。あれは、伊8が持ち歩いている物だ。

 

 海面に放り投げられた本は、まるで誰かがページをめくるかのように開き、そしてその中から魚雷が飛び出した。

 一旦空中を舞うそれは、発射の勢いを利用して数秒ほど空を飛び、海中にダイブ。ホ級はそれを見て進路上から退避する。だが、ホ級は知らない。伊8が持ってる本は、一冊ではないのだ。

 

「こう言う戦闘はあまり好きじゃないけど、仕方ない」

 

 ホ級が逃げたその真下、仕掛けられた本が反応し、海底からの垂直上昇魚雷が襲いかかる。着弾、今。轟音と水しぶきが巻き上がる。機関を粉砕されたホ級はそのままなすすべなく、海中へと没する。敵艦隊全滅。正確にはチ級がまだ大破状態だが、浸水が止まらずに徐々に沈んでいく。沈没も時間の問題だった。

 

「よし、敵艦隊壊滅。追跡して本体を探りたい所だったけど、今回は仕方ないかな~」

 

 ゴーヤはまあ納得の行った表情でうんうんと頷く。他の潜水艦たちが浮上して大きく手を振る。なんと、他の三人は敵艦隊を四方から囲む位置に居たのだ。一体いつの間に展開したのだろう。いや、これこそこの潜水艦隊の実力なのだ。今まで自分が見なかっただけの話である。

 

「はっちゃん聞こえる? イルカさんたちどう?」

「はい、二匹とも元気ですよ。お礼のジャンプが披露されました」

「あとでイルカさんが頑張ったご褒美あげないとでちね。だってさ、ゆー。もう大丈夫だよ」

「はい……ありが、とう……」

 

 ゆーは冷静になって、自分がいかに危険な行為をしたのか改めて理解した。あんなに感情が高ぶったのは初めてだった。まだ心臓の鼓動が激しい。たった十分にも満たないこの戦闘で、ゆーは怒りと、哀愁と、恐怖とを経験した。驚くほど激しい変化に、彼女自身がついて行けてなかった。その変化にですら、戸惑い、恐怖に似たものを感じる。

 ぎゅう、と心臓の上に張り付いた水着を掴む。手が少しばかり震えているのが分かった。ゴーヤがそれに気づき、そっと肩に手を置いてやる。

 

「恐かった?」

「えっ……」

「震えてるでち。すごく」

「……こわ、かった……です」

「そっか。私も怖かったけどね」

「え?」

 

 と、ゆーは顔を上げて、炎上する雷巡チ級を見つめる伊58を見る。彼女が怖かった? 自分よりも圧倒的な経験、そしてそれに見合う実力を持つ彼女が?

 

「もー、誰だって恐いって思うよ。私だって初めてオリョールに一人で放り込まれた時は大破で帰って来たし、偵察任務でレ級に遭遇した時は昼も夜も構わずぶちかましてくるし、あの時は生きた心地がしなかったよ。だから帰って来た時思い切り泣く事なんてしょっちゅうだった」

 

 と、ゴーヤは昔自分が初めての潜水艦としてこの鎮守府に着任した時を思い出しながら、ゆーの方へと振り向く。

 

「今だって、今日は無事に帰って来られるか、帰ったら鎮守府が敵の攻撃で無くなってるんじゃないか、そんな風に思ってたりもするよ。でも、そんなの自分が死んだら関係ないし、生きてれば何とかなるって思ってるから。でも、今日は」

 

 こつん、とゴーヤはゆーの額を指でつついた。あの時、堤防であった時のように。

 

「ゆーが沈まないかどうかって言う方が、不安だったけどね」

「…………ご、ごー……58、さん」

「もー。ゴーヤでいいって言ってるのに。堅物な子でちね」

 

 ふふ、と笑顔になるゴーヤ。ゆーの頭に手を置いて優しく撫でまわす。温かい。そしてすごく落ち着く。ゆーは、この瞬間ここに居て本当に良かったと初めて思う事が出来た。ここならきっと大丈夫。ここならやっていけると自信を持って言えると実感した。

 

「さ、かえろっか、てーとくに報告しないとね。あとゆーも早く治してもらうでち」

「あ、うん……りょうか……」

 

 と、ゆーは何気なくゴーヤの後ろを見た時、再び背筋が液体窒素を流しこまれたかのように冷たくなる。もはや沈黙したと思っていたチ級から、何かが投射されるのを見た。そして僅かに見えるその影、魚雷。ゆーは考えるよりも体が真っ先に動いた。

 

「危ない、でっちー!!」

「え!?」

 

 ゴーヤを突き飛ばし、一体何が起きたか分からない彼女の目の前でゆーの小さな体が爆発と水柱に消えていく。それを見たゴーヤも衝撃波で吹き飛び、海中へと投げ込まれる。

 

「あ、あいつ!!」

「よくもやってくれたのね!!」

 

 それを間近で見ていた三人の怒りに火がつき、残った魚雷全てをチ級に叩きつける。動くことのできないチ級はその攻撃を避けることにも、耐える事も出来ず、次の瞬間に体へ魚雷が次々と突き刺さり、文字通り木っ端微塵となって消えた。

 

「ゆー! ゆー!!」

 

 浮上したゴーヤは辺りを見回す。波は慌ただしいが落ち着きを取り戻しつつある。それよりも自分をかばったU-511の姿が見えないことに恐怖した。先ほど自分がいたであろう場所に、深海棲艦のものではない破片が転がっている。その中に、ゆーが頭に被っていた『511』と書かれた帽子が浮かんでいた。

 

 

 

 

 暗い。冷たい。体が痛い。体のどこかが痛いと言う訳ではなく、今自分の体そのものが痛みの象徴と言えるほどに、体が激痛に悲鳴を上げていた。おかげで指先もピクリと動かない。浸水している艤装をパージ

する力でさえも、今のU-511には無かった。

 

 水面の光が遠くなる。自分の目が開いてないのかそれとも暗いのかよく分からない。体が死んだかのようだ。だが、死にたくないまだ、死にたくない。

 

 死にたくないのに、体は楽になることを望んでる。痛みを忘れることを望んでる。忘れると言うことは、死を意味する。どうにか手を伸ばそうとする。左は動かない。右がかろうじて動いた。しかし僅かに持ち上がる程度で、海面には到底届かない。もう、打つ手なしだ。

 

(いや……なのに……まだ、生きていたい、のに……)

 

 艦の記憶が頭の中を流れていく。敵との戦いで沈むことなく、沈んでいった彼女の先祖。まだ戦えるのに、まだ動けるのに、やり残したことが、やりたい事をようやく見つけたのに残念ながら体は動きそうになかった。

 

 でも……最後に、ゴーヤを助けられてよかったと思うことはできた。この鎮守府の要でもある潜水艦隊旗艦なのだ。自分はそれを守ることが出来た。これは勲章物だろう。せめて、それが救いだった。

 

 と、視界が突然暗くなる。まだ水面に光る太陽は見えていたが、それが見えなくなる。ついに目を開く力でさえ無くなったのだろうか。いや、違う。ゆーは目の前に誰かいるのが見えた。陰になっていて何か分からない。ぼんやりと、頭の上に天使の輪の様な影だけが見える。ああ、天国からのお迎えだ。ゆーはそれを見て力なく呟いた。

 

「お……かあ……さ……」

 

 

 

 

 ゆーが目を覚ますと、薬品の匂いが鼻を突き、窓から差し込む太陽の光が眩しくて上手く目が開けなかった。時間を掛けてゆっくりと瞼を開き、焦点をゆっくり合わせる。白い天井、真っ白な布団。どこかの医療関係施設。だと理解できた。

 

「ゆー!」

 

 声がして、ゆーはその主を探る為に首を少しだけ曲げる。視界の中に、ピンクの髪の毛。ああ、ゴーヤだとすぐに分かった。

 

「あ……わたし……は?」

「あの後大破して沈みかけてたんだよ。もうちょっとで見失う所だったでち」

 

 ゆっくりと記憶をたどり、ゆーはゴーヤを庇った所まで巻き戻してそこからゆっくり再生する。攻撃を受けて、艦が浸水して沈んで、最後に誰かの人の影を見た気がした。天使の輪を持っていたからついにお迎えが来たのかと思ったが、あれはゴーヤのアホ毛だったのかと理解した。

 

「ほんと……見かけによらず無茶するんだから……心配したでち……」

 

 疲れ切った表情のゴーヤを見て、相当に心配してくれたのだと察する。見ればあまり寝てないのか、目の下にややクマが出来ていた。

 

「ゆーは……どのくらい、寝てた?」

「まるっと一日でち」

「ずっと……待ってたの?」

「うん、まぁ」

「……睡眠不足、よくない」

「えー……」

 

 その後、ゆーが目を覚ましたという報告は鎮守府中に行き渡り、特に潜水艦のみんなは無事を盛大に祝ってくれた。次々と運ばれてくるお見舞いの品々、ゆー一人では到底食べきれないため、持ち寄った品々で女子会パーティーが開かれることになった。

 

 賑やかなのは苦手な方なゆーだったが、不思議とこの騒がしさがとても楽しかった。生きている実感、帰って来ていると心から思えるような空間だ。そう思って、いつの間にか自分がここを『自分の家』と認識していることにはまだ気がつかない。今は、生きていることを喜ぶだけで精いっぱいだった。

 

 あらかたお見舞い品を食べ終わり、お見舞いに来たみんなが一人また一人と帰っていく。最終的に残ったのはゆーとゴーヤの二人きり。ちょうどイクがドアを抜けたのと入れ違う形で、提督が入って来た。

 

「あ、てーとく。お疲れ様でち」

「ったく、どんちゃん騒ぎもいい所だなぁ。ま、結構重症だったから俺だってびっくりしたし、安心もした。で、だ。U-511、聞いてくれ」

 

 提督が一枚の紙を取り出してそれに目を通す。ああ、何か処分を言い渡されるのかと思ったが、すぐにそうではないと分かった。

 

「取りあえず、お前の怪我についてだ。幸い命に別条はないし、艦娘としての活動も全くを持って問題ない。バケツ使ったのが良かったな」

 

 ぺたぺた、と無意識に自分の体を触る。確かに骨折などの手ごたえは無かった。から安心する。

 

「が。問題もある訳なんだ。お前の艤装についてなんだが、簡単に言おう。修復できない」

「……え?」

 

 ゆーがショックを受けた顔になり、顔が青くなっていくのをゴーヤは見逃さなかった。目で素早く提督に全部話すよう促し、彼もまた了承する。

 

「ゆー、落ち着け。お前を解体したり、処罰を加えると言ったことはしないから安心して最後まで話を聞いてくれ。取りあえず、U-511の艤装は貴重なもので、本家ドイツでも予備パーツの成功例はごく稀だ。特に艦首部分のあの艤装と、体を守る服はブラックボックスその物で、ウチじゃどうあがいても作り直せないんだ。せめて艦首のアレが残ってればどうにかなったらしいが、轟沈の恐れがあった以上パージしても仕方ない。ゴーヤがゆーを助けた時に残った艤装を引き剥がさなかったら二度と浮上できなかった」

 

 その辺りの事はもう覚えていなかったが、あの時ゴーヤが沈みゆくゆーを見つけ、歪んで使い物にならなくなった右艤装を文字通り力技で引きちぎり、ゆーをほぼ丸腰にして脇に抱え上げて残りの全員で引き揚げたのだ。こうでもしないと助からなかったし、何より命を失っては元も子もないから、ゴーヤの判断は最善だったと言えるだろう。

 

「と、言う訳で艤装が無くなってしまったが、その代わりになるプランがある。U-511は、正確に言えば日本に来た時点で『さつき一号』と仮称されている。だから今のお前は本来さつき一号と呼ばれるが、まぁややこしくなるからこの際どうでもいい。が、さつき一号は日本仕様に改装された後、呂号500潜水艦として就航した。そこでお前を改装し、その際に新しい艤装に艦の魂を組み込んで新しく作り直すんだ」

「じゃあ……代わりの服が、必要?」

「そう言うことだ。で、その代わりの服なんだが。ゴーヤ」

「はーい」

 

 ゴーヤがベッドの下に手を突っ込み、中から紙袋を取り出すと、その中に手を突っ込んで一枚の服(?)を取りだした。その服(?)を見て、ゆーは人生で初めて顔を引きつらせた。

 

「これ……着るの?」

「もちろんでち」

 

 ゴーヤが手にしているそれ。紛れもない日本式、提督指定のスクール水着であった。

 

 

 

 

 改装工廠の前で、伊号潜水艦メンバーは改装しているゆーを待っていた。中から金属を撃ちつける音が聞こえてくる。はて、スク水からなんで金属を撃ちつける音が聞こえるのかは突っ込みなしである。

 

 そうやってしばしの間待ってるうちに、金属の音が聞こえなくなる。そろそろ終わりだろうかと座っていたゴーヤが立ち上がり、そのタイミングで工廠の扉が開いた。

 

「はーい、みんなお待たせ。ゆーちゃんの改装終わったわよー」

 

 つなぎ姿の夕張がハンマー片手に顔を出す。わぁ、と全員から歓声が上がる。

 

「ほら、おいで! 終わったんだからみんなに見せてあげなさいよ!」

「で、でも……恥ずかしいです……」

「ウチじゃそんな格好当たり前よ、ほら早く早く!」

「うひゃ!?」

 

 と、扉の横からU-511改め、呂500が引っ張り出される。前の艤装と打って変わり、スクール水着になったことで肌の露出が大幅に増え、顔に合わせてその体も真っ白なのだと言う事が良く分かった。

 

「おぉ~。ゆーよく似合ってるのね!」

 

 イクが興味津々に上から下まで舐めまわすよう新しい艤装となった呂500を見つめる。白い肌が相まってか、彼女の体は羞恥で真っ赤に染まっていた。

 

「うぅ……日本はやっぱりわからない、です……」

「考えるより感じろでち。じゃあ早速、新しいゆーの進水式にいくよー!」

 

 と、ゴーヤがゆーの手を引っ張り、工廠から引きずり出すとそのまま堤防に向けて走り出す。他のみんなも大はしゃぎでそれに続き、夕張は笑顔で送り出す。呂500となったゆーは、未だ戸惑いながらも前を走る笑顔のゴーヤを見る。そして、何かが吹っ切れる気がして笑みを浮かる。

 

 堤防の先端に到着し、一旦急停止。するとまるで五人が来るのを待っていたかのようにあのイルカたちがジャンプして見せる。テンションの上がったイクが一番に飛びこむ。それに続いてイムヤ、ハチと次々に飛びこむ。

 ゴーヤもそれに続こうと、足を軽くストレッチし、身構えた時だった。

 

「あの……ありがとう」

「ん? ふふ、気にしなくていいよ。ゆーは大事な仲間なんだからさ。それに、私だってすっごく楽しいよ。だから呂500になっても頑張ろうね」

「……うん!」

 

 と、ゆーは満面の笑みをゴーヤに向ける。彼女に負けないくらいの満面の笑みは、あの落ち込んでいたU-511からは想像できないような眩しい笑みで、ゴーヤは思わず固まってしまった。

 

「これからもよろしくね……でっちー!」

「で、でっちー!?」

 

 思わぬ呼び名に、ゴーヤは固まってその隙に呂500は走りだし、脚の筋肉をすべて使って全力疾走する。上から受ける太陽の光と、受ける風がとても気持ち良い。自分はここが好き。みんなが居るこの艦隊が大好き。ありがとう、私の先輩。伊58。よろしくね、でっちー。

 

 堤防を思い切り蹴飛ばし、呂500は飛翔する。その先には青空と太陽。次にその先に故郷があるであろう水平線。しばしの浮遊の後、自由落下。海面が目に入り、直後に一際大きな水柱が上がり、海水が直に腕と脚に触れる。冷たくて気持ちが良い。故郷じゃない異国の地のこの海。本当に大好きだ。

 

 U-511改め呂500。異国の地へとやって来た少女が、自らを『ゆー』ではなく『ろー』と名乗るのと、この地を自分の二つ目の故郷と認めるのに、そう時間が掛ることは無かった。

 



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