緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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夏が……遠くに走って行く……。
前に投稿したのいつだったかな?って見たら8月1日でした。1ヶ月も放置しててすみません(´・ω・`)


ジオ品川騒乱 5

 

「ヒョッヒョッヒョ……」

「…………」

 

 薄暗い空間の中、薄気味悪い笑みを浮かべるナターリヤと相対する鷹見の表情には、苦悶の色が顕になっていた。

 鷹見は名古屋武偵女子校の教員の動きを完璧に模倣して闘うことができる。他にも、彼女の引き出しは研修でたまたま目にした他校の先輩からアクション映画の主人公のアクロバティックな動きまで多岐にわたる。だが、そのどれを持っても目の前のナターリヤには五分どころか時間稼ぎすら殆どできないことを鷹見は悟っていた。

 

 かつて、青木迅に対して雅の仕掛けた死角からの強襲。それをこの待ち伏せがし易い状況で失敗したというのは、鷹見にとって全くの予想外だった。

 

 口では強がりを見せたものの、内心では、ここから先の闘いを無事に切り抜けられる算段がないということにただならぬ焦りを感じていた。

 

 

「ヒョヒョヒョ。いつになったら、私の薄ら笑いを止めてくれるのかな?」

 

 わかりやすい挑発。鷹見はその意味を余すところ無く把握している。

 

 ナターリヤは遊んでいるのだ。その気になれば自分などいつでも殺せ、そして逃げた標的と護衛を瞬殺できる自信がある。だからこうしてもたもたとしていられるのだ。

 

 

(だったら……まだ、勝機はある――――!)

 

 決意を固め、鷹見は小さく息を吸った。

 刹那、彼女はナターリヤに肉薄する。

 

 ナイフの間合いに入る直前、P230JPを発砲した。撃ち出された.32ACP弾はナターリヤの肩口に向かって飛んでいくが、ナターリヤは最小限の動きで見切って躱すと右手に持ったマシェットを振り上げ鷹見を迎え討った。

 彼女の狙いは首筋。鷹見は上半身を逸らしなんとかマシェットの軌道から逃れるも、踏み込む足は止めず左手のナイフを突き出し、ナターリヤの服に傷をつけた。

 

 そう、服を切っただけ。微かに、あと数センチのところで、鷹見のナイフはナターリヤに躱されたのだ。

 

 

(まずい……!)

 

 伸びきった腕を畳むより早く、ナターリヤの振り上げたマシェットが鷹見の頭上から襲いかかる。

 

 その攻撃を鷹見は右手のP230JPのスライドで受け止めた。が、マシェットと交錯するように受け止めた拳銃の銃口は誰も居ない方向を向いてしまい、発砲を封じられてしまう。

 そこに空かさず襲い掛かってくる左手のマシェットを、鷹見はギリギリのタイミングでナイフで防いだ。鷹見は鍔迫り合いのような形に追い込まれたが、ナターリヤの追撃は終わらない。

 

 ナターリヤは右手の力を抜きマシェットから一瞬手を離すと、即座に逆手に持ち替え切っ先を鷹見に突き出した!

 咄嗟に体をくの字に折り曲げつつ重心を後ろに傾けて回避した鷹見だったが、ナターリヤは後退る鷹見にさらなる追撃を加えてくる。

 

 

「ヒョヒョヒョヒョヒョヒョヒョ!」

 

 両手のマシェットによる怒涛の連撃。それに加え一発の威力が比較にならないほど重い蹴りを組み合わせられ、防戦一方だった鷹見はついにP230JPを弾かれてしまう。

 

 

(マズい……!)

 

 一瞬生まれた隙に、容赦なくナターリヤはマシェットを振るった。鷹見は何とかそれを回避したものの、ナターリヤの蹴りが脇腹を捉え彼女の軽い身体は壁に叩きつけられた。

 

 

「ゲホッ、ゲホッ……!」

「いい表情(かお)するじゃないの。でも、まだ足りないわね」

 

 舌を出し咳き込む鷹見と対照的に、ナターリヤは余裕の表情を浮かばせている。さらにあれだけ激しい動きをしたというのに、一切息が乱れていない。

 

 

 歴然とした格の違いを見せつけられた鷹見は、しかしなおナターリヤの足止めを諦めてはいなかった。

 

 自分がこのまま殺されれば、この先にいる仲間たちが危険に晒されることになる。そのことをよく分かっているからこそ、鷹見の戦意は完全に挫けてはいなかった。

 

 しかし、身体はもう限界に近づいている。気力だけで持ち堪えていると言っても、立っていられる時間はあとわずかでしかない。

 

 

(まだ、『奥の手』は使えない……。そのためには、まず――――!)

 

 窮地からの逆転への布石。否、布石は最初から打たれ続けていた。

 全てを賭けた時間稼ぎのため、鷹見は悲鳴を上げる体に鞭を打ち立ち上がる。

 

 

「ヒョヒョヒョ。なんだ、もうボロボロじゃないか。生まれたての子鹿みたいだ」

「…………」

 

 ナターリヤの減らず口に、鷹見は無言で笑みを零すことで答えた。そして、左手のコンバットナイフを両手で正面に構える。

 

 

(お願い響哉くん、力を貸して――――!)

 

 鷹見の眼に、一層強く力が篭った。それと同時に、ナターリヤが飛び出す。

 

 薄暗い中でも鈍い光を反射させるナターリヤのマシェットが鷹見に迫る。が、鷹見はそれをコン両手持ちのバットナイフで受け流した。

 重量のあるマシェットを片手でいなすのは困難であったが、両手で持てばその不利を埋めることが出来る。だが――――

 

 

「ナイフ一本でどこまで耐える!?」

 

 ギアが上がったように苛烈さを増すナターリヤの連撃。いくら両手で構えていると言えど、元々ボロボロの体のためいつまでも握力が持つとは思えない。

 

 さらに、ナターリヤは左右から同時に斬りかかった。ナイフ一本では、二方向からの同時攻撃を捌くのは不可能だ。

 

 その瞬間、鷹見は大きく一歩踏み込みナターリヤの懐に潜り込む。連撃により打ち崩した瞬間を狙ってきたナターリヤのほんの小さな隙を突くように、コンバットナイフを肩口に突き刺す。

 

 一連の、相手の動作を予め把握していたかのような攻撃に、ナターリヤは目を剥きながらも半ば本能的に上体を反らし、鷹見のナイフの切っ先に貫かれるのを躱し距離を取った。

 まさに間一髪。ナターリヤは自分の髪が垂れてくるのも意に介さず、ただじっと鷹見を睨みつけていた。

 

 

「……どうしたの。随分と余裕、なさそうじゃない」

 

 苦虫を噛み潰したようなナターリヤに対し、鷹見は疲れきった笑みを浮かべて強がりを吐く。先ほどとは対照的なようにも見える2人の表情であるが、事実、鷹見にはもう一切のミスも許されないほど疲労とダメージが蓄積されている。

 そのことを把握できているからこそ、ナターリヤはまたその顔に不気味な笑みを貼り付けることができた。

 

 

「ヒョヒョヒョ……そんな切り札があったなんて、驚いたわ。見かけによらず、強いじゃない」

「……うん、強いよね。凄く強い。手が届かないくらいに――――」

「ヒョヒョ。面白いことを言うな……その自信、へし折りたくなった」

 

 鷹見の言葉を挑発と受け取ったのか、ナターリヤはドス黒い殺気を撒き散らしながらマシェットを構えた。

 

 来る――――鷹見がそれを覚悟し、ナイフを力強く逆手に構え直した瞬間、ナターリヤは動いた。

 

 闇夜に吹く一陣の疾風のように一瞬で詰め寄ったナターリヤは、鷹見の反応を置き去りにし彼女の肌を切り裂いた。それも、傷跡は1つや2つではない。もっと多く、だがどれも致命傷には至らない浅い傷であった。

 

 

「一度で終わると思うなぁッ!」

 

 背後に駆け抜けたナターリヤが再度迫る。無論、向き直っていた鷹見は何とかそれを防ごうとするも、またも一瞬の間に幾つもの傷跡を付けられ駆け抜けられてしまう。

 

 今度は一撃目よりも傷が深い。どれも致命傷には成り得ないが、全身の傷から血が出ていると自覚すると戦意が挫けそうになった。俯き気味になりながらも、意識が朦朧になりかけても、絶対に倒れまいと、彼女は必死に堪え続けていた。

 

 

「ヒョヒョヒョ……また随分と辛そうじゃないの。もう楽になったら?」

「…………」

 

 また、先ほどと同じ構図。限界を迎えそう――――否、既に限界を超えているであろう鷹見と、まだ余裕を持っているナターリヤ。決定的な一撃を躱され、二度も歴然となった力量差の前に、しかし鷹見はまだ諦めてはいなかった。

 次の瞬間、鷹見は静かに何かを呟いた。

 

 

「……今、やっと……揃ったよ…………」

 

 鷹見の口元が、フッと吊り上がった。ナターリヤも、それに気づく。

 

 

 

 

「「ヒョ?」」

 

 

 

 

 自分の声が、誰かと重なった。

 

 

 

 それが誰なのか悟った瞬間、ナターリヤは戦慄し、硬直する。

 

 

 ほんの一瞬の隙。命取りになる絶望的な一瞬。硬直した身体は殺気を撒き散らしながら迫る鷹見の動きについていけず、いつの間にか両手にそれぞれ構えていたコンバットナイフでナターリヤは全身を切り付けられた。

 だが、これはさきほど彼女自身が鷹見にやったものとは違う。傷はほぼ全て深く、筋肉や腱が切断されていたのだ。

 

 以前、ナターリヤがジーフォースに対し見せた神速の如き斬撃。敢えて隠し通すべき殺気を異常なまでに醸し出すことで自らの力量を曇らせ、強者に対し受け身を取らせる。

 それにより自分の流れを作り出し、フェイントの浅い攻撃を無数に打ち込むのがナターリヤの技だった。

 

 つまり、これは自分よりも強い者のみに最も有効となる攻撃。力量の劣る鷹見には、むしろ致命傷がない分その効力は殆ど活かされなかった。

 では、なぜナターリヤはそれを使ったのか。その答えは簡単だった。

 

 彼女は鷹見の後ろに見えた『誰か』の強さを垣間見たのだ。

 

 だが、所詮はこれもまやかしの強さ。それに目を曇らせていたナターリヤは、鷹見に2度もこの技を見せつけることになってしまった。

 鷹見はこの動きをトレースし、更に一度のアプローチでより深い傷を負わせられるようフェイントの斬撃に隠れるよう致命傷となる斬撃を織り交ぜた。恐らくこれはナターリヤもできたのだろうが、彼女の歪んだ性格がそれをさせなかったのだろう。

 

 相手の動きをコピーし、自分で自分を倒させる。それが鷹見伊織の『奥の手』だった。

 

 

 刹那の間に背後に駆け抜けていた鷹見を崩れ落ちながら振り返ったナターリヤは、恐怖の篭った声で叫んだ。

 

 

「お前は……お前は一体、ナニモノなんだ……ッ!?!?」

 

「――恐がるなよ。『私』は『お前』さ」

 

 

 そう言いながらナターリヤに振り返った鷹見の顔は――――

 

 

 

 

 

 ――――自分が彼女に見せていた、薄ら笑いと瓜二つだった――――。

 

 

 

 

 


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