緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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(´・ω・`)結局7月は一度も更新できなかった。あばばばばばばば……。
大変お待たせして申し訳ありません。今後も月に1回か2回程度の亀更新になりそうですが何とかして続けていくつもりなので今後ともよろしくお願いします。


ジオ品川騒乱 4

 

 

 『欠損分隊』。

 

 中国を拠点に活動する世界最大級の規模を誇るマフィア、藍幇(ランパン)が中国共産党と極秘裏に進めていた『超人計画』の被験体で構成した精鋭部隊の通名である。

 

 元々潜在能力の高かった兵士や、幼い頃から訓練を重ねてきた少年少女、他国から引き抜いてきた諜報員や暗殺者など……その出身は多様に渡るが、彼らに共通するのは上海藍幇の上層部から『失敗作』という烙印を押されているということである。

 

 その理由は、彼らが工作員として必要な能力が欠落しているということにあった。

 

 作戦中に私情を優先してしまう者、悲観的になりすぎて計画を遂行できなくなる者、自分で状況判断ができない者……工作員としては致命的なまでの欠陥を持った者を、超人計画は大量に生み出してしまったのだ。

 

 そして、欠損分隊とは互いの欠陥を補おうとその超人計画の失敗作を集めて結成した部隊であり、元々処分するつもりであったがために決死の任務に投入される、言わば『最強の捨て駒部隊』なのだ。

 

 数年前までは数百人と揃っていた彼らは過酷な任務で次々に散っていき、最後まで残ったのはたったの6人、そしてそのうちの1人は欠損分隊を去り、残ったのは5人となった。

 だが、それは逆を言えばふるいに掛けられ、かつ実戦経験を積んだことでその練度を高めてきたということに他ならない。

 

 彼らは、自分たちの存在を正当化させるために、今日も死地へと向かうのだ――――。

 

 

◇◆◇

 

 

 ヴァイスと呼ばれるその少年は、一言で言い表すならばその名の通り「白」である。

 

 真っ白なキャンバスのように何色にも染まり、その技術を吸収していく、その姿から「ヴァイス」という名を授かった。

 彼はドイツ人であるが、その素性は本人さえも知らない。誘拐されて中国に流れてきたのか、それとも観光で家族と中国を訪れた先で強盗に遭い1人になってしまったのか……。

 

 分かることは、彼がドイツ人の血を引いているということ、中国で育ったということ、親という存在を知らないがために明確な自我が形成されていないということ、それだけだ。

 

 その実力は同じ藍幇のココ姉妹と比較するとそれぞれの能力は劣るものの、非常に高い練度を兼ね備えていて、今や欠損分隊に欠かせないなった。特に、100メートル以上の狙撃は彼にしかできないため、狙撃手として作戦に参加することが多い。

 

 今回の任務も200メートル離れた場所にいる標的への狙撃。使っている獲物は中国北方工業公司(ノリンコ)88式狙撃歩槍(QBU-88)だ。

 

 ヴァイスはスコープの中心を標的である銭形平士に合わせ、いつでも狙撃できるよう準備を整える。それから少しして、スコープの端に辛うじて入っているリカルドが動き出し、銭形との距離を詰めた。

 それに対し銭形は何らかのアクションを起こすだろう。それにリカルドが対応し、距離が開いた瞬間を狙う。それが彼らの事前に考えた作戦だった。

 

 ――が、その作戦はあまりにも呆気なく失敗に終わる。

 

 銭形は十手を振るい、リカルドの拳を粉砕すると、2.5メートル以上あるリカルドを殴り飛ばしたのだ。

 その始終をスコープ越しに見ていたヴァイスは、銭形が十手を振るった直後に生まれた一瞬の隙に、引き金を引くべきか躊躇った。今撃てば、もしかしたらリカルドにあたってしまうのではという一抹の不安が脳裏を過ったからだ。

 

 リカルドは今までに数多くの死線を潜り抜けてきた仲間だ。そんな彼を撃つような真似はできない。その甘さが、絶好の瞬間を逃すことに繋がった。

 

 が、次のチャンスは刹那に訪れる。

 

 銭形がリカルドを殴り飛ばし、2人の距離が開いた。今なら誤射をする心配はいらない。即座にヴァイスは引き金に掛けた指を絞ろうとするが――――

 

 

 

「…………」

 

「――――ッ!」

 

 

 スコープ越しに、銭形と目が合った。その瞬間、金縛りにでも遭ったようにヴァイスの身体は硬直する。

 

 撃てない。撃てば、確実に殺られる。彼の本能がそう警告を発した。

 

 狙撃のタイミングは今しかなかった。だというのに、できなかった。ヴァイスは、銭形の『視線に』殺されたのだ。

 

 

 銭形は笑みを浮かべると、すぐに動き出し射線から隠れるため路地へと入ろうとする。

 ヴァイスは慌てて引き金を絞るが、銭形には掠りもせずその姿を見失った。

 

 今の発砲で完全に位置を把握されてしまったヴァイスであったが、彼の取った行動は移動ではなく待ち伏せだった。

 本来、狙撃手というのは位置がバレてしまえば即座に狙撃地点を変更する。狙撃地点が標的に把握されていては、標的が射線の通らない道に逃げ込まれてしまう。そして何より、標的が自分を倒しに来る危険性が極めて高い。

 

 では、なぜヴァイスはこの場に残ることを決めたのか。それは彼の役割が単なる足止めに過ぎないからに他ならない。

 

 銭形平士は藍幇の危険対象ファイルに名を連ねる人物である。その姿を目撃した時、欠損分隊を率いる李は頭を抱えた。

 何らかの妨害は予想していたものの、武偵が――――それも、特に武闘派として名高い銭形と、元は仲間だった久我雅がいるなどと、誰が予測できようか。

 

 煙幕の仕込みは既に済ませてあった。が、あの場で武偵6人……否、銭形と雅を相手にするのは負担が大きすぎると判断したのだろう。李はすぐには行動に移さなかった。

 しかし、ここで思わぬ幸運が訪れる。銭形が1人で外へ出て行ってしまったのだ。それを知ると、李はリカルドとヴァイスの2人がかりで銭形の足止めをするよう命令した。

 銭形さえいなければ、3人で標的である明と、恐らく邪魔をしてくるであろう雅を両方とも始末することができると踏んだのだ。

 

 自分たちより強い者との戦い方を、彼らはよく知っている。何度もそうやって生き延びてきた。

 

 だから、それまで何としてでも耐え凌ぐ。そして、奴を仲間の元へと行かせはしない。たとえ、自らを囮にしてでも。

 

 その決意を胸に、ただし頭は冷ややかに、ヴァイスはスコープを覗く。頭に叩き込んだ地図で、全ての路地の行き先は把握している。銭形がここへ来るか仲間の元へ戻るなら、またあの道路に身を晒さなければならないということを、ヴァイスは知っているのだ。

 

 さあ、いつでも出てこい……。緊張により喉が渇き、心臓の拍動がより強く感じたのとほぼ同時に、ヴァイスの額に冷たい汗が浮かび上がる。

 

 その汗が、頬を通り顎から床に落ちた、その時だった。

 

 

「どこを見ている?」

 

 頭上から、男の声が聞こえた。

 ヴァイスが慌ててスコープから目を離し、顔を上げた瞬間、ヴァイスの顔面に容赦の無い蹴りが炸裂する。

 

 ヴァイスを蹴った男は彼の手から離れた獲物(QBU-88)を足蹴にすると、右手に携えたガバメント(M1911)の銃口を向け、口を開いた。

 

 

「つまらんな。もう少し手応えがあるものと勝手に思い込んでいたが」

 

 痛みに顔を歪めたヴァイスの前に立っていたのは、追い詰めていたはずの銭形だった。

 

 ヴァイスは銭形が路地から出てくるのを見逃したわけでも、地図を読み違えていたわけでもない。では、銭形はどうやってここまでやってきたのか。その答えは下水道だった。

 

 路地に逃げ込んだ銭形はマンホールを無理やり開け、そこから下水道を通りヴァイスの立てこもっていたビルまで走ってきたのだ。その証拠に、銭形の履いているズボンの裾には下水の染みが色濃く窺え、蹴られた時に鼻につく臭いを感じ取っていた。

 

 だが、たとえもしそうだったとしても、万が一に備え予めこのビルは階段からエレベーターまで屋上へのルートには幾重ものブービートラップを仕掛けておいた。なのに、何故――――

 

 

「まさか……まさか、外壁をよじ登って……!?」

「ほう。遅過ぎるとは言え三下の分際で俺の行動を言い当てるか。大したものだ」

「ッ……バケモノめ……!」

 

 奥歯を噛み締めながら、ヴァイスは銭形を睨む。が、それすら見下したように、銭形はゆっくりと歩きヴァイスの口元を掴み、持ち上げた。

 

 

「答えろ。雇い主は誰だ」

「…………」

「プライドだけは一流のようだな。まあいい、今は貴様の相手などしている暇はない」

 

 銭形はそう言うと、何とあろうことかヴァイスを屋上から放り落とした!

 

 

「……ッ!?」

 

 6階建てビルの高さはおよそ25メートル。打ち所が悪ければ死もあり得る。武偵法9条により、最低限命の安全は保証されているとばかり思っていたヴァイスは、あまりの出来事に声も出せず、生きたい一心で屋上の柵に向けて手を伸ばす。だが、その手は届きはしなかった。

 

 ヴァイスの身体は重力に従って徐々に地面へと吸い込まれていく。放り投げられたビルの西側の外壁には掴めそうな手すりや窓枠はない。否、あったとしても手が届くことはないだろう。いよいよ彼が死を覚悟した、その時だった。

 

 

 銭形は落ちていくヴァイスの手首にワイヤーの付いた手錠を投げ掛け、ヴァイスが落ちるのを阻止したのだ。

 だが、勢いの乗った体が急に静止し、且つ逆方向に向けて強く引っ張られたがために、ヴァイスの肩は外れ、激痛に表情を歪めた。

 

 

「暫くそこで大人しくしていろ」

 

 そう言い残し、銭形はヴァイスに投げた手錠のワイヤーをフックで手すりに固定すると、ベルトに仕込んであるグラップリングフックを屋上の手すりに掛け、手慣れた様子で懸垂下降(リペリング)をしてビルの壁を降りていった。

 

 遠ざかっていく彼の背中を、ヴァイスは吊り下げられながら黙って見ていることしかできないでいた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、連二と明を連れて隠し通路を抜け、地下鉄の上に延々と広がる空間を逃げていたBlitzの3人は、不二と連二が明の肩を持ち、前方は奈須川、後方を鷹見が警戒しながら薄暗い場所を走っていた。

 

 本来、工事や点検の時に利用するのであろうこの通路はそこそこの高さと道幅があり、頑丈な金網が足場になっている箇所が数カ所あるため、そこから漏れ出る蛍光灯の光がこの通路唯一の光源となっている。

 

 

「……おい、お前たちの仲間、いなくなってないか?」

「なんだって!?」

 

 連二に言われ、不二が背後を振り返る。確かに、後ろを走っていたはずの鷹見の姿はない。

 

 

「まさか、追手が来てるのか……!?」

「だろうな。アイツ、一言くらい声かけて行けっての!」

「戻るか?」

「バカ野郎! 今戻ったら誰がお前たちを護送するんだ! とにかく今は出口まで走るんだよ!」

「……わかった」

 

 同い年の女性に危険な役回りを押し付けるのを快く思わないのだろうか、連二の顔色は浮かばれない。

 しかし、ここで自分が助けに行っても足手まといにしかならないことを彼はよく理解していた。武偵となった少年少女は自分のような一般人とは全く違う存在で、素人が彼らの決定に口を挟むべきではないと、親友の今の姿を見てそう確信したのだ。

 

 悔しさを噛み締めるようにして、連二はまた走り出す。だが――――

 

 

「ッ……、止まって!」

 

 先導していた奈須川が声を張った。

 

 背中越しからでも伝わるほど緊張しながら、彼女は太腿のホルスターから『ブローニング・ハイパワー』を抜き、正面に構えた。それから一瞬遅れて、不二が連二を呼びかける。

 

 

「菊池、城戸は預けた。ここは危険だから下がってろ」

「闘うのか……?」

 

 『だったら、俺も』――そう言いかけて、連二は言葉を飲んだ。

 

 

「どっちにしろ一本道で後ろからも追手が来てるんだ、私たちは前にいるのをぶっ倒すしかねーだろ」

 ニィっと笑みを浮かべた不二は、両手にナックルダスターを嵌め奈須川の隣に立った。そして、前からゆっくりとやってくる大きな影を睨み、言い放つ。

 

 

「私らが相手だ。かかってこい、デカブツ!」

「……お前……銭形の、仲間か……?」

「一応、今のところはそうだな」

「そうか。なら……」

 

 不二が答えてすぐ、暗闇から姿を露わにしたその大男――――さきほど銭形に右手を潰されたリカルドは、猟奇的な笑みを浮かべながら血眼を見開き、高らかに叫びを上げた。

 

 

 

「――お前たちの骨を粉々に砕き、あの野郎の眼前に吊るし上げてやるぅぅぁぁぁ!」

 

 

「やれるもんならやってみな。私らの芯は、そう簡単には折れたりしねえぞッ!」

 

 

 

 

 

 


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