あれから、まあ色々とカナから事件の説明を受けた俺は、結構早い時間に学園島に戻ってきた。
帰る時にカナが、「暫く日本を発つことになってるから、少しの間このノルマをこなしてね」と言ってかなりハードな訓練メニューの書かれた紙切れを渡してきた。
本当にこんなことを1人で続けられるのか心配だったが、よく考えれば暫くはSAAの銃弾の嵐から逃れられるのだから全然苦でも何でもないと気付いたのだった。
しかし今、俺は思う事が一つある。それは……
「げっ!」
今日が、厄日だという事だ。
「ほぼ初対面の女性に対しての第一声がソレだなんて、失礼じゃないの?」
俺は指示された訓練のノルマを片付けるためにカナと別れた後、強襲科の体育館
へ向かおうとしていたのだが、面倒だからと一般校区を通る近道を使ったのが間違いだった。
目の前にいる外人みたいな美人の名は、
少し俺の知っている限りで彼女について説明をしておこう。
彼女はロシア人とのハーフで、所属は
だが、彼女は『ある能力』によって孤立している。脳波計(スキャンメトリー)と呼ばれる
彼女は、触れた人の脳波を読み取ることができる超能力を持っているらしい。
で、その読み取った情報で当人が怪我しそうだったり危ない目に遭うかもしれないような事があれば、それを伝えて警告するのが彼女のルールなんだとか。入学初日の自己紹介の時に彼女自身がそう言っていた。
だが、彼女に頭の中を覗いてもらった人は自分の秘密が暴露されて赤面してギャーギャー騒ぐので、彼女はこうして見事にたった1ヵ月で周囲から孤立してしまっていた。空気読めよ。
正直、超能力が身近にあるらしい環境にいる俺でさえ半信半疑だ。そんなオカルトが通用するのは、少年漫画の世界だけで十分だ。
だが現実にはそんな超能力を大真面目に研究するSSRがここ東京武偵高にも設置され、『超偵』などと言う新しい単語まで生まれた。一昔前の人が聞いたら腹を抱えて笑いだすか絶句するかのどっちかだぞ。俺は絶対笑えないと思うが。
顔とスタイルが良いのと、触れれば切れるような怜悧な雰囲気から、一部の男子に人気があると聞くが、俺はそっち系じゃないのでそういった奴らのことはよくわからない。
「一応言っておくけど……私は対象に触れないと脳波を読むことはできないの。だから、触らなければ何も読めやしないわ」
「おかしいな。口に出した覚えは無いんだけど」
「読心術くらい使えるわよ」
そう言う時任は無表情だ。ちょっと背中に冷たい物を感じる。
もうお前、尋問科(ダギュラ)行けよ。こんなピンポイントで言い当てられるんなら超能力使わなくてもAランク間違いなしだろ。向こうのランクの付け方は知らんが。
「あなた、私のクラスの朱葉よね?」
「そうだけど。何か俺に用があんのか?」
つーか俺、何しにここ来たんだっけ。あ、訓練しに強襲科に行く近道を通ったんだったっけ。
「本当は男なんかとは1秒でも長く話していたくないのだけれど、この先に行くのはやめておいた方がいいわ。今向こうに――」
……今、しれっと最低な事言ったぞ。どんだけ男を下に見てやがんだ、コイツは。
「あー! うっせえ! お前が俺の頭ン中覗けようが何だろうが知ったこっちゃねえけどな! 俺は自分の行く道くらい自分で決める! 誰がお前の指図なんか受けるか!」
時任の目の前に立ち、人差指を目頭の辺りに(絶対に当たらないように)指して俺は強く言い放つ。
時任は面喰らったような表情で、その薄青い目を見開いて俺の指先を見ていた。
「じゃあな」
俺はさっき時任が行かない方が良いと言っていた方に、真っ直ぐに歩きだした。
うん。やっぱ、人の忠告は素直に受け取っておくべきだったね。
「おう朱葉ァ、こんなところで会うとは奇遇やなぁ……ヒック」
顔が真っ赤になっている、一升瓶を片手に携えた強襲科教諭の蘭豹が、俺に突っかかってきやがった。
気性の悪さは武偵高随一。更に酒癖が悪くしょっちゅう酒を飲んでは像殺しの異名を持つ愛銃のM500をぶっ放してきやがるからタチが悪い。付いたアダ名は人間バンカーバスターだ。
「昨日寝る前にプロレス見とったんやけどなぁ、久しぶりに技掛けたくなってきてなぁ……練習台捜しとったんや」
「は、はぁ……つまり、それは……」
「ほんじゃ、頼むわ」
凄くいい笑顔で肩をポンポンと叩かれた後、断りを入れる間もなく俺の身体は軽々と持ち上げられ――――
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺の悲痛な断末魔が、学園島に響き渡った。
◇◆◇
次に俺が意識を取り戻した時、目に映ったのは知らない天井と……
「時任……?」
俺の寝ているベッドの横に座っている、時任ジュリアだった。