緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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遅れた理由→主に艦これ
海外艦3隻も無事揃えられたのでこれで漸く本腰を入れて大和・大鳳を迎える準備ができます。また2週間以上間が開くようならビスマルクか利根のレベリングをしていると思って気長にお待ちください。


ジオ品川騒乱 2

 

 

 

(強い……ッ!)

 

 格下と言えど一度の攻撃も食らうことなく圧倒的な勝利を飾った響哉に、不二は身震いし息を呑んだ。

 

 彼の対戦相手は地下闘技場で無敗を誇っていたブラジル人、ハリー・ドーラン。素人ながらそれなりの実力を持っていたようで、その動きを見る限り限定的な条件であれば強襲科のBランク武偵相当の戦闘力を持っていると不二の目には映った。

 その限定的な条件――狭く逃げ場のない場所で武器の使用が不可の状況――で、果たして響哉はどういう闘い方をするのかと不安になったが、その心配は杞憂に終わる。

 

 繰り出されたハリーの前蹴り。武道に心得のない者が受ければ恐らく避けるのも困難な一撃。腕に自身がある者でも、回避後の隙や軌道修正で完璧な回避は難しいと思われる。

 

 だが、響哉はそれをいとも簡単に躱してみせた。

 

 前蹴りで脚の筋肉が伸び、咄嗟の軌道修正や中断が間に合わない一瞬のタイミング。その瞬間に、響哉は前に踏み込むことですれ違うようにして見事な回避を実現させたのだ。

 更に驚くべきはその後の追撃への動作の短さだ。相手の攻撃を躱しながら最小限の動作で繰り出されたボディブローは、接触の瞬間に力を込めることで打撃に重さを付加させている。

 

 人体急所への攻撃に続き、手刀、壁際へ追い込んで退路をなくしてからの膝蹴り、そして止めの頭部への回し蹴り。一連の動作はまるで予めプログラミングされた戦闘マシーンのようだと不二は戦慄すら覚えた。

 

 

(アイツ(響哉)がSランクに昇格したなんて話は聞いてない……が、Aランクの中でも頭ふたつ以上は抜きん出てるのは確かだ)

 

 便宜上、武偵はその実力によってE~Aのランクが付けられる。特別なものとしてEより下のF、Aより上のSが存在するが、Sランクには定員があり現在では713人しか登録されていない。

 そして、勿論のことながら武装検事などの別の役職に移る、殉職するなどで定員に空きが生まれれば、その空席にAランクだった武偵、ないしは突如現れた無名のルーキーが新たに座ることになる。その空席を待っているAのランク武偵のことを、一部武偵の間では『空き待ち』と呼んでいる。

 

 名古屋にほど近い場所にある大阪武偵校に空き待ちの3年がいるという話を聞いて、不二は以前その生徒、篠川結衣を見に伺ったことがあるが――――少なくとも、今の闘い振りを見て響哉と彼女の戦闘力は不二の目から見て互角に見えた。否、たったあれだけで響哉はそれを不二に理解させたと言う方が正しい。

 

 垣間見れた響哉の『底』が、もし彼がわざと見せつけた(フェイク)だとすれば――――この1年でこの男と自分は、どれだけの差を付けられたのかと不二は嫉妬にも似た感情を抱く。

 

 しかし、今この時響哉は敵でもなければ競いあうライバルでもない。共に任務を遂行するための仲間であり協力者なのだ。そのことを思い出し、複雑な心境ながらも不二は安堵と期待感を抱いた。

 

 

 リングの上に現れた城戸も、響哉ならば簡単に倒してしまうのだろう。飛び出した城戸と、それを迎え討つ響哉の姿を見ながら、不二がそう思った瞬間だった。

 

 城戸は自分の攻撃を跳び退いて躱した響哉に即座に迫り、続けて左腕を薙ぐようにして払い響哉の喉元に爪先を掠らせたのだ。

 響哉の表情に驚きの色が浮かぶ。だが、同時に不二は当の彼よりも強く驚きを浮かべていた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 どういうことだ。

 

 俺は明の動作を第六感で読み、相手の攻撃の修正が間に合わず俺が避けれる絶好の瞬間に回避行動に移っていたつもりだった。

 だが、明の動きは俺の予想を上回り、爪先が喉元を掠った。第六感の予測した明の速さを、僅かにあいつは上回ってきたのだ。

 

 このまま密着状態で闘うのはマズいと判断した俺は、もう一度後ろに退いて距離を取ろうとする。が、明はそれを見越したように、俺が後ろに跳ぶより早く1歩踏み込みシャツを掴むと力任せに引き寄せ額をぶつけてきた。

 

 その瞬間に何とかシャツを掴んでいた明の手を振り解いて間合いを確保できたが――――脳が揺らぎ、おぼつかない足取りで後ろに数歩下がると、後ろに待っていたのは金網だった。背中が当たり金網が揺れる音が、自分が追い詰められているのだと思い知らしてくる。

 

 

「どうした響哉ァ!」

 

 腹の底から叫び声を上げ、明は再度俺に迫ってくる。

 

 

(まずいな……)

 

 俺は横に転がるようにして明との距離を保ち、同時に制服の上着を脱ぎ捨てた。

 

 

「おいアイツ、拳銃持ってるぞ!」

 

 P2000の入ったショルダーホルスターに気付いた観客の1人が、そんな叫び声を上げる。だが、明を相手にそんなことを気にしてはいられない。

 

 防弾繊維のTNK繊維は普通の制服で使用されることの多い綿やポリエチレン等の繊維よりも重い。なので、上着1枚だけでもそれなりの重さはある。

 勿論防御力も低くなるが、銃の類を使われることがないこのリングの上では、防弾制服はただの重りでしかなり得ない。

 

 だが多少は身軽になったとは言え、明は第六感の予測を上回る反応速度を持っている。そのカラクリは、恐らく――――

 

 

「――あの煙草、覚せい剤の一種か」

「…………」

 

 俺が問い詰めると、明の表情が険しくなった。

 

 明は覚醒系薬物を仕込んだ煙草を予め吸っておくことで、肉体のポテンシャルを上回る動きを可能にしていたのだ。

 最近では一層規制が厳しくなったが、流通量は昔より増加しているとされている。ゲームで勝つために覚せい剤を使用するような奴が、年に数人程逮捕されているデータを武偵高の講義で見た。それほどまでに、薬物というのが身近にある社会になったと言えるだろう。

 

 

(そこまで落ちぶれたか、明……ッ!)

 

 奥歯を噛み締めながら、湧き上がる怒りを抑えるため――――そして、集中力を高めるために俺は大きく深呼吸する。

 

 いつだったか、カナはこれのことを『錬気法』と言っていた。願掛けみたいなつもりなのだが、カナが言うからにはそうなのだろう。

 

 

「……面白え」

 

 俺の雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、明は口元を吊り上げ拳を固め直した。

 

 

(――来る!)

 

 第六感で感じ取った瞬間、明はリングを蹴り俺に三度肉薄してきた。

 

 元々の身体能力もハリーを遥かに凌駕している……つまり、Aランク武偵並みの身体能力を覚せい剤のドーピングにより強化している明の攻撃は、第六感の予測を上回ってくる。

 ならば、どうすれば明の攻撃を回避することができるか。答えは単純明快だ。

 

 始めから回避するのを考えなければいい。

 

 明が、固く握った拳を振りかざし、それを振り下ろしてくるのと同時に――――俺も脚から上体全ての筋肉を駆使し、渾身の一撃で迎え討つ。

 

 

 その拳同士が、互いの間でぶつかり合った!

 

 

(ぐっ……!)

 

 鈍い痛みが手骨に響く。だが、ここで押し負ける訳にはいかない。勝負を決する瞬間は、ここ以外にないのだから。

 

 

「おおおおおお!」

 

 唸り声を上げ、俺は明の拳を拳で押し返そうとする。が、明もそれは同じなようで、腕に力を込め逆に俺の拳を押し返すつもりだ。

 

 

 ――だが、明。

 

 お前が今までどんな苦労をしてきたのか知らないが、俺も、数多くの死線を潜り抜けてきたつもりだ。

 そして、俺たちがこれから挑もうとする相手は、KAR'sなんかとは比べ物にならないほど強大な組織だ。だから、俺は――――

 

 

(こんなとこで足踏みしてる場合じゃねえんだよ……ッ!)

 

 渾身の力を込め、俺は明の拳を押し返した。そして、一瞬隙を見せた明の顔面へ、半分感覚のなくなっている右手の裏拳を当てる。

 そして上体が後ろに反り返り、怯んだ明の横腹へ左でボディブロー、続き側頭部に右フックを間髪入れずに叩き込んだ。

 

 が、明は倒れそうになった身体を無理やり脚で支え、逆に密接した状態でアッパーカットを放つ。俺はそれを両腕を交差させて受け止めるが、勢いを殺しきれず僅かに上体が傾き一瞬だけ隙が生まれた。

 

 無論、明がそれを見逃すはずはない。ここ一番の渾身の打撃を俺の胸に打ち込んできた。

 

 

「ぶっ……!」

 

 口から嗚咽が漏れる。だが、意識ははっきりしている。次はこっちの反撃だ。

 

 密着した状態で、明の腹部に向かって膝蹴りを放った。嫌な感覚が膝から大腿を伝ってくるとともに、明の身体がくの字に折れ曲がった。

 空かさず両手を組んだ俺は明の頭頂部に向かって振り下ろすが――――明はそれを見切っていたのか、横に転がるようにしてそれを回避した。

 

 直後、明は姿勢を低く保ったまま下段蹴りを放ってくる。

 鎌で草根を刈り取るようなその蹴りを、俺は空中に跳んで躱した。だが、明は恐らくこれを読んでいる。蹴りを放った時の体の回転を利用して、空中で避けられなくなった俺を勢いを乗せた一撃で仕留めにくるつもりだ。

 

 だが、読めているなら対処の仕様はいくらでもある。

 

 勝ちを確信したのか、明は口元を吊り上げた。だが直後、明の顔から表情が消える。

 

 

 俺は空中で一回転し、遠心力を加えた踵落しを明の頭頂部に叩き落とした!

 

 

 鈍い感触とともに、明はリングに頭から叩き倒され俯せに伏す。手応えはあった。だが、明を倒すにはまだ足りない。

 

 

「ま……だ、だ。まだ……終わってねえ、ぞ……」

 

 フラフラになりながらも、明はゆっくりと立ち上がる。その目はまだ、死んでいない。

 

 ――だが、元々覚せい剤で体はボロボロ、俺の攻撃で意識も朦朧としている明は、とてもではないがもう闘える状態とは言えなかった。

 

 

「もうやめろ、明。負けを認めるんだ」

「うる、せえ……」

 

 息絶え絶えにそう答えた明は、最後の力を振り絞るようにして右拳を固める。

 

 

「……や……響哉ァァァァッ!」

 

 狂ったように俺の名を叫び、明が殴りかかってきた。

 だが、その動きにはもう先ほどまでのキレも速さもない。それだけ、明が自分の肉体に無理をさせているということだ。

 

 

「この、大馬鹿野郎がぁッ!」

 

 明の拳をすり抜けるようにして、俺は明の顔面に渾身の鉄拳を叩き込む。明の身体は後ろに吹っ飛び、仰向けに倒れた後、すぐに自力で起き上がることはなかった。

 

 

 やっと終わったと悟った俺は、リングに膝をつき肩で呼吸する。『奥の手』こそ使わなかったものの、高い集中力を維持していたせいで、かなり疲弊させられたせいだ。

 

 

「……よくやってくれた、響哉。あとは俺に任せてくれ」

 

 いつの間にかリングに上がってきていた連二は、俺にそう声をかけると周囲を見回し大きく息を吸った。

 

 ここで連二がKAR'sの解散を宣言し、人目が少なくなってから明に手錠を掛け、連行するのが連二の考えた計画なのだろう。

 

 

「全員聞け! KAR'sのリーダー、城戸明は敗けた! 今日、この瞬間を持ってKAR'sを――――」

 

 連二がそこまで声に出した、その時。

 

 

 排気ダクトから白い煙が突如として吹出し始めたのだ!

 その煙はあっという間に足下を覆い、フロア一体に充満してしまう。

 

 

「何だこの煙!?」「火事だぁ!!」「やべぇって、早く逃げないと!」

 

 予期せぬ異常事態に、フロアは大混乱に見舞われた。我先にとエレベーターと非常階段に人が殺到する。もし本当に火事なら、この場にいる半数以上が助からないだろう。

 

 

 ――そう。この煙は火災によるものではない。

 

 火から立ち上る煙は空気より軽く、天井を覆うようにして煙が充満し始めるはずだ。だがこの煙は空気よりも重い。つまり、何者かが人為的に発生させた煙幕であると確定できる。

 同時に、体が麻痺したり昏睡しているような人も見えないため、人体には特に悪影響のないものだと推測できた。 

 

 だとすれば、俺たちのやるべきことは自ずと決まってくる。

 

 

 

「不二、奈須川、鷹見! 明と連二を連れてすぐここから離脱しろ!」

 

 俺はリングの上からBlitzの3人にそう叫んだ。本来なら一般人の避難誘導が優先されるが、緊急事態のため明の手下達にそれは全て押し付けさせてもらう。

 

 

「……了解した! 美羽、伊織、行くぞ!」

 

 不二も俺の危惧していることを悟ったのか、他の2人に指示を出してリングに上がり、気絶したままの明の腕を肩に掛けた。

 

 

「一体何が起こってるんだ……!?」

「襲撃だ。とにかくまずはここから逃げねえと……他に逃げ道は?」

「この下に地下鉄の線路に出る抜け道がある。危険だが、そこからなら外に出られるはずだ」

「そうか。なら、3人の案内を頼む。俺は雅と2人でここで殿を務める」

「無茶だ! お前はただでさえ連戦で疲弊しているだろ!」

「これくらいどうってことねえよ。それに本当にヤバくなったらすぐ逃げ出すさ」

 

 フッと笑みを浮かべながら、俺は連二にそう言った。

 

 現状、いつ煙幕を発生させた犯人がここへ突入してきても不思議ではない。よって俺たちは可及的速やかに観客を避難させ、そして別のルートから明たちを逃さなければならなかった。

 

 恐らくこの混乱は、三郷会関連の人物が仕掛けた物だろう。無意味な争いは避け、目標()のみを的確に仕留めるための布石、と考えるのが自然だ。

 

 

「聞けェッ! これは火事じゃなくただのイタズラだ! だから焦らず落ち着いて外に出ろ! 犯人は俺の仲間が既に捕まえた!」

 

 急に、連二がそう叫び声を上げた。その声は大混乱を巻き起こしていた大勢の観客たちの耳にもはっきりと届いたようで、先ほどまで我先にと押し合っていた彼らの動きが止まり、ホッとしたように脱力してスムーズに人が流れ始めた。

 

 この緊急事態で人の声に耳を傾ける余裕が彼らにあるとは思えなかったが――――連二は、無理やりその耳を自分の声に傾けさせた。それだけ連二の持つ周囲への影響力は大きかったと言うことか。

 

 

 ――連二の鶴の一声で、瞬く間に人集りがなくなっていったのを見届けると、Blitzの3人は気を失ったままの明を担ぎ、連二の案内で立入禁止と赤い文字で書かれている奥の扉へと入っていった。どうやらあの部屋で賭けなどの闘技場の裏仕事をしているようだが、同時に外部に知られていない脱出通路も確保してあるのだろう。用意のいい連中だ。

 

 

「雅、銭形がどこへ行ったか聞いてないか?」

「聞いていない。気がついたらいなくなってた」

「やっぱそうか……」

 

 銭形は雅のことを信用していないと言っていた。だから、自分の動向を雅に伝えるなんてことはしないだろう。それは、何となく予想がついていた。

 

 

「あの野郎、肝心な時にどっか行きやがって」

 

 俺が姿をくらました銭形に悪態をついた、その時だった。

 

 俺と雅以外、誰もいなくなったフロアに、ポーンとエレベーターが到着した電子音が響き渡る。俺たちはその音に釣られ、エレベーターの扉に目を向ける。

 

 

 一瞬、事態を察知した銭形が遅れてやってきたのかと思ったが――――エレベーターから降りてきたのは、見知らぬ中国人風の男女と、金髪の北欧人らしき女の3人だった。

 

 

「…………ッ!」

 

 咄嗟に、懐のホルスターに入れてあるP2000に手が伸びた。ショルダーホルスターからP2000を抜き、油断なく両手に構えながら銃口を向ける。

 

 はっきり言って、佇まいからしてただ者ではない。特にあの中国人風の男。顔からして40歳は超えていそうだが、衣服の上からでもかなり鍛えられた肉体をしていることが理解できる。立ち姿からして、軍人だろうか。

 隣の2人も、相当ヤバイ雰囲気を醸し出している。この3人を雅と2人で相手にするのは、下手をすれば5月に闘ったイ・ウーの河上や櫻井の時より厳しいぞ。

 

 

「……おや? 雅さんじゃありませんか。ご無沙汰ですね」

 

 最も警戒していた中国人風の男は、そう気さくに雅へ声を掛けた。

 

 

 


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