緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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また少し間が開いてしまった。


BRIEFING

 

「う~ん……」

 

 空き教室のど真ん中にぽつんと置かれた座席でテキストと睨めっこしながら唸っているのは、俺の戦弟(アミコ)である遠山キンジだ。

 俺はその向かい側で椅子の背もたれに凭れ掛かって、足を組みながらその様子を窺っている。

 

 

「何でこんなに覚えることがあるんですか……? 傷の具合とか、救護科の範囲じゃないですか」

「チームメイトが負傷した時、見かけは浅くとも重症になっている場合がある。正しい判断をするためにこういう知識は強襲科でも必要とされてるんだ」

 

 事実、昨年の期末にあったランク考査の筆記試験で俺はこの問題を経験した。配点は少なかったが、正答率が非常に低かったことを覚えている。

 それにキンジにはHSS(ヒステリアモード)がある。今理解できなくともいざという時に実践できる可能性がある以上、知識を付けさせておくのは無意味ではない。

 

 

「こういうのは、ただ暗記するだけじゃ無駄だ。木の幹に枝葉を付けていくように、色んな情報を関連させて脳に定着させることが大事なんだ」

 

 秀桜で七海から受けたアドバイスを殆どそのままキンジに教えてやる。

 しかし、どうにもピンと来ないようでキンジはウンウンと唸って教科書と向かい合っているだけだ。

 

 コツを掴めばわりと簡単にできるのだが、確かにそれまではイメージできずに苦労するかもしれない。

 

 

 こればかりは数学のように解法があるわけでもないので黙ってキンジを見守っていると、不意に教室の扉が勢い良く開かれ教室の中に2人の女子生徒が入ってきた。

 名古屋武偵女子校(ナゴジョ)の露出が激しいカットオフ・セーラーを着たBlitz(ブリッツ)のリーダー、不二杏と奈須川美羽だ。もう1人、彼女たちとともに東京に来ているはずの鷹見の姿は見当たらない。

 

 

「ここにいやがったか、朱葉ァ! お前が来ねえとブリーフィング始められねえんだよ!」

「いててて! やめろ不二、わかったからこの手を放せ!」

 

 強引に不二に腕を捕まれ立たされた俺は、何とかそれを振り解いて一息つく。

 教室の前にある時計を見ると、時刻は既に1時35分。ブリーフィングは1時半の予定だったので、既に5分遅刻だ。

 

 

「そこの1年、朱葉を借りてくぞ」

「えっ、あっ、はい……」

 

 唐突に見知らぬ変な格好の女子が来たからか、キンジはとりあえずといった様子でそう返すと、赤面しながらそっぽを向いた。

 

 キンジは今座っているから、背の高めな不二が近くにいると服の下がちらっと見えるのかもしれない。本当に分かり易いヤツだ。

 

 

「ん? 何だお前、こっち向けよ」

 

 恐らく分かってて言っているのだろう。不二はニヤニヤしながらキンジに顔を寄せ、指を襟に引っ掛けて中をチラつかせている。

 

 

「あーちゃんやめてよ、恥ずかしい……」

「おい不二、あんまりキンジをからかうな。……悪いなキンジ、ちょっと大事な用があって行かなきゃならないんだ。今日はノルマが済んだら自由でいいから、明日までにその項だけでもちゃんと覚えてこい」

「は、はい。分かりました」

 

 キンジが返事をしたのを確認すると、俺は奈須川とまだキンジをからかいたそうにしていた不二を連れて教室を後にした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「すまない、遅れた」

「人を呼び出しておいて遅刻するとは、いい身分だな」

「その座り方のお前が言うか」

 

 ブリーフィングのために教務科から許可を得て借りた戦略室でまず俺を出迎えたのは、机の上に足を置いて腕を組みながらふんぞり返った銭形だった。

 その隣には置物のように微動だにせず座っている雅がいる。その雅の向かい側には、全く喋らない2人と向かい合っていていたせいか、疲れた顔をしている鷹見がいた。

 

 俺たちが今いるこの『戦略室』とは、チーム単位の作戦を練る時に生徒が自由に使っていい特別な教室のことだ。他の教室と比べ盗聴などによる作戦の漏洩対策のため様々な工夫が施されている。

 しかし、最近は男勝りな武偵高女子生徒(通称ブッキー)が女子力を上げるためにはどうすればいいのかを相談し合うたまり場となっているため、本来想定された用途で使われることは殆ど無いのだとか。

 

 今日はたまたま空きがあったので良かったが、規則で満室の場合は力づくで部屋を奪い取ることになっているため、下手をすれば作戦前に負傷してしまう恐れがあったので幸運だった。

 

 

「ま、まあまあ……。とにかく早くブリーフィングを始めようよ」

「そうだな」

 

 鷹見が困った顔でそう間を持ってくれたので、俺は相槌を打って雅の隣の席に腰を掛ける。それに続き、鷹見の隣に不二と奈須川も座った。

 

 

「ちょっと遅れちまったが、ブリーフィングを始める。標的は品川ジオフロントのどこかに潜伏している城戸明だ」

 

 俺は座りながら、すぐ横にあったホワイトボードに1枚の写真をマグネットで貼り付けた。

 その写真に写っているのはもちろん、今も連二とともにKAR's(カーズ)を纏めている城戸明だ。恐らく探偵科の生徒が撮影したのであろうこの写真は、明の右斜め前から少し高い位置で撮影されている。

 

 

「だが、昨日不二たちには言ったが、ジオ品川はとんでもなく広い。それに道が複雑で、俺たちの知らないような抜け道も多く点在しているだろう。現地で明の居場所を突き止めたとしても、その間に抜け道を使って逃げられる可能性もある」

「まずはこの男の所在を明らかにするのが先決か。時間がかかりそうだな」

「それについてはもう解決してる」

「何? どういうことだ」

 

 5人の視線が一手に俺へと集中する中、銭形が訝しげな表情でそう訊いてきた。

 

 

「不二たちと別れた後、俺は1人でジオ品川に行ったんだが……そこで、明の所在を知ってる俺の知り合いと出くわして、道案内を頼んだんだ」

「なっ……お前、そんなことして大丈夫なのかよ。あの先生にすぐ帰れって言われてただろ」

「そんなことはどうでもいい。朱葉、その知り合いというのは本当に信用に足る人物なのか」

「ああ。菊池連二って言う、俺の中学の時の同期だ」

「ハァ!?」

 

 長机を両手で叩きながら、不二は急に立ち上がって身を乗り出した。後ろに倒れたパイプ椅子が、不二の声の後ろでがしゃんと音をたてる。

 

 

「菊池って言ったら、KAR'sのNo.2じゃねえか! 何でそんな野郎を選んだんだお前は!」

「響哉くん、流石にそれは危ないよ。罠かもしれないし」

「連二は信用できる奴だ。俺が保証する」

「ダメだよ。いくら響哉くんが彼のことを信じていても、一度も顔を合わせたことのない私たちには信用出来ない。きっと、銭形さんや、久我さんだって――――」

 

 鷹見がそう言って銭形と雅に視線を向けた、その時。

 

 

 沈黙を通していた雅が、突如ナイフを長机に突き刺し、鋭い眼光を鷹見へと向けた。本気になった時の雅が見せる冷たい瞳だ。その威圧感は鷹見の言葉を詰まらせる。

 柄を握った手をゆっくりと解きながら、雅は遂に口を開いた。

 

 

「その菊池という人を響哉が信じるなら、私も信じる。それにもし裏切ったとしても、被害が出る前に私が仕留めればいい」

 

 雅のその自信溢れる台詞に、鷹見たちは何も言い返すことができなかった。数瞬の沈黙が訪れ、それを破ったのは銭形だった。

 

 

「……久我の言う通りだ。たとえ誰が裏切ろうが(・・・・・・・・・・)俺がすることに変わりはない。朱葉、菊池と合流する場所と時間を言え。信用する、しないの議論はするだけ無駄だ」

「今日の21時、場所は台場の自由の女神像前だ。連二ともう1人、小田切さんって人がそこに来ることになってる。合流したら、俺たちが用意する車に乗って連二の案内でジオ品川に行く予定だ」

「ならば車の用意と運転は俺がやろう。どうせ貴様らは免許を持ってないだろうからな」

「そりゃ助かる」

 

 車輌科の武偵は特別に、満18歳以下でも普通自動車の運転免許を取ることができる。他の学科の生徒も、自由履修で車輌科に行くことで免許を取得することも可能だ。

 強襲科などは現場に行く際に車を利用する事が多いので、比較的多くの生徒が自由履修を利用して免許を取っているが、銭形の言うように俺は持っていない。そして恐らく鷹見たちも持っていないのだろう。銭形の言葉に誰も異議を唱えない。

 

 

「……分かった。東京(ここ)はあんたたちの領地(ホーム)だ。そっちの指示に従うよ」

 

 渋い表情で不二はそう言った。

 鷹見と奈須川も、不服はあるようだがそれを胸の内で殺し、頷いて見せた。

 

 

「無理を言って悪い。だけど、早く何とかしないと駄目なんだ。連二の話によると、どうやら三郷会とかいう極道連中が妙な動きを見せてるらしい。最悪、戦争になると言っていた。それは俺たちにとっても都合が悪い」

「それを先に言えよ!」

 

 バンッ、とまたもや不二が長机の天板を叩きながら言う。

 確かに事が急を要する事態だと先に言えば、3人ももっと納得し易かっただろう。その辺は俺の交渉ミスだった。

 

 

「まあとにかく、約束の時間まで暫くあるから、一度解散にして仮眠を取ろう。長期戦になるかもしれないからな。最集合は20時、車輌科前だ。それじゃ、解散!」

 

 再集合場所を伝え、ブリーフィングを終わらせると、不二たちは揃って戦略室を出て行った。

 雅もどうやら諜報科の教師にすぐ戻ってくるよう言われていたらしく、Blitzの3人に続いて早足で戦略室を後にする。

 

 残ったのは、俺と銭形だけだ。

 

 

「……朱葉」

「何だよ急に」

 

 突然銭形から呼ばれた俺は、ホワイトボードにマグネットで貼り付けた明の写真を引き剥がすと、立ち上がって銭形の方を振り返った。

 

 

「あの久我という諜報科の女……お前は信用しているのか?」

「当たり前だろ、仲間なんだから。何でそんなこと訊くんだよ」

 

 俺がそう答えると、銭形は長机の上に乗せていた足を下ろし、そのまま立ち上がって俺に向き直った。

 

 

「久我のことは簡単にだが調べさせてもらった。昨年の2学期、香港武偵高から東京武偵高に転校し、自己紹介の後すぐ貴様に教室を連れ出されたそうじゃないか」

「……それがどうしたんだよ」

 

 嫌な予感がして、言い返す言葉も心なしかたどたどしくなる。

 そして、その予感は的中した。

 

 

「単刀直入に言う。あの女は信用できない。なぜなら香港武偵高の学生名簿に、【久我雅という名前は無かった】からだ」

「…………」

 

 まさか銭形に雅の素性が暴かれるとは考えていなかったために、何と返せばいいのか咄嗟に思い浮かばない。

 

 

「……何でそんなことが分かるんだ」

「昨年の春のことだ。ある依頼で香港へ行った時、案内役として香港武偵高の生徒を同伴させたことがある。その時に学生名簿を見たが、久我の名前はなかった」

「…………」

 

 一体どんな脳ミソをしているのかと思いながら俺は押し黙る。

 だが恐らく、銭形の言ったことは全て事実だ。

 

 去年の9月、転校生として俺の前に現れた雅を屋上で問い詰めた時、雅は『武偵高ではない、生徒に命令を出す学校から来た』と言っていた。だから香港武偵高から転校してきたというのは嘘だとすぐに分かった。恐らく司法取引の際、『そういうこと』にすることがお上(・・)にとって都合が良かったのだろう。

 

 だが、あの時屋上で言った雅の言葉には嘘があると思えない。雅は本心から『俺の力になることが生き甲斐』と言ってくれた。だから俺はその気持ちに応えるために、雅のことを信じ通さなければならない。それが、俺が雅にできるせめてもの事だ。

 

 

「出身が不明な奴を信用できない、って言いたいのか」

「当然だ」

「なら逆に、お前はどうすれば雅を信用してくれる?」

「…………」

 

 銭形の眼を見据えながらそう言い返すと、銭形はすぐに答えを口に出すことはできなかった。

 

 ……いや、恐らくあえてすぐに答えるような真似をしなかったのだろう。黙ったままなのは、きっと俺の心中を読んでいるからだ。『第六感』で、何となくそれが伝わってくる。

 

 

「……そうだな。行動で示せば、考え直さなくはないだろうな」

 

 それだけ言うと、銭形は踵を返し戦略室を去って行った。

 

 

 ――俺たちはチームを組んでから、まだ1度もチーム単位での任務を遂行していない。Blitzと合同だが、今日のジオ品川侵攻が初仕事だ。

 できるのならば今日のこの任務で銭形が雅の事を信じてくれるようになれば、チーム(エクステンド)にとって大きなプラスパワーに成り得る。

 

 銭形の性格からしてそれは難しいことだろうが、いつかそうなる日が来ると夢見ながら、俺は戦略室を出て鍵を閉めた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 ――響哉たちがブリーフィングを終えてから数時間後。三郷会の本部には大勢の構成員が集まっていた。

 敷地内に入りきらない末端の構成員は外で待機され、駐車場には数多くの黒い車が見受けられる。その大勢の黒服の男たちが蠢くその光景は、正しく『黒の海』だ。

 

 

烏騅(ウスイ)会長、お疲れ様です」

 

 三郷会の大幹部の男が、膝に手を当てながら中腰になりそう言うと、他の大幹部数名も同じ姿勢になり頭を下げる。

 

 その間を悠然と歩く白スーツの男は、三郷会4代目会長の烏騅圭壱である。その滲み出る威圧感は獅子を連想させ、一般(カタギ)の人間だけでなく極道でさえ怯む。

 

 烏騅は重厚な扉を片手で押し開け、外で待っていた大勢の構成員らの前に姿を現した。その後ろに、先ほど彼に頭を下げていた大幹部の面々が出てきて横1列に並んだ。

 

 その異様なまでの光景に、構成員らは一様に頭を下げて出迎える。

 

 

「――現在、品川ジオフロントでギャング気取りのチンピラがテリトリーを築いている」

 

 拡声器を使っているわけでもないのに、低く張り上げた烏騅の声は広大な三郷会本部の敷地内全域に響き渡る。

 

 

「今まで組内の騒動で手を回すことが出来ずにいたが……三郷会のシマでこれ以上野放しにしておけば組の面子(メンツ)に関わる。手前(テメエ)ら――――ガキ共に極道の恐ろしさ、思い知らせてやれェッ!」

 

 烏騅の一声とともに、集まった構成員らが一斉に声を上げ、その声の塊は大気を震わせ窓ガラスを揺らす。

 そして彼らは次々と車に乗り込み、駐車場から外へと飛び出して行った。

 

 

「……まさか、生きているうちにこないな光景が見られるとは思わんかったわ」

 

 大幹部の1人である澤村が、額に汗を浮かばせながらそう呟く。

 

 

「大袈裟だと思うか? たかが堅気(カタギ)のガキの集まり相手に」

「ええ、まあ」

 

 烏騅の問いかけに、澤村はそう答えた。

 

 確かにこの大規模な招集は異例だと言える。それも相手は若い一般人の集まりだ。それを相手にこれ程までの頭数を用意することは普通に考えれば有り得ない。

 

 

「荒川組が仕掛けてくるなら今しかない。何かしら因縁をつけてジオ品川に攻め入って自分たちのシマにする腹だろう」

「なっ……そんなことしたら、戦争モンやで……っ!」

「向こうはその気だろうな。先代の暗殺も時雨沢組の裏で糸引いていたのは恐らく荒川組だ。先代を暗殺し、組内が慌しくなった隙に領主の消えたシマを奪う。こんな無茶苦茶な策をよく実行に移したモンだ。まあ、堅気のガキ連中の排除に手を(こまね)いていたようだがな」

「堅気のガキにしては、中々根性があるようですな」

 

 澤村がどこか嬉しそうな表情でそう言うと、烏騅も口元を歪め、そして後ろを振り返った。

 

 

「ちょいと面を拝みに行く。お前ら、ここは任せたぞ。澤村、逢坂、後に続け」

「わかりやした」

「お気をつけて」

 

 本部に残る大幹部の面々に見送られながら、烏騅たちは黒服の男たちが頭を下げながら開けた道を歩きながら、品川ジオフロントへと向かう車に乗り込むのだった。

 

 

 

 

 

 




龍が如くシリーズの影響を強く受けていることが隠せない(隠すつもりがない)。

ところで今季からSAOの2期が始まると思っていたらまだ先の話だったのでちょっとショックを受けた今日このごろ。
2期の放送に合わせて短めの構成で二次創作でも書いてみようかと考えましたがこれのペースがきっと洒落にならなくなるでしょうから踏み出すことが出来ないでいます。
しかし書きたいなぁという気持ちはあるので、とりあえず今は大まかな流れだけ纏めて気が向いたら書いていく方向で進めていくつもりです。現段階ではキリトとシノンのコンビで原作の空白期間の話を考えてます。もし投稿が滞ったらそっちに移り気してると思って下さい。
しかし、とりあえずまずはSAOの原作を買わなきゃいけませんね。

閲覧ありがとうございました。次回は1周間から10日ほどになると思いますので、時間がある時にまた目を通してもらえれば幸いです。

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