緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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再会

 

 俺が転校したのは、中2の冬頃だった。だから連二と会うのは3年ぶりということになる。

 

 こういう時、普通ならば久しぶりの再会に喜んだりするものなのだろうが、如何せん俺と連二には少々事情があってそういう空気にはなりそうになかった。

 

 

(それに、去年のこともあるしな……)

 

 昨年のアドシアード、俺は死んだと思っていた燐と2年ぶりの再会を果たした。だが、彼女は昔の面影だけを残しまったく別人のようになっていた。

 

 目の前にいる連二も、燐と同じように全く別人になってしまったんじゃないかと、つい考えてしまう。

 

 そんな不安が顔に出ていたのだろうか。連二は突然、フッと笑みを零しながら話しかけてきた。

 

 

「2年……いや、3年ぶりか。見違えたぞ、響哉。俺よりデカくなったんじゃないか?」

 

 連二は俺に歩み寄って、肘で軽く腹を小突いてきた。

 それがなんだか懐かしくて、俺の表情にも自然と笑みが零れる。

 

 

「お前は昔とあんまりかわらないな。そういえば、おばさんは元気か?」

「……ああ。多分、元気でやってると思う」

「多分……?」

 

 妙に含みのある言い方をした連二にそう訊くと、連二は自嘲気味な笑みを浮かべながらまるで腫れ物にでも触るかのようにそっと答えた。

 

 

「お前が転校してすぐ……暴力が原因で離婚して、親権なくしてしばらく会ってないんだ」

 

 衝撃の発言に、驚きのあまり開いた口が塞がらない。

 

 俺の記憶が正しければ、連二の両親は彼が小学生の頃に離婚している。その原因が父親の暴力で、連二の顔の傷は夫婦喧嘩のとばっちりで付けられたものだと聞いた。

 そして、中2になる前に連二の母親が再婚した。俺も明もその再婚相手の男性を見たことがあるが、優しくておおらかな人柄だったはずだ。

 

 つまり、先ほどの連二の話を付け加えるとするならば、その再婚相手と喧嘩して、今度は自分が連二への暴力を理由に離婚させられてしまったということになる。何とも皮肉な話だ。

 

 

「なんか、悪いこと聞いちまったな……。高校には通えてるのか?」

「奨学金とバイト代でなんとかなってる。でも、昔と比べると1人暮らしの今は随分と気が楽だ」

「お前、自炊してるのか」

「なんていうか……居心地が悪いんだよ。俺のせいであの人の人生メチャクチャにしてそうな気がしてよ」

 

 どこか儚げな表情で、連二はそう言った。

 きっと、本心は違うのだろう。だが、優しさに甘えることは他人を第一に考えてしまう連二にはできなかったのだ。昔と何も変わっていない。

 

 昔は自分にできないことは無責任にやろうとは言い出さなかったが、高校生になった今では社会的にも様々な制約から開放され、できる事が増えたために、より一層その考えが強くなっているように思える。

 

 

「あ、あの~。2人はどういった関係で?」

 

 連二と一緒にいた、青い帽子の男が俺たちにそう尋ねてきた。

 

 

「ああ、こいつは朱葉響哉。俺の親友だ」

「ふーん。連二さん、武偵高に友達がいたんですか。ども、フリーターやってる小田切(オダギリ)辰巳(タツミ)ッス」

「小田切は俺のバイト先の先輩なんだ」

「へえ、そうだったのか」

 

 俺は外面では特に変わりなく、平静を装って相槌を打ったが――――内心では、小田切さんに対して妙な感覚を抱いていた。

 

 武偵高では命令系統の最適化のため年功序列が非常に厳しく義務化されている。別段そういうのに強いこだわりを持っていない俺でさえ、徒友(アミコ)のキンジには先輩の威厳を損なわないよう言動や行動に気を遣っているのだが、この小田切さんからはそういったものが感じられない。

 

 良く言えば気さくで、フレンドリーな人、なのだろうが……。

 秀桜の潜入調査の時にも感じたが、如何せん長らく世間一般とは違う世界で生活していたために、感覚がズレてきているだけなのだろうか。

 

 それと、気になることがもう1つ。

 

 

(何だったんだ、さっきの変な感覚は……)

 

 ほんの一瞬のことだ。

 小田切さんと言葉を交わした時、一瞬、胸がざわついたような妙な感覚に襲われたのだ。

 

 俺はこれと似た感覚をどこかで体験した気がするのだが、思い出すことができない。しかし、いい思い出ではなかったことは確かである。

 

 全く異質なものであるから思い出せないのか、それとも、そもそも俺の気のせいだったのだろうか。

 

 

「ところで、響哉」

 

 不意に、連二が話を振ってきたので、俺は考えるのをやめて連二に向き直る。

 

 

「お前がジオ品川に行こうとしてたのは、明のことか?」

「……ああ。明日にでも明を捕まえに来るかもしれない。だが、あいつに気付かれずに大勢でジオ品川に踏み込むのは不可能だ。少なくとも潜伏先の場所程度の情報がいる」

「だから1人でここに情報収集にきたってことッスね」

 

 納得したように、小田切さんがポンと手を打った。

 しかし、その隣で連二だけは険しい表情で俺を見据えている。

 

 

「頼む、連二。俺に明のいる場所を教えてくれ」

「……駄目だ。お前は1人で行くつもりだろう。そんなことはさせる訳にはいかない。それに今、ジオ品川は日本で最も危険な場所だ。三郷会の新しい会長が、KAR’sを潰そうとしている動きがある。明はそれに真っ向から挑むつもりだ。いつ戦争になってもおかしくない。明と関わりのあることが三郷会に知られたら、お前まで狙われることになるぞ」

「その言い方だと、やっぱり知ってはいるんだな。明の居場所を」

「…………」

 

 俺の問いかけに、しかし連二は答えなかった。だが、その俺に向けて逸らさない視線が肯定を物語っている。

 

 

「お前1人に、何ができる。明の傍には少なくとも10人以上の武器を持った手下がいるぞ。仮にその手下たちと明をねじ伏せたとして、その後どうする? 明を背負ってジオ品川から逃げるのは不可能だ」

「戦うだけが武偵じゃない。何とか説得して、自首を――」

「それができるなら、とうに俺がやっている!」

 

 連二は俯き気味になって顔を隠しながら、声を張り上げて叫んだ。

 その激情的な叫びとは裏腹に、言葉からは悲しみが伝わってくる。

 

 思えば、連二は俺がいなくなった後も、ずっと明といたはずなのだ。なのに、明の暴走を止められず、潜在的に無力感を抱いているはずだろう。

 それが、裏切り者の俺が今頃になって急に現れて、説得して自首させるなどと言い出したら怒っても無理はない。

 

 

「悪い、連二……でも、俺はなんとしても明を止めなきゃいけないんだ」

「……それは、武偵としてか?」

「それもある。でも、それ以前に俺はあいつのことをまだ親友だと思ってる。だから何とかしてやりたいんだ」

 

 他者から見れば、綺麗事を並べただけの友情ごっこかもしれない。

 それでも、たとえ嘘偽りの絆だろうと、留めておきたい繋がりがある。それを護るために、俺はある決断をした。

 

 

「連二。俺は明日の夜、1人じゃなく、仲間を連れてもうジオ品川へ来る。だから、明の居場所を教えてくれ。この通りだ」

 

 俺は連二に向かって、深く頭を下げる。

 取引をするにはこちらの手札はなく、脅迫などもっての外だ。結局、無力な俺にはこうすることしかできない。

 

 

「……わかった。ただし、俺も付いて行く。お前と、どんな奴かも分からない連中だけじゃ不安だからな。他に何か俺たちにできる事はないか?」

「車を用意してほしい。帰りの時、行きに使った車が使えるかどうかはわからないからな」

「車だな。小田切に用意させる」

「えっ? 俺!?」

「俺はまだ17だろうが。それにお前は運転免許を持っていただろう。レンタカーを借りてこい」

「人使いが荒いんだから……ま、いつものことか」

 

 少々驚いた様子を浮かべた小田切さんだったが、すぐに普段の調子を取り戻し頭を掻き始めた。

 俺は2人に深く頭を下げ、精一杯礼を言う。

 

 

「ありがとう、連二。小田切さんも」

「いいっていいって。武偵に貸し作っておくのも悪くないし。だからさ、武偵高の可愛い子紹介してよ」

「ハハハ……」

 

 俺は乾いた笑みを浮かべながら、小田切さんの頼みを黙殺した。

 ……まあ、顔だけなら可愛い子ならいくらでも知っている。明日にでも紹介できるだろう。蘭豹などは話をすればあっちの方から出向いてくる可能性もある。

 

 

 ――その後、俺たちは明日の待ち合わせ場所を決め、互いの連絡先を交換して別れた。

 

 既に日付が変わってから何時間も経過している。どうやら、今日の早朝訓練はできそうにない。

 俺は雅と銭形に今日のことをどう説明するべきかと考えながら、月明かりと外灯の照らす道を歩きながら学園島へと帰るのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 響哉が菊池連二、小田切辰巳らと別れたのと時を同じくして、某所にある荒川組本部では若頭である荒川(アラカワ)(イサオ)の耳に、ある報せが届いていた。

 

 

「……もう三郷会が再起し始めたか。思ったよりも早いな」

「密偵からの報告によれば、5代目を襲名した烏騅(ウスイ)圭壱(ケイイチ)は明日の夜にジオ品川の奪還を企てているようです」

「藍幇からの援軍――欠損分隊だったか。それの到着は?」

「数時間前に上海を発ち、朝には到着する予定ですので、何とか間に合うかと。『協定』を破るまで、あと少しと言ったところですな」

 

 功に報告をしに来た側近の男は、慌てたように声を裏返した。

 

 彼の言う『協定』とは、今から約20年前、荒川組初代組長が関東最大級の勢力を誇っていた三郷会、そして有馬成瀬連合の当時の頭目と結びつけた不可侵協定のことである。

 武偵制度も施行される以前、暴力団同士による過激な闘争は互いに甚大な被害を被り、これ以上の争いは不利益を招くだけと判断したのだ。

 以後、20年に渡りその協定は守られ続け、裏の世界の安定は保たれていた。

 

 功は口元を歪め側近に向き直る。

 

 

「馬鹿を言え。俺は義理堅い男だ、約束事を破ることはできぬ。だから、破らせる。向こうにな」

 

 そう言いながら、功がデスクの上に置かれている葉巻に手を伸ばすと、側近は自分のライターで功が咥えた葉巻に火を灯した。上下関係に厳しい企業舎弟(ヤクザ)の間ではよく見られる光景である。

 

 

「時雨沢はよくやってくれた。奴のお陰で関東、いや日本の裏社会全てを支配する足場が固まった」

「しかし、三郷会と衝突すれば有馬成瀬連合が黙ってはいないのでは?」

「今の奴らは結束力を持っていない。いつ崩壊するとも限らん、取るに足らん存在だ。たとえ騒いできたとしても捨て置けばいい。……それに我々には藍幇の後ろ盾がある。たとえ三郷会と戦争になろうと、昔のようにはならないだろうさ」

「ま、またご冗談を。戦争など……」

 

 苦笑する側近に向き直り、功は不気味な笑みを浮かべる。

 恐怖を覚えながら、側近は悟った。この男は、本気で三郷会を潰そうとしているのだと。

 

 

「ところで……最近、武偵局からの情報が途絶え気味じゃないか?」

「そ、それにつきましては、警察機構の内部調査が一層厳しくなったためかと。先月、大阪武偵高で日暮が捕まって以来、他の密偵の活動も難しくなりましたので」

「そういうことか。武偵の動きが見えんのは少々不安ではあるな」

 

 口ではそう言いながらも、功の表情には余裕が絶えない。それだけ、欠損分隊の能力を評価しているということの表しである。

 

 

 ――だが、彼らは知らなかった。時雨沢組をたった1人で壊滅させた武偵がいることを。学生武偵最強と呼ばれた男が東京にいることを。かつて当時の三郷会の会長を誰にも気付かれず暗殺した少女の行方を。

 

 

 ――――そして、彼らには知る由もなかった。自分たちが、裏世界の番人に矛先を向けられているという事実に。

 

 

 

 

 

 


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