緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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追憶 〈響哉編〉

 

 

 

 

 俺があいつらと出会ったのは中学校の入学式の日だった。

 

 席が隣で、互いに片親だったということから、俺たちはすぐ友達になり、よく一緒にいるようになった。

 他のクラスメイトたちも俺たちに普通に接してくれたが、彼らの親たちは片親だからという理由でどうにも俺たちを良く見てはくれなかったようで、あまり一緒に遊んだ記憶はない。だからだろうか、俺の中学時代はどうにも、家族とあの2人しか周囲に人がいなかったような気がしてならない。

 

 そんなある日のことだ。理由はなんだったか忘れたが、銅の需要が急に高まった時期があり、日本各地で電線泥棒が出没した時があった。

 その電線泥棒をどこかの女子高生が捕まえたというニュースをテレビで知り、俺たちもそれに続こうと3人で街のパトロールを始めた。大体、時間帯は夜の10時以降だ。家族の目を盗んで外に出るのは、なんだか映画の主人公になった気分がして悪くはなかった。

 

 しかし、パトロールを始めて1週間ほどが経っても、目立った成果は得られていない。そろそろ止めにするべきなのではと思い始めた頃だった。

 俺たちは2階建てのアパートのベランダで、女性用の下着をバッグに詰める怪しい男を目撃した。

 

 俺が「下着泥棒だ!」と大声を上げると、その男は慌てて背中から地面に落ち、その場から逃げ出そうとしたので、俺たちはその男を必死に追いかけ回し、足に跳びかかってこかせると、準備していたガムテープで縛り上げて見回りをしていた警官にガムテープでぐるぐる巻になった下着泥棒を突き出した。

 

 俺たちは感謝状とやらを貰えると期待したが、16歳以下の夜11時以降の外出は条例で禁止されていたためまずそこを注意された。そのため感謝状はもらえなかったが、代わりにお菓子の入った袋を貰った。ちなみに、親父から貰ったのはげんこつだった。

 

 しかし、下着泥棒の逮捕で俺たちは街のために役に立っているのだと実感できた。毎日のように事件が起きている今の世の中だが、こうして見張りの目を張り巡らせておけばいつかきっと犯罪はなくなる。そう信じて、俺たちは3人で街の自警団となるチームを結成した。

 

 

 ――だが、それから数ヶ月後、俺の耳に燐が殉学したという知らせを耳にする。

 

 結局、チームはいつまで経っても俺たち3人だけで、見回りの成果もあの下着泥棒の1回だけ。

 

 

 

 俺はやっと、今までやってきたことがただの自己満足でしかなかったということに気づいた。

 

 

 そして、武偵になることを再度決心し自分の鍛錬に集中していった結果、徐々に2人と疎遠になっていった俺はそのうち1人と大喧嘩して……親父の仕事の都合で急に転校することになり、結局、酷いことを言ったまま謝ることもできず、喧嘩別れしてしまった。

 

 その後の2人のことは、よく知らない――――。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「や、やめなよあーちゃん!」

「うるせえ! コイツはなぁ、連中(KAR's)の送り込んだスパイの疑いも掛けられてんだ! 大阪だけが例外じゃねえ! これが落ち着いていられるか!」

「おいコラァ! 一体何事や、さっきから喧しいぞ!」

 

 職員室から蘭豹が乱入し、この部屋の光景を見ると、蘭豹は俺を締め上げている不二の手首を掴んで力を込めた。

 

 

「ぐっ……」

「こんなんじゃ話も聞けへんやろ。少しは頭冷やせ」

 

 蘭豹は不二から俺を開放し、凄みを利かせた低い声でそう言うと、俺が礼を言うよりも先にさっさと個室から去って行った。

 すると、先程から一貫して静観を貫いていた綴が溜息とともに煙草の煙を吐き出すと、その濁った目を不二たちの方へと向ける。

 

 

「……お前たちでは話し合いはできそうにないな。鷹見は遠回りさせ過ぎで、不二に至っては話し合いすらできていない。ここからは私が朱葉に話をする」

「も、申し訳ありません……」

 

 椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる鷹見を尻目に、綴は全く話の全容が見えずに部屋の隅で立っているだけだった俺に視線を向けた。

 

 

「朱葉。今日、この3人が東京へ来た理由はKAR’s(カーズ)の現リーダー、城戸明を逮捕するためだ。主な罪状は傷害、そして殺人教唆だ」

「…………!」

「『有り得ない』、そんな顔をしているな。だがこれは事実だ。東海地方で活動しているKAR’sのメンバーが先日ホームレス狩りを行い、住所不定の男性ら4人が重軽傷、2人が重体。そして……1人、亡くなった。実行犯のKAR’sメンバーは既に逮捕されたが、その供述でリーダーからの命令だったという言質が取れた。令状が降りるには十分な理由だ。そして、大阪武偵高の前例と逮捕協力のため、お前には知っていることを全て吐いてもらう。断れば、お前は私の尋問を受けることになる」

 

 綴が、まだ長い煙草を灰皿に押し付けた。それだけ、俺が今から言わされる事が重要な証言であるということだ。4人からの視線を一身に受け、背中に冷たい汗が流れる。

 

 

 ――俺は、明との関係を嘘偽りなく綴と、不二たちに説明した。一応それで納得はしてくれたようで、深く言及されることはなかった。

 

 

「だから、俺も明の居場所は分からねえんだ。すまない」

「いや……こっちこそ悪かった。変な疑いかけちまって」

 

 申し訳無さそうにして、不二が頭を下げてきた。だが、掴み掛かってきたことについてはそれからも謝られることはなかった。

 

 

「綴先生。俺も彼女たち――Blitz(ブリッツ)と一緒に捜査に出ていいでしょうか。できればあいつは、俺の手で何とかしたいんです」

「……まぁ、お前ならいいだろう。ただし、条件がある。お前のチームの銭形と久我。あの2人も連れて行け。同行するならチーム単位だ。チーム名は……EXTEND(エクステンド)だっけか? それで許可はとってやる」

「ありがとうございます」

 

 新しい煙草を咥え火を点け始めた綴に、俺は深々と頭を下げて礼を言った。

 

 

「ちょっと戦力過剰な気がするけど、あの2人がいれば心強いね」

「フン、別に私たちだけでも十分だったのに。……しかし、これで捜査は振り出しか。城戸の居場所がわからないんじゃ、どうしようもない」

「警察も『品川区のどこかに拠点がある』、程度しか掴んでない辺りがKAR’sの厄介なところだね……」

「品川区といえば、確かジオフロントがあったな」

 

 品川ジオフロント……通称ジオ品川は、犯罪者の巣窟として有名な区画だ。

 バブル崩壊と共に中止された都市計画のせいで中途半端に建設された多くの建物や道路は、無数の地図にない通路を作り出し、その結果、『隠れやすく逃げやすい』という犯罪者にとって理想的な街になってしまった。

 そのため、アジアからの密入国者やハッカーなどが根城とし始め、一帯は電波台風と称される電波障害を常に引き起こしているため無線機器が機能しないため、警察の目すら届かぬ無法地帯となっているのだ。

 

 しかし、裏を返せばそれは犯罪者をジオ品川に隔離できているということになる。

 わざわざ蜂の巣を潰して中から出てきた大量の蜂をせっせと殺すよりも、ふらふらっと外に出てきた少数を駆除している方が効率がよく、またより自分たちの力を発揮できるものなのだ。

 だからこそ、国や都はジオ品川をそのまま放置している。要は、あの場所は一種の隔離施設なのだ。

 

 だが、ブレインをそこに置き実働班を外で働かせているという形態は、俺たちにとって非常に質が悪い。いくら外の実働班を捕まえても、手が出せない内から対策を模索されてしまう。何よりも、根本的な解決ができない。

 

 

「そのジオ品川にカチコミしに行きゃいいんじゃないか?」

「無駄だろうな。余所者が入ってきたらまず間違いなく警戒されて、あっという間に知れ渡る。もし明に勘付かれたら隠れられるかもしれないし、そもそもジオ品川の連中が一斉に俺たちに掛かって来てもおかしくない」

「……話は纏まりそうにないな。今日はもう遅い。お前たちはホテルへ行け。朱葉も寮に帰って、話し合いは銭形と久我も交えて明日にしろ。これ以上は無駄だ」

 

 煙草を咥えたままの綴にそう言われ、結局、今日はここで解散となってしまった。確かに、もう日付が変わって1時間ほど経っている。名古屋から来て疲れているだろう鷹見たちのこともあり、綴のいうことは限りなく正しかったといえる。

 

 だが、俺は綴の言うことを無視し、寮に帰らずに学園島の外へと向かっていた。

 

 武偵高のある学園島から台場へ出るにはモノレールを利用する他に、西にある橋を渡るルートがある。

 既にバスもなく、徒歩でその橋を渡った俺の足は、自然とある場所へと向かっていた。

 

 歩き始めてからおよそ1時間半。俺の目の前にそびえ立っていたのは、ジオ品川に繋がるゲートだった。

 このゲートをくぐった先は、警察の目も届かない未知の領域。凶悪な指名手配犯も多く潜伏しているとされる、悪の巣窟だ。

 

 派手な色合いの防弾制服を着た武偵高の生徒が5人、6人で行けば警戒されるが、1人だけなら相手の警戒心も薄れるかもしれない。

 

 そんなことを期待しながら、俺がゲートへと足を踏み出した時だった。

 

 

「何をするつもりかは知らないが、やめておけ。ここはあんたみたいな人間が行っていい場所じゃないよ」

 

 ふと、背後から声を掛けられ、俺は踏み出そうとしていた足を止める。

 その声に敵意はなく、俺は別段警戒もせずに振り返った。

 

 そこにいたのは、ヘッドホンを首から下げながらつばを逆さに青い帽子を被った大学生くらいのと、青い半袖のパーカーを着てフードで顔を隠した男の2人組だ。

 

 俺は彼らに体を向け直すと、懐のホルスターに入っているP2000を見せつけながら、挑発的な笑みを浮かべた。

 

 

「誰だ、お前らは」

この街(ジオ品川)の人間だ。悪いことは言わない。今、単身でこの先に行くのは危険過ぎる」

「悪いが、俺にも理由がある。邪魔するっていうのなら、痛い目見てもらうぜ」

「……説得は無理か。あまり余計なことをしてもらうわけにはいかないんだ。あんたには何としてもここで帰ってもらう」

 

 そう言って、パーカーを着た男は一歩前に出て、顔を隠していたフードを払った。

 

 

 ジオ品川から漏れるネオンの光によって顕になったその顔には――――眉間から右頬にかけて、4センチ程度の傷が見て取れた。

 

 その傷を目にした時、俺は驚愕のあまり息を呑んだ。

 

 喉奥では数え切れないほどの言葉が詰まり、俺の呼吸を阻害する。そんな息苦しい中で、俺は掠れる声を振り絞った。

 

 

「その傷……お前…………連二、なのか……?」

 

 震える指を、声を、パーカーを着た男に向ける。

 

 

「まさか……響哉、か?」

 

 相手も俺を誰だか思い出したようで、驚きを隠せずに唖然とした様子で俺を見据えていた。

 

 

 

 

 ――彼の名は菊池連二。俺と明と共にKAR’sを創った、中学時代の俺の親友だった(・・・)男だ。

 

 

 

 

 


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