緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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合兄妹 Ⅲ

 

 

 高千穂たちが武偵高を出てからおよそ1時間後。銭形の携帯に高千穂からメールが届く。

 

 1時間も待たされたことに対し銭形の表情には若干苛つきが浮かび上がっていたが、このくらいで説教を垂れるほど理解が及んでいないわけではないようだ。自分も今から追いかけるという旨のメールを送信すると、銭形はモノレールに乗って高千穂たちに遅れて台場へと向かった。

 

 

 一方、高千穂と愛沢姉妹は普段通りの私服姿で一足先にアクアシティ台場に訪れ、衣服やアクセサリー等を見てショッピングを楽しんでいた。

 しかし、高千穂は小さなポーチを腕に下げているだけで、買い物してできた荷物は付人である愛沢姉妹が全て持っている。

 

 それから更に数時間後。一通りショッピングを終え、アクアシティ台場を出ると、3人の目に飛び込んできたのは全面ガラス張りの巨大なピラミッド型の建造物であるピラミディオン台場であった。

 

 今から1年前、日本でもカジノが合法化され、その公営カジノ第1号として最近漸く運営を始めたのがこのピラミディオン台場だ。

 この独特の形をした建造物は数年前に日本に漂着した巨大なピラミッド型の投棄物に何かを見出したらしく、都知事自らデザインしたというのはニュースで話題になったことがある。

 

 

「お金が集まるのは、何も銀行だけじゃないわよね……湯湯、夜夜、着いてきなさい」

 

 アクアシティ台場から見てピラミディオン台場は目と鼻の先だ。先ほど銭形に指南されたことを思い出し、高千穂はその近辺を見回るだけでも価値があるのではないかと考え、動く歩道に乗ってピラミディオン台場に向かった。

 

 警邏をする際に気をつけておく点として、どういった人物を取り押さえるのかというイメージを曖昧にでも作ってしまうというものがある。

 例えば多くの人が集まる場所で警邏をする場合、スリや痴漢など、人の目を盗むような素振りを見せている人物に狙いを絞ることで、効率的にそれらをしようとしている人物を大勢の中から見分けることができるのだ。

 

 では、このカジノの周辺だったならばどうか。

 

 そもそも賭博というのは金を持っている者の道楽だ。貧乏人が最後の望みを賭けて挑むというのもない話ではないが、希有な例と考えていいだろう。

 元金がなければ大金を得られない以上、この周辺に集まってくるのも身だしなみの整った、金に余裕のありそうな連中が多い。

 

 だからこそ、そういった人を狙う者も集まってくる。高千穂は、カジノに行こうとしている客、もしくはカジノから出てきた客を狙っているような人物に狙いを定めていた。

 

 とは言っても、カジノの警備は外まで厳重だ。監視カメラは至る所に設置してあり、警備員の男性が順次入り口付近を巡回している。なので高千穂たちも、特に注意を張り巡らせるでもなくカジノの近辺をただうろうろと歩いているだけだった。

 

 

(まあ、いるわけないわよね)

 

 そう高千穂が高をくくっていた時のことだ。

 

 カジノの周辺を一通り回り終え、建物正面にあるアクアシティお台場へと繋がる動く歩道まで近道するために駐車場を歩いていると、黒いバンから黒や黄土色などの地味めな色のコートを着た中年の男性が何人か出てきたのを、高千穂は車の間からたまたま目撃した。

 

 

 ――その瞬間、高千穂の背筋に悪寒が走る。

 

 彼女は一目見て確信した。あそこにいる彼らは賭博を楽しみに来たのではない、招かれざる客なのだということを。

 冷たく、濁りきった、それでいて真っ直ぐな、見る者の精神を蝕むような眼。

 それはとてもギャンブラーの眼ではない。明確な意志を持って悪に落ちようとしている、犯罪者の眼だ。

 

 高千穂麗はこの日生まれて初めて、本物の犯罪者という存在に遭遇したのだ。

 

 

(と、とにかく……あの連中を今すぐに取り押さえんと――――!)

 

 高千穂はまっすぐ車の間を通って怪しい集団に近寄ろうとする。が、しかし。

 

 

「止まれ、高千穂」

 低い男の声と共に強い力で肩を引っ張られ、高千穂は後ろに転けそうになった。

 

 なんとかバランスを保ち、急に背後に現れた男の顔を見上げると、そこにはいつのまにか自分たちに追いついていた銭形平士の姿があった。

 

 

「今ここで連中を捕まえるべきじゃない。ピラミディオン台場の警備員に連絡し、奴らが行動を起こしてから現行犯で警備員と連携し包囲する。お前たちは奴らから離れて尾行し、遅れてカジノに入れ。状況が変化すれば各自の判断で制圧に協力しろ。これは訓練ではない。身の危険を感じたらすぐに離脱しろ」

「は、ハイ!」

 

 緊張感の篭った声で、息を殺しながら高千穂と愛沢姉妹は返答する。

 

 

「俺は先回りしてピラミディオン台場の警備員に連絡する。お前たちは連中を見張っておけ。だが、決して無理はするな。最悪、応援が駆けつけるまで外で何もせずとも構わない」

 

 銭形はそれだけ言い残し、怪しい男たちに見つからないよう彼らの死角を通って足音を立てずに走ってピラミディオン台場へと向かって行った。

 

 

 残された高千穂たちも、銭形に指示されたように男たちをかなり離れた場所から監視しつつ、ゆっくりと見つからないようにその後に着いて行く。

 尾行は武偵の基本技能の1つだ。それは強襲科の彼女たちとはいえど違いはない。

 

 怪しい集団はまさか自分たちが尾行されていることなどいざ知らず、表から堂々とカジノへと入っていく。事件はその直後に起こった。

 

 入ってすぐのエントランスホールで、怪しい男たちがそれぞれコートの下から銃を取り出し、天井に向かって発砲しだしたのだ。

 

 

「全員動くな!」

 

 ホールの静寂を砕くような男の怒鳴り声とともに、その男は近くにいた受付の女性に自動式拳銃――――『ジェリコ941』の銃口を突きつける。

 

 

「この女の命が惜しくば、カジノの金庫を開けろ!」

 

 白昼堂々のカジノ強盗。この建物の防音は完璧なので、銃声も叫び声も外に漏れることはない。既に警察と武偵は出動しているが、人質がいる以上迂闊な真似はできない。

 

 

 ――無論、それは人質が抵抗しなかった場合である。

 

 

 受付の女性は素早い動きと軽やかな身のこなしで銃の射線を逸らし、カウンターから飛び出ると、男の伸びきっていた腕に太腿を絡ませ、腰の回転を利用して床に伏せ倒してしまった。

 

 

「ぎゃああああ!」

「な、何だコイツ……!?」

 

 想定外の出来事に、男たちは動揺を隠せない。

 そんな彼らに追い討ちを掛けるように、カジノ・ホールからかなりの数の警備員が彼らを取り囲むようにして現れた。

 

 

「堪忍なさい。あなた達は完全に包囲されているわ」

 

 勝利を確信し、悠々とした態度で入り口から入ってきたのは、木製銃床を取り付けたスーパーレッドホークを携えた高千穂だ。が、付人の愛沢姉妹の姿は見えない。どうやら外で見張りをしているようだ。

 

 

「さあ、大人しく武器を捨てて――――」

「武器を捨てるのはテメエらの方だ」

 

 高千穂の背後――――自動ドアが開く音と共に、下卑た男の言葉がホールに響き渡る。

 

 振り返った彼女たちの視線の先にいたのは、警備員の服を着た男たちによって拘束された、湯湯と夜夜だった。

 彼らが現れると同時に、ホール内で強盗団を取り囲んでいた警備員からも、銃口を横にいた別の警備員に向ける者が現れ、高千穂は目を剥いて驚愕した。

 

 彼らは、初めから強盗団の仲間だったのだ。裏切った警備員の数は、ちょうど5人。それはこの状況を覆すには十分過ぎる人数だった。

 

 

「ご覧のとおりだ。あのガキを殺されたくなけりゃ、大人しく銃を捨てな」

 

 形勢逆転。勝利を確信した強盗団の男が笑みを浮かべながらそう言うと、高千穂と警備員たちはそっと足下に銃を置き、ゆっくりと両手を上げることしかできなかった。

 

 

 

 

 ――ように思われた。

 

 

 高千穂は両手を上げる際に、拘束された湯湯と夜夜にアイコンタクトを送った後、ポーチからピンを抜いた閃光手榴弾を床に放ったのだ。

 それは床に跳ねるとすぐ強烈な光を発し、予め目を庇っていた高千穂とそれをすると分かっていた愛沢姉妹以外の視力を一時的に奪う。

 

 その直後、高千穂はスーパーレッドホークに付けた木製銃床を踏みつけ、跳ね上がったそれを掴むと同時に、湯湯を抑えていた男に肉薄し、銃床で男の顔面を殴打した。

 閃光により視力を奪われ無防備になっていたところへの不意の一撃で、男の拘束から逃れることのできた湯湯は、すかさず隣にいた夜夜を抑えている男の手首に噛み付き、夜夜を開放させると、男の手から拳銃を奪い取り自由になった夜夜が男の髪を掴み後頭部を床に叩きつけた。

 

 強盗団の視力はまだ回復していないと判断した高千穂は、湯湯、夜夜と共に体勢を立て直すが――――

 

 

「このクソガキがぁぁぁぁ!」

「ッ!?」

 

 強盗団の1人が、怒声を張り上げながらジェリコ941の銃口を高千穂たちへ向ける。

 

 彼は高千穂がポーチから閃光手榴弾を落とす所を目撃し、咄嗟に目を庇っていたのだ。一瞬出遅れたために高千穂の初動は止められなかったが、今この瞬間では既に銃口を向けている彼の方が優勢であり、高千穂は足を竦ませてしまう。

 

 

 

 男の指に力がこもった、その瞬間――――乾いた銃声が、エントランスホールに響き渡った。

 

 

 

「ぎゃああああ!?」

 

 男は悲鳴を上げ、膝から崩れ落ち、拳銃を床に落としてしまう。その右手からは、濁々と血が流れ出ていた。

 

 高千穂が銃声のした方向――カジノホールへと繋がる通行路に視線を送ると、そこにいたのはガバメントを構えた銭形平士だった。

 

 

「貴様らの計画は全て把握している。一帯の海は武偵と警察で包囲させた。水上バイクで沖まで逃げて待機している船で逃げるつもりだったようだが、その計画も破綻している。これ以上の抵抗は無意味だ」

「う、うるせぇ! こうなったら全員ぶっ殺してやる!」

 

 手を射ち抜かれた男は、反対の手でナイフを取り出すと、それを胸の前に構えて銭形に向かって突撃する。

 

 

「話の分からん大馬鹿が……ッ!」

 

 銭形は拳銃を下ろすと俊敏な動きで相手の懐に潜り込み、ナイフを巧みに躱しながらボディブローを放って男の身体を浮かせた。すると銭形は隣にいた別の強盗団の男にワイヤーの付いた手錠を投げ掛け、力任せに引っ張ってそれを軽々と振り回し始めたのだ。

 

 

「おおおおおおおお!」

 

 投擲競技のように唸り声を上げながら、銭形は70キロ以上ある重りを付けた縄で周囲にいた強盗団と警備員を纏めて薙ぎ払ってしまう。

 まだ警備員の中に強盗団の仲間が潜んでいるかもしれないため、考え方によってはこれは理には適っているのかもしれない。

 

 

 この光景を見て、咄嗟に頭を低くしていた高千穂は思い出した。この銭形平士という男の、敵味方を問わず震え上がらせる二つ名を。

 

 彼の二つ名である冷徹なる男(アンフィーリング)の由来とは、犯罪者への容赦のなさからだけではない。本来味方であるはずの人間にも情けをかけないことからきている。

 

 だからこそ、彼は1人で任務に着いていた。誰も彼と組もうなどとは考えなかったからだ。そして勿論、銭形自身もチームを組むつもりなど毛頭なかったためでもある。

 

 

「貴様ら全員を逮捕する」

 

 心臓が止まるほどの威圧感を含ませた声で銭形が言う。武偵高から大型の護送車が援軍とともに到着したのは、それからおよそ5分後の事だった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「正直、お前たちにはなんの期待もしていなかったが……よくやった。想像以上の働きだ。おかげで俺も動きやすくなった」

 

 増援として駆けつけた強襲科と狙撃科の生徒が引き上げ、騒ぎが落ち着き始めてから合流した銭形は、開口一番で高千穂たちにそう言った。

 

 てっきり無茶な行動に出た自分たちを怒るのではないかと不安になっていた高千穂たちは、互いに視線を合わせて喜びを露わにした。

 

 

「だが、お前たちはまだ中等部だ。無茶な行動に走れば命を落とすこともある。分をわきまえて行動しろ」

 

 先ほどまでとは一転、銭形が説教モードに入って高千穂たちの表情から笑顔が消えた直後、銭形の携帯に着信が入る。

 知らない番号からだったが、過去の経験から自分への依頼かと考えとりあえず銭形は高千穂たちに背中を向けて電話に出た。

 

 

『もしもし、銭形?』

 

 通話口から聞こえるのは、おそらく武偵高で聞いたことのある女の声だ。だが、普段から武偵高にほとんどいない銭形にはこの声が誰なのか判らない。

 

 

「そうだ。依頼なら今は受けれない。来週末にもう一度――――」

『依頼じゃないわ。私はあなたと同じ学年の時任ジュリアよ。今日が何の日か、知っているわよね?』

 

 銭形にとって、今日は合姉妹の最終日だ。しかしそんな都合など時任には関係ないことであるため、彼女の用がもう1つのことであることはすぐに察しがついた。

 

 

「チーム登録のことか? 悪いが、俺は誰とも……」

 

 そこまで言って、銭形は言葉を詰まらせた。

 

 高千穂は付人の湯湯、夜夜との連携で窮地を脱しかけた。その光景を目の当たりにして、彼の中で何かが揺らぎつつあった。

 

 

『とにかく、写真会場に来て。あなたを必要としてる人がきっと来るから』

「っ、おい! ……チッ」

 

 一方的に電話を切られ、銭形は舌打ちしながら携帯をしまう。

 

 

「な、何かあったんですか?」

「……いや、何でもない。お前たちはもう帰れ。レポートは俺が書いて教務科に提出しておく」

「はい。1週間のご指導、ありがとうございました」

「――礼を言うのは、俺の方かもしれないな」

「えっ……?」

 

 ふと、銭形が妙なことを呟いたのが聞こえたのか、高千穂が首を傾げる。

 すると、銭形はフッと笑みを浮かべながら「こっちの話だ」と誤魔化すようにして高千穂に言った。

 

 どうにもすっきりしないようだったが、高千穂は手を前で揃え、深々と頭を下げると、湯湯と夜夜と共に待たせておいた高千穂家の車に乗り込み銭形の前から去って行った。

 

 

 それを見送った後、銭形はピラミディオン台場のすぐ近くにある広場から武偵高を見据えた。

 

 

「チャン・ウーめ……余計なことをしてくれる」

 

 誰に言うでもなく、銭形は海に向かってそう呟いた。

 

 

 ――今回の合姉妹で、銭形の心境には大きな変化が見受けられた。

 

 およそ、何の役にも立てないだろうと判断していた高千穂たちが奮戦していたのを目の当たりにし、他者と力を合わせることでその実力以上の力を発揮できることを銭形はその目ではっきりと見ることができた。

 もし自分が高千穂たちのように誰かと力を合わせることができれば、もしかしたら自分の追っている犯罪者――――河上アヤメを圧倒することも不可能ではないのではないかと考えたのだ。

 

 もし、諜報科教諭のチャン・ウーがそれを伝えるために高千穂と合姉妹を組ませたのだとしたら、それはこの合姉妹が銭形のために組まされたということになる。

 

 

 しかし、彼にとって他者に協力を仰ぐというのは、今までやってきた自分の行為への否定と同義である。それ故に、プライドの高い銭形には他人の力を借りることはできなかった。過去の自分の無力を認めることになるからだ。

 

 

(だが…………やり方を変える時が、来たのかもしれんな)

 

 それは一時の気の迷いだったのかもしれない。

 しかし、銭形の足は確かな意志によって武偵高へと向かっていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ふーん……発生から解決まで5分かかってないや。やっぱりこの場所は武偵高から近すぎるな」

 

 青いキャップを目深に被った若い男が、ガムを噛みながら腕時計を見てそう呟いた。

 男の背は170と少し。高校生くらいの見た目だが、平日の昼下がりから外出していることから、学校には通っていないと思われる。

 

 

「ま、いいや。そのくらいの方が、こっちもやりがいがある」

 

 そう呟いてガムを吐き捨てた男は、怪しく口元を歪ませながら人混みの中へと消えていくのだった。

 

 

 




まさか合兄妹編に1ヶ月も費やすとは思いませんでした。投稿遅れてしまって申し訳ないです。
遅筆になる最大の原因はやっぱりゲームですかね。小説書く時間を削ってゲームしてます。(最近CODからBF4に移りました。PS4の64人コンクエストLマジ楽しい。)

春休みで続きを書く時間は作りやすい身分ですので、次回は来週末までに投稿できるよう善処します。

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