緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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合兄妹 Ⅰ

 

 

 人間、見知らぬ土地に行けば、帰ってきた時にそれなりに疲れというものを感じるものである。

 だが、この銭形平士という男は、齢15の時には既に日本中。昨年からは世界を舞台に駆け回っている武偵であるがために、たかだか1泊2日の国内旅行程度では僅かながらの疲れも見せることはない。

 

 ――しかし、修学旅行Ⅰから教務課の指示により1日前倒しで東京に戻ってきてから数日後。彼の表情は普段の仏頂面に加えてどこか苛つきのようなものも滲ませていた。

 

 

(直前申請(ジャスト)まで日があるからとは言え、チャン・ウーの奴め……面倒を押し付けやがって――――)

 

 決して人に姿を見せないことで有名な、諜報科の教員であるチャン・ウーは、徒友(アミカ)制度の副監督も務めている。

 銭形が内心で文句を垂れているのは、いくつかある徒友制度のシステムの1つ、『合姉妹(ランデ・ビュー)』についてであった。

 

 『合姉妹(ランデ・ビュー)』とは、教務科(マスターズ)が選抜した上級生と下級生を1周間仮の戦姉妹(アミカ)にさせる制度のことである。識のある第三者(教務科)によるカップリングのため、現状では約9割の合姉妹がそのまま徒友申請を教務科に提出しに来る。つまり、『上下とも納得のできるカップリングを教務科が推薦してくれる』という、高みを目指す生徒にとっては非常にありがたいシステムのはずだった。

 

 だが、どうにも銭形はそれを余計な気遣いにしか感じていないようだ。

 

 

 彼は武偵高の2年生が絶対に済ませておかなければならないチーム編成で、特例措置として単独での登録を教務科に認めてもらっているが、『気が変わるかもしれない』という理由により直前申請までその申請は保留となってしまっている。

 また、同じく教務科の指示により、始業式から直前申請が終わるまでは緊急性のある依頼を除いて国内外の出張を禁じられている。それだけでも彼の不満を募らせるには十分だというのに、先日、チャン・ウーから合姉妹の案内を押し付けられ、そのストレスはピークに達していた。

 

 彼ほどになればいくら教務科と言えど意のままに操るのは難しいのだが、しかし前代未聞の無茶な要求を通してもらっているがために、銭形は教務科の命令を蔑ろにすることができず、恐らく待ち合わせ場所で既に待っているであろう中等部の女子生徒を放っておくのは彼としても忍びなかった。そもそも9月の間は仕事がないハズの彼に、たった1周間の合姉妹を断る理由が不足していたという理由が大きい。

 

 

(今は堪えるしかない、か……これも河上を追うためだ。ここで焦っても後に響くだけだからな……)

 

 溜息をついて気を落ち着かせ、心の中でそう自分に言い聞かせながら、銭形は指示された待ち合わせ場所である強襲科校舎裏の遊歩道へと足を運んだ。

 

 そこで彼を待っていたのは――――

 

 

 

「……高千穂(たかちほ)(うらら)ってのは、どいつだ」

 

 まず、銭形の視界に入ってきたのは3人の女子生徒だった。他に人影はないので人違いではないだろう。

 銭形は彼女たちに声をかけると、真ん中に立っていた一際背の高い(ヒールを履いているせいで余計に高く見える)長い金髪の女子生徒が銭形に答えた。

 

 

「お初にお目にかかります。強襲科2年生の銭形さんですね。私が高千穂麗です」

 

 ドレス風に改造した防弾制服のロングスカートを摘み、会釈をしてきた高千穂に、銭形はふとあることを思い出した。

 

 

(そういえば、中等部(インターン)に高千穂弁護士の息女がいるという噂を聞いたことがあったな……)

 

 高千穂麗の父は武装弁護士で、高千穂弁護士法人なる法人組織の創始者である。そのため、その娘という肩書だけでも十分目立つために、普段から校外で武偵活動をしている銭形の耳にも彼女のことは届いていた。

 

 

「隣の2人は?」

「愛沢湯湯(ゆゆ)と愛沢夜夜(やや)です。私の……お友だち、という認識で構いません」

「……?」

 

 高千穂の言い草に疑問を感じた銭形だったが、その疑問を言及しようとするよりも先に愛沢姉妹が「麗様ー!」と泣きながら高千穂に抱きつき、話しかけるタイミングを失ってしまったのだ。

 そんな愛沢姉妹を「よしよし」と頭を撫でて宥めながら、高千穂は蚊帳の外にいる銭形に気づき、コホンと1つ咳払いした後、気を取り直したように愛沢姉妹を退けて銭形に向き直った。

 

 

「た、立ち話もなんですから、早く模擬戦(モックB)ルームに行きましょう!」

「あ、ああ……」

 

 高千穂と愛沢姉妹によって作られる『空気』が自分とは全く合わないと素直に実感しながら、銭形は中等部の女子3人と共に少し歩いたところにある強襲科別棟へと向かった。

 

 

「……ところで、どっちが湯湯でどっちが夜夜なんだ?」

「頭に付けてるヘッドホンに名前が書いてあるので、それで見分けて下さい」

「……了解した」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ――所変わって、強襲科別棟にある模擬戦(モックB)ルーム。

 

 1フロア全てを使った訓練室(モックアップルーム)最大の区域面積を誇るこの部屋では、水性ペイント弾を使った複数対複数の模擬戦(モックアタック)が強襲科教員監視の下毎日のように行われている。

 

 

「おっしゃあ! 3連勝ッ!」

 

 ガッツポーズを見せ喜びを露わにしているのは、響哉とルームメイトの八雲戒。そして彼とコンビを組んでいるのは同じくルームメイトの御園春樹だ。もう1人、ルームメイトの榊原龍も、訓練室の様子を見渡せるギャラリーから2人を見守っている。

 そんな中、ギャラリーに上がってきた銭形、高千穂、愛沢姉妹の4人が、たまたま視界の中に入った龍は、ぎょっとしたような表情を浮かべた。

 

 

(げっ、銭形平士――……と、あのやたら目立つ女子は確か、高千穂弁護士法人の……。後ろにいるのは高千穂の付人か?)

 

 龍が少し離れた場所で銭形たちのことを見ていると、銭形は訓練室を見下ろして、「丁度いい」と呟いた。

 

 

「模擬戦の相手はあの2人にする」

「……ッ!?」

「!?」

「!?」

 

 銭形がそう言うと、高千穂と愛沢姉妹は口を開けて振り返る。

 

 

「アレが相手では不満か?」

「逆ですッ! あの人たち2年生じゃないですか!」

 

 まだ中等部の高千穂にとって、2年生といえば雲の上の存在。彼女は経験、技術、さらにはチームワークさえも自分と彼らとでは比較にならないということをしっかりと理解していた。

 

 

「そうか。ならここで見ていろ」

「へ……?」

 

 銭形はそう吐き捨てて手すりに手を置くと、なんと戒と春樹のいる下のフロアに飛び降りたのだ。

 その光景を見た見学がどよめき立つのは必然のことで、高千穂は手すりから身を乗り出して見守っていることしかできなかった。

 

 

「ぜ、銭形……!?」

「次は俺が相手になろう。まあ、しかし貴様ら程度では2対1でも不甲斐ない。そうだな、30秒の制限時間と、弾は……3発もあれば十分だ。一方でも俺が違反すれば貴様らの勝利としよう。まだハンデは必要か?」

 

 銭形が言い放った挑発的な台詞に、ギャラリーが一気に湧き上がった。

 そして同時に、戒の怒りのボルテージも振り切ってしまっていた。

 

 

「な、ナメやがって……! ぶっ潰してやる!」

 

 完全に頭にきた戒は額に血筋を浮かび上がらせながら、肩に下げていたH&K社製アサルト・カービン『HK53』を構える。

 いつもなら止めに入るであろう春樹も、流石に銭形のこの挑発が頭にきたのか、無言で自動式拳銃『グロック18C』を抜き、交戦の意思を示した。

 

 

「このコインが地面に落ちたら試合開始だ。いいな?」

「ああ」

 

 戒の自信ありげな返事を聞いた銭形がそのコインを親指に乗せ、上に向けて弾くと――――戒と春樹は即座に動き出し、用意されている遮蔽物の陰に隠れる。

 

 そして、銭形の放ったコインが床に落ちると、戒は即座にHK53を構えながら上体を出した。

 

 

 が、そんな彼を、銭形は最初に降り立った位置で一歩も動かずに待ち構えていたのだ。

 

 一切退くことなくその場でガバメントを構えていた銭形は、その引金を引きペイント弾を戒の手に命中させる。これで開始1秒も経たぬまま戒がリタイアし、戦況は銭形対春樹の一騎打ちに変貌した。

 

 

(め、メチャクチャだ……!)

 

 一般的に拳銃の交戦距離は7m程度と言われている。しかし、銭形はその倍以上ある距離にいる戒を大口径弾を使うガバメントで正確に捉えていた。

 さらに開始直後、背後にある遮蔽物に身を隠そうともしない大胆さから、やはりまともに勝負したのではどうやっても勝ち目がないことを春樹は悟った。

 

 春樹は障害物の陰を利用し、銭形の背後に回り込んで背中を撃つ作戦に出る。

 

 しかし、春樹が物陰から飛び出した瞬間、そこから来ると予測していた銭形は春樹の放ったペイント弾を上体の体捌きだけで躱し、ガバメントの引金を引きペイント弾を春樹に着弾(ヒット)させた。

 

 

 その瞬間、試合終了となり観衆は大いに湧き上がる。そんな中、銭形は2人を一瞥すらせず、ギャラリーと繋がる階段へ歩き出す。

 

 

「ちっくしょぉぉぉぉ!」

 

 悔しさを露わにした戒の叫び声すらも霞ませてしまうほど、ギャラリーから始終を見下ろしていた生徒たちの歓声は大きなものだった。

 

 

 

 


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