緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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明日って今さ!


強襲準備

 大阪武偵高の仮眠室で3時間ほど仮眠を取り、俺はガレージで支給された防弾ベストを着こみGPSが内蔵された無線のインカムを耳に着ける。

 このガレージは教務科に申請しておけば運悪く満員でない限り借りれることができ、任務で使用する車輌や装備を事前に保管しておくことができる。急に任務に同行することになった俺の分はどうやら予備の物らしい。

 俺が装備の着用とチェックを終え、ロッカーを閉じると、他の9人は全員準備を済ませて集まっていたので、慌ててその最後尾に着いた。

 

 

「A班のボートは4番ドックに手配してある。B班、C班はこの指揮通信車に乗り伊賀崎を運んだ後、指定のポイントへ向かう。合図の後は各自の判断に委ねることになるだろう。以上だ」

 

 小早川さんによる作戦の確認が終わると、B班、C班の7人がぞろぞろと車の中へと入っていく。

 

 この指揮通信車はどうやら日産のエルグランドを改造したもので、防弾、スモークはもちろん、後ろから2列分の座席が取り外され、大人数が即座に乗り込めるよう壁沿いにロングシートが取り付けられていた。

 さらにどうやら大型のコンピューターと無線設備も整っているようで、屋根の上には衛星アンテナが畳まれた状態で取り付けられている。

 

 小早川さんたちが乗り込むと、エルグランドのエンジンがかかりヘッドライトを灯してガレージから走り去っていった。あの小さい叶さんが運転手で、よくエルグランドのアクセルを踏み込めるものだ。

 

 

「よし、俺たちも行こうか」

 

 一色さんに促され、俺たちも4番ドッグへと移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 ――4番ドックで俺たちを待っていたのは、世界中の軍隊も愛用しているゾディアックボートだった。東京武偵高でも確か車輌科で4隻は保有していたはずだが、貸出はかなり面倒な申請が必要になるのでどうしてもコレが要るという3年が使用していることが多かった。

 強襲科の実習で乗ったことがあるが、乗ったのは結局その1度きりだ。

 

 

「……相手、どのくらいの装備と数を揃えてきてますかね?」

 

 ゾディアックボートに飛び移りながら、俺はふと気になって一色さんにそう尋ねた。これほどまでに用意周到な彼らだからこそ、何かしらの目安があると予想したからだ。

 

 

「『商品に手を付ける者は二流』――――名のある豪商はそう言うけれど、暴力団(彼ら)はそれを恥としない。本当は商品のはずだった拳銃(ハンドガン)短機関銃(サブマシンガン)突撃銃(アサルトライフル)を惜しみなく使ってくるだろう。自前の(ナガドス)を振るってくることも容易に想像できる。北九州の方では手榴弾や携行用の対戦車榴弾を保有していた暴力団もあるし、一概に『どんな獲物を使ってくるか』と訊かれてもそれは答えようがない。数にしても少数精鋭で要所を固めているだけかもしれないし、大人数で猫の子1匹入らせないほどの厳重な警戒を敷いていることも考えられる」

「つまりそりゃ、『始まってみなけりゃ分からない』ってことか?」

「玄田くんの言う通りだ。発進するぞ」

 

 一色さんは落ち着いた声色でそう答えながらゾディアックボートのエンジンを掛け、俺たちを乗せたボートは4番ドッグから出発した。

 

 少しして、また一色さんの口が開く。

 

 

「しかし、分からないからと言って何もせず、分からないまま突撃するわけにもいかない。だからまず、俺たちは安全を確保しつつ偵察を行うんだ」

「…………?」

 

 一色さんの言葉に、ボートのしがみついている玄田が首を傾げる。

 

 

「あれを見ろ」

 

 そう言って、一色さんは埠頭の真上――――上空を指差した。

 その先には、何やら外灯や車のヘッドライトの光によって映し出された、小型の飛行物体の影が見える。

 

 

「ラジコンヘリ……?」

「そう。だが、ただのラジコンヘリじゃない。機体の下の部分にサーモカメラを搭載した、無人索敵機(リーコン・ドローン)だ。そしてそれで得た情報は秀が統制し、無線を使って祐希が知らせる。そろそろ報告が来る頃だ」

『――ご名答』

 

 一色さんがそう答えると、無線からハスキーな女性の声が微量のノイズとともに耳に入ってきた。

 

 

『敵の数は30弱、正面に集中。短機関銃(サブマシンガン)や刃物、拳銃も確認。作戦の変更はなし。オーバー』

「了解。B班突入5秒後にA班も突入する。アウト」

 

 非常に短い言葉だけで通信を終えると一色さんはエンジンを切り、ボートを静かに埠頭にいる暴力団の護衛から死角になる、倉庫の裏手側の縁に停泊させた。打ち合わせでは、狙撃手が取引を確認してB班が交戦を始めた後、倉庫の陰から飛び出し証拠品を押収しつつ挟撃で全員を仕留める手筈になっている。

 

 

「妙だな……」

 

 緊張の篭った声で、一色さんは静かに呟いた。

 

 おそらく、この人は既に起こっているこの異常な事態に勘付いているのだろう。ただし、状況が飲み込めていない玄田は俺と一色さんの顔を交互に覗いては首を傾げている。

 

 しかし、この緊迫した状況は取り残された玄田を待ってはくれなかった。

 

 

『狙撃手より伝達。取引の現場を抑えた。B班は直ちに突撃しA班も行動に備えよ』

 

 作戦開始の合図が入り、一層強い緊張が身体を走る。そんな中、一色さんはひどく落ち着いた様子で指揮を執ってくれた。

 

 

「B班の初めの発砲から5秒後だ。時間がない、今すぐ位置につくぞ」

「了解」

「よっしゃあ!」

 

 嬉々とした様子で玄田はいち早くボートから降り、予定されていた待機地点――――倉庫同士の間にある狭い通路に駈け出してしまった。

 

 

「待て玄田! 早まるなッ!」

 

 俺は咄嗟に叫んで玄田を止めようとしたが、それと同時に、隣にいた一色さんが素早く腰のホルスターから自動式拳銃――――『スプリングフィールド XDM』を抜き、玄田に銃口を向けたまま即座に発砲したのだ。

 

 射出された銃弾は玄田の両足の間を通って足下に着弾した。銃声と足下に着弾した銃弾の衝撃で、玄田は反射的に足を止める。

 

 

 ――銃声からして使用している弾薬はM1911(コルト・ガバメント)にも使われている.45ACP弾だろう。もしも玄田の脚に当たっていれば、下手をすれば骨折をしていたかもしれない。

 いやそれよりも、この暗い中、それも咄嗟の状況で、これほどまで冷静で精密な射撃ができるなんて、これが3年の実力か。

 

 しかし、今は一色さんの射撃術に感心している場合ではなかった。

 

 俺は一色さんの後に続いてボートから降り、足元に注意を払いつつ玄田の近くまで歩み寄ると、タクティカルライトで玄田が行こうとしていた路地を照らしてやった。

 

 

「あの通路の端にある黒いの、何だか分かるか? 安全ピンにピアノ線が付いた『RGD-5』……旧ソ連で開発された対人手榴弾だ。それも恐らくDVM-78信管を使った、ピンが抜けた瞬間に爆発する改良型。あんな物が通路に仕掛けられてるんだったら、そりゃ見回りも来ないだろうよ」

 

 通常、こんな暗くて死角になりやすい場所には地理的な不可能を除けば見回りを配置する。今回の場合、表には鼠1匹通れないような厳重な警戒を敷いておきながら裏手には誰もいないということに俺は違和感を覚えた。表の警備を厳重にするのは当然だが、だからといって裏を蔑ろにするのは守る側からしてみれば非常に恐いものだからだ。

 

 だからこそ、ブービートラップが仕掛けられていると安易に想像することができた。

 

 もしあのまま玄田が通路に入ってしまえば、ピアノ線を踏むか足を掛けてトラップが起動し、玄田は爆発によってふっ飛ばされていただろう。

 

 

「玄田くん、逸る気持ちも分かるが、それに流されてはいけない。相手は俺たちを殺す気でいる。そんな彼らを侮ってはいけない」

 

 一色さんが玄田を諭していると、近くで断続的な銃声が聞こえ始めた。どうやらB班が交戦を始めたらしい。

 

 

「……俺たちの位置も敵に知られている。幸いにも、あのトラップのお陰で反撃は受けていないが、それも時間の問題だ。トラップを起動させ、爆炎に乗じて強襲する」

「了解」

「……了解」

 

 自分の失態で作戦の変更を余儀なくされたことを悔やんでいるのか、玄田は噛み締めるようにしてそう返事をした。

 だが俺は、一色さんにも非がないとは言い切れないと思う。あの場で消音器(サイレンサー)の付いていない拳銃で発砲したのはどう考えても悪手だ。もっと他に何か手があったかもしれない。

 

 

(……だが、『もっといい方法が』なんて考えてたせいで取り返しの付かない事態になるよりかはマシか)

 

 俺たち武偵はいつだって命を落としかねない只中にいるんだ。そんな幸運や、希望に縋っていては、仲間と自分を早死させることになる。

 

 『即断即決』。リーダーに必要なのは、そんな絶対的な意志の強さだ。

 

 

「俺がトラップを撃って起爆させる。3秒後だ。3、2、1……行くぞ!」

 

 一色さんがXDMの銃口が火を吹いた直後、手榴弾(RGD-5)の安全ピンが飛び、大の大人がすれ違うのがやっとの狭い通路など簡単に覆い尽くすような爆発が巻き起こった。

 その爆風は大気を震わせ俺たちに迫り来るが、それに向かっていくように俺たちは走り出す。

 

 その煙の中から飛び出し、待ち構えていた暴力団の不意を突く形で素早く懐に潜り込んだ俺は、下腹に肘打ちを食らわせ怯ませた後、右手に持っていたP2000の握把でその男の首を殴って持っていた拳銃を手放させた。

 足下に転がった拳銃を倉庫の壁際に蹴っ飛ばし、地面に伏した男を押さえつけながら、俺は即座に手錠を掛け無力化してみせた。

 

 

 ――そんな時だった。

 

 

「おい、アレを出せ! 早くしろッ!」

 

 暴力団の1人が慌ただしく指示を出す。すると倉庫のシャッターが開き始め、その中から眩いヘッドライトの光と唸り声のような車のエンジン音が俺の目と耳に飛び込んできた。

 

 

「なっ……!?」

 

 突如として姿を現したそれに、俺は思わず言葉を失う。それは玄田も、恐らく一色さんも同じことだろう。

 

 

 

 なぜなら――――俺たちの前に現れたのは、荷台に『ブローニングM2重機関銃』を銃架で固定させた、『トヨタ・ハイラックス』だったのだから。

 

 

 

 


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