緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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なんと今日、この不屈の武偵がハーメルンに投稿され1周年を迎えました(実は先週の金曜にはこの話はできていたけど1周年に合わせて先延ばしにしたなんて言えない)。
何かいつもと違う変わった事やろうかとも思いましたがとにかく話を進めるのが先かと思い話を進めさせてもらいます。


C3-シーキューブ-

 

 響哉が大阪を訪れたその日の夜、場所は大阪武偵高のとある空き教室。

 そこでは一色正義が率いる混成型チーム【C3(シーキューブ)】の面々が、リーダー不在ではあるものの簡易的なブリーフィングが行われていた。

 

 

「おい小早川、どうして一色さんを止めなかった」

 

 苛立ちの募った声で、くすんだボサボサの金髪頭をした男――進堂(シンドウ)冬威(トウイ)は小早川秀に詰め寄った。

 

 彼は【C3】の前衛(フロント)、その中でも最も前に出る『先駆け(PM)』と呼ばれる配置(ポジション)を任されている。

 この『先駆け』は作戦時、誰よりも前に出るため被致死傷率がずば抜けて高く、そして仲間(特に現場で行動する者)から実力的信頼を得られていなければ成り立たない。言わば、チーム内の絶対的『エース』が任命される位置なのだ。

 

 

「俺は止めた。文句があるなら正義に直接言うことだ」

「一緒にいたお前が止めなくてどうする! 何のための副リーダーだ!」

「お、落ち着けって冬威!」

 

 更に声を荒らげる冬威の肩を両腕を絡めて止めたのは、彼と同じく先駆け(PM)を務める篠川(シノカワ)結衣(ユイ)だった。

 180センチを超える日本人としては長身の冬威を茶色のポニーテールを揺らしながらもきちんと抑え止めていることから、彼女の筋力の程が窺える。

 

 

「まあまあ……それはあの人が一見しただけで身を預けられるほどだと見込んだってことだろ?」

 

 柔らかい笑みで場を和ませようと口を挟んだのは、冬威の双子の弟である進堂(シンドウ)夏風(カフウ)だった。

 背格好こそ兄と似ているが、栗色の髪、人懐っこそうな瞳、兄と比べて随分と穏やかな口調等など……双子とはいえそれはとても似ているとは言えない兄弟である。

 

 

「正義の眼が耄碌していなければいいがな」

「何だとこの野郎……っ!」

 

 秀の挑発的な発言に冬威が喰い付き、沈静化しかけた場がまた騒がしくなる。だが、結衣が抑えているがために冬威は秀に手を出すことは叶わない。

 

 そんな冬威を一瞥し、秀はタブレット端末の画面を冬威に見せつけるようにして掲げた。

 

 

「玄田剣……兵庫武偵高随一の期待株などと呼ばれているが、何かと先走る性格のせいで作戦を台無しにしたことが幾度と無くあるそうだ。そのため適正が低いと評価され武偵ランクはB。むこうの教務科ではこいつを強襲科に転科させようと説得し始めているようだ」

「そういや、この玄田って1年が東京の2年を連れてきたんだろ? そいつの情報(データ)は揃ってんのか?」

 

 先ほどまで座席に座りながらギターの弦を貼り直していた、チームの通信手を担当する水沢(ミズサワ)祐希(ユウキ)が作業を中断し、秀の方を向きそう尋ねた。

 彼女は今年の春まで大阪武偵高の軽音楽部に所属しており、担当がボーカルだったため発声は文句の付け所がない。声もハスキーで通り易く滑舌も良いのだが、1年・2年の時の素行不良が通信科教師の目に留まり武偵ランクはCランク止まりとなった。

 なお、ギターは趣味でやっていて現在練習中である。

 

 

「もちろんある。東京武偵高強襲科2年、朱葉響哉。ランクAの典型的な強襲科武偵だ」

 

 秀はタブレット端末を操作して、響哉の情報を映し出しタブレットを祐希に手渡す。すると、夏風がそれを覗くために祐希の後ろに立ってタブレット端末を覗き込んだ。

 

 

「どれどれ……うわっ、凄いなこの子。射撃技能、格闘技能、反射神経……ほぼ全ての項目が平均を大きく上回ってる」

「てかこれ、ほとんど満点取ってるのに大体全部2位になってるじゃねーか。1位はどんなバケモノだよ」

「東京武偵高って言ったら、あの銭形平士がいる所だろう? だったら全然不思議じゃない」

 

 机に足を置き、椅子を倒れない程度に傾けながら風船ガムを膨らませた黒髪短髪の女子生徒がそう口を挟む。

 彼女は【C3】唯一の狙撃手である伊賀崎(いがさき)麻弓(マユミ)。いつも眠そうな目をしていて、何かを口に入れていないと不安になってくるらしく、常にガムなどを口に含んでいる小柄な女の子だ。

 

 

「麻弓っちは去年の5月に東京行ってたんだよね。アドシアードで」

「美野里のアホ……」

 

 漸く落ち着いてきた冬威を開放した直後、額に手を当てながら結衣は溜息を吐いた。

 

 全員で8名いる【C3】のメンバーの移動手段は限定され、必然的に大型車を選択しなければならなくなる。その大型車の運転を任されているのがこの(カノウ)美野里(ミノリ)である。

 背丈はチーム一小さい147センチで、ふわっとしたきめ細かい金髪と童顔はまさしく『お人形』のようだ。当人は気にしているようだが、中学生や小学生のようにも見えなくはない。

 しかし彼女の持つ運転技術は本物で、車以外にも電車やヘリ、セスナの運転もこなす万能運転手なのだ。

 しかし、足の長さが災いし乗り物によってはペダルを踏めないという『事故』も間々あり、武偵ランクはBとなっている。

 

 

「あっ、ごめん。麻弓っち……」

「……あれは志波の運がなかっただけだ。だから、私はあの女に同情はしても恨みはしない」

 

 麻弓の眠たそうにしていた目に、僅かに力が入ったような皺が眉間に浮き出た。

 

 

 ――昨年5月のアドシアードといえば、響哉のクラスメイトである志波ヰ子が狙撃科の先輩によって地下倉庫(ジャンクション)に監禁された事件があった。

 そんな事件が起こりながらも競技は滞りなく続行されたが、響哉と燐たちの尽力で時間ギリギリに間に合ったヰ子が好成績を残す形で幕を閉じた。

 

 麻弓はその時のアドシアードで銅メダルを獲得し、大阪にいる同期と教師、親から生まれて16年半の中で1度も受けたことのないような賞賛を浴びた。

 

 

 ――だが、彼女の顔は決して明るいものではなかった――。

 

 銅メダル、と呼べばそれなりに聞こえはいいが、それはあくまで3位の意。自分の上にはこの狭い会場の中でもまだああと2人もいるということになる。

 さらに、4位についていた1年との点差は僅か2。殆ど誤差と言ってもいい点差だった。

 これだけでも麻弓のプライドを切り裂くには充分過ぎる程だったが、そんな彼女に更なる追い打ちが襲いかかる。

 

 麻弓が東京で1泊し、大阪に帰る予定の日。彼女の目に信じがたい物が飛び込んできた。

 

 それは羽田空港で大阪行きの便に乗る直前のこと――――麻弓は離陸時刻まで空港内のロビーでニュースを見て時間を潰していた。

 VTRが流れた後、コメンテーターやら専門家やらがどうだっていい持論を展開した後に、アナウンサーが次のニュースを読み上げる。

 

 

『次のニュースです。昨日開催された国際競技大会、アドシアードの会場である東京武偵高で監禁事件が発生していたと、昨夜東京武偵局と東京武偵高から発表がありました』

 

 その時、アナウンサーが読み上げたニュースとテレビ画面に映しだされたテロップに、麻弓は目を見開いて絶句した。

 

 しかし、大型モニターの画面は麻弓を置いていくかのようにパッと画面を切り替えてしまう。

 

 昨夜行われた東京武偵局と東京武偵高の責任者の謝罪会見の映像……もとい、いい年した大人が深く頭を下げているのを無数のカメラがフラッシュを焚いている映像にて、東京武偵高の責任者の男性が事件について更に詳細に説明し始める。

 

 

『――今回の事件の詳細につきましては、被害者の女子生徒は競技開始前までに無事発見され競技時刻にも間に合い、また加害者側の生徒にも深い反省が見られることから――――』

「…………ッ!」

 

 その説明だけで、その場にいた麻弓にはその被害者が誰なのかが特定できた。

 

 あの場でただ1人、不自然な順番の繰り下げをされていた人物がいる。それがもし、監禁された出場者へのせめてもの救済処置なのだとすれば合点がいく。

 

 監禁から開放された直後――その不安定な精神状態で、まともなパフォーマンスができるはずないことは麻弓もすぐに理解できた。

 そして、自分と僅か2点差で敗れた4位の名は……監禁の被害者である志波ヰ子だった。

 

 

「…………」

 

 麻弓は力なく視線を膝に落とす。

 

 いっそ、志波がボロボロな成績であったならば。自分よりももっと高いスコアを獲得してくれたならば。麻弓もこんな惨めな気持ちにならなかっただろう。

 だが、『万全ではない』『年下』を相手に、ほぼ『引き分け』という後味の悪い結果が、プライドの高い麻弓を苦しめた。

 

 

 ――そして、それは現在も変わることはない。

 

 思わず加減を誤ったのか、麻弓の膨らませた風船ガムがパンッ! と小気味のいい音を響かせ弾けた。

 

 

「……話が逸れちまったな。にしても、何でこいつこんなに解決事件(コンプリート)が少ないんだ? 他の学科から転科してきたとかか?」

「いや。1年の時の情報も確認できた上に、この男は一般中出身で強襲科希望で東京武偵高に入学している。どうやら単純に民間からの依頼を最低限しかこなしていないようだ」

「そう決めつけるのは早計じゃないか、秀」

 

 さきほど祐希の後ろからタブレット端末を覗きこんでいた夏風が異見を挙げる。

 

 

「もしかしたら、表立って出てこない裏の仕事をこなしてるかも……。三郷会の事務所と直系組織を潰してるし」

「確かにそういう武偵は極々僅かではあるがどこかの武偵高に在籍している。しかし、この男はそうじゃないと俺は考える」

「その根拠は?」

「この男は同期から『訓練バカ』という蔑称を付けられているようだ。訓練に時間を費やすばかりで任務を受けようとしないことが見受けられる。それに三郷会とは言えこいつが潰した事務所は小さく同伴していたのは強襲科と狙撃科Sランク武偵、おまけにあの日本最凶と呼ばれる武装検事、黒坂東吾まで出動している。……まあ、直系傘下組織の暴力団の方はどうやら単身で攻略したようだが」

「はあ? たった1人で何十人もいるヤクザ相手にやり合ったってか? 有り得ねえ」

 

 冬威はどかっと椅子に腰を下ろし、腕を組んでそう吐き捨てた。

 

 

「しかし、たった1人で暴力団を全員逮捕したとは言え、時雨沢組は数多くある三郷会傘下の落ちぶれた4次組織に過ぎん。主なシノギは武器密輸と麻薬売買だったようだが、カラーギャングが台頭し始めたせいでその市場を失い、挙句の果てに親玉だった三郷会の会長を暗殺してしまう愚かさだ。令状が降りたのも裏切り者による密告のようだし、手下どもも身の振り方を考えて、あえて捕まった者もいたんだろう。刑務所の中は安全だからな、ほとぼりが冷めるまでやり過ごそうと考えたようだ」

「……まあでも、あの玄田って奴よりは信頼できるってことは確かなわけだ」

「ッハ、その通りだな!」

 

 麻弓の言葉に冬威が賛同する。

 その直後、教室の扉が勢い良く開かれリーダーである正義と響哉、そして散々な言われようの玄田剣が入ってきた。

 

 

「待たせてしまって済まない。ついさっき手続きが終わって、今回の任務に正式に彼らを加えることとなった。朱葉くん、玄田くん。彼らが【C3】のメンバーだ。名前は――」

「さっき聞いた特徴と名前が合致するので紹介は結構です。俺達のことも調べ尽くされてるみたいなんで」

 

 面倒そうにそう言った響哉の視線は、祐希の持つ秀のタブレット端末に向けられている。どうやら自分のことが調べられているとそれだけで悟ったようだ。

 

 

「俺も構わねえ。さっさと終わらせて逮捕に行こうぜ!」

 

 こちらは本当に理解しているのか不明だが、どうやらやる気だけは1人前のようで早く教室を出たくてウズウズしているといった様子だ。

 

 

「……よし、ブリーフィングに入ろう。秀、いつもより短く簡単に頼む」

「了解した。――本作戦は指定暴力団、荒川組の神戸への流通ルートの壊滅を目標とする。関係者の尋問により今夜、弁天埠頭にて中国から密輸入された大量の武器弾薬が取引されるという情報を得た。我々は3班に別れ、それぞれ別ルートからの強襲を試みる。一色正義、朱葉響哉、玄田剣の3名をA班。進堂冬威、進堂夏風、篠川結衣の3名をB班とする。本作戦は弁天埠頭の対岸にある春日出南から伊賀崎麻弓が別働隊として状況を観察し、取引成立を確認後B班の3名が正面の交差点側から突入。目標の注意がB班に向き次第、A班がボートを使い湾側から突入、目標を制圧する。俺と水沢祐希は叶美野里の運転する指揮通信車から情報の統制と発信を行う。以上で本作戦の説明を終了する」

「朱葉くん、玄田くん。何かわからない点はあったか?」

 

 正義がそう尋ねると、2人は揃って首を横に振った。秀の説明は比較的大雑把なものであったが、土地勘もなく連携を取るのも初めての彼らにはそれは丁度いいものだったようだ。

 

 

「よし。――手続きに手間取ったせいで、もう時間がない。作戦を始めよう。美野里、車両は?」

「用意できてるよー」

「よし、行くぞ皆。出動だッ――!」

 

 正義がそう言って教室の扉の方へ振り返ると、他の【C3】のメンバーが一斉に『応ッ!』と、教室の窓を震わすほどに力強く答えてみせた。

 

 

 圧倒的なまでのリーダーへの信頼感が、響哉は彼らから感じ取れた。

 数時間前の秀の反応から、自分たちがどう思われているのか響哉は正しく理解している。だからこそ、そんな横暴なまでの独断にこうまで応えられるのは、並大抵の信頼関係では真似できない。

 

 このチームから。そして、一色正義から学ぶことがあると、この時響哉は確信していた。

 

 

 

「…………」

「何してんだ玄田、置いてくぞー」

「あっ、ちょっと待てよ!」

 

 一方で、この玄田剣だけは、このチーム(C3)に潜むほんの僅かな『歪』に勘付き始めていた――――。

 

 

 

 




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