緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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修学旅行Ⅰ 1

 

 武偵高の修学旅行Ⅰの日程は教務科から配布された修学旅行のしおりに書かれているのだが、それには『場所:京阪神(現地集合・現地解散)、1日目:寺社見学(最低3ヶ所見学し、後ほどレポート提出の事)、2日目・3日目:自由行動(大阪か神戸の都市部を見学しておく事)としか書かれていないため、初日のうちに清水寺なんかの有名な京都の寺院を見て回って、大阪か神戸の街を徘徊さえしていれば2日目の内に帰ってしまっても何の問題もないことになっている。

 なので多くの生徒は初日の間にレポートとして提出する3つのお寺を午前中にさっさと見学し、午後から都市徘徊して2日目に帰るか、ユニバーサル・スタジオに遊びに行く班が多いらしい。

 

 それを教務科は把握しているのだが、自分たちも慰安旅行気分で引率に来ているため、そして何よりこのペラペラの修学旅行のしおりにも途中で帰ってはいけないなどと書かれていないため、班単位でならばそういった独断行動が許容されている。

 

 それに習い、俺たちも社寺見学が終了したら適当に街をぶらつき、頃合いを見て東京へ戻る予定を立てていた。

 

 

「まだ9時過ぎ……見て回るだけなら、午前中だけで寺社見学は終わってしまうわね」

「それどころか、見学にも行かないでそのまま大阪や神戸に遊びに行く奴らもいるがな……レポートはネットとかを使って仕上げるつもりらしい」

 

 実を言うと俺も本当はそうしたかったのだが、雅が日本の寺を見たがっていたというのと、何より真面目な時任が同じ班にいるのでそんな予定を立てることができなかった。

 寺とか神社なら近所にもある。何より東京には明治神宮があるじゃないか。わざわざ京都まで見に来なくともそういう近場で構わない――――と考えてしまう辺り、俺は良くも悪くも立派な武偵になりつつあるということなのだろうか。

 

 

「響哉、早く行こう」

 初めて来た土地に若干気分が高揚しているのか、雅が俺を急かしてくる。

 

「そうだな。このままここにいても時間のムダだし」

「まずは、清水寺から行きましょう。そこからバスが出ているわ」

 

 そう言って、時任は多くの観光客が列を作っているバスターミナルを指さした。どうやら武偵高の生徒もちらほら並んでいるようで、臙脂色の目立つ色合いの防弾制服が列に紛れていた。

 

 俺たちもその中に加わり、D2乗り場の列に並ぶ。観光地はバスやタクシーが多く巡回していて、次の市バスが到着するまでさほど時間はかからなかった。

 

 

 市バスに乗って五条坂バス停で降車し、そこから案内に沿って10分ほど歩くと、清水の舞台で有名な清水寺に辿り着いた。仁王門をくぐり、大勢の観光客に紛れながらその先の拝観料金所で1人300円を支払い本堂へ入ると、鉄下駄と錫杖、出世大黒などのアトラクション的な物が配置されていた。

 

 

「響哉、あれはなに?」

 雅が入ってすぐの所に置いてあった、巨大な鉄の杖のようなものを指さして聞いてきた。

 

 

「あれは『錫杖』って言って、坊さんが持ってる道具の1つだ。錫杖を武器にした拳法もあるらしい」

 

 と、俺が雅に説明していた矢先、観光客と思しき男性が大錫杖を両手で掴み、持ち上げようとしていた。大錫杖は地面から数センチ浮いたのだが、しかしあまりの重さに観光客の男はすぐに手を離してしまう。

 

 

「随分と重たいみたいね」

「まあ90キロ以上あるからな。ちょっとでも動いたら良い方なんじゃねえか?」

 

 かの有名な武蔵坊弁慶はこのバカみたいに重い錫杖を振り回していたというのだから、その怪力のほどが窺える。

 俺も両手でならそれなりに扱えるんじゃないかと考えていた、その時。東京武偵高の防弾制服を着た男が、大錫杖の前に歩み出てきたのだ。

 

 周囲の野次馬も2人目の挑戦者の登場に興味津々なのか、取り囲むようにして人集りを作って見守っている。

 

 

「……ん? あいつは、まさか……」

 

 見覚えがある後ろ姿。挑戦者はこちらに背中を向けているのでその顔を拝むことはできないが、そのどこかで見たことのある背中と、すぐ後の光景を見て俺は彼が誰なのかをすぐに悟ることができた。

 

 

「――――ッ!」

 

 右手1本で大錫杖を掴み、力を入れる挑戦者。すると、100キロ近い重量を誇る大錫杖がいとも簡単に地面から上がり始めた!

 その瞬間、周囲からは驚愕にも似た歓声が巻き起こり、一方俺たちは開いた口が塞がらないでいた。

 

 

 自分の身の丈より遥かに長いそれを、片手で悠々と持ち上げるその男は――――

 

 

「銭形よね? あの男の人」

「みたいだな……」

 

 しかし、おかしなことに銭形と同じ班と思われる東京武偵高の生徒はこの近くにはいない。念のため、出世大黒や本堂奥の舞台の方へも目をやるが、銭形と組みそうな人物は見当たらなかった。

 

 しかし、よくよく考えて見れば、俺は銭形が誰かと一緒にいるところを目にした記憶がない。あいつと一緒にいられるような人間が、東京武偵高には1人としていなかったからだ。

 

 

「あいつ、チーム編成はどうするつもりなんだ?」

「知らないの? 今年のチーム編成では特例が認められて、彼はチーム登録をせずに済むようになっているのよ。誰も付いて行くことができないからって」

 

 噂に疎い強襲科男子生徒の俺に、時任が訳を説明してくれる。それを聞いて、俺は「なるほど」と納得した。

 

 銭形は1年の頃から日本中、世界中を飛び回り、東京に戻ってきている時間は3年と比べても更に少ない。他の同級生では銭形のペースに合わせることができず、足を引っ張ってしまうことになりかねない。

 まだそれはいい方で、最悪の場合、銭形と組んだ生徒が武偵生命に係る深刻な負傷を負ってしまう危険性もある。

 

 だから教務科は、この人外的な強さと実績を持つ銭形をあえて今後も単身のまま……つまり、野放しにしておくことで、最も効率的に行動が取れるように仕向けたのだ。

 

 

「世界中捜せば、あいつと組める奴はどっかにいると思うんだがな」

「……そうね。それより、そろそろ先へ行きましょう。ここに居続けるのは通行の邪魔だわ」

「ああ、そうだな」

 

 時任に賛同し、俺たちは銭形の回りに集まった人混みを避けるようにして奥の舞台へと進む。清水の舞台は街の反対側を向いているので京都の街並みを一望することはできないが、紅葉のシーズンになると美しい紅葉に覆われた山々を上から見下ろすことができる。もっとも、今は時期的に紅葉が見れないのでただの緑豊かな山しか見えないのだが、それでも雅は食い入るようにして清水の舞台からの景色を眺めていた。

 

 

 その後、清水寺のすぐ近くにある地主神社と、少し歩いた先にある祇園の八坂神社を巡り、12時頃にはもう寺社見学の3ヶ所を巡り終えてしまっていた。

 

 

「どっかで飯食ってから、大阪の方に行くか」

「うん」

「そうしまほう。大阪へは京都駅から新快速に乗れば、30分程度で着くはずよ」

「とにかくまずは飯だな」

 

 スマートフォンで食べログを利用して、祇園でそれなりに美味そうで安い店を検索する。京料理が食べられるのは多くが値段の張りそうな料亭だったため、東京にもありそうな洋食店になってしまったのは仕方ないことだったとしておこう。

 

 その後、市バスに乗って京都駅に戻り、そこからJR新快速を利用して30分ほどで、電車は大阪駅に到着した。ここで、俺たちは環状線に乗ってまずは大阪城に行くため大阪城公園駅で降車する。

 

 ここは大阪城だけでなく、水上バスの乗降場もあるため、多くの観光客が集まるスポットだ。反面、観光客を狙ったはぐれ者がうろついているために騒動が起こりやすい。

 案の定、その騒動を俺たちは目撃してしまうことになった。

 

 

「――おい、どうしてくれるんや!」

「自分らが肩ぶつけてきたせいでたこ焼き落としたったやないか!」

「弁償せえや! あと、イシャリョーも払うんが筋とちゃうんか、あぁん!?」

 

 水上バスの乗降場前で、2人組の気の弱そうな男性観光客が4人の高校生くらいのチンピラに絡まれていた。黒縁眼鏡にチェックのシャツを着て一眼レフカメラを首から下げているのだから、こういうチンピラから見れば鴨がネギを背負ってやってきたように見えるのだろう。

 

 ここは大阪だが、放っておくわけにもいかないので、俺は彼らの横から間に割って入った。

 

 

「おい、お前ら。そこで何やってる」

 

 俺がチンピラどもを睨んでいる間に、時任が「今のうちに早く行きなさい」とこの場から逃げるように促す。すると、4人のチンピラはすごい形相で俺を睨みつけてきた。

 

 

「あぁ? なんや自分ら、ここらじゃ見ィへん制服やな。修学旅行か?」

「てか、後ろの2人めっちゃ可愛くね?」

「なぁなぁ、こんなの放っておいて俺らと遊ぼうや」

 

 俺のことを無視して、時任と雅を相手にナンパをしようと言い寄るチンピラたち。よくこの2人……特に、鋭利な刃物を思わせる雰囲気をまとわりつかせている時任にまでナンパしようと思えたものだ。

 

 

 しかし、これはあまりにも無謀である。

 

 

 1人の男が気安く時任の肩に手を置こうとした、その時。時任は彼の手を互いの体同士がすれ違うようにして躱し、背後に回りこんで素早い手刀を背中と腰に連続して放った。

 

 

「へ……?」

 

 すると、手刀を受けた男の体から力が抜け、膝から前に倒れてしまう。

 

 強襲科の映像資料で何度か見た記憶がある。時任のあの動きは、ロシアの軍格闘術であるシステマと呼ばれる格闘術だ。

 システマでは身体を鍛え抜くことよりも、身体の使い方の原理を習得することに重点が置かれていると言われている。先ほど時任が放った手刀は速さこそあれ重さはそれほどではなかったように見えるが、体感する威力は見た目よりも遥かに大きい。

 

 時任も護身術程度にしか身につけていないはずだろうが、そこらのチンピラ風情に使う分ならばその威力は充分過ぎるほどだった。

 

 

「気安く私に触れないで。不愉快だわ」

 

 倒した男を一瞥し、冷淡な声を浴びせる時任。確か、俺とあいつが初めて会った時もこんな感じだったか。俺には自分の超能力の脳波計(スキャンメトリ―)が効かないからか態度を軟化してくれたが、きっと芯の部分は昔からずっと一貫しているのだろう。

 

 

「け、ケンちゃん!」

「オイ、この(アマ)……なにしおったんや!」

 

 チンピラたちは時任のシステマを目の当たりにして動揺し、声を荒らげながら拳を振りかざす。しかし、一瞬にして懐に飛び込んだ雅が、彼の無防備に晒してしまった鳩尾に肘打ちを放ち、彼は悶絶しながら地面に膝をついた。

 

 

「じ、自分ら……ナメとんのも大概にせえよ……ッ!」

 

 震える声でそう言いながら、残りの2人のうちの1人がポケットから刃渡り7センチ程度のナイフを取り出して構える。

 そして、切っ先を正面に突き出し、叫び声を上げながら真っ直ぐ俺の方へ走ってきた。

 

 が、俺は第六感でナイフが俺の間合いに入ってくるタイミングを予見し、その瞬間、ナイフの刃の腹を手で払って躱した。

 その直後、ナイフを払った反対の手で男の頭部を掴み、無理やり相手の頭を下げさせてから膝蹴りを顔面に食らわせる。

 鈍い音とともに彼は仰向けに倒れ、鼻血を撒き散らしながら気絶した。

 

 

「響哉、やり過ぎ」

「加減ってものを知らないの?」

「うっせぇ。これでも手加減したつもりなんだよ……」

 

 だが確かに、最後の膝蹴りが余計だった。頭突き程度で済ませておけば良かったと、今更ながらに反省する。

 

 一方で、4人組の最後に残った男は俺たちを見て足を竦ませていた。

 

 

「おい、お前ら。今日は見逃してやるから、このぶっ倒れた奴連れてとっとと消えな」

 

 俺は意識のある3人に向かってそう言った。こちとら観光で大阪まで来ているんだ、誰だって面倒なことをしたいとは思わない。

 

 

「お前ら……『KARs(カーズ)』に楯突いて、ただで済むと思っとんなよ……ッ!」

 

 俺が気絶させた仲間を担ぎながら、最後まで残ったチンピラは捨て台詞を吐いて俺達の前から雅と時任にやられた2人も引き連れて走り去っていった。

 

 それを見届けて、時任は背後にそびえ立っている大阪城の方を振り返りながらうんざりしたようにため息を吐く。

 

 

「本当、ああいう手合ってどこにでもいるのね。近くにいるだけで気が悪くなるわ」

「まだ日本の観光地は良い方。中国には観光客を狙ってお金を盗る組織がいくつもある」

「ヨーロッパなんかでもそんな話はよく聞くわね。……響哉? どうしたの?」

「……お前たちは大阪城に行って、先にホテルに戻ってくれ。俺は今から行く所がある」

「えっ?」

 

 急に言われて、時任が驚きを隠せずに間の抜けた声を上げる。

 

 

「さっきの人たちが言ってたことは、私たちが気にしないでもいい。大阪(ここ)の警察や、武偵が解決すること」

「少し気になって調べたいことがあるだけだ。心配いらねえよ」

「……規則で単独行動は禁止されてるけれど、黙ってておいてあげるわ。でも、早くホテルに帰ってきなさい。いいわね?」

「わかってる。蘭豹や綴に見つかったら半殺しじゃ済まないからな、そこら辺は気をつけるさ。じゃ、ちょっと行ってくる」

 

 雅がまだ納得のいかなそうな表情をしていたが、焦っていた俺は逃げるような形でその場から走り出して2人と別れたのだった。

 

 

 

 

 


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