Reloadとつけるくらいですので、番外編として気楽に読んで頂ければ幸いです。
「あっちぃ……」
8月上旬、東京都では最高気温38度を記録し、その記録もまた日に日に塗り替えられていくような暑い日が続いた。
東京湾の真ん中に浮かぶ、
俺も、その例に漏れず今頃は潜入調査での遅れを取り戻すために訓練に励むはずだったのだが――――
「響哉ぁー! 足が止まってるぞーっ!」
フィールドの真ん中から俺のルームメイト兼サッカー部主将代理の八雲戒が叫び声を上げる。なんで相手チームの奴から檄を飛ばされなければならんのだ。
俺は適当に返事をして、たまたま近くでフリーになっていた相手選手の近くまで駆け寄る。
そう。今まさに、俺はサッカー部に混じってサッカーをやっているのだ。と言っても、11対11の本格的な試合形式のものではなく、6対6のハーフコートで行うミニゲームなのだが。
なんで俺がこんなことをしているのかというと、話は昨日の夜に遡る――――。
◇◆◇
「響哉ぁ~!」
俺が日課のロードワークを済ませて帰ってくるなり、戒が俺に泣きついてきた。
「なんだよ暑苦しい……遂にあの彼女に見捨てられたのか?」
「ちげーよ! ゆかりはそんな薄情な女じゃねー!」
「ツッコむ所はそこでいいのか。……で、お前の彼女関連じゃなかったら一体俺に何の用なんだよ」
「ああ、そうだった……実は今月の半ばにサッカーのデカい大会があって、武偵高のサッカー部もそれに出場することになったんだ」
「けどよぉ」、と戒は肩を落として話を続ける。
「レギュラーメンバーの6人がこの時期になって怪我と負傷で入院することになって、今いるサッカー部の部員だけじゃ足りなくなっちまったんだ……」
「6人って、チームの半分じゃねえか! いやでも、サッカー部って結構人数いたような……」
「部員は全部で23人なんだが、そのうち9人は3年生で今海外に行ってるんだよ」
「ってことは……今サッカー部には8人しかいねえのか」
3年生はその多くが既にプロ武偵と遜色ないほどの能力を持っており、そのため国内だけでなく海外への遠征も非常に多く、武偵高で姿を見ることも殆どない。
お盆の時期に帰省するという人もいないわけではないが、月末ではまた長期任務に配属されている先輩も多いことだろう。
「もう3人は確保してあるんだ! あとはお前だけ頷いてくれればそれで話が済むんだよ!」
「ちょっと待て。確かサッカーは11人でやるスポーツだよな。3人集めたのなら俺必要ないんじゃないか?」
「一応、ルールでベンチに控えの選手を1人は入れておかなくちゃならねーんだ」
そういう試合やフィールドの外でもそういうルールが設けられているのかと、俺は素直に納得した。
「頼む響哉! サッカー部にとっても大事な試合なんだ!」
戒は玄関の床に軽い頭を擦り付けて懇願してくる。別にここまでしてくれる必要はなかったんだが。
「わかったよ、俺も手伝ってやる」
「本当か! いやー、助かったぜ響哉!」
「それはいいけどよ。俺、サッカーのルールなんてハンドくらいしか知らねえぞ」
「まあ他の連中も似たようなもんだし、試合までに何とかオフサイドくらい頭に叩きこんでおけば問題ねーさ」
(フィールドにいる11人のうち3人がルールもセオリーも知らなくて、本当に大丈夫なんだろうか)
一抹の不安を感じながら、俺はとりあえずシャワーを浴びて寝ることにした。
◇◆◇
……こんなわけで今に至るわけだが。
(よくこんな炎天下の中、大声出して走り回れるな)
夏でもクソ暑い防弾布でできた制服を着ているとは言っても、俺の自主訓練は基本的に朝方と夜で過ごしやすい時間帯だし、強襲科の訓練施設は空調が効いていて暑すぎず寒すぎずの調度いい室温湿度に設定されている。
絶対ダメというほど『もやし』でもないが、だからといってモチベーションを高くできるほど俺はこの暑さに慣れていなかった。
「ヘイッ! パスッ、パスッ!」
一方で、俺と同じ助っ人ながら子供のように楽しそうにサッカーをしている奴もいる。俺と同じく
龍は
「もらいっ!」
龍が右足を振り上げた一瞬の間に、
俺はそれを適当に足でトラップし、後ろから俺を
「はーっはっは! この先へは一歩も通さんぞ朱葉きょ……」
ドリブルで進む俺の前に立ちはだかってきた助っ人(ベンチ要員)の山吹進一郎をあっという間に躱し、俺はカラーコーンを立てて作った即席のゴールへボールを蹴り入れた。
それと同時に、審判役の雅がブザーを鳴らす。
「ば、バカなァァァ!?」
「喧しいんだよお前」
襟を掴んで胸元に風を送りつつ、俺は大声を出す山吹に悪態をつく。
そもそも何でこいつがこんなにやる気なのかが分からない。たまたま戎と同じクラスで、たまたま暇そうにしてたところをあいつに連れて来られただけなのに。
(そういやこいつ、すっかり忘れてたけど時任のファンクラブの会長か何かだっけか)
今日は練習の見学に時任も来ている。日本の暑さはどうにも苦手なようで、ずっとテントの下のベンチで座っているだけだが。
「つか、そもそもお前
「ふふっ、愚問だな。尋問というのは時として過酷な環境下で行わなければならないケースも有る。この程度の暑さで音を上げるような者は我が東京武偵高尋問科には在籍してなどおらん!」
無駄に偉そうに山吹はそう言った。
そんな山吹を「ふーん」と適当にあしらい、俺は無表情でフィールドの真ん中に突っ立っている雅に呼びかける。
「おい雅。ぼーっとしてきたらすぐテントに入れよ。熱中症になると大変だからな」
「……うん」
雅は頷き、そのまま時任のいるテントの下に行ってしまった。どうやら既に熱中症気味だったようだ。すぐにベンチに座ってペットボトルに入ったスポーツドリンクを飲みぐったりとしている。
それを見て、主将代理として仕切り役の戒がミニゲームを終了させ小休止に入った。ミニゲームを始めてからそれなりに時間も経っていたので、丁度いいと判断したのだろう。
テントへ戻ると、みんなはタオルで汗を拭いながらスポーツドリンクを喉へ流し込み、和気藹々とさっきのミニゲームの話や、秀桜に通っていたせいでしばらく耳にしていなかった普段通りの会話(どこかの会社の新しいナイフの話とか)をして盛り上がっている。
(勝つ以前に試合になるのか、これ)
そんな素朴な疑問が、ふと頭の中を過った。
スポーツなのだから楽しむのは当然だ。何しろ俺たちは武偵活動の合間を縫ってやっているのだから、余計にそう思えて仕方がない。
だが、相手方はそれこそ死ぬ思いで練習し、青春の全てを捧げるようにして日々練習に励み試合へ望む。そんな彼らを相手に、こんな素人に毛が生えた程度の連中が挑んでも果たしていいのだろうか。
問題は、そういう空気が部員の方にまであるということだ。
だがこれは、元々控えとして出場する予定だった彼らにしてみれば仕方のないことだろう。繰り上げで急遽出場が決まった4人に加え、素人の助っ人が3人もフィールドに出る始末となれば、試合に敗けることは火を見るより明らかなのは小学生でも分かる。
そして、前々から出場することが決まっていたレギュラー数名もそんな空気に流されてしまっていた。空気を壊してしまわないようにと、どこか遠慮がちになっているようにも見える。
だが、その中でただ1人、戒だけは焦りの表情を隠していた。
恐らくさっきのミニゲームで今までのチームメイトのような動きができずにいたことが、あいつにとって凄く嫌な感覚なんだろう。
戒はきっと勝ちたいんだ。でも感情的になってしまえば、それはもう取り返しの付かないことになる。主将代理として、それだけは避けたいことのはずだ。
個人の我儘とも言われかねない意見を、主将から代理を任された責任感が邪魔をする。戒は今、板挟みになって身動きがとれない状態だった。
(まあ、主将としてもここはビシっと注意しなけりゃダメだとは思うが)
切羽詰まった今の戎では、そんな器用なことはきっとできそうもないだろう。それを自覚しているだけまだマシな方だが、主将として情けないことに変わりはない。
それでも――――
「おーい、戒ぃー! ちょっとボールの蹴り方教えてくれー!」
いつの間にかテントから出てグラウンドに出ていた龍が、ボールを踏みながら戎を呼ぶ。
龍はさっきのミニゲームでシュートをしようとした時、春樹にボールを奪われていた。きっと本番でそんなことをしないように、フォームを改善しようとしているのだろう。
「……だから、こういう状況の時にDFラインを上げると相手はパスできなくなるから……」
「ふむ、なるほど」
「じゃあ、こうやって相手の位置を上手く誘導できれば……」
春樹や山吹も、テントの下ではあるが熱心にサッカーの戦術について学んでいる。
「お前ら……」
思わずといったように戒の口から言葉が零れた。もう、その表情には焦りの色はない。
俺は呆然としていた戒の背中を後ろから強めに叩き、ニヤッと笑いながら言った。
「絶対に勝とうぜ」
「……当たり前だっつーの!」
何かが吹っ切れたように、戒はそう答えた。
――――そんな頼りない主将をフォローしてやるのも、チームメイトの役目だ。
というわけで原作5巻でキンジもやったサッカーの話です。
次回は試合をして、その次から新学期の話を進めていく予定。なので次回も肩の力を抜いて読んでいただければと思います。