緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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潜入調査 Ⅶ

 

 

 

「七海……その銃、どういうことだ」

 

 言葉をかけながら俺が一歩前に踏み出すと、七海は怯えたように体を竦ませ震え出した。

 彼女の持つ拳銃――ジェリコ941の暴発が危険視されたが、人差し指は引金ではなくトリガーガードに掛けれているため、まずは予期せぬ発砲がないことに安堵する。

 

 

 だが、状況は極めて深刻だった。

 

 

 七海の手には拳銃。その近くには、腰を抜かして座り込んでいる鶴見。そんな2人を見守っている鶴見の取り巻きたち。そして、銃声を聞いてから駆けつけたと思われる、霧生。

 

 この4人のうちの誰かが七海のことを刺激するような真似をすれば、錯乱している彼女は何を仕出かすか想像もつかない。一番いいのは時間を掛けて七海を落ち着かせ、武装解除する方法なのだが……長期的なストレス状態に晒されると、人は正常な判断能力を失う。

 

 現状、そのストレスを多大に感じているのは鶴見、そしてその取り巻き2人だ。後者の方は身の安全がある程度保証されているに等しいため、放置していても静観を貫きそうではある。

 だが――――この場で最も危険な位置にいる鶴見だけは、時間が経てば経つほどその判断力を失い、何の前触れもなく急に暴れだしたりする可能性がある。もしそうなって七海が故意、そうでなくても誤って発砲したりしたら、惨事になることも有り得る。

 

 だから俺は、まずは七海の手からあの拳銃を捨てさせなければならなかった。

 

 

「……今ならまだ間に合う。銃を捨てろ。じゃないと、俺は――――」

 

 そう俺が七海に言いかけた瞬間……七海の身体から震えが止まり、不意に自嘲気味に笑い始めた。

 

 

「ハハっ、ハハハハハ……もう、終わりよ……」

「ッ…………!?」

 

 顎を上げ、虚ろな瞳で虚空を見つめながら、七海はゆっくりと拳銃を持った右手を上げようとしていた。

 その動作から、俺は第六感に警告されるまでもなく彼女が何を仕出かそうとしているのかを悟る。

 

 

 

 

 ――七海は、自分を撃つつもりだ――。

 

 

 

 一気に距離を詰めて銃を奪い取るか?

 いや、俺の位置から七海までは10メートル以上離れている。今から駆け出して拳銃を掴んだとしても、その瞬間に力んで引金を引き自傷させてしまうことを避けられない。

 こちらも拳銃(P2000)で狙撃するか?

 ダメだ。万が一のため初弾は装填されているが、安全装置を外している一瞬で、どうしても遅れてしまう。

 

 

(そうだ。あの技なら……!)

 

 打つ手なしと思われた最中、俺は1つだけ可能性のある策を思いつく。

 だが、あの技はこれまで1度も成功した試しがない。さらに、命中精度も低く少しでも射線が逸れれば七海の頭に当たる可能性もある。

 

 

 それでも、俺にはそれ以外の選択肢はなかった。

 

 

 俺は呼吸を止め、視線を七海の手にあるジェリコ941に集中する。

 

 七海がトリガーガートから指を放し、引金にかけようとした瞬間――――

 

 

 俺は目にも留まらぬ速さで、シャツの裏に隠してあった腰のホルスターに入れているS&W M686に手を伸ばし、右手首を腰に当てながら引金を引いた。

 その瞬間、落ちた撃鉄が弾倉内の.357マグナム弾の雷管を叩き、強烈な反動と銃声ともに弾丸を撃ち出す。

 

 放たれた弾丸は七海が持つジェリコ941の銃身を的確に捉え、彼女の手からジェリコ941を弾き飛ばした!

 

 

 弾かれたジェリコ941は床を滑り、七海は何が起こったのか分からずに目を丸くしている。

 

 

 

 ――――不可視の銃弾(インヴィジビレ)

 

 

 目にも留まらぬ超高速の銃撃。その速度は0.3秒にも及び、視認することは不可能。よって、相手からは俺の正面の空間が強烈な光を発したように見えるだけで撃たれたことに気づかない、鍛えられた人間の編み出した究極にして至高の銃技。

 

 かつて俺が自動式拳銃(オートマティック)のP2000で最後まで出来なかったこの技を、俺は回転弾倉式拳銃(リボルバー)のM686で成し遂げたのだ。

 

 

 だが……成功した喜びや達成感よりもまず、俺を襲ったのは精神的・肉体的な疲労感だった。

 慣れない動きをやったせいか、腕の筋肉が悲鳴を上げている。加えて一瞬だけだが周囲が見えなくなるまでに意識を集中していたためか、頭もズキズキする。

 

 どうやら実戦ではまだ使い物になりそうにないようだ。

 

 

 

「…………」

 

 俺は拳銃を弾かれて無防備になった七海に無言で歩み寄る。そして――――

 

 

 

 

 

「どれだけ心配したと思ってるんだ……っ!」

 

 

 

 噛み締めるようにしてそう言いながら、俺は七海をギュッと抱きしめた。

 

 

 

「バカなことしやがって……この大バカ野郎。次やったら本気で怒るぞ?」

 

「なんで……なんで私なんかのためにここまでするのよっ!」

 

 

 七海は泣きそうなくらい掠れた声でそう言ってきた。

 

 

 

「仲間を助けるのに理由なんかいるかよ」

 

 俺は抱きしめていた腕を解き、七海の肩に両手を置きながら面と向かい合ってそう言った。

 

 

 武偵憲章1条――――『仲間を信じ、仲間を助けよ』。そんなのがなくたって、俺はきっと同じことをしていただろう。

 もう、燐や母さんのように失いたくはない。そうさせないために、俺は強くなろうとした。

 

 そして……あの日からちょうど3年が経った。今やっと、俺は自分の力で誰かを守ることができたんだ。

 

 

 七海は耐え切れなくなったように瞳から大粒の涙を溢れさせながら、俺の胸に飛び込んできた。

 

 

「おいおい、泣くなって……。まだあいつを何とかしないとならないんだからよ」

 

 俺は七海の背中をトントンと軽く叩いてやり、後ろにいる霧生に顔だけ振り返った。

 

 

「恥ずかしいからあんまり見ないでくれないか?」

「本来なら貴様らの茶番に付き合ってやる義理はないが、今回はそういう訳にもいかん。北原七海、連行される前に俺の質問に答えろ」

「わた――っ」

「こいつは何も知らねえよ。ついでに、俺が連れて行くのはこっちの方だ」

 

 反論しようとする七海の言葉を遮って、俺は足下で腰を抜かしている鶴見を親指で指した。

 

 

「……どういうことか説明してもらおうか」

「簡単な推理だ。七海は鶴見に呼び出され、人の目のない特別教室棟屋上(ここ)へ来た。そして鶴見に拳銃を向けられ、中学時代の訓練を思い出してそれを奪った。その時に鶴見が力んで引金を引いちまって、その時の銃声を聞いて俺たちが来た時には七海が鶴見を撃ったように見えたってことだ」

「それは貴様の推論でしかないだろう」

「証拠もある」

 

 俺は足元にある弾痕を指さした。

 

 

「中学生はまだ未熟だから、高校でやるような完全分解する『お片付け』じゃなくて、相手の腕に関節技を極めたりして武器を奪うようなやり方を推奨してるんだ。だから七海はきっと、鶴見に掴みかかって拳銃を奪おうとした。

 そうじゃないと、中学時代に拳銃の扱いの基礎を習っていたはずの七海がこんな至近距離で床に向かって撃つような真似をする説明ができないんだよ。

 それに、あの拳銃についてる指紋を調べれば一発で分かる。もし拳銃を始めに持っていたのが七海だったら、鶴見の指紋がついてるはずないんだからな」

 

「……なにか反論はあるか? 鶴見秋穂」

 

 

 霧生が冷ややかな視線を鶴見に送る。鶴見は俯き気味になりながら、小さく首を縦に振った。だが、ここで予期せぬ言動が鶴見から発せられる。

 

 

「でも、悪いのは北原さんなんですよ!?」

 

 ガバッと唐突に顔を上げて、霧生と俺の顔を交互に見ながら、鶴見は声高にそう叫んだ。その眼にはなにか、狂気のようなものが潜んでいるように見える。

 

 

「頭は金髪、耳には品のない装飾品、制服の着こなしも不適切、挙句の果てには口の利き方も授業態度も最悪なのに! どーしてこの私がこんな底辺にいるような女性より下にいなければならないの!? 上に立つべきはこの私だというのに!」

 

 急にヒステリックになって叫び始めた鶴見は、まるでホラー映画のように首を傾けながら七海の方を向いてさらに続けた。

 

 

「何か不正をしたに決まっているの! だから私が、それを表に出してあげたのよ! これでもう二度と不正はしないと思っていたのに、またあなたは不正をした! だから少し灸を据えてやろうとしただけじゃないっ! だから私は悪くないィィ!!」

 

「いいや、悪は貴様の方だ」

 

 鶴見の前に仁王立ちになりながら、霧生はゴミを見るような眼で鶴見を見下している。

 

 

「自制を忘れ、流されるままにこのような凶行に至った貴様は善悪以前に家畜以下の畜生だ。精々むこうで自分の行いを悔い改めることだ」

 

 霧生が言い終えたちょうどその時、キンジと青木、さっきまで気絶していた白浪も屋上へとやってきた。

 きっと、俺の撃ったM686の銃声を聞いて、こんなことをしている場合ではないと慌てて来たのだろう。3人の顔にはかなり焦りの色が浮かび上がっていた。

 

 

「すまない創真……。命令を遂行できなかった」

「ごめん、私がしくじったばっかりに……」

「そんなことはもういい。それより、迅はこの女を連れて行け。こいつもダメだった。紗綾はあの2人の聴取を頼む。何か知っているかもしれん」

「わかった」

「任せといて」

 

 青木と白浪は一度頷いた後、白浪は鶴見の取り巻き2人を優しく宥めながら、一方の青木は鶴見に手錠を掛けて、屋上から去ってしまった。

 その際、鶴見が狂気に満ちた表情で笑っていたのを見て、俺は今まで感じたことのないような独特の恐怖を覚えた。

 

 

「『ストレイ・シープ』は全員、逮捕されると狂ったような言動を繰り返す。犯人に洗脳されているからだ」

 

 こちらに背を向けながら、霧生は残された俺たちに向けてそう言った。

 

 

「洗脳って……いやそれより、ストレイ・シープって何なんだよ」

「近頃起こっている不審人物から受け取った拳銃による発砲事件の加害者を表す隠語だ。これ以上は何も言えん。詳しいことは何も判明していないのだ。まあ、あの2人の聴取で僅かばかりは進展するだろうがな。今後、大きな進展があれば貴様の耳にも自然と届くだろう」

「お前、何者なんだ? どこからそんな情報を……」

「俺は迅と紗綾に公安部で入手した情報を伝える外部協力者だ。治安維持に勤しむ高校生は、貴様ら武偵高の生徒だけではない」

 

 こいつも、やり方は俺たちとは違うが、日夜犯罪者と闘っているということか。

 

 

「これで貸し借りなしだ」

 そう言い残し、霧生は俺たちを残して屋上から立ち去っていった。

 

 

(ストレイ・シープか……)

 

 それは聖書に登場する、和訳すると『迷える羊』。そんな符丁が付くくらい、ヤバい事件だということか。

 確かに、俺たち武偵なら自分だけでなく、一緒に話してる友達だってみんな拳銃やナイフをぶら下げて生活しているが、一般人の感覚からしてみればクラスメイトや同僚の誰かが拳銃を持っているかと思うと気が気でないだろう。さらに、その拳銃を持った人物が自分に牙を向ける心あたりがあるとしたら、それこそ大変だ。

 

 

 つまりそれは、公共の安全と秩序が崩壊することに繋がる。

 

 なるほど、公安が動き出すわけだ。

 

 

「さて、と。さっさと七海の事情聴取済ませちまおうぜ」

「うわっ、聴取面倒だなー」

「仕方ねえだろ決まりなんだから」

「駄々こねてないで行きますよ、北原先輩。それとも、抱っこして送ってあげましょうか?」

「ばっ……! 相変わらずのたらしだな、キンジは……」

 

 ちょっと照れくさそうに髪を弄りながら、七海は頬を赤く染めていた。まあ今のキンジは女たらしモード(HSS)だから仕方ないっちゃあ仕方ないんだが。

 

 

 

 ――かくして、俺の1ヶ月以上に渡る秀桜学園への潜入調査は事件解決とともに終りを迎えることとなった。

 

 

 

 


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