緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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潜入調査 Ⅱ

 

 

 

「今日から暫くこのクラスで共に勉強することになった交流生を紹介する。朱葉、入って来い」

 

 F組の教室の中から、担任の宇津木が俺を呼ぶ。

 

 

 俺は一息ついて呼吸を整えた後、意を決して引き戸を開き、これから少しの間一緒に授業を受けることになるクラスメイトたちの前に立った。

 しかし、あまり関心がないのか、半分くらいの生徒は机の上に教科書を開いてそれを眺めている。

 

 そんなことよりもまず驚いたことは、教壇に上がると本当に教室の最後列の生徒の挙動までよく見えるということだ。武偵高にも教壇はあることはあるのだが、こうしてクラスの皆が座っている時に立つような機会はないためとても新鮮に思える。

 

 

「おいお前ら、ちゃんと前を向け! ……朱葉、自己紹介を始めろ。名前だけでもいい」

「は、はい」

 

 宇津木に顎で指図され、俺は気を取り直して自己紹介を始める。

 

 

「今日からこの学校に転入することになりました、朱葉響哉です。よろしくお願いします」

 軽く会釈をして、俺は簡潔に自己紹介を終えた。

 

 こういう時、大概の学校では拍手するなり質問するなり、何かしらのアクションがあるものだとばかり思っていた俺の予想とは裏腹に、さながら八甲田山にいるような冷たい空気が俺を襲った。

 

 

(な、何なんだ? このクラスは……!)

 

 いきなり、俺は今まで味わったことのない緊迫感に苛まれる。

 

 俺は一般の中学出身だから、武偵高じゃなくてもそれなりにやっていける自信はあったのだが、これはいきなり危険信号だ。いきなりクラスからハブられる可能性が大いに浮上してきた。

 

 集団の輪の中に上手く溶け込めなければ、情報収集の難易度は飛躍的に上昇する。あえて外側から生徒たちを観察するという手法もないわけではないのだが、しかしそれでは監視カメラを設置しておくのと何らかわりはない。理事長が俺達に調べて欲しいのは、決して水面からは見えることのない、もっと深いところにあるはずなのだから。

 

 

 

 

 ――しかし、俺はこれ以上この場で何も発言することができなかった。

 

 一瞬、趣味の話でもして興味を引こうとも考えたが、そもそも彼らと合うような趣味が思い浮かんでこなかったため断念。これ以上クラスメイトとの軋轢を生まないために、この場は何も付け加えずに窓際最後列にある自分の席に行く他あるまい。

 

 

 こうして、俺の秀桜学園での第2の高校生活が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

(最悪だ……最悪の幕開けだ……)

 

 昼休み開始の予鈴が鳴る。俺は1人、自分の席に座ったまま頭を抱えて葛藤していた。

 

 

 休み時間になっても誰も俺に関心を持ってくれないし、俺の方から声をかけに行っても適当にあしらわれてどっか行っちまうし、授業の内容は難し過ぎて全然分からねえし、とにかく最悪の気分だった。

 

 

(何なんだこのクラスは……っ。それとも、長い間武偵高にいたから一般人の感覚が完全に麻痺しきってるのか?)

 

 思い通りにならない――どころか、わざとじゃねえの? と疑うほど最悪な方にしか進まない現状に、ふつふつと怒りが沸き上がってきた。空腹のせいもあるのだろう。

 

 中庭の方にオープンカフェみたいな作りをした店があったはずなので、俺は2年の教室より近い1年の教室にいるキンジに席の確保をしてもらうようメールし、適当に辺りを見回しながらゆっくり店まで行こうとして、俺が椅子から立ち上がった時だった。

 

 

「待ちなよ」

 

 背後から、低い声色の女子に呼び止められる。

 声のした方を振り向くと、俺の前の席の女子が背中を背凭れに預けながら俺の方を見ていた。

 

 少し長めの金髪に、見下したように挑発的なつり目。左耳にはイヤーカフスが付いている。ぱっと見た感じだと不良生徒のようにも見えなくもない。

 

 

「私は北原(きたはら)七海(ななみ)。七海って呼んでいいよ。苗字で呼ばれるの嫌いだし、中学の奴らからは名前で呼ばれてたから」

「中学……?」

「なによ、文句あんの?」

「いや、ねえけどよ……」

 

 高2になって「中学の頃から」じゃなくて「中学の奴らから」っていうのは、高校での学校生活に問題があるようにしか思えないのだが。

 まあ見た目からしてもうこの学園の雰囲気から浮いてるし、ハブられてるんだろうな。きっと。……今の俺が言えたタチじゃないが。

 

 

 しかし、七海がフランクなおかげで話しやすいからか、それとも気が滅入り過ぎていたからか、たったあれだけの会話で俺の気はかなり楽になった。

 なぜだか彼女とは、近いものを持っているような、他の生徒と違って自分と似ているような感じがしたのだ。

 

 

 俺がこっちのクラスメイトと初めて会話できたことに安堵し、胸をなでおろした、その矢先のことだった。

 

 

「あんたさぁ、武偵(DA)でしょ」

 

 見透かしたように微笑を浮かべながらそう言い放った七海に、俺は内心驚いた。幸い、クラスの誰も俺達の会話に聞き耳を立てている生徒はいなさそうだった。

 俺はそれを確認すると、決して表情は崩さずに、寧ろ『何を言っているのか分からない』、とでも言いたそうに困ったような表情を作った。

 

 

「ごめん。ちょっと何言ってるのか――」

「あんたの右足首、不自然に膨らんでるよ。拳銃(ハジキ)でも仕込んでんの?」

「…………!」

 

 流石の俺も、拳銃の隠し場所を言い当てられれば動揺は隠せない。

 最近急に暑くなり始めて上着を脱ぎたい日もあるだろうからと、どうせ専門的な知識もなく変に警戒もされないだろうと高をくくって安易な場所に拳銃を仕込んだのが間違いだったか……。

 

 いや、そもそも――――誰かに聞かれていても解りにくいように、一部の組織でしか使われていないような専門用語で話している辺り、七海も俺と同じく潜入捜査をしている武偵なのだろうか。

 

 

「私、元武偵なんだよ。だからそういうトコへは自然と目が行くし、何より目付きとか見ればあんたがパンピーじゃねえってことくらい分かるっての」

「なんてこった……」

 

 元武偵の女子が同じクラスにいるなんて予想外すぎる。どうりで似たような感じがするわけだ、彼女も俺と同じ武偵だったのだから。

 

 

「私みたいにドロップアウトしたみたいでもないし、潜入調査でもしにきたの?」

「……それについては俺の口からは言えないが、頼む七海。俺が武偵だってことは内密にしといてくれ」

 

 他の誰かに聞かれないよう、小さめの声で俺は七海に頼み込んだ。

 もしこんなことを言いふらされたりしたら、調査は打ち止めとなり武偵高に戻った後でどんな仕打ちが待っていることか。考えただけで寒気がする。

 

 

 そんな情けない姿の俺に同情でもしてくれたのか、七海は「ま、そこまで言うなら黙っててやるよ」と勝ち誇ったような顔で言ってくれた。

 

 

「その代わり、ちょっと私に付き合いな。飯食いに行くよ」

「お、おう……」

 

 立ち上がりざまに七海にそう言われ、俺はその男勝りな誘いに面食らいながらも返事をしてついていくことにした。丁度腹も減っていたところなので、断る理由も特になかったからというのもある。

 

 

 七海の隣に並んで歩きながら、階段を降りしてばらく廊下を歩いていると、中庭の辺りにオープンカフェのような小洒落たレストランが出店されているのが目に飛びこんできた。

 

 武偵高の学食なんて刑務所の食堂並みかそれ以下だというのに。これが金持ち学校ということなのか。

 見れば、テラスにはノートパソコンを開いて何やらカタカタと打ち込んでいる生徒や、数人で集まって小難しい話題で議論のようなことをしている生徒、コーヒーを飲みながら英字新聞を読んでいる生徒がいる。差し込んでくる太陽の光が、彼らを余計に輝かせて見せていた。

 

 

 そんな光景を見て、やはり俺はこの学園の生徒とは育ちが違うんだなぁと思い知らされる。

 

 

 

 

 ――七海に先導されて校舎側から店に入ると、そこには多くの生徒らがジャズミュージックをBGMに優雅な昼食の時間を過ごしていた。

 学園島唯一のファミレス、ロキシーとは雰囲気が全く違い、まず煩くないことに驚かされた。次に店内が広いこと。これがさらに中庭までテーブルを出しているのだから驚きだ。これがセレブの日常だというのか。

 

 店内に入ってすぐ用紙に名前を書いて、空席ができるまで北原と適当な場所で時間を潰そうかと考えていた矢先のことだった。

 

 

「朱葉響哉様と、お連れの方ですね? どうぞこちらへ」

 壮年の男性が突然俺と七海の前に現れ、テーブルへ案内をし始めてきた。

 

「なにあんた、予約でもしてたの?」

「えっ、予約できるのこの店」

「できるわけないでしょ。基本的に学生食堂と同じなんだから」

 

 じゃあそんなこと聞くなよと内心思いながらも、俺はそれ以上何も言わずに七海とウエイターの後ろを歩く。そして、俺達は店の入口から一番遠い隅のテーブルに案内された。

 

 

「こちらの席でございます。では、わたくしはこれで失礼致します」

 

 俺達と、先にテーブル席に座っていた人に頭を下げると、ウエイターの男性は元いた場所へと戻っていった。

 

 

(そういや、こいつに席取っておけってメールしてたっけか)

 

 先にテーブル席に座っていたのは、キンジだった。どうやら俺が来たらこのテーブルに案内してもらうよう、あのウエイターに頼んでいたようだ。

 見たところ満席のようだったので、キンジに先に行かせて正解だった。

 

 

 俺がキンジに礼を言おうとした時、七海が思い出したようにキンジに話しかけだした。

 

「あれ、今思い出したけど、あんたキンジじゃん」

「き、北原先輩……!? なんでこの学園に……ッ!」

 

 七海の顔を見た途端、、キンジは浮かないような顔をして頬を引き攣らせ始めた。どうやら過去に何かしらの出来事があったらしい。

 

 

「え、何お前ら。知り合いなの?」

「神奈川武偵高附属中学にいた頃の先輩だったんです……」

「いやー、あの頃はキンジに色々やってもらえて助かったわ」

「いまいちお前たちの関係がよく分からんのだが」

 

 学年も性別も違うのに親しかったというのがやけに不自然に思えたので、キンジに詳しい説明を求めるような視線を送る。

 

 

「えーっとですね……」

 少し考えるような素振りを見せてから、キンジは俺に耳打ちしてきた。

 

「俺、中学時代にヒステリアモードのことが一部の女子にバレて、色仕掛けで無理やりヒステリアモードにさせられていい様にこき使われてたことがあるんです。その中に、強襲科の先輩だった北原先輩がいたんですよ」

「なるほど、『助かった』っていうのはそういうことか」

 

 ヒステリアモード……ヒステリア・サヴァン・シンドローム、通称HSS。金一さん曰く、この状態になると目の前の女性を何が何でも守り通したくなる衝動に駆られるらしく、きちんと制御しないと女性の言いなりになってしまうため昔は色々と苦労したという話だ。キンジにとってその苦労の種が北原達だったのだろう。可哀想に。

 

 

「あんたまだ武偵やってたんだ。そういや菊代ちゃんもまだやってんの?」

「あいつは……3年の時に家の都合で転校しました」

「ふーん」

 

 その菊代とかいう人もキンジを利用してた女子の1人なのだろうが、七海は大して興味も無さそうな顔をしてキンジの向かい側に座った。俺も続いて、キンジの隣に腰を下ろす。

 

 

「ま、昔のことはもういいや」

 そう仕切りを付けて、七海は背凭れに体を預けて足を組んだ。

 同時に、同年代の女子と比べて結構大きい胸が気になったのか、はたまた少し上がったスカートの中が見えそうになったからか、キンジは僅かに頬を紅潮させてそっぽを向いた。

 

「協力してやるよ、あんた達に。響哉がF組に入れられた理由も大体予想は付いたし」

「……どういうことだよ、それ」

「あー。響哉さ、この学園のクラス分けの仕分け方って知ってる?」

「いや、知らん」

 

 俺がキンジの方を向くと、キンジも黙ったまま首を横に振った。

 七海は深く息を吐きながら組んでいた脚を解くと、頬杖をついて面倒そうにして説明し始めた。

 

 

「この学園は成績でクラス分けしてるんだよ。A組が一番良くて、Fが一番悪いって順に。だから普通、交流生はA組かB組に入れられる。2年と3年は前年度の成績順で、1年は入試の点数を使うんだ」

「そう言えばキンジはA組だったっけか」

「はい」

 

 どうやら俺だけが通例から外れてF組に入れられてしまったようだ。武偵高での成績は可もなく不可もなくといった具合だったのだが、学力レベルが見合わないと理事長に判断されたのだろうか。

 

 

「勉強できる奴ってわりと何でも出来ちまうからさ、上のクラスには運動部の部長とかそういうのが多いんだよ。それに比べてF組の連中ときたら、完全に諦めて行けそうな大学探して、自分と同じような連中と慣れ合ってるのばっかりでさ。おまけに薄っぺらいプライドだけ高くて縄張り意識みたいなのだけは強くて……見てるだけでイライラするわ。そんなだから他のクラスの奴からバカにされるんだよ」

 

 言っている内に本当に機嫌が悪くなってきたのか、七海は苛つきを募らせつつ机を指でトントンと軽く叩き始めた。

 

 

 『働き蟻の法則』という説がある。

 組織において本当に働いているのは8割で、残りの2割は怠けてしまうというものだ。七海が言うに、この学園にとってその2割がF組の連中なのだろう。

 

 初めは誰だって期待と希望に胸を膨らませ、努力しようと思えるんだ。だがそれは初めだけで、すぐに目の前の遊びにつられて努力を怠ってしまう輩が出てくる。

 そしてそういう輩は、今までの楽な生活から抜け出せなくなってしまうのだ。

 

 だからこそ、真面目にちゃんと努力している連中はF組の生徒を蔑むんだろう。

 下に落ちたくないから。笑われたくないから。この最高の一時を少しでも長く味わっていたいから。だから彼らは頑張れる。

 

 現実は非情だ。平等を掲げる民主主義にありながら、その実態は多くの優秀な人間を育てるために犠牲となる存在を強いているのだから――――。

 

 

「つまり、俺がF組に入れられた理由ってのは、問題起こすのならこのクラスだって学園側が見切りをつけたからってことか」

「……まあ、そんなカンジ。それより、2人とも早く注文決めなよ。昼休みだってあんまり長くないんだから」

「……?」

 

 少し含んだような言い草が気になったが、結局その場で言明はせず、俺達は七海から面倒くさい教師や楽できる授業なんかの話を聞きながら適当にランチを済ませ午後の授業へと臨んだのだった。

 

 

 

 


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