緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

57 / 96
VS 河上アヤメ

 

 

「燐さんの幼馴染がどれ程のものか、この眼で見させてもらおうか……!」

 

 不気味に口元を歪ませながら、河上は地を這うような低い姿勢で走り出し、真っ直ぐ俺達の方へ向かってきた。

 

 銃を持った相手にこのような動きを選択するのはまさしく自殺行為なのだが、日本の武偵は武偵法9条によって如何なる場合においても殺人が禁止されている。

 今、河上を撃てば恐らく頭か太い血管の通る部位を撃ちかねないため、俺は河上を撃てない。全くもって厄介な、武偵封じの動きに他ならない。

 

 

(だが、対処できないことはない!)

 

 雅もそれに気づいているのか、全く同じように走り出し河上を迎え討った。

 

 防御に入ると押され込まれてしまうため、逆にこちらも捨て身の特攻で迎撃する。これでゼロ距離の超接近戦に持ち込むことで、相手のアドバンテージを無効にするのだ。

 

 

「ユウ!」

 

 雅の間合いに入った瞬間、河上は雅の高速で振り抜かれたナイフをジャンプして躱し、その後ろにいた俺にファイブセブンの銃口を宙に浮いたまま向けようとしている。

 更にその奥では、櫻井が雅を迎え討とうと半身を引いて鉄の拳を作っている。

 

 一瞬にして、俺対河上、雅対櫻井の構図が出来上がってしまった。

 

 だが、雅の実力は知っている。生半可な相手では手も足も出ないだろう。ましてや、あんなゴツい身体で雅の素早さに付いていけるわけがない。

 

 

 俺は銃口を向けられる前に右半身を引き、身体を横に向けた後、さらに身体を後ろに倒しながら河上の放ってきた2発の5.7ミリ弾を躱す。

 そしてそのまま倒れながら地面に手を付き、河上が地面に着地した瞬間を狙ってカポエイラ・キックを炸裂させた。が、手応えはない。上手く衝撃を流されたのだ。

 

 即座に立ち上がった俺に向かって、一瞬だけ立ち上がりの早かった河上の前蹴りが襲い掛かる。

 

 

「ぐっ……!」

 

 俺はそれを両腕で防いで受け止めた。が、そこへ空かさず逆足での中段蹴りが迫る。

 それを今度は後ろに身を引いて躱すと、河上は姿勢を低くして踏み込みつつ先ほどより鋭い前蹴りを放ってきた。

 

 『第六感』で察知していた俺は何とか受け身を取るものの、反応が遅れそれを肩に受けてしまった。

 

 

(この足技……サバットか!)

 

 サバットとは足技を中心としたフランスの格闘技の1つで、靴を履いていることを前提としているため最も実用性の高い格闘技と呼ばれることがある。

 更に、河上のこの攻撃のキレは少しかじった程度の者ができる動きじゃない。だが、河上のこれは動きの粗雑さからして、我流かもしくは天性の素質から身に付けたものだろう。以前、強襲科の授業で見たことがあるが、河上の蹴りには体重移動や足捌きに違和感を覚える。

 

 

 俺は後ろに跳び退いて体勢を立て直し、P2000の銃口を河上に向けた。

 

 狙いは河上の左足。防弾布がないため怪我は免れないが、あの厄介な足技を封じるには軸足を狙うしかない。

 

 

 が、河上は俺が引金を絞る直前に横に跳び、斜線から逃れて銃弾を躱してきた。

 

 

「な……ッ!?」

 

 あの状態から躱されるはずがないと考えていた俺は、驚愕し目を剥く。

 初弾を回避した河上に追い打ちを仕掛けようと再度引金を引こうとするも、河上は凄まじい速さでジグザグに動き照準を合わされることなく俺との間合いを詰めてくる。

 

 焦った俺が引金を絞り乾いた銃声が倉庫内に轟いた。が、その時には既に河上は俺の懐に潜り込んできており、俺の銃弾は虚しく空を穿った。

 

 

「――この程度か?」

 

 失望したような、憐れむような眼で俺を見据え、河上は俺の鳩尾に重い膝蹴りを放った。嫌な音が、体の中に響き渡る。

 

 

 肺の空気を一気に口から吐き出され、俺は前屈みの姿勢になって胸を押さえる。肋骨にヒビが入っているかもしれない。目がチカチカして、意識が飛びそうだ。身体の感覚が鈍って言うことを聞かない。

 

 そこへすかさず河上は両手を組み、無防備な俺の首に向かって両手で持ったファイブセブンの握把で殴りかかった。

 

 

 あまりにも強烈な連撃に耐え切れず、俺は頭を地面に打ち付ける。危うく闇の中に飛びかけた意識を、河上が俺の頭を踏みつけることで何とか繋ぎ止めることができた。

 

 

 

「ぐ……」

「まだ意識があるとは驚いた。ま、暫くは自由に身体動かせないでしょ。お友達の方も終わったみたいだし、大人しくしてくれないかな?」

「ッハ……雅があんなガキに――――」

 

 『敗けるわけがない』、そう続けようとした時だった。

 

 

「ユウ」

 

 河上が言うと、俺の目の前にドサッと何かが投げ捨てられた。それが何なのかを理解するのに時間は要らなかったはずなのに、それが現実だと認めたくないからか、俺はそのぐったりとして頭から血を流している女子の背中が誰のものなのかをすぐに見分けることができないでいた。

 

 

「……当然の結果。お前ばかりに気を取られ、目の前の私に集中していなかった」

 

 冷たい声でそう言いながら、櫻井が雅に歩み寄り一瞥するのが視界に入ってくる。

 

 

「ユウ。その子、放っとくと危なそうだから今のうちに殺っておいて」

 

 河上が言うと、櫻井は無言で頷いた。

 

 

「やめろ! 雅には手を出すな!」

「そういう訳にもいかないんだよ。この子は私達の目的の障害になるかもしれない。危険因子は排除するのも私の役目なんだ。利口な君なら理解できるだろう?」

 

 河上の言う通り、俺をイ・ウーに連れて行く気ならば、実力なら間違い無く強襲科のSランク級……つまり、特殊部隊1個中隊レベルの能力を持つ雅を野放しにしておいて良いことなど何もないだろう。雅は絶対に俺を追いかけ、俺を攫ったこの2人を許さない。

 

 その『計画』とやらがどんなものかは知らないが、きっと、その計画が進み手掛かりが増えてきた頃、雅ならいつか俺達を捕まえるだろう。

 

 俺にはそれが、容易に理解できた。

 

 

 イ・ウーに行く条件として雅の開放を要求するか?

 

 いや、今の状況ではそれは無理だ。河上に完膚なきまでに叩きのめされた今、俺とこの2人の上下関係は絶対的なものになっている。対等でなければ、要求は通らない。

 

 

 雅が要請しているかもしれない応援に頼るしかないのか……。これを封じられていたら、打つ手がない。

 

 

「一応言っておくけど、応援は呼べない。あの電話の直後、基地局を仲間が爆破した。だから、あの子が応援を呼んでるなんて思わない方がいい」

 

 見透かしたように河上が言った。

 完全に手詰まりだ。俺達が助かる手段は、もうない。

 

 

 

 ――今になって後悔の念が溢れ返ってくる。

 

 

 俺は、雅が河上に襲いかかった時、闘ってでも雅を止めるべきだった。

 

 そうすれば俺がイ・ウーに行ったのは自分の意志だと証明できる。雅が俺を追い河上の言っていた計画の邪魔をすることもなかったかもしれない。

 殺せと言われても殺したフリをすればこの場をやり過ごせた可能性だってある。

 

 

 そもそも、俺はなぜこの場に1人できた? 指示されたからと言って、本当にそれに従う道理はない。

 ここは武偵高、俺達のホームだ。狙撃手なんかもすぐに用意できる。志波やレキなんかの長距離狙撃手を要請し、誘拐犯を確保するのが理想だったんじゃないのか?

 

 アドシアード、そして車輌科の第3備品倉庫。その場所を聞いて俺は直感していたのだ。これがイ・ウーの構成員による俺をおびき出すための餌なのだと。

 

 それにわざわざ応じたということは、河上の問にイエスと答えたのと同義。何も知らない雅が割って入ってきて、流れで雅と共に闘うことになったが、そんな宙にぶら下がったような気持ちでは勝てるわけがない。

 

 

 

 俺は、自分の勝手な都合とどっち付かずの判断で仲間を死なせようとしている、最低の人間だ。

 

 

 だが、仲間を見殺しにするような奴はそれ以下の屑だ。雅はまだ死んでいない。まだ、諦めるには早過ぎる……!

 

 

 

 

「ぐ、がぁぁぁぁッ!!」

 

 絶対に、雅だけでもこの場から逃す!

 

 俺は地面に両手を付き、唸り声を上げながら腕の筋肉を限界まで酷使し、アヤメに頭を踏まれたまま無理やり上体を起こして河上を振り払い、立ち上がった。

 

 

 

「…………ッ!?」

「なっ……!?」

 驚いたように目を丸くする2人。しかし河上は口元を歪めながら、猟奇的な視線を俺に送ってきた。

 

 

「いいね、その眼。ゾクゾクする――――!」

 

 河上は構えを取り、ノーモーションの前蹴りを仕掛けてきた。

 

 

 が、『第六感』でそれを予測していた俺はそれを受け流し、河上の背中に肘打ちを浴びせた。河上は思わずといったように俺から距離を取る。

 

 その光景に驚いたのか、櫻井の注意が俺に向いた、その時。

 

 

 死んだようにぐったりと倒れていた雅が突然飛び上がり、隙だらけの櫻井の脹脛にコンバットナイフを突き刺した。

 が、それはユウの機械でできた脚には通らず、虚しい金属音を立てて弾かれてしまう。

 

 

(あれは……諜報科の十八番、『死んだフリ(ポッサム)』か)

 

 『死んだフリ(ポッサム)』とは文字通り、相手の攻撃を受けて死亡、ないしは瀕死状態を装うことでその場をやり過ごす、または油断して近寄ってきた相手を仕留める技術のことだ。

 これは諜報員の基礎技術とされていて、彼らを相手にする時はたとえ斃した後も一瞬たりとも気を抜くなと強襲科では口を酸っぱくして教え込まれる。

 

 

 自分の攻撃が通用しないと悟るやいなや、雅は即座に立ち上がり櫻井の小さな身体に両足蹴りを浴びせつつ宙返り(ムーンサルト)で間合いを確保し、俺のすぐ後ろに着地した。

 

 

 

「雅、怪我は大丈夫なのか?」

「頭を打っただけ。問題ない」

 

 背中を合わせたまま互いに向き合わず言葉を交わすが、傍にいるため雅が息を切らしているのがわかる。

 俺も肋骨にヒビが入って、殆ど満身創痍だ。第2ラウンドを切り抜ける自信はない。

 

 

「しぶといなぁ。これ以上はうっかり殺しかねないけど、私もペナルティは嫌なんだよね。ちょっと手荒に行かせてもらおうかな」

 

 河上が、右手のファイブセブンを構えた。

 

 

(マズいな……)

 

 背後に背を向けた状態の雅がいる以上、迂闊に銃弾を避けることができない。避ければ雅に当たり、俺が盾になれば雅の気が逸れる。

 

 こうなったら、雅を抱えて無理やり突破するしかない。そう考え、俺が行動に移そうとした、その時だった。

 

 

 

 俺の視界の外からワイヤーに繋がれた金属製の輪……手錠の一端が、河上の手首に掛かったのだ。

 縄に引っ張られ、射線を無理やり変えられたファイブセブンは狙いを外し、床と壁に跳弾して照明を壊す。その破片が床に落ちてきた時、俺達はそのワイヤーが飛んできた方向を振り向いた。

 

 その視線の先では、忘れもしないあの男が、黒いグローブを両手にはめてワイヤーを握っている。

 

 

 

「車輌科の方で銃声がしたから来てみれば――――こんな場所で逢えるとは思っても見なかったぞ、河上よ」

 

 

 鋭い眼光を飛ばし、嬉々として口元を歪ませながらそう言い放ったのは、銭形平次の子孫であり、自身もまた天才と称される最強のSランク武偵、銭形平士だった。

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。