緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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先週投下した話があまりにも気になったので書き直しました。前話の最後の方に◇◆◇で仕切ってある下が加筆修正した部分になりますので、まずはそちらから御覧下さい。個人的な理由でお手数をおかけして申し訳ありませんでした。



分水嶺

 

 

 

 時間は少し前に遡る。

 

 

 今日はアドシアードの開催日。俺は一般人や報道陣を誘導する係のため、腕章を右腕につけて津波のように押し寄せてくる人達を競技会場に誘導していた。

 

 武偵高の生徒らはほぼ全員、何らかの形でアドシアードの手伝い(ヘルプ)をしなければならないため、当日は予め自分たちで決めていた仕事を終わらせなくてはならない。

 しかも、たとえ仕事が終わっても閉会式が終わるまで武偵高を離れてはいけないことになっているため、競技に興味がない者にとっては随分と酷な行事なのだ。

 

 

 朝から1時間弱も立ちっぱなしでそろそろ疲れがピークに達してきた頃、漸く俺と交代するキンジが武藤と不知火と、あと何でか知らないが雅を連れてやって来た。

 

 

「お疲れ様です、響哉さん」

「おう、キンジ。……それにしても、何で雅がいるんだ?」

「時任さんを探してる」

「こっちには来てないぞ」

 

 俺が答えた丁度その時、ズボンのポケットに入れていた俺の携帯に着信が入った。マナーモードにしていたため、バイブレーションがポケットの中で響く。

 

 

「すまん」

 一言断りを入れて、俺は携帯を取り出して画面を開いた。時任からだった。

 

 先日、キツイことを言ってしまったがために話がし辛い。通話ボタンに伸びた指が、直前で止まる。

 しかし、電話に出ないわけにもいかないだろう。俺は結局、通話ボタンを押して時任からの電話に出た。

 

 

「よう、時任。どうし――」

『時任ジュリアは預かった。返して欲しければ今から言う場所に1人で来い』

 

 時任のものではない女性の声が、俺の言葉を遮りながら通話口から耳に入ってきた。

 極力平静を装って、俺は携帯を持ち替えた。

 

 

『車輌科の第3備品倉庫。時任ジュリアの身の安全は保証する。私たちは君を迎えに来ただけだ。待っているよ、朱葉響哉くん』

 

 一方的にそれだけを伝え、相手は通話を切った。通話口からは虚しい電子音しか流れてこない。

 俺は携帯をポケットに仕舞った。

 

 

「――急用ができた。今すぐ行かなきゃならない。キンジ、武藤、不知火。後は任せたぞ」

「はい」

「了解っす」

「分かりました」

「雅も、時任にはお前が捜してたって言っておくから、持ち場に戻ってろ」

「でも……」

「いいから」

 

 何かを悟ったのか、渋る雅に念を押しつつ、俺は彼らに背を向けて早足でその場を離れた。人々の流れを掻き分けて、競技から離れているため閑散としている車輌科棟周辺まで何とか辿り着くと、そこからは走って倉庫まで向かう。

 

 

 

 そこに着いた時、俺はふと思い出した。ここは、去年俺が燐と再開した真上だ。

 

 見上げるほど巨大な倉庫のシャッターは、鍵が掛けられているはずなので開けようがない。

 しかし、その横にある人が出入りするための扉は僅かに開いていた。まるでここから入って来いと言わんばかりに。

 

 

(上等だ……)

 

 俺はP2000を取り出し、スライドを引いた。そして一応中を覗きこみブービートラップが仕掛けられていないかを確認してから音を立てないようにそっと扉を開け、一気に中に入って辺りを警戒する。

 

 倉庫の中にあるのは備品が積まれたいくつかの棚と、奥の方に1輌、運搬用の中型トラックが停車されていた。

 シャッターの上にある窓は換気のためか全て開けられていて、そこから射す陽の光が倉庫内を照らす光源となっていた。

 

 

「やあ、待っていたよ。朱葉響哉くん」

 トラックの影から、電話と同じ声をした女性が薄っすらと不気味な笑みを貼り付けながら俺の前に姿を現した。反射的に、彼女に向けてP2000の銃口を向ける。

 服装はホットパンツに黒のタンクトップとかなり露出の高い格好をしていて、頭には帽子を被っているせいで明確な人相までははっきりしないが、正面からでもセミロングくらいの黒髪を後ろで結っているのは何となく理解できた。

 身長も170半ば程度と、女性にしては高い。丁度、時任と同じくらいの身長だろうか。

 

 

「…………」

 電話の主の女に続き、140センチにも満たないような小柄な子供が現れた。長年使い込んだ形跡のある黒い外套で首から下をすっぽりと隠している。思わず目を引く長い髪からして、性別は女だろうか。

 だが、その子の纏う空気はとても子供とは思えないほど暗く、また氷のような冷たい瞳をしていた。

 

 

「お前たちは何者だ?」

 

 いくら時任が強襲科などの実動的な活動をしている生徒に比べ身体的に劣るとしても、一応は武偵だ。一般人に無抵抗で捕まるワケがない。

 

 それに、この言い知れぬ威圧感……俺は警戒心を剥き出しにし、引金に指を掛けていた。

 

 

 

「私たちは『イ・ウー』の人間だ」

「…………ッ!」

 

 その単語を聞いた時、俺の中ですぐにそれがある人物と繋がった。

 

 

『響哉……あなたも、イ・ウーに来なさい』

 

 イ・ウー……それは、燐がいる秘密結社の名称。いくら調べようと浮き上がってこない、謎に包まれた闇の組織。

 その構成員が、燐と繋がっている人間が、今、俺の目の前にいる――――。

 

 

「私は河上アヤメ。この子は櫻井ユウだ。電話でも言った通り、私たちはキミを迎えに来た。『教授(プロフェシオン)』と、燐さんからの命令で」

「燐を……知っているのか? それに、その教授っていうのは何の暗喩だ?」

「燐さんは私たちの直属の上司ってところかな? 教授は単に、イ・ウーの首領……いや、頂点だよ」

「…………?」

「私たちは決して一枚岩じゃない。だから、首領なんて立場の人間じゃないんだよ、彼は。人かどうかも怪しいんだけれど」

 

 河上の言い回しが少し気にかかるが、薄っすらとイ・ウーの正体が俺の目にも見えるようになってきた。

 つまり、イ・ウーとは様々な思想を持った輩の集まりなのだ。そして、それを上手い具合に調整しているのが、組織の頂点である教授という人物と考えて間違いないだろう。

 

 組織というのを成り立たせるには共通の目的が不可欠だが、その行き着く先が全て同じとは限らない。河上の言う一枚岩ではないというのは、つまりそういうことなのだろう。

 

 

「さあ、存分に悩んでくれ。私たちと共に来るか、来ないのか」

「人質を取っておいてそれはおかしいだろ。実質1択の選択だ」

「っふふ、その通りだね。じゃあ時任ジュリアの身柄は開放しよう。ユウ」

「……わかった」

 

 幼い声でそう返事をした櫻井は、地下へと繋がるエレベーターの前まで歩み寄り、扉を開けて見せた。中にはぐったりとした様子で時任が気を失っている。

 

 

「時任に何をした?」

「薬で眠ってもらってるだけだよ。ああ、副作用とかないから安心して。ただ起きた後でかなり身体がダルくなるだけだから」

 

 どうやら、目立った後遺症は特にないようだ。時任の安否を確認した俺は、一先ずほっと胸を撫で下ろす。

 

 しかし、櫻井が開けたあのエレベーターは、武偵高の生徒と教職員しか持っていないカードキーで電子ロックを解除する必要がある。後ろからだったため見えなかったが、どうやら櫻井はそのカードキーを使ってエレベーターを操作していた。わざわざ偽物を用意したのか、はたまたどこからか盗んだのか。どちらにせよ、用意周到なことは変わりない。

 

 櫻井が河上の隣に戻ってくると同時に、エレベーターの扉が閉まり時任の姿が見えなくなる。

 

 

「これでいいかい?」

 

 河上が両手を上げ、「自分は敵じゃない」という素振り(ジェスチャー)をした、その時だった。

 

 突然櫻井が飛び出し目にも留まらぬ速さで河上を攫った直後、先程まで河上が立っていた空間に何者かが降ってきたのだ。

 

 武偵高特有の派手な色合いをしたセーラー服。肩に掛かる程度の長さをした、薄く赤みがかった髪。そして両手に握られているのは、陽光を反射させ煌めくコンバットナイフ。

 

 

 俺は驚いて目を見開きつつも、その人物が誰なのかをすぐに悟った。

 

 

「何でここにいる、雅! 戻ってろって言っただろ!」

「電話が掛ってきた時、響哉の様子がおかしかった。だから心配で追ってきた。それにあの人達は時任さんを誘拐した現行犯。私はこの人達を逮捕しないといけない」

「――――クソッ!」

 

 俺は悪態をつき、P2000を下に向けて構えながら雅の隣に立つ。

 

 

「……新手か」

 櫻井がボソッと呟き、身に纏っていた外套を翻した。

 

「何……ッ!?」

 思わず、そんな声が無意識に漏れ出る。

 

 

 櫻井のコートの中に隠されていたのは――小さな身体には不釣り合いな、まるで巨人の腕のような機械でできた巨大な腕と手、そして脚。それらからは膨大な熱が放出されているのか、所々陽炎が立ち上っている。

 

 

「なんだ、アレは……!?」

 あまりの衝撃に、開いた口が塞がらない。普段表情の変化に乏しい雅ですら、動揺を隠せないでいた。

 

 その手は拳を握れば人の頭よりも大きく、指先は鋭く尖っている。肩にはミサイル発射がどうのでつい最近よくテレビのニュースで見かけるようになった北朝鮮の国旗に、大きなバツ印が書かれているのが見えた。

 

 

(あの無駄にゴツい義手みたいなのは北朝鮮関連の兵器か……!)

 

 しかし、大きく国旗にバツを書いている辺り、どうやらあの国を目の敵にしているらしい。

 

 

「なるほどね、キミの答えは初めから決まってたわけだ。でも、教授からは少し手荒な真似してもいいって言われてるし、仕方ないか」

 

 河上は何やらブツクサと独り言を言いながら、服の下に仕込んであったベルギーFN社製の自動式拳銃、『FN Five-seveN(ファイブセブン)』を取り出しそのスライドを引いた。

 

 

(あの拳銃は……ヤバいな)

 

 ファイブセブンは、同社のPDW(個人防衛火器)であるP90の補助兵装(サイドアーム)として開発された拳銃なのだが、使用する5.7ミリ弾は初速が秒速600メートルをゆうに超え、距離を置いていてもボディアーマーを貫通させる事ができる。

 

 つまり、アレはライフル弾だって防ぐことのできる俺の防弾制服すら貫く必殺の矛なのだ。

 

 更に装弾数は20+1発(アメリカの民間モデルでは10発の物も存在する)と俺のP2000よりも遥かに多い。また人体に着弾した場合は貫通せずに体内の傷口を広げるのでマンストッピングパワーも高いという、厄介な代物だ。

 

 

「さて、と。燐さんの幼馴染がどれ程のものか、この眼で見させてもらおうか……!」

 

 

 

 


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