緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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VS 岡田十蔵

 

 ――岡田十蔵。

 

 今からおよそ8年前、日本で起こった連続猟奇的殺人の容疑者として全国に一斉指名手配された男だ。

 その殺害方法は、身動きを取れなくした被害者の躰を工業用のワイヤーカッターのような物で切断するという、残虐なものだった。

 彼に殺された人間は発覚しているだけで13名。可能性事件も含めた場合国内で30名は下らないという。

 

 また、指名手配されてから1か月後……岡田は国外逃亡に成功し韓国、中国から偽造パスポートで飛行機を使ってヨーロッパやアメリカ、メキシコなどを転々とし、行く先々で一般人、マフィア、警察や武偵を次々と殺し続け世界中の警察機構から追われる羽目になった。この男に殺された被害者の数は100人をゆうに超えるだろうと言われている。

 近年では紛争地帯で傭兵としてゲリラに紛れて軍人狩りをしていると噂されていた。

 

 

 そんな世界史に残るような大犯罪者が、今まさに、俺を殺そうとしている――――。

 

 

 

「響哉さん!」

 

 キンジは叫び、倒れたロッカーに左半身を下敷きにされ動けない俺の前に立っている国際指名手配犯、岡田十蔵に飛び蹴りを食らわせた。

 

 HSSで強化された身体能力を駆使し存分に助走を取った飛び蹴りは、2メートル近い身長をした岡田の身体さえふっ飛ばすエネルギーを持っていた。

 

 自分が空けた壁の穴に戻っていく岡田。その時、あの巨大なワイヤーカッターが岡田の手から離れる。

 壁の欠片や倒れたロッカーで不安定な足場にもかかわらず綺麗に着地を成功させたキンジは、俺の左半身の上に乗り掛かっていたロッカーを退かしてくれた。

 

 

「た、助かったぞ。キンジ……」

 俺はキンジに礼を言いながら、手の甲で冷や汗が滴る首筋を拭った。流石の俺も、今のには肝を冷やした。

 

「そんなことより、響哉さん……あいつが岡田ですか?」

「だろうな。それにしても、なんて馬鹿力だ。普通コンクリの壁を素手でぶっ壊すことなんかできるかよ」

 俺は言いながら溜息を吐いた。

 

 岡田が空けた壁の穴から、隣の部屋で彼が薄ら笑を浮かべながらゆっくりと起き上がっる光景が目に飛び込んでくる。キンジの蹴りをまともに喰らって殆どダメージがないなんて、どれだけタフな野郎なんだ。

 

 いつぞや名古屋武偵女子校から来た研修生の不二の渾身の一撃を受けて涼しい顔をしていた銭形といい勝負だ。

 

 

 

「キンジ、俺が奴の注意を引き付ける。レキが突撃銃(AK-47)を破壊したらすぐ、今度は後ろからもう一度キツイのをお見舞いしてやれ」

「1人で大丈夫ですか、響哉さん」

「後輩に心配されるほど落ちぶれちゃいねえよ」

 

 ニヤリと口元を歪ませながら言った直後、俺はP2000の銃口を岡田に向け引金を絞った。

 狙いは岡田の脚。図体のでかいパワータイプは、まず足回りから落とすのが定石だ。

 

 しかしこの巨体でありながら、岡田は素早い動きで横に跳び射線から外れる。そして足下に倒れていたロッカーを片腕で俺達の方へ放り投げてくる。

 

「ッチ!」

 俺は舌打ちし、後ろに跳び退く。キンジは横に転がって回避し、ロッカーの下敷きにならずに済んだ。

 

 

 ――と、思ったのも束の間。

 

 

「ヒャハハハハハ!」

 

 狂ったように笑いながら、岡田は肩に下げていた突撃銃(アサルトライフル)、『AK-47』を構え、横薙ぎに乱射してきた。

 

 

 拳銃よりも重く響く銃声とともに襲いかかる7.62mm弾を、俺は倒れた金属製の机をバリケード替わりにしやり過ごそうとする。

 しかし強力なパワーを誇るAKの弾はそれを容易に貫通し、その内の1発が俺の肩に当たった。

 

 

「――――ッ!!」

 

 とんでもなく重い痛みが俺の左肩を襲う。C装備の防弾ベストのお陰で何とか弾を止めることができたが、その分弾丸の持つエネルギーが全て身体に掛かるため肩に掛かる衝撃が尋常じゃない。

 

 過去に蘭豹が合コンに失敗した八つ当たりと酒に酔った勢いで耐衝撃訓練とか何とか言ってグーで殴ったりM500で50口径のマグナム弾を撃ってくる事件があったが、この衝撃はあの時を彷彿とさせる。

 

 

 俺は極力姿勢を低くしながら、岡田がAK-47を撃ち終えるまでやり過ごす。

 

 1弾倉分AK-47を撃ち尽くした岡田はチェスト・リグから予備弾倉を取り出し装填。そして今度はAK-47を右手に持ったままこちらに走ってきた。

 

 

 俺は机の影から顔を出し、走ってくる岡田に向けてP2000を2発撃ち込む。が、岡田はそれを意にも介さず突っ込んできた。

 

 

「何なんだこいつはっ!?」

 

 俺は誰に言うでもなくそう叫びながら、机から身を乗り出して格闘戦で岡田を迎え撃つ姿勢を取る。

 だが相手は壁を壊したり自分の身長と同じくらいあるロッカーを軽く投げたりするような人外だ。一撃が危険な上に、防いだつもりの一撃も、ガードの上からダメージを通してくるに違いない。それこそ攻撃が当たりすらしないような完璧な回避が要求された。

 

 

(俺には、それができる――)

 

 岡田が丸太のような豪腕を振り抜いてくる。俺はそれを余裕を持って躱し、後ろに下がりつつ次の攻撃も同じようにして避ける。

 迂闊に躱してすぐ間合いを詰めてしまうとこのゴリラのような男にそのまま轢かれかねないので、決定的な隙を見極める他ない。

 

 

「ヒャハハハ! すゲェよお前、パンチが全然当たりゃしねえ! どうなってんだ!?」

 

 嬉々としながら、岡田はAK-47のストックで殴りかかってきたり、蹴りを織り交ぜたりしてくる。そのどれもが獰猛で野性的だったが、しかし同時に非常にコンパクトでもあった。

 

 

 少し距離を開けすぎたのか、岡田は足を前に出すのをやめ、右手に持ったAK-47を突き出し片手で発砲しようとする。

 

 

 ――その瞬間、甲高い金属音と同時に岡田の右手からAK-47が弾き飛んだ。少し遅れて、外から室内に遠い銃声が響き渡る。

 

 レキによる狙撃。それが、岡田の持つAK-47を穿ったのだ。

 

 

「狙撃手、だとォ!?」

 

 窓の外を見て、驚愕する岡田。こいつはさっきまで隣の部屋にいたため、突入時のレキの狙撃支援を知らなかったのだ。

 

 すぐさま、キンジが岡田の背後に回りこむ。100%ではないにしろ、俺に注意を引きつけられ、そこを狙撃による不意打ちでさらに撹乱されたのだ。キンジから視線が離れるのは、仕方のない事だった。

 

 

「オ、ラァッ!」

 

 掛け声を合わせ、キンジは岡田の後頭部に両足飛び蹴り(ドロップキック)を炸裂させた。

 

 さっきの片足蹴りよりも重く、且つ当たった場所が人体の弱点の1つである頭。さしもの岡田もこれは効いたようで、後頭部を押さえながら片膝を付いていた。

 

 

 

「無駄な抵抗はやめて大人しくしろ、岡田十蔵。これ以上暴れるならば容赦しない」

 

 俺がすかさずP2000の銃口を向け降伏を促す。が、その瞬間、岡田の纏う雰囲気が一変した。

 

 

「餓鬼が、調子付いてんじゃねェぞ――」

 

 ゾッとするような冷たい視線と声。先程までの浮かれようから、一転、怒りを顕にしたように、俺、キンジ、そして遠く離れた場所にいるレキまでも睨みつけた。

 

 

「このオレを相手に格闘戦を挑んできたのはお前で7人目だ……そんな楽しい楽しい一時を、狙撃や不意打ち見てェな下らねえことで邪魔しやがって……しばらく遊んでやるつもりだったが、やめだ」

 

 地を這うような威圧的な声色でそう言った岡田は、肩幅より少し広いくらいに足を開き、体の重心を低くして身構えた。

 

 

 その直後、足が置かれていた部分を凹ませるほど強い力で床を蹴り、今までとは比べ物にならない驚異的な疾さで移動し、腕を薙ぐようにしてキンジを軽くふっ飛ばし、壁に叩きつけた。

 

 

「が、はぁ……ッ!?」

 

 HSSの反射神経でもガードを取るので精一杯になるような速度。それを目にした時、本気になった岡田の攻撃は俺が第六感を駆使しようと、連続で来た場合、急所を外す程度しかできないと悟る。

 

 

 キンジをふっ飛ばした後、岡田はレキに弾かれたAK-47を即座に拾い上げ、銃口を窓の外へと向けた。

 その瞬間、俺は岡田が何をしようとしているのかを第六感で察知する。

 

 

「レキ、そこから逃げろッ!」

 俺は咄嗟にインカムでレキに向かってそう叫んだ。

 

 その直後、岡田はAK-47を発砲した。その標的は――――ここから数百メートル離れた狙撃地点にいる、レキである。

 インカムからレキのドラグノフの銃声が聞こえてくる。レキも岡田に合わせて撃ったのだろう。だが、岡田はドラグノフの弾丸をAKの弾で弾き、且つレキを負傷させようとしていたのだ。

 

 

 

「場所割れたスナイパーなんざなァ、まったく恐かねぇんだよォ!」

 

 岡田が撃ち始めてから一瞬後、俺はP2000で岡田の腕とAKの銃身を狙い穿つ。だが岡田は腕に弾が当たろうと動じず、銃身を弾かれることで射線を逸らされて漸く撃つのを止めた。

 

 

『朱葉先輩』

 インカムからレキの無機質な声が耳に入ってくる。

 

『負傷はありませんが敵の弾丸が飛来してきました。一時退却してB地点に移ります』

「……分かった。怪我がなくて何よりだ」

 

 俺がインカムでレキにそう伝えた時、キンジがよろよろと壁に手を付きながら立ち上がろうとしていた。どうやらまだHSSは切れていないようだが、ダメージは深刻そうである。

 

 

「キンジ、お前は退け。後は俺がなんとかする」

「でも、それじゃあ響哉さんが……」

「下級生に心配されるほど弱くねえよ。さっきも言っただろうが」

 

 吐き捨てるようにしてキンジにそう言った後、深い呼吸を入れ意識を集中させる。

 それを見た岡田は、少し驚いたように「おっ」と声を漏らした。

 

 

「何だ何だァ? お前もまだ本気じゃなかったってのかぁオイ。ほんとに飽きさせてくれねェ野郎だ。奥のお前も中々いい面になってきたじゃねェか……2人掛かりなら、丁度いいかもなァ!」

 嬉々としてそう言った岡田は、AKを振り回しながらその目を見開いた。

 

 恐怖で身体が硬直しそうになる。そんなゴルゴンのような威圧感が岡田にはあった。

 

 しかし、俺はこんな場所で果てるわけにはいかない。まだ俺は何も、成し遂げていないのだから。

 

 

 腰に隠していた小太刀『雲雀』を抜刀し、左手に持ち右手のP2000と共に構える。キンジも緋色のバタフライ・ナイフを展開し、徹底抗戦の構えだ。

 

 ここからが正念場。今までよりもさらに張り詰めた緊張感が支配する中で、俺達3人が一斉に飛び出そうとしたその時だった――。

 

 

「……なん、だとォ……?」

 

 岡田の胸を、高速で飛来した何かが貫いた。胸を押さえながら床に手をついた岡田は、目を丸くして赤く染まった自分の掌を見つめる。

 

 遠い銃声が耳に舞い込んできた。さっきのレキの銃声とは、僅かに音が違う。もっと低く、重い銃声だった。

 

 

「狙撃……!?」

 

 俺が思わず口に出した時、カツ、と革靴が床を踏む足音が背後でした。

 

 

「そう。『ブレイザーR93』、338ラプアマグナムによる遠距離狙撃。それは撃たれるまで気付かれることはない」

 

 聞き慣れた男の声に、俺は咄嗟に振り返る。

 なぜ、あの人がここにいるのか全く理解できなかったが、しかしそこにいたのは紛れもなく本物の、俺がよく見知った人物だった。

 

 

「東吾、さん……?」

「ご苦労だったな。この男の処罰は私に任せ、お前たちは引き上げろ」

 

 世間では死亡扱いされている俺の幼馴染、黒坂燐の実父である、黒坂東吾が毅然とした態度で入ってきたのだ。

 

 

「キンジ、お前は外で待ってろ。俺は事の始終を見届ける責任がある」

「は、はい……」

 

 俺が言うと、キンジは戸惑いつつも言うことを聞いて事務所の外に出て行った。

 

「レキもだ。武藤と合流して引き上げろ」

『了解しました』

 普段と変わらぬ無機質な声。それがインカムを通じて余計に機械らしく感じられた。

 

 

 キンジが出て行くのを確認してから、俺は東吾さんに向き直った。

 

「おっさん、どうしてあんたがここにいるんだ……それに、この狙撃は――」

「いくらSランクとは言えまだお前たちは高校生だ。特に坊主、お前はSランクですらないだろう。子供にこんな危険人物の相手をさせるにはまだまだ経験が足りん。現に、あのまま闘っていればお前たちはこの男に殺されていただろう。銭形の方へは俺が来るまで待機せよと指示されているはずだが、どうやら代理のお前たちには行き届いていないようだな。指示系統へは責任の追求をせねばなるまい」

 

 東吾さんがそう言った後、瀕死の状態で膝を付いている岡田は喀血しながら、東吾さんを睨み上げていた。

 

 

「ほう、胸を貫かれてもまだ息があるとは……。仕方あるまい。だが特別に遺言くらいは聞いておいてやろう」

 

 冷たい眼差しで岡田を見下しながら、東吾さんはガバメントクローンの1種である『インベルM911』を抜きその銃口を岡田の額に押し付けた。

 

 ……その時の岡田は、(わら)っていた。俺はその表情に戦慄を覚え、背筋に悪寒が走る。そのあまりの不気味さに、俺は今ここで起こっていること全てが夢か幻なのではないかと疑った。

 

 しかしこれは紛れもない現実で、俺の見たことない東吾さんが、人を殺そうとしている――――。

 

 

あの方(・・・)の作る……『新世界』を、この目で見れねェのが残念だァ……」

 

「そうか」

 

 

 あくまで毅然とした口調で、東吾さんはM911の引金を引いた。

 

 

 ――そして、額から鮮血を撒き散らしながら、岡田は静かに床に伏した。

 

 

 

(これが……武装検事としての東吾さんなのか……?)

 

 俺の知る東吾さんとは、あまりにも違いすぎる。同じ顔をした別人のような、そんな不気味な感覚が俺を襲う。

 

 

「これが私の仕事だ」

 

 俺の心を読んだように、東吾さんは俺に背を向けながらそう呟いた。

 

 

「法を犯した者に、その場で法の裁きを与える。今の私は、お前の眼には酷く醜く映っていることだろう」

「そんなことは――」

「それが『正義』というものだ。『正義』と『悪』に明確な違いは存在しない。見解の違いでそれは容易に変貌する。それまで隣にいた仲間が、いきなり敵となることもあるのだ。だから、響哉よ。決してその『見方』を誤るな」

 

 

 

 ――それから10分後、事後処理のため警察が到着し雑居ビルには非常線が引かれることとなった。

 黄色いテープで遮られた3階の事務所の窓際で、袋に収められる岡田の亡骸を外から見ていた俺は、ふと東吾さんが言い残した事を思い返していた。

 

 東吾さんは、ただ武装検事の仕事を全うしただけだ。それは正しいはずだ。

 

 

(だが、あの行いは本当に正当化されていいことなんだろうか……?)

 

 さらに、岡田の最期の言葉も気にかかる。『あの方』とは一体誰なのか。『新世界』とは何なのか……解らないことが、あまりにも多過ぎる。

 

 

 結局俺はあの日から、何も前に進んでなどいなかったのだ――――。

 

 

 

 

 




この場で少し補足しておくと、現在のキンジはまだイ・ウーの刺客から鍛えられていないのでヒスってもぶっちゃけ弱いです。最近の原作のキンジの無双っぷりで忘れられがちですが、1巻から3巻でパワーアップしてることになってるんですよね。
つまりそんなキンジとわりと互角な響哉は条件にもよりますが原作組と闘ったらほぼ負け確です。
力量で言うなら岡田はブラドと大差ない印象です。雑居ビルの壁をぶっ壊す筋力に銃弾にあたってもなんともないタフさ、さらにその巨体に見合わない俊敏性。どこの伝説の超野菜人か。
ちなみに名前の元ネタは岡田以蔵です。

本当は岡田の過去に起こした事件をもっと掘り下げて2話に分割しようとしたのですが、掘り下げすぎて1話まるまる使うほどになってしまったので没になりました。それでもこの量の多さ。そしてこの後書きの長さ。読みにくくなってすみません。

それでも最後まで読んでいただきありがとうございました。多少時間が開くと思いますが、次回も暇な時に目を通して頂ければ幸いです。

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